-Back-

7.草原王の誇り

 ゼーランディア仮宮を訪れたダイチを迎えたのは、彼とそっくりな双子の弟であった。
「タイキ。どうなってる?」
 その問いに、若き天候魔術師は小さく首を振ってみせる。
「下がりません」
「姫様……」
 玄関ホールで侍女の言葉に食い下がっているのは、この仮宮の主。草原の国の姫君……ノア・エイン・ゼーランディアである。
「皆様がこうして頑張って下さっているのに、私が下がるというのは……常に前線に立てという国の教えに背きます」
 もともと草原の国は騎馬の民が興した国だ。国を建てるまでの幾多の戦いの中、彼らを率いる王族達は常にその最前線にあった。
 その血は、想いは、今も彼女の中に受け継がれている。
「姫様。ここは草原の国ではありませんから……」
「ですが……アルジェント様」
 ノアの言いたいことは分かる。しかしそれを理解してなお、阻まなければならない立場にアルジェント達がいることも、また事実。
「お下がりください、姫。ナナトもほら」
「ここは危ないよ」
 けれど、いつもは受け入れる幼子の言葉にさえ、今日の姫君は首を縦に振ろうとしない。
「……姫様。どうあっても、ここから下がらないと?」
 侍女の言葉にも、沈黙を保ったまま。
 言葉を放たないまま、問いかけに対して是の答えを返す。
「ならば……仕方ありません」
「シャーロット!?」
 表情を変えたのは、その場にいた姫君以外の全ての者達だった。まさか、一番折れないだろうと思っていた者が、真っ先に折れたのである。
「皆様、お願いいたします」
「……保証は出来ないわよ」
 対策は練った。装備もこの短い時間で調えられる、最善を尽くした。
 けれど、この街にいる全ての者の想像を絶する存在が相手。万全が本当に万全かは、誰一人として分からないのだ。
「国際問題に、なる」
「……それは、大丈夫……です」
 セリカの重ねての問いにシャーロットの口から漏れたのは……そんな、絞り出す様な言葉だった。
「…………」
 場に落ちるのは、沈黙である。
 その言葉の意味を理解したものは、返す言葉を持ち合わせておらず。
 意味を解せない者は、やはり問い返すことさえ出来ずにいる。
「…………そう」
 やがて誰かが呟いたのは、諦めとも、嘆息とも付かないひと言だった。
「よくわかんないけど、本気なんだな?」
 ダイチの言葉に、ノアは小さく頷いてみせる。
「なら、ここはオイラ達に任せてくれよ」
「ダイチ!?」
「オイラ達に出来ることを、だろ? 姫様も出来ることをしようとしてるんだから……だよな?」
「はい!」
 自暴自棄に陥っているわけでは無い。そこにあるのは、王族として……常に前線に立ち続けてきた、草原の国の王族としての、確固たる強い意志。
「なら、私も行かなければならないわね」
「アルジェント様!?」
 ノアが声を掛けるより早く、アルジェントはダイチの馬の後ろにひらりと飛び乗った。
「ダイチ、私も乗せていって! 前線にも回復役は必要でしょう?」
「任せとけ! こっちは任せたぜ、タイキ」
 馬の腹を軽く蹴り、ダイチは迷うことなく街の外へと走り出す。
「兄さん……」
「ナナト、ノアのことは頼んだわよ!」
「うん!」
 遅れてきたアルジェントの声に、ナナトも大きく手を振ってみせるのだった。


 補充の矢弾に、弓弦の換え。緊急用の薬草に……。
「扱い、気をつけてねー。人が触ったらヤバいやつだから」
 おどろおどろしい液体の入った瓶を受け取った律は、それを大事そうに矢筒の中に納めてみせる。
「分かってるよ。けど、爆弾は間に合わなかったか」
 ミスティの店に来た目当ては、装備の補充と合わせて爆弾を手に入れることだったのだが……。
「無茶言わないでよ。あたしだって、そうポンポン作れるわけじゃないのよ」
「……そうなんですか」
 既に爆弾は、昨日のセリカに預けた分で在庫のほとんどを使い切っていた。残る僅かな在庫は、朝イチで来た竜退治の冒険者達が買い占めて行ってしまったのだ。
「ないものは仕方ないよ。あるものでやりくりしなきゃ」
 その言葉と共にがしゃりと重い音を立てるのは、鋼の銃口だ。
「よし。こんなもんか……」
 内部機構、外装、予備弾倉。いずれも手入れは怠っていない。
 各所が問題ないことを改めて確かめて、ターニャはそれを背負い直す。
「大丈夫なのか? ターニャ」
 律の言葉に、僅かに首を傾げ……やがて、カウンターのアギに小さな何かを放り投げてみせる。
「アギ、ちょっとこれ、投げてみて」
「あ、はい」
 渡されたのは、鉄製のコインだ。
 言われるがまま、それをひょいと放り投げれば……。
 鉄製のコインは、そのまま床に甲高い音を立てて落ちるだけ。
「え、あれ? そこはこう、かっこよく打ち抜くんじゃねえのかよ」
 腕を確かめるためにコインを投げたのかと思いきや、ターニャは引き金を引くどころかボウガンを構える気配も無かった。
「……じゃありっつぁん。投げてみて」
「こうか?」
 ターニャに言われ、今度は律が懐から取り出した銅貨を放り投げてみせる。
「よ……っと」
 軽い声と同時。
 抜き打ちの衝撃音に合わせて、放り投げた銅貨が放物軌道から弾き出されてくるくると宙を舞う。
「ほい……っ」
 宙を舞う銅貨が落下軌道を描く度。さらなる衝撃音に軌道を強引にねじ曲げられて、三度、四度、宙を舞い。
「おおーっ!」
 ようやく床に落ちた銅貨の中央には、弾丸によって貫かれた跡が見事に穿たれている。
「すごい……全部中心を打ち抜いてる……」
 それも、全ての弾丸が中心を貫通して……である。
 恐るべき精密射撃の腕は、いまだ衰えてはいないらしかった。
「一ゼタよりも十ゼタのほうが小さいだろ……? 的に不満があったのか?」
 最初にアギが投げた銅貨よりも、律の投げた鉄貨の方が二回りほど小さい。最初のそれは、精密射撃の的にするにはいささか不満があったのか……。
「いやー。よく考えたら、ウチのお金を的にするなんて勿体ないじゃない?」
「ちょおまっ!」
 がたりと席を立つ律を遮る様に、店に入ってきたのは二足歩行の猫である。
「準備できたのだ? もうみんな出発するって言ってるのだ!」
「じゃ、行きましょうか!」
「ちょっとおい!」
 知らんぷりで立ち上がるターニャを、律は慌てて追いかけていくのだった。




続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai