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獣甲ビーファイター
エピローグプロローグ1
“『赤』の後継者”

2.二万対三の戦い

 世界は白く埋まっていた。
 もともと砂漠は白に近い色を持つ。だが、その場所は黄土に近い白ではなく、全くの白で彩られていた。
 昆虫とも鉱物ともとれぬ異形の姿に、スクメギの砂漠は覆い尽くされている。
 その数、およそ二万。
「リヴェ爺。ほんっとーに三人で何とかなるんだろうな。ジェンダの奴は役にたたねーけど、イル姉は呼びに行った方が良かったんじゃねぇのか? 『ピュア』は獣機の動きを阻害しねえんだろ」
 その光景を遠くに眺めながら、少年は傍らの老爺に遠慮のない悪態を吐いた。
「なに。イルシャナ様の手を煩わす間も無かろうて」
 しゅるしゅるという蛇族特有の呼気を吐きながら、分厚いローブを被った老爺は静かに嗤うのみ。もともと感情表現の薄い蛇族だからか、戦前の緊張は全く見られない。
「……ホントか?」
「無論」
 少年はため息を一つ吐くと、スクメギを救うべく集まった勇者達を見回した。
 隅っこでおどおどしている少女が一人。
 現役を引退して久しい老魔術師が一人。
 攻撃魔法を大して使えない少年が一人。
「ガキと年寄りばっかじゃねえか……死ぬのは嫌だぜ、まだ若いのに」
「キッドくん……私」
 そこでようやく少女が口を開いた。
「アクアは俺より身長低いだろ!」
「ひどぉい……」
 キッドくんよりお姉ちゃんなのにぃ、と口の中だけでもごもごと呟き、アクア。
「頃合いじゃの。キッド、この戦、汝のイメージにかかっておるぞ」
 老爺に言われ、キッドは正面を見据えた。
 白い影はもう間近に迫っている。魔法戦であれば、そろそろ射程圏内に入るであろう所だ。
「あーもう、分かったよ。やりゃいーんだろ、やりゃ!」
 苛立たしげにそう答え、少年は袖口から小さな石ころを取り出した。キッドの手の中で彼の魔力を吸い、小さな紫電をまとい始めたそれは、雷の属性を持つティア・ハート。
「咲け!」
 その薄紫の貴石が、少年の手の中で姿を変えた。
 まさしく華が咲くかのように。内に灯る光を強く強く輝かせ、ティア・ハートはその純粋なる姿を現していく。
 水晶の花弁が優雅に咲き、あふれ出す力が少年の思うままの姿を象っていく。
「オーバーイメージ! 『大きな古時計』ッ!」
 そしてキッドの新たなる力が、完成した。


 まさにその同刻。
「情けない」
 黒いコートをひるがえし、仮面のそいつは女の声であからさまな落胆の声を上げた。
 黒いブーツがかつかつと黒大理石の床に鳴り、そいつが一歩一歩歩みを進めている事を回廊全体に誇示している。
「獣機も祖霊使いもいないの? ここには」
 ほんの少し前まで、このスクメギには想像を絶する猛者が集っていたと聞く。獣機、祖霊使い、そしてその一線を越えた者達さえも。
 そんな彼らこそが、天より現れた『白き箱船』を食い止めたのではなかったのか。
「ファーストや始祖も居ないし」
 だが、『白き箱船』に至るまで、障害となるほどの相手は誰一人としていなかった。誰もいない白き箱船で悠々と目的を達し、後は戻るだけである。
「王宮にでも行った方が良かったかしら」
 ぼやきつつも腕を一振り。
 瞬間、白い何かが飛翔した。キラキラと薄日を浴びて輝くそれは網となって大きく爆ぜ広がり、女を止めようとした兵士達に絡み付く。
「それと……」
 よく見れば、女の指先からは細い糸が伸びていた。糸の反対側は、微妙な張りをもって結界となった銀糸の網に繋がっている。
「ハート・ブレイカーに、ティア・ハートは通用しなくてよ」
 指先をくいとひねれば、糸は見かけ通りの脆さでぷつりと切れる。その刹那、網に絡まれた兵士達の武器が次々と『爆発した』。
 傭兵とはいえティア・ハートを持つ一流の冒険者達だ。そんな彼らの持つティア・ハートが、女の『何か』を受けた瞬間砕け散り、内に秘めた力を炸裂させていく。
 鮮血が舞う中さらなる銀網を放ち、遅れてやってきた警備兵も縛り付ける。
「……あら」
 そんな中、女は足を止めた。

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