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8.血戦開始

 森の中に響き渡るのは、ばりばりという木々を砕き、呑み下す咀嚼音。
 木々、である。
 森に住まう鹿や熊が、木の枝や樹皮を喰らっているのではない。ひと抱えもある木の幹そのものを、巨竜がその巨大な顎門で端から噛み砕いているのだ。
 事実、木々の向こう、竜の歩んできた跡には、木の一本も残されてはいない。
 そんな、荒らされるのを待つばかりの森を駆け抜けるのは、重厚な鎧をまとった戦士である。
 背中には巨大な盾と、身ほどもある突撃槍。
 その少し後ろには、鋼の武具を満載にした一頭立ての馬車が続いている。
「いました! あそこです!」
 馬車からの声で確かめるまでも無い。鋭い視線で巨竜の姿をきりと見据え、並び立つ木々の中、障害物など無いかの様な滑らかな動きで突撃槍を構え、さらに加速。
 撥ね上げた面頬から放たれるのは、力任せの雄叫びだ。
「ヒャッホォォォォォォォォォイ!」
 巨大すぎる相手は、戦士の突撃をかわすことも無い。
 否、その突撃にすら、気付かない。
 響き渡るのは、分厚い竜鱗を砕き貫く、鈍い音。
 全力疾走による速度と、その重量による圧倒的な貫通力により、長大なランスの半ばまでを巨竜の脚に貫き立てる。
 柄を握って体重を掛けるも、既にランスは竜の桁外れの筋力に締め付けられ、揺らぐ気配すら見せはしない。
「ネイヴァン! それは諦めい。もう抜けはせんぞ!」
 止まった馬車から飛び降りてきた声を解するまでも無く、既に戦士はランスを手放し、大盾も放り捨てた後だ。
「分かっとるわ! ヒョロヒョロ!」
「はいっ!」
 掛け声と共に馬車から放り投げられるのは、二振りの……いや、一対となった鋼の刃である。
 柄を掴み取るや最初のひと振りで鞘を放り捨て、一歩を踏み出した巨大な脚へと斬りかかる。
「ヒャッホォォォォォォォォォイ!」
 乱れ飛ぶのは刃の煌めき。一撃の重みに全てを掛けるランスとは対照的な、手数で圧する攻撃である。
 十斬で竜鱗を砕き、二十斬で内の皮膚を切り裂き、三十斬で……甲高い音を立てて砕け散るのは、二つの刃。
「次!」
 一分の躊躇も無く双剣を放り捨て、ネイヴァンが叫ぶのは馬車に向けて。
「……牙竜の牙から削った刃が折れるか。なるほど、ただ大きいだけではないと見える」
 傍らで拳を振るうモモは、その様子を見定めながら小さくそう呟くだけだ。


 泰山竜の名を持つ巨竜は、マナ喰らい竜の異名も持つ。魔力……万物に宿る力を喰らい、それをもって巨体を支える力とする特性を見定められてのことだ。
 故に、世界のあらゆる物を喰らい、進む。
「暴れておるのう」
 ばりばりと巨大な木々を喰らうその姿を見遣り、漏らすのは十五センチの小さな姿。
「なー」
「何じゃ」
 その傍ら、自身の弓を組み立てながら問うたのは、和装の男……律である。
「ディスから見た泰山竜って、どんななんだ?」
 律からしても、上空から警戒を行っているグリフォンからしても、百五十メートルの泰山竜は桁外れに巨大な存在だ。身長十五センチのディスからすれば、泰山竜はどれだけの大きさに感じるのか。
「とにかくでかい。それだけじゃ」
 あまりといえばあまりの感想に苦笑を浮かべ、弓弦の張り具合を確かめる。
 出撃の直前まで調子を確かめたそれは、自身の思う限りの最良の状態を示してくれた。
「まあ、この街には世話になっておるし、わらわにもやり残したことがあるでな。この程度の相手に臆してはおられんよ」
「……ディスのやり残したことって?」
 矢をつがえ、まずは一射。
 木々の間を見事な放物線で駆け抜けて、律の矢は巨大竜の鱗の隙間に突き立った。
「起動した時の命令でな。少々、人捜しの用をの」
 遙か遙か、昔の話だ。
 つい先日まで記憶の底に埋もれていた情報であるが、先日のちょっとした事件で再び浮かび上がってきたのである。
 その探し人がまだこの世界にいるかどうかは分からないが、暇潰しの材料くらいには……そして、起動させてもらった恩に報いるくらいはしても構わないだろう。
「人捜しか……俺も、かみさん見つけるまでは死んじゃいられねえなあ」
 一歩を踏み出し、距離が変わった所でこちらも移動。
 弓には最適な間合がある。近すぎても、遠すぎても、放たれた矢はその最大の威力を発揮することは出来ないのだ。
「お互い様じゃ。行くぞ、ジャバウォック!」
 対するディスが構えるのは身ほどもある大剣である。脇に控えた男が頷くのを確かめもせずに、大剣を構えて脚の近くへ掛けだしていく。
「わたし達は頭に回るわよ!」
「わかったのだ!」
 やはりボウガンの調子を確かめていたターニャと、杖の準備をしていたリントと共に、律は竜の頭へと走り出した。


 泰山竜の侵攻ルートの遙か南に、その場所はあった。
 マナ喰らい竜の喰らうマナの集積点。
 即ち、『人間』の集まる場所……街である。
「まだ時間はたっぷりある! 慌てずに、街道に向かって避難してくれ!」
 住人達の誘導を怒鳴り声で行っているのは、白髪混じりの髪の男だ。
 見知った顔による導きがあるからだろう。街道に向かう住人達は焦る様子もなく、落ち着いて流れを作っている。
 竜の侵攻コースは今のところガディアへほぼ一直線だから、イザニア街道を東に行くか、南北街道を南に行くかすればさしむき逃れることが出来る。
「お疲れ様ですわ、マハエさん。朝ご飯まだでしょう?」
「助かる。……忍は逃げないのか?」
 誘導を知り合いの冒険者に引き継ぎ、受け取ったサンドイッチをその場で開いてついでに問いかける。
 行きつけの酒場の店主代理は、今更逃げないと言っていた。だが、その従業員まで付き合わせるとは言っていなかったはず。
「ふふっ。古代人って、逃げても頼る場所がないんですのよ」
 鼻歌交じりで仕事をしているあたり、いつもの忍と変わりない。恐らくは、祭で歌う歌の練習をしているつもりなのだろうが……。
「……王都のミラとか、全くないってわけでもないだろ」
 酒場の本来の主は、確か王都に居を構えていたはず。それに王都に行けば、古代人のギルドもある。
 頼る場所が無い古代人とは言うが、本当に何の頼りも無いわけではないのだ。
 だが、そんなマハエの言葉に忍はため息を一つ。
「もう。そういう所が、気が利かないって言われますのよ」
 そう言われても、どこをどうやれば気が利いていると言われるのかも分からない。
 白髪混じりの頭を掻きながら誤魔化し笑いをしていると、街道の向こうから四頭立ての大きな馬車がやってきた。
「安心しろー! こっちには、まだ最終兵器が残ってるんだ! ……ってこらマハエ、こんなときに忍ちゃん口説いてるんじゃねえよ!」
 馬車の先頭に立つのはやはり見知った顔である。
「口説くかバカ!」
「忍ちゃんみたいな美人を見て口説かないってのも失礼だろ!」
「……どうしろってんだ」
「忍ちゃーん! これ終わったら、祭の練習一緒に頑張ろうなー!」
「もちろんですわー!」
 自称街一番の優男の物言いに、マハエはさらに頭を抱えるが……大型馬車の荷台に乗っている物に気付き、そんな些細な悩みをあっさりと投げ捨てた。
「おい。最終兵器って、それ動くようになったのか?」
 十メートルはあろうかという巨大な人型が、どっかと腰を下ろしているのだ。
 カイル達の努力によって修理そのものは終わったと聞いていたが……自在に動く様になったとは、マハエにも初耳だった。
「エネルギーさえありゃな。ただ、何も無いよりはマシだろ」
 確かに、周囲の住人達が向ける視線は、恐れや驚きというよりも期待の色が強い。
「…………だな」
 ハリボテでも何でも、周囲の安心の源となるならばそれに意味はあるだろう。
 動かない巨体を見上げ、マハエは再び誘導作業に戻るのだった。


 頭上から降ってくるのは、脚。
 全長百五十メートルの巨体を支える、巨大な脚の一本だ。
「でええええええいっ!」
 大剣の腹で流すように受け止めて、一瞬支えた隙にバックステップ。無論、次の瞬間には巨体の重量を支えきれなかった大剣は二つに折れ、巨大な脚の下敷きとなる。
「次!」
「何が良いですか!」
「なんでもええ! 有るもん投げぇ!」
「じゃあ!」
 ジョージが馬車から放り投げてきたのは、身ほどもある機械槍。ネイヴァンは躊躇無く機構を展開させ、先ほどのランスが突き立ったままの傷跡に穂先を叩き付ける。
「ヒャッホォォォォォイ!」
 続けざまに炸裂する小爆発の後、ひときわ響く高らかな叫びと共に解き放たれるのは、機械槍の全開のエネルギー放射……砲撃だ。
「無茶苦茶じゃの……」
 そう言うモモも素手で竜の足を殴りつけているのだ。無茶苦茶ぶりはネイヴァンとさして変わらない気もするが、さすがにジョージもそれを口にする勇気は無い。
「……まあ、ネイヴァンさんらしいといえば、らしいです」
 桁外れの巨体故に明確なダメージを与えているかどうかは分からないが、まともな相手なら、その一撃一撃が致命傷に至る攻撃だ。
 ネイヴァンが攻撃を繰り返す度、その傷口も少しずつだが大きくなっている。
「もいっちょ!」
 焼き付いた機械槍を馬車に放り、代わりに取り出したのは身ほどもある巨大なハンマーだ。
「ヒャッホォォォォォイ!」
 何らかの仕掛けがあったのだろう。
 叩き付けた瞬間にハンマーヘッドが炸裂し、砕けた竜鱗の奥へとさらなるダメージを叩き込む。


 手持ちの小瓶に矢尻を漬けて、それが乾くより早く弓へとつがえる。
「なあ、ターニャ!」
 巨竜の胸元に次々と矢を射かけながら、問いかけるのは律である。
「何ー?」
「撃ってて言うのも何だけどよ。……これって効いてるのかね」
 律の手持ちの小瓶には、強力な毒が詰まっている。通常の獣であればほんの数分で動けなくなるような麻痺薬や、死に至る程の毒を射っているのだが、相手のサイズがサイズ故に効いている様子は見受けられない。
「わかんない。ある程度は中に抜けてるとは思うけど……」
 そう言いながらターニャが放っているのも、相手の肉を穿ち貫く、貫通の工夫が施された特製の弾丸だ。普通の大きさの竜であれば、十発も打ち込めば致命傷に至るような代物である。
「でも、出来ることをするしかないでしょ!」
 そんな物を既に二十発以上も打ち込んでいるというのに、明確な手応えは感じられないまま。
 恐らくは巨竜の分厚い筋肉で、貫通する螺旋の動きも食い止められているのだろうが……。
「そうなのだ! にゃあああああああっ!」
「だよな!」
 リントの放った爆裂する火球で弱くなった箇所に、的確に毒矢を打ち込んでいく。
「矢と弾丸、持ってきました!」
「助かるぜ、アギ!」
 背中の矢が心許なくなっていた所に来てくれた補充に、束で矢を受け取り……。
「頭、来るよ!」
 頭上を警戒していたルービィの言葉に、一同は構えていた武器を引き、慌てて回避を始めるのだった。


続劇

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