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9.こどもと おとな

「……子供か、貴様らは」
「鏡さん」
 本営の屋上に転がり落ちた太い腕を拾い上げ、そのまま元のように接続したのは、良く焼けた肌のあちこちに竜の鱗を覗かせる、神揚の武人だった。
「イクス准将も、どうか落ち着いてください。苛立ちや焦りは分かりますが、国の名や家名を背負って動くのは、私たちも同じです」
 そして鳴神の背後に隠れるように立っていた、彼よりはるかに小柄な少女。
「…………」
 コトナの言葉にプレセアは小さく息を吐き、不服そうではあるが展開していたマニピュレータを収めてみせる。
「……コトナちゃんは、私にご用?」
「ご休憩の所申し訳ありませんが。メガリから、イクス准将宛ての物資が届いたそうです」
 いくつか至急で頼んでおいた補充の品だろう。確認が必要と言い含めておいた物だから、確かにプレセアが行かなければどうしようもなさそうだ。
「だが、子供なのは瑠璃も同じだ。ヒサ家の秘術のおかげで、我らは知らん間に随分と迷惑を被っておる」
「…………」
「この世界では戦はまだ起こっておらんし、別の世界で百万の民が死んでもその責任も取れん。……大後退をまた起こすなら、せめて戦が起きてからにして欲しいものだな」
 少なくともあの調印式の時点では、何も起きてはいなかったのだ。その先の歴史で同じ運命を辿る可能性が高いと言われても、はいそうですかと受け入れる気にはとてもなれない。
「その件はまあ、謝るけど……。神王様が動いた理由くらいは、あたしにも見当が付くわ」
 鳴神も言いたいことは一応理解はしたのだろう。
 瑠璃は地上に降り立ち、背中の翼もしまってみせる。
「どういう事だよ」
「これ以上あなた達が強くなったら、それこそ取り返しが付かなくなるからじゃないかしら?」
 そう言われても、リーティ達には今ひとつその理由がぴんとこない。
「あなた達、今の戦力でミーノースに勝つ気でしょ?」
「無論」
「だな……。戦えねえ相手じゃねえだろ」
 先日の戦いも、苦戦はしたが圧倒的な敗北というわけではなかった。二人の姫を攫われるという敗北はエレも認めるしかないが、個々の戦いでは互角に立ち回れていたのだ。
「万里もソフィアもクマノミドーさん達も、絶対に取り戻さなきゃいけないしね」
 だからこそ、こちらから攻撃を仕掛ける作戦さえ進められているのだが……。
「これ以上技術が発達して、あたし達の流れと同じ方向に行ったら……それこそ、あたし達でも止められないし、六刻半どころじゃ済まなくなる」
 そうなれば、もはや止められるものは誰もいない。それこそ本当に世界は終わってしまうだろう。
「だから、叩けるウチに叩くという事か?」
「商売人なら分かるんじゃないの? 商売敵を潰すなら、潰せるうちに潰しといた方がいいって」
 確かにそれは、商売における鉄則でもある。潰すにしても、仲間に引き入れるにしても……相手を小物の新参だからと見くびって放っておけば、気付いた時にはそのどちらも出来なくなっていて、最終的にはこちらが押し負けてしまう……などという話は、さして珍しいわけでもない。
「それを、世界を巻き込んでするつもりですの?」
「イクス商会だって似たような事してるじゃない」
 さらりと返された言葉にプレセアは一つ目のカメラアイを鋭く向けてみせるが、さすがに鳴神の目がある以上、ここでもう一度拳を握るわけにもいかない。
「なら、どうして瑠璃はオレ達に色々教えてくれるんだ? オレ達としては助かるけどさ……」
 リーティが見ていた限り、鳴神やアーデルベルト達に話していたネクロポリスの情報には、嘘は混じっていないように見えた。
 それは瑠璃がミーノースの一員だとして、神王に対する裏切り行為ではないのか。
「……神王様ほど、この世界に絶望してるわけじゃないから、かな」


 テーブルの上に乗っていた皿は、既にどれも空っぽになっていた。
「御馳走様。美味かったぞ、タロ」
「こっちこそ、喜んでもらえれば何よりだよ」
 掛けられた労いの言葉に、タロも僅かに相好を崩してみせる。
 もともと式典用に持ち込んでいた食材だ。神術で品質の維持は行なっているとはいえ、あまり放っておけば傷んでしまうのは他の食材と変わらない。
「……で、お代と言っちゃなんだけど」
「勘違いするな。これは、今回の件を見逃した事で相殺だ」
 だが、ニキ達には彼らなりの考えがあるのだろう。タロの言いかけた言葉をあっさりと両断してみせる。
「じゃあさ……この戦をやめる気は、ないの?」
 大きな声で掛けられた言葉は、この席を離れようとした誰もが耳にしていた。
 どう答えるのか。
 誰もがそれを待つ空気の中……。
 ニキは、ちらりと脇に立っていたキララウスに視線を送り。
「将の本文は主の下知に従う事だからな。……姫様達を裏切った自分達が言うのも何ですが」
 自嘲気味にそう言って、部屋の出口辺りにいた半蔵の耳元に半ば機械化された口元を近付ける。
「半蔵。アーレスからお前達の監視を頼まれていたが、今日の礼だ。適当に誤魔化しておいてやる」
「……感謝するでござる」
 それが、恐らくは彼らの精一杯なのだろう。
 静かに部屋を去って行くキララウス達に、半蔵は小さく頭を下げてみせるのだった。


 イズミル所属の戦闘部隊の長は、今はネクロポリスに囚われているソフィアである。
 彼女を筆頭に直属部隊ともいえる二つのアームコート小隊が戦闘部隊として存在し、さらにそれを支える補給部隊やイズミル内の警邏を司る歩兵隊などが組み込まれる事で、イズミル大隊としての形を成している。
「どうして私が、イズミル大隊を……?」
 その指揮を、アーデルベルトはリフィリアに執れという。
「確かにソフィアは不在ですが、だとすれば副長のウィンズ少佐が……」
 リフィリアは先日の昇進と配置変更で、ようやく自身の小隊を与えられたばかり。もちろんそれまでにも部隊指揮経験を積んできてはいたが、実働部隊の総指揮などはした事がない。
「今のあれは使い物にならんだろう。一応声も掛けておくが、期待せん方がいいぞ」
 言われれば、確かにそうなのだが……。
「まあ、そうだろうねぇ……」
「私もそう思う……」
「私も、別にソフィアの件を怒っていないわけではないのですよ? 怒りに任せて判断を誤ることだって……」
「……それでも今のセタよりはマシだ」
 そう断言されてしまえば、もはや拒む事も出来はしない。
 確かに指揮権の順番で言えば、リフィリアはイズミル大隊の第三位なのだ。
「俺だって、別に腹を立てていないわけじゃない。敵側に回った半蔵やシャトワールも、もし帰ってきたら何らかの責任は取ってもらうつもりだしな」
 あの二人にも、それなりの事情という物はあるのだろう。しかし何の目的で動いたにせよ、こちらの情報を流したり、ましてやこちらの指揮官を捕虜に取るような真似が正しいなどとは思わない。
「……責任」
「なら、話はそれだけだ。おーい、MK-IIの件は頼むぞ、ククロ」
 アーデルベルトは、ヴァルキュリアに捕まっているククロにそれだけを言い残して、部屋を去ろうとして……。
「ああそうだ。その耳、似合っているぞ。リフィリア」
 今更ながらの混ぜ返しのひと言に、リフィリアは改めて自分の姿を思い出す。
 少女の悲鳴が研究棟の一角に響き渡ったのは、それからすぐ後の事だった。


「瑠璃」
 話が終わり、コトナに車椅子を押されて屋上を後にするプレセアが口にしたのは、まだ苛立ちの収まりきらないような、プレセアのひと言だった。
「何よ」
 止まった車椅子の上。
 プレセアは少し黙っていたが……やがて、ぽつりと言葉を紡ぐ。
「……子供達も妊婦も、今は八達嶺にはいないわ」
 クロノスの件が表面化した時点で、既に子供や妊婦などの非戦闘員は戦闘の起こりそうにないエリアへと住居を移し替えていた。全く被害がなかったわけではないが、実のところ先ほどプレセアが言った被害よりは、随分と少ない。
「そう……」
 車椅子の美女の言葉に、瑠璃はそう言ったきり何も答えない。
 だがやがて、そっと口を開き……。
「時間を戻した意味も、少しはあったのね。……ありがとう、プレセア」


続劇

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