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#3 The Promised Land
―それぞれのエピローグ・2―

「……遅かったな」
 暁の光に照らし出された石畳に伸びる、二本の影。
 そして、それを見守るのは二人の女性。
「待たせたみたいだな……兄貴」
 答えは、沈黙。
 青年は背負っていた巨大な剣を無雑作に放り投げると、拳を握り……構えた。
 それに答えるように、二本目の影……少年も、背負っていたブーメランを投げ捨て、拳
を握り、構える。
 がらぁぁぁぁぁん!
 巨大な剣と、巨大なブーメラン。
 その二つが、打ち捨てられた闘技場の床に落ちた瞬間。
 二つの影は、お互いに向かって拳を叩き付けた。


「鋼鉄の騎士の噂? さあ? それは初めて聞くが……」
 槍の穂先の調子を見ながら、ジェノサリアは隣で二本の曲刀の手入れをしている男に返
事を返した。名前は知らないが、同じ部隊にいる傭兵の一人だ。お互いに生き残るために
も意志の疎通をしておくのは悪いことではない。
「何か、全身鎧を付けたえらく強え傭兵がいるそうだぜ。どこかの飛竜乗りくずれらしくっ
て、やっぱり全身鎧を付けた竜を連れてるらしい」
「ほぅ……。鋼鉄の竜と騎士、ね」
 鋼鉄の竜に乗る騎士というとマナトあたりを思い出すが、彼はエスタンシアにあるソー
ドブレーカーの家に行っているはずだ。こんな辺境の戦場にいるわけがない。
「名前など、分かるか?」
 何となく好奇心に駆られ、ジェノサリアは男に質問をしてみた。
「名前? 確か……」
 男は曲刀を磨いていた手を止めると、眉間にしわを寄せて考えはじめる。
「悪い。忘れちまった」
「そうか。なら、いい」
 槍の調子も良いようだ。軽く構えて全体の様子を確かめると、ベルディスの戦乙女は再
び前線へ戻っていった。


 少年の視界が、暗転した。
「まだまだ……だな、アズマ」
 石畳に叩き付けられる寸前の少年に聞こえないのが分かっていても、青年はそう声を掛
けていた。投げは完全に極めてはいるが、普段の戦いと違って彼の命を絶つつもりはない。
しかし、無事に済ませるつもりも、ましてや手を抜くつもりも……ない。
「アズマくんっ!」
 響き渡る少女の悲鳴も、もう彼の耳には届かないだろう。青年の誇る最強奥義・アブソ
リュートバスターを前に、そんな事は……。
 だが。
――ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!――
 少年は、応えた。
 青年の想像を越えた力で戒められた身体を解き放ち、そのまま青年の巨体に蹴撃を叩き
付けたのだ!
「むっ……」
 天空へと舞い上がった身体に、流石の青年も軽い驚きを覚えた。あの不安定な姿勢でこ
れだけの威力を持つ蹴りを放てるとは……
「これだけで……終わるかよっ!」
「!」
 いや、蹴りだけではない。
 少年は不安定であったはずの自らの身体をも跳躍させ、空中で青年の身体を捉えたでは
ないか! 腕が、足が、自らの身体に倍する青年の巨体へと絡み付き、容赦なく締め上げ
ていく。
(……そうか……)
 意識すら奪われるほどのホールドの中で、青年は自らの愚かさに苦笑を浮かべた。
(所詮、『つもり』……か)
 命を絶つ気のない戦いを挑んだこと自体が、彼にとっての油断。目の前の相手は、そん
な甘い考えで倒せるほど弱い相手ではなかったのだ。
 それは、コルノ最強の男を殺した自分が一番よく分かっていたはずなのに……。
「ライトニング……バスタァァァァッ!」
 石畳に叩き付けられる激しい衝撃の中、青年は最後まで自嘲気味な笑みを浮かべていた。

「ラーミィ……」
「ん?」
 闘技場の石畳に仰向けに倒れたまま、アズマは傍らに座っている少女に声を掛けた。
「俺……」
 咄嗟に放った技とはいえ、彼のライトニングバスターは彼の兄・ヴァイスの身体を完全
に捉えていた。腕も、足も、完全に彼の身体を極めていたはずなのだ。
 しかし、彼は起きあがった。
 まるで何事もなかったかのように。
 そして、少年を見たのだ。少年の事を『自らの弟』ではなく、ハッキリ『宿敵』と認識
した、その瞳で。
「兄貴に勝てるかな……」
 それだけでアズマは悟っていた。ヴァイスが今まで全ての人生の中で、自分相手に一度
たりとも……本気の一割すら出していなかったことに。
 ヴァイスという存在の、恐るべき正体に。
 目の前に厳然と突きつけられたその事実に背筋が凍り、初めて足が震えた。
「いや、兄貴を、越えられると思うか?」
 だが、ヴァイスはアズマに一瞬その視線を向けただけで、ラーミィと共に戦いを見守っ
ていた妖艶な美女を連れてどこかへ行ってしまったのだ。
「どうかなぁ?」
 膝を抱えて座っていたラーミィは、そのままことん、と膝の上に頭を乗せると、誰に言
うでもなしにぽつりと呟く。
「けど、ボクはアズマくんの側に、ずっといるよ」
 多分、この少年は再び旅に出るのだろう。兄に追い付き、兄を越えるために。
 けれども、それで良いと、少女は思う。その果てしない少年の旅路に自分の姿があれば、
それで。
「……ありがとう」
「それでね……」
 たった二人だけの空間に、今日は邪魔する者もいない。辺りに漂う心地よい雰囲気に穏
やかに身を委ね、ラーミィはその白い両手をお腹の方へと持っていく。
「ボク、一人目の名前はニシがいいな……」
「なにぃっ!」
 がばりと起きあがる、アズマ。ヴァイスに叩き付けられた根元的な恐怖なんぞよりも数
百倍は衝撃だったらしい。
「ラ、ラーミィ。冗談だよな。冗談……」
 無論、冗談である。
 ……が、少女ははぁとまぁくまで浮かべてにっこりと笑った。普段心配ばかりさせられ
ているのだから、この程度はやってもバチは当たるまい。
「責任、とってね☆」
「冗談だと……言ってくれ〜っ!」
 この後真相を聞かされたアズマは、ムダにだだっ広い闘技場の石畳から半日くらい起き
あがれなかったという。
 ……合掌。


「あら……」
 広大な火口。
 崩れかけた巨塔や飲み込まれかけた岩盤が無数に林立する、異様な火口。
 その中央に突き立てられた三本の墓標の前で、エレンティアの少女は小さな声を上げた。
 墓標に刻まれた三つの名は、誇り高きディルハムの長、研究に殉じた学究の徒、それか
ら……この大地を守護していた心優しき神の名。
「真実を求めに来ると、面白い事に出会えるものなのね…」
 三つの墓標には三者三様の書体で、新たな文字が書き加えてあった。
――勝手に殺さないで下さい――
 と。


 そして、物語は一つの終わりを告げ、新たなる物語の始まりを告げる。


だが。
それは、また……別の話。


読者参加型プライベートリアクション
ユノス=クラウディア
完
まだもうちょっと続くよ!
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