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#2 花盗人  ―それぞれのエピローグ・1―

「む……。今日の定食はモツ煮込みか……」
 ラミュエルの運んできた定食をちらりと見遣り、カイラは微妙な表情でそう呟いた。
「あら? モツ煮込みはお嫌いでした?」
 最近の氷の大地亭は、今までにないメニューにはない料理が少しずつ増えている。基本
的な料理を会得するのも大切だが、料理には応用も大切だからだ。自らの技量を上げるた
め、ラミュエルは時間も手間もかかる煮込み料理などに挑戦することも多くなっていた。
「いや、そういうワケではないのだが……」
 カイラに好き嫌いはない。何でも残さずきれいに食べる。一時ラミュエルが間違えて食
用蛙なんか注文してしまった時でも、不平を言わずにその料理を食べていたくらいに、だ。
鶏肉に似た味がしたらしいが、他の誰もが食べようとしなかったため、本当の所は闇に包
まれたままだったが。
「私のイトコが、内臓好きの変態でな……」
「はぁ……。内臓料理がお好きなんですか?」
 変態と言うところにやや引っかかりを感じるが、内臓料理が好きなくらいで変態と呼ば
れるいわれもあるまい。作る方か食べる方かは知らないが、ラミュエルでも内臓系の食材
を使った美味しい料理をそらで百は作れるのだから、その内臓好きさんは大変なものなの
だろう。
「いや、そうではないのだ。内臓を触るというか、そういう触感が好きというか……」
 実際に会えば、かなりヤバい奴なのだ。というか、彼女に説教をし続けているウチにカ
イラは今のような説教の達人にまで登り詰めたのである。
「それじゃ、肉屋さんですか?」
 内臓を触るというのなら、腑分けをする肉屋の職人さんだろう。内臓の感触を怖がって
いるようでは仕事にならないから、そういう性格の人は肉屋さんが天職であるに違いない。
「うむむ……確かに、腑分けもすると聞くが……」
 彼女の性格からすれば、腑分けなど嬉々としてするようなヤツだが……その対象は牛と
か豚とかじゃなくって……
 これ以上はカイラ本人の人格が疑われるような気がしたので、言わないことにした。
「何だか思い出したら腹が立ってきた。レイラに説教せねば気が済まん。クローネ、私が
荷物の支度をしている間、宿泊費の精算を頼む!」
 丁度一時間後。カイラは犯罪者で変態なイトコ殿に説教をぶちかますため、ユノス=ク
ラウディアの街を出ていった。
 彼女がこれからここへ戻ってくるのかどうかは、彼女本人しか知らない事なのだろう。
 多分。


「賊だと!?」
 いきなりの報告に、シュナイトは傍らの剣を掴むと慌てて自分の部屋を飛び出した。
「規模は! 非戦闘員の無事は確認させているだろうな?」
 走りながら報告を聞き、心の中で歯噛みする。
 今日は騎士団の大規模な演習の日で、父親をはじめとする家の者のほとんどが留守にし
ていたのだ。久しぶりに戻ってきたシュナイト以外にいるのはティウィンと、あとは母親
達くらいのもの。
 賊が侵入するのならば、これ以上の好機はない。
「ティウィン様達は外から待ち伏せに、警護の騎士達は賊を食い止めに向かいましたが…
…」
 しかし、シュナイト達の前に広がるのは……
 打ち破られた硝子窓。そこから延々と続くのは、彫像のように固まったまま、動く気配
を見せない騎士達の列。そして、その影に突き立てられているのは、一本の長い針。
「……大将。こりゃ……」
「ああ……」
 その騎士達で作られた妙に入り組んだ回廊は、客室へと続いている。ユウマの部屋を過
ぎ、ユノスとルゥの部屋の前を素通りし……ようやく辿り着いたのは、ナイラの部屋。
「やっぱり」
 ばたんと扉を開けると、中にはナイラの姿は見えない。
 その代わりにテーブルに置かれていたのは、一枚の小さな紙切れ。
「シュナイトさん。ナイラさん……は?」
 傍らのルゥに寄り添ったまま不安そうな顔をしているユノスに、拾った紙切れをひらひ
らやりながら、シュナイトは困ったような表情を浮かべた。
 今の状況をどう説明して良いものやら、分からないのだ。
「ナイラさんは大丈夫。俺が保証するよ。まあ、ちょっと乱暴な方法で出て行っちゃった
けどね」
 シュナイトの持っている紙切れには、『腐った蝙蝠参上。愛しき我が女性、確かに貰い
受ける』という文字が、流麗な書体で描かれていた。


「来たな。予想通りだ」
 森の向こうから駆けてくる二つの影を見遣り、マナトは小さく笑みを浮かべた。
 彼もかつては霧の大地の将軍だった男である。用兵ではそこらの騎士に負ける気はなかっ
たし、当然側で構えているティウィンやユウマなど足元にも及ばない。
「どちらがナイラを捕まえているかは分からないからな。とりあえず、足止めできればそ
れでいい。行くぞ!」
 一斉に抜刀すると、そのまま一気に撃ちかかる三人。ユウマが一人、ティウィンで一人。
ナイラをどちらが捕まえているかが分かれば、後はマナトが仕掛けられる。
 だが。
 ユウマの大剣を切り払う赤き血の色の閃光。
 ティウィンのサーベルを受け止めた余りにも長い長剣。
 そして、マナトを見据える、黒い澄んだ瞳。
 そのまま賊の二人組は三人の包囲網を突破し、生い茂った森の中へと消えていった。


「……ふむ。とんだ道化だな、我らは……」
 苦笑を浮かべたまま、マナトは抜き放った剣を鞘へ収めた。
「さて、と。僕はこのまま旅に戻ろうと思うが、ティウィン。お前はどうするんだ?」
 眼魔をもとの魔獣の姿に戻し、ユウマはティウィンへと問いかける。
「もう行っちゃうんですか?」
「ああ。僕の用は済んだからな。とりあえず、父上を捜して剣の修行のやり直しだ」
 もともとここへはユノスの護衛に付いて来ただけのはずだったのだ。強い剣士が多かっ
たからついつい長居してしまったが、ユノスの保護者であるマナトも来た事だし、既にユ
ウマがここにいる理由は特にない。
「そうですか……。僕も旅に出ることにします。父様達にちゃんと話してから……ですけ
どね」
 サーベルを鞘に収め、ティウィンはくすり、と笑う。そのまま鞘に収めた右手をユウマ
の方へと差し出し。
「そうか。なら、今度会った時は決着が着けられるといいな」
 その手を、軽く握り返すユウマ。その上にザキエルと眼魔がちょこんと乗っかり、仲良
くお互いの主を見上げる。
「ええ。楽しみにしておいて下さい」
 若い剣士達のそんな新たな旅立ちを、マナトは穏やかな瞳でのんびりと見つめていた。


「若。本当に追跡隊は出さなくて良いので?」
「ああ。ティウィンも出さなくて良いって言ったんだろ。なら、大丈夫だ」
 自分の部屋へと戻りながら、シュナイトは先程彼を起こしに来た騎士にそう命じていた。
「そうそう、騎士団の方も特に処罰はしなくていい。相手が悪いっていえば悪かったんだ
が……あいつらが一番堪えてるだろうし。それに、怪我人も出なかったしな」
 今日の賊の実力は、シュナイトと同じくらいか、それ以上。シュナイトより強い騎士の
大半は演習に出掛けていたし、何より闇を味方に付けた彼に勝てる者などそうざらにはい
ないだろう。夜の天使であるレリエルならともかく、普段のシュナイトが夜の彼に勝てる
自信はない。
「は。では、明朝に報告だけ」
 それだけ指示を聞くと、騎士は詰め所へと戻っていった。これから明日報告するための
報告書でも書くのだろう。
 去っていく騎士を見送り、シュナイトはぽつりと呟いた。
「さて……と。ナイラさんの件も片づいたし、レリエル、そろそろ俺達も旅に出ようか」
「叔父貴探しか?」
 こくり、頷くシュナイト。
 封じられた右目を使ったとき、青年は全てを知ったのだ。
 叔父が、既にこの世にはいない事に。
 だが、その先も見えた。
「一度くらい会ったって、バチは当たらないだろう?」
 そう。叔父が生まれ変わった、少年の姿が。
「手伝ってくれるよな?」
 手掛かりは少ない。しかし、探す価値は十分にあるはず。
「ああ。このレリエル様に任せときな」
 やれやれ……といったいつもの様子で、レリエルは傍らの主に不敵な笑みを浮かべた。


――そこから、舞台はほんの少し東へと移る。
続劇
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