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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第4話 越えるもの・残るもの(その7)



Act5:侵入! 霧の大地(紅)

「この槍の事は内緒に……? どうしてです?」
 壁に立て掛けてある幾本かの槍を無造作に取ると、ジェノサリアはそれを構えなが
ら言葉を続ける。例の、対ディルハム用の強化槍の複製品だ。
「……なるほど。確かに、出来は悪くない」
「そりゃそうでしょう。俺も苦労しましたもの。俺の最高傑作……って程じゃないで
すが、かなりの出来ですぜ」
 最初の台詞を無視された形にはなったが、それでも誉められるのは悪い気分ではな
い。鍛冶屋は機嫌良くそう答える。
 ジェノサリアは懐から貨幣の入った袋を取り出すと、それをそのまま机の上へどん
と置いた。
「四本全部引き取らせて貰おう。これで足りるか?」
「へぇ。そりゃ、願ったりですが……。でも、いくら特注品って言ってもこんなには
しやせんぜ?」
 何やら訝しげに答える鍛冶屋。確かに槍は特別に注文された品だし、かなりの手間
も掛かっている。しかし、それでもここまでの額はしない。
 せいぜい、この半分か、三分の一……。
「その代わり、この槍の事は内密に頼みたい。無論、複製する事も止めて欲しいのだ
が……」
 5本に増えた槍の穂先を厚手の革のカバーで覆い、大きめの布で手際よくそれらを
まとめていくジェノサリア。
「……その為の、口止め料も入ってるってワケですか……」
 返事のないジェノサリアを肯定と取ったのだろう。鍛冶屋はそれで納得したのか、
ジェノサリアの出した袋を抱え、店の奥へと歩き始める。
 と、ぽつり洩れる、一言。
「けど、この槍を作って売ったら、よく売れるだろう……ひっ!」
 それが鍛冶屋の本心だったのだろう。だが、その言葉は最後まで紡ぎ出される事は
無かった。
「もともとこの槍はこの世界にあってはならぬ物なのだ。約束を破った時は……分か
っているだろうな?」
 鍛冶屋の喉元に包みかけていた筈の槍の穂先を突きつけたまま。ジェノサリアは、
ぽつりとそう呟いていた。


「つまらん……」
 巨大化した眼魔の背中に乗ったまま、ユウマは小さくそう洩らす。
 霧の大地への遠征に出掛けてから、既に三日が過ぎていた。しかし、ディルハムど
ころか猫の子一匹現れる気配すらない。眼魔に乗って移動中だから剣の稽古も出来な
いし、瞑想するには足下が揺れすぎているし、見渡す限りの密林や断崖絶壁も……芸
術に関心のあるシークならともかく、三日似たような光景が続けば流石に飽きてしま
う。
「退屈そうね」
 小さくあくびをしたユウマに、横の方から声が掛けられた。鋼鉄の竜の羽ばたきが
結構うるさいはずなのだが、クリオネの声は驚くほどクリアにユウマの耳へと届く。
「まあ……な」
 距離は離れているから、今のあくびが見られたワケではないだろう。それでも、あ
まり格好良くない場面を取り繕うように……ユウマはつとめてぶっきらぼうな返答を
返した。
「……」
 と、ユウマやクリオネ達からやや先行していたマナトが二人の方を向き、何やら言
っている。だが、こちらが風下にも関わらず、マナトの声は一向に聞こえてこない。
「ちょっと待って。ディルド、お願い」
 一番風下の筈のクリオネが何やら言うと、突然にマナトの声が聞こえるようになっ
てきた。
「そろそろ霧の大地だ……。ユウマ君、君もワイヴァーンに乗り移った方がいいかも
知れんな」
 どうやらユウマ相手に言っていた言葉のようだ。
「眼魔では駄目なのか?」
 ユウマの返事も届いているらしい。マナトは森の向こうにある長い地割れのような
ものを指さし、言葉を続ける。
「あの乱気流の吹き出す地割れから先が霧の大地だ。その魔獣にはワイヴァーンほど
のパワーはないだろう? 下手に乱気流に巻き込まれると、死ぬぞ」
「……了解した」
 乱気流に巻き込まれる事は特に恐いとは思わなかったが、そんな馬鹿な事で犬死に
するのは美しくなさ過ぎる。ユウマはマナトの言葉に素直に従う事にし、マナトの竜
の方へ眼魔をふらふらと寄せていく。
「ああ、私のワイヴァーンではなく、クリオネ嬢のワイヴァーンに乗った方がいいだ
ろう。あちらの方が私より軽いだろうからな」


【にしてもお前、人使い荒いって……】
 何処からともなく聞こえてくる声に、クリオネはさらりと言い返す。
「ディルドったら、いつの間に人間になったのかしら?」
【く……言葉のアヤだ、言葉の……。けど、俺がこんなコトしなくっても……お前が
精霊魔法か何かぱぱっと使えば、どうにでもなったんじゃねえのか?】
 そうなのだ。竜や風の放つ酷い騒音にも関わらずクリオネ達がごく普通に会話でき
たのは、ここにいる風の精霊の青年のおかげなのである。ここでは、クリオネしかそ
の姿を見いだす事は出来ないのだが。
「力は温存しておかないとね」
 相変わらず、しれっとして答えるクリオネ。
【俺だってもうバテて死にそうなんだけど……】
 正直なところ、この精霊の青年にはそう大した力があるわけではないのだ。せいぜ
い、軽い風を起こしたり、先程のように音を運んだりする程度。それですら、かなり
の負担になってしまう。
「ひ、独り言は………う……美しく…ないぞ」
「別に独り言ってわけでもないんだけど……ま、いいわ」
 二人乗りをするには、ワイヴァーンは少し狭い。エレンティアの少女の体にしがみ
ついている形のユウマの緊張気味な言葉にディルドとの会話を中断し、クリオネは目
の前の『風の壁』をすっと見据えた。
 エレンティアの少女にも実際に気流が見えるわけではないのだが、何かの力の流れ
を感じる事くらいなら出来る。クリオネの見立てでは、確かに少々の鳥や飛行魔法な
ど寄せ付けないほどの強力な気流が渦巻いているようだ。
「それよりユウマ君。何て言うかさ……」
 激しい気流の中、舌を噛みそうになりつつクリオネは小さく呟く。風の音が少々う
るさくとも、ほぼ密着したこの距離ならディルドがちゃんと声を伝えてくれる。
「な、何だ?」
 珍しく言いにくそうにしているクリオネに多少の違和感を感じつつ、ユウマは相変
わらずのどもった返事を戻した。
「もうちょっと下の方に手を回してくれないかな。そこって……」
「? …………!」
 そこに至って、ようやく両の掌に伝わってくる奇妙な感触に気付く、ユウマ。
 そして……
「あら……。ディルド、キミは他の人達に伝えて頂戴。私はユウマ君を追うから」
【ん。しゃあねえな……】
 相方の風の精霊に簡単な指示を送りつつ、クリオネは硬直したまま落下していくユ
ウマに向けて竜の頭を回頭させた。


「ユウマ君が竜から落ちた!?」
 ディルドからの言葉を聞き、ティウィンは珍しく大きな声を上げた。
【ああ。まあ、クリオネが拾いに行ったから何とかなるたぁ思うけどよ。あの変な丸
っこいのもいるし】
「そうですね……。それに、あのユウマ君がそう簡単に……いや」
 ティウィンは脳裏をよぎった不吉な考えを打ち払うかのように何度か頭を振り、蛇
の手綱を取り直す。
「あなたはこの事を兄様達にも知らせて下さい。僕達は先にユウマ君の所へ行きます
から! ザキエル、行くよ!」
「あ、マスタぁ〜」
 普段からは及びも付かない勢いで、そのままユウマの落ちていった方へと蛇を加速
させ始めるティウィン。蛇も急がせれば、それはそれで結構スピードが出るのだ。
【………あれ?】
 ティウィンの姿が森の向こうへと消えてから、ディルドは小さく首を傾げた。
【あの坊主……俺の姿が見えてたのか?】


「大丈夫……みたいね」
 落下しきる前に眼魔の力を借りて落下速度を殺したのだろう。こちらに向かって何
事もなかったように手を振っているユウマの様子を見、クリオネは小さく安堵のため
息をつく。
「当然だ。僕はこの程度では死には……」
 流石に無理がたたったのか、疲れて眠っている眼魔を抱え、ユウマは当然というふ
うに返事を返……そうとした。
「どうしたの?」
「……いや。錯覚だろう。気にしないでくれ」
 一瞬の間だけクリオネから放たれた、赤い霧のような幻。さぞかし邪の者や強い獣
が好みそうな、闇の気が放たれた気がしたのは……ユウマが強行軍に疲れている証拠
であろう。
 ………………がさり
「……気のせいや錯覚じゃないわよ」
 ふと、茂みの中から響く音。
「ディルハムか? いや、それほど大きな音ではないな」
 相手がディルハムなら、辺りに気配や殺気と言った『存在感』が全く漂わないから
すぐに分かる。しかし、茂みを揺らした音は3mを越えるような巨大な物体の立てる
ような音ではなかった。
 せいぜい、虎や獅子といった……1mほどの高さを持った大きめの存在くらい。
 ………………がさがさがさ……
 その正体不明の謎の敵が、ユウマとクリオネの隙を探るように辺りをゆっくりと廻
っているのだ。気配は感じられないものの、茂みを揺らす音から考えても一頭や二頭
ではない。
「ユウマ君は下がってなさい。剣の使えないキミじゃ、彼らの相手は難しいでしょ
う?」
 糸のように細い鞭をす……っと構えると、クリオネは眼魔を抱いているユウマの方
へ声を掛ける。
「そうはいかない。女性に戦わせておいて自分は高みの見物など、僕の美学に反する」
 男の子がそう言い返す事など、少女には容易に予想がついていた。こういう時の為
に考えておいた言葉を、短く口にするクリオネ。
「私は相棒に無理をさせてまで戦う方が、美しくないと思うけど?」
 彼の美学にこだわる性格を突けば、説得する事はさほど難しくはないはず。相棒を
こき使っている自分の事は棚に上げ、クリオネはそう言った。
 だが、少女の予想は少しだけ外れる事になる。
「別に眼魔に無理をさせようとは思わないよ」
 くすりと不敵な笑みを浮かべ、瞳を閉じてボールのように丸まっている眼魔をひょ
いと抱え直すユウマ。
「剣が無くとも、戦いに加わる手段は幾らでもある。という事さ」
 小さき剣士は不思議そうな表情を浮かべているクリオネに、一言だけ言葉を返した。


「そう……。これが、霧の大地の『生物』なわけね……」
 ほんの数分前までは虎だった物体を無表情に見遣り、クリオネは小さく呟いた。
「ディルハム達と同じ……これも、霧の大地のカガクの力というやつですか?」
 クリオネの鞭によりズタズタに引き裂かれて、虎はその活動を既に止めている。そ
の一部……かつては顔と呼ばれる部品だった物をティウィンはそっと手に取ってみた。
 その切断面から見えるのは、ディルハム達と同じ、鋼鉄の筋と骨格。
「そうだ。霧の大地には、もはや外の世界のような生物はおらぬ……」
 霧の大地の本体は、ラフィア山地と同じく切り立った断崖とそこから吹き出す人為
的な乱気流によって守られている。入るに難く、出るにも難い地形は、外界との生物
の交流すら断っていたのだ。
 広い大地ならば残された生態系は独自の進化でも遂げたのだろうが、いかんせん霧
の大地は獣達が独自の進化の道を切り開くには狭すぎた。血の限界を与えられたのは、
人間達だけではなかったのだ。
「だから……人工の動物を作ったのですか?」
 辺りに整然と林立する鋼鉄の蛇の群や、竜。それが、この霧の大地に暮らす生物達
なのか。
「私達が生まれるよりも前から、この鋼鉄の獣達はこの霧の大地を生きていました。
最初にバベジ様が何を考えてこの子達を作ったのかは解らないけれど……」
 血液の代わりに真っ黒なオイルを流している虎の骸を寂しそうに撫でつつ、そんな
事を言うユノス。彼女の瞳には、生物の虎も鋼鉄の虎も、同じように映るのだろうか
……ルゥはユノスに寄り添ったまま、そんな事をふと思った。
「とにかく、ここが霧の大地です。まずは街に行きましょう。皆さんが休める位の設
備はありますから……」
 ユノスの言葉に、合流した一同は各々の乗っていた鋼鉄の獣の元へと散らばり始め
る。
「命を生み出すもの……確かに、神と名乗ってもいいのかもしれないわね」
 クリオネのぽつりと洩らした一言が、この場にいる全ての人間達の気持ちを物語っ
ていた。
続劇
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