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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第5話 そして……(その10)



「待ってもらって、悪いな」
 広い闘技場。その真ん中に腰を下ろし、アズマは済まなさそうな笑みを浮かべた。
「気にすることはない。満身創痍のお主を倒すより、正々堂々、全力で相手をして貰
える方が私としても嬉しいのだ」
 その正面で剣を体の支えに不動の姿勢で立っているのは、シュケル。体躯は他のデ
ィルハムと同じ大きさのはずであるというのに、他のディルハムよりも一回りも二回
りも大きく見える。
 あくまでも悠然と、体を走る灼熱の蒸気とは対照的な静かな雰囲気を以て、少年の
治療を待つ。
「それに、無用な手間を取らせたのは我らの不始末」
 ディルハム達の本拠地であるベースに向かったティウィン達が首尾良く行ったのか、
ディルハム達の増援が来る気配はなかった。霧の大地のディルハム軍から抜け、独立
した行動を取っているシュケルは、ディルハムの戦力はまだまだいるはずだからベー
スで何か有ったのだろうと教えてくれたが。
「アズマくん。もう痛い所ない?」
「ああ。ありがとな、ラーミィ」
 甲斐甲斐しく治癒術を掛けてくれていたラーミィの問いに、いつもの優しい笑みで
答えるアズマ。
 ゆっくりと体の調子を確かめるように立ち上がり、違和感がないと見るやディルハ
ムの方へと向き直る。
「少年。武器がなくても大丈夫か? 先日会ったときのブーメランはどうした?」
 シュケルとしては、先日の戦いの続きがやりたいのだ。少年の素手での実力に大き
な不満があるわけではないが、やはりあの時の決着にはどうしてもこだわってしまう。
「あれは……」
「悪い。もうちょっと、待ってくれるか?」
 ブーメランの今の状態を知っているラーミィは思わず口をつぐんだが、少年の方は
そんな事を知らないかのようにシュケルに向けて謝ってみせる。
「アズマくん?」
「まだ、何かあるのか?」
 驚くラーミィと、相変わらず悠然としたシュケル。そして、折れたブーメランを待
つと言い始めたアズマは先程の変わらぬ様子で一人飄々と歩き初めている。
「ああ。あと五秒ほどでいいんだが……。あと、ラーミィをちょいと守ってやってく
れるか?」
 アズマがそういい終わったその時。
ィィィィィィィン!!!!!!
 遠くより聞こえてくる、風を切る轟音!
 『それ』は針の穴を通すほどの正確さでアズマの立っている位置を狙い、襲いかか
ってくる!
「ハァァァァァァァッ!」
 ドガァァァッ!
 拳と硬質な何かが激しくぶつかり合った衝撃音が、辺りに響き渡る。
「なるほど。待った甲斐があったぞ」
 闘技場に巻き起こった軽い衝撃波からラーミィを庇わんと広げていたマントをばさ
りと元に戻し、シュケルはニヤリ……と笑みを浮かべた。ディルハムの顔は鋼鉄の兜
だから表情があるはずはないのだが。シュケルに庇われて彼を見上げる形になったラ
ーミィには、彼が笑みを浮かべているようにしか見えなかったのだ。
「兄……貴? ……そっか、ありがと……な」
 己が拳の一撃で受け止めたブーメランから伝わってくる『衝撃』に彼が探す男の顔
と言葉を重ね合わせ……。
 アズマは、何かが吹っ切れたような表情で、ラーミィから離れて剣を構えた将軍級
ディルハムに向け、巨大なブーメランを構えた。
「さて、真剣勝負と行こうか! シュケル!」
「いい表情だ! 我が主との最後の約束を果たすためにも……負けぬぞ、アズマ・ル
イナー!」


 辺りを渦巻くヴァートに、シークとナイラは足を止めた。
 怒り、悲しみ、そして、絶望や憤りや無力感といった様々な負の感情が入り交じり、
そのままごちゃごちゃになったかのような、不思議な……そして、哀しいヴァート。
「ああ、いたいた……」
 ヴァートの源、そのさして広くもない部屋の端に立っているティウィンを見付け、
その雰囲気に気付かない素振りでシークは声を掛けた。
「フォリント氏と合流しましたが……彼はこのベースの様子を見ていきたいそうです。
我々ももう少しここに用事があるのですが、ティウィン君達はどうしますか?」
 何故ティウィンやザキエルがこんなヴァートを放っているのかは分からない。だが、
その事情を聞くには今の状況は時間が足りなさすぎたし、聞いたからといってシーク
がどうこうできる訳でもなかった。下手な同情の振りをするのがせいぜいだ。
 だから、敢えて無神経な行動を取った。
「僕は……ユノスちゃん達の所へ、行きます」
 静かに呟く、ティウィン。
 部屋の奥に向かってうつむいたままこちらに顔を見せる気配もなく、堅く握った拳
を壁に叩き付けた、その姿で。
「……そうですか。それで、ディ……」
 そう言いかけたシークの服の袖を、ナイラが軽く引いた。
 青年を見上げる彼女はこの部屋が……そして、ティウィンの傍らの押し下げられた
レバーが何を意味するものなのか、何となく知っているのだろう。
 もう、行こう。任務は終わったよ。
「ティウィン君、何があったのかは知りませんが……希望を捨ててはなりませんよ」
 そんな感情を込めて引かれる袖に、シークはナイラと共に部屋の外へと去っていっ
た。
「…………はい」
 しばらくして。
 だん。
 再び壁に叩き付けられた少年の拳の音と少女の嗚咽の声が、妙に哀しく響き渡って
いた。
続劇
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