-Back-

−第4話(後編)・Prologue−
 『ユノス=クラウディア』という街がある。  エスタンシアの降下した地・モンド=メルヴェイユのさる街道添いにある宿場街だ。  周囲を乱気流の吹く険しい火山性山地…ラフィア山地に囲まれており、街道以外に はまともな侵入経路など見当らない。古代文明の時代に天然の要害として創り出され た難攻不落の地形は、現代でもコルノやプテリュクスの侵略を防ぐ絶好の防壁として 機能しているのだ。  さらに、今はエスタンシア大陸がある。  敵とも味方とも知れない未知数の力を秘めたこの浮遊大陸が睨みを効かせている以 上、コルノ・プテリュクス両陣営とも、うかつな侵略行動は絶対に不可能なものとな っていた。  すなわち、コルノやプテリュクスから独立している街と言う事になる。歩いて数日 の所にあるエスタンシア大陸から入ってくる冒険者、そして、突如として湧き始めた 温泉を目的とした湯治客など旅人の数は非常に多い。地震や謎の怪物などの不安事は あるにしても、その程度の不安など、今の世界では何処にでもある事なのだから。  だから、街は賑やかだった。  そう。真の破滅の足音を、誰も気付かぬが故に。



読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第4話 越えるもの・残るもの(その2)



Act4:侵入! 霧の大地(蒼)

「はぁぁぁぁっ!」
 裂帛の気合と共に繰り出される、必殺の一撃。
 ガッ! ギギィ…………ッ……
 だが、もはや先端の鈍ってしまった槍では、技を放った自らの主の力と目標である
巨岩の強度とのせめぎ合いに耐え切る事が出来ず……
 バキッ!
 不吉な音を立て、主の手元から真っ二つに折れてしまった。
「ふぅ……」
 小さく一息ついて呼吸の乱れを整えると、ジェノサリアは構えを解き、近くの岩へ
と腰を下ろす。
「強度は普通の槍の三倍……という所か。急造にしては上出来だろうな」
 折れてしまった槍の柄を軽く足下へ放ると、その衝撃で残っていた槍の柄までが幾
つかに寸断され、バラバラに散ってしまった。
 とは言え、槍の強度に問題があるわけでは決してない。ジェノサリアはディルハム
の強度を想定して、巨岩相手に本気の突きを何度も繰り出したのである。強化槍の一
撃は岩を見事に貫き、刃が鈍ると岩を砕いた。そして、最後には限界を超えて折れて
しまったのだ。
「明日には残りも出来るというし、これで準備は万端だな」
 ほんの少し前までは槍だった物を眺めながら、ジェノサリアは用意していた手拭い
で汗を拭い始めた。
 とは言え、その様子には女性らしさはあまり感じられない。乱雑……というのでは
なく、無造作といった感じだろうか。激しい動きでほつれた銀色の髪を手櫛で直す気
配もなく、ただただ純粋に汗に濡れた体だけを拭っていく。
「後は、迎えが来るだけか……」
 ジェノサリア以外の人間が『霧の大地』へと出発して、既に二日が過ぎていた。彼
女は自らが乗ろうとしていた『竜』をクリオネに譲り、ただ一人の後発隊としてユノ
ス=クラウディアに残っていたのだ。
 槍の完成を待つために。
「さて、と。そろそろ昼だな。大地亭にでも戻るとするか」
 そして、彼女は背中の真紅の翼をゆっくりと広げた。


「そうなんだよな……。もう、二日経ってんだよな……」
 妙に扁平な鋼鉄の蛇の頭の上で、シュナイトは青い空を見上げながらそう呟いた。
蛇型の機獣はもともと3mの巨体を誇るディルハムを運搬する為に使われていた機体
だ。決して小柄ではないシュナイトの体格でも、体をゆっくり伸ばすだけのスペース
がある。
 そして彼の頭上では、青い空を二匹の鋼鉄の竜と奇怪な球体がゆっくりと飛翔して
いた。急に成長した反動と、昼型に移行するための時差ボケで眠っているはずのシー
クに見せれば……実に絵になる光景だと喜ぶだろう。
 そんな、何とも平和な光景だった。
「けど……。何か、引っかかるんだよな……」
 ユノス=クラウディアを出発して、既に二日……全行程の三分の二が過ぎようとし
ている。しかし、予想していたディルハムの襲撃や、ユノス=クラウディアを攻めよ
うとする部隊との遭遇は一向になかったのだ。
「なあ、レリエルはどう思う?」
 シュナイトはそう言うと、後ろにいるはずの相棒の方を見遣った。だが、返ってき
た返事は……
「襲撃がねえってか? 結構な事じゃねえか。平和そのものでよ」
 剣の中から響く、思いっきり投げやりな回答。昼間は眠っているはずだからもとも
と機嫌は悪いのだが、蛇のような格好の悪い機獣に乗っている事でさらに機嫌が悪く
なっているのだろう。
「ティウ、ティウはどう思う……って」
 シュナイトは小さく肩をすくめると、今度は彼の蛇と併走しているティウィンの蛇
へと声を掛けた。弟の蛇はシュナイトが眼帯を付けていない左目の側を走っているか
ら、首を少し動かすだけでティウィンを見る事が出来る。
「マスタぁー、落ちちゃいますよぉ……」
 と、必死のザキエルとティウィンの様子を見て苦笑を浮かべ、シュナイトは後続の
フォルの方へと声を掛けた。
「フォルさーん、寝てるティウを俺の方に移すから、ティウの蛇の操作代わってやっ
てくれないか?」


「ねぁ、カイラぁ。この蛇、ボク一人じゃ操りきれないモキュ〜っ。代わって欲しい
モキュ〜」
 蛇の手綱を操り……というか、逆に振り回されそうになりつつ、ポッケは隣を移動
しているカイラに悲鳴に近い甘えた声を掛けた。3mのディルハムが操るために設計
された蛇だ。安定感があるなどと言っていられるのは人間サイズまでの話で、小さな
ポッケでは逆に掴まるものが無さ過ぎて不安定になってしまう。
 フォルがティウィンの蛇に乗り換えてから、何故か付いて来たポッケが一人で操っ
ているのだ。
 だが、悲鳴を上げつつも器用に甘えた声を出しているポッケの努力に大して、カイ
ラの返事は冷たい。そりゃもう、絶対零度よりも冷たかった。
「知るか。己の利の為だけに自分を偽るような者など、助ける気も起こらんわ。たま
にはいい薬だ」
「ちっ……。ユノスは〜ん。ユノスはんでもええから、代わってくれへんかなぁ……。
ユノスはんだってこの蛇、動かせるんやろ〜?」
 彼の地である関西弁に戻ると、ポッケは今度はカイラの後ろにちょこんと腰を下ろ
しているユノスの方へと声を掛ける。
「ごめんなさいね。ルゥちゃんが寝てるから、今は『サーペント』は動かせないの」
 そのポッケに向け、小さく頭を下げるユノス。なるほど、ユノスの傍らにいるルゥ
の頭は緩やかに上下運動を繰り返していた。
「ユノス。あのような輩に頭など下げる必要はないぞ。ポッケもユノスの優しい気持
ちにつけ込むのではないっ!」
 一瞬カイラの放った気に、ポッケは本気で身をすくませる。しかし、別に彼女の眼
光や、背負っている巨大な剣に恐れをなしたのではない。もっと別の……ポッケの
『獣』としての本能にダイレクトに恐怖を叩き込んでくる者の……存在。
「はぁ。何やら悩んどるアズマとラーミィの邪魔するわけにもいかんし……」
 アズマは前の襲撃事件以来ずっと悩んでいるようだったし、ラーミィの方も例の薬
騒動の後から今一つ元気がない。邪魔するわけにも行かない……というか、二人の重
っ苦しい雰囲気は第三者のポッケにとって大変キツいものだったのだ。
「……って、お前、大人しゅうしいやぁっ!」
 相変わらず暴れる蛇に今度は本気で振り回されつつ、ポッケはそんな事を呟いてい
た。


「霧の大地直前か……大地での本土決戦を狙っているのでしょうね。敵は」
 シュナイトの話を聞き、ティウィンの蛇で併走しているフォルはごく簡潔にそう言
ってのけた。
「やっぱ、そう思うか……。俺が敵の将軍でも、そうするだろうしな」
 霧の大地までの道のり……ラフィア山地を大軍で侵攻するのは、至難の技と言って
も過言ではない。切り立った無数の崖に対抗するための大量の特殊装備は必須だし、
獣道のような山道は移動するだけでも膨大な体力を消費してしまう。更に言えば、戦
略を立てる上で最も重要な『安定した補給線』の確保はそれ以上に難しい。
 その過酷な道のりを踏破して疲れ切った相手を叩くなど、赤子の手をひねるような
ものだ。しかも、霧の大地側の兵力は疲れを知らない鋼鉄の兵隊・ディルハムである。
赤子どころか、足下の虫を踏みつぶすほどの仕事にもならない。
「まあ、我々は幸いにも十年かかる侵攻計画を三日でこなすだけの力を手に入れてい
ますから。後は、それをどう使い、動くか……でしょうね」
 そう言う意味では、機獣は貴重な存在だった。断崖絶壁をさながら平らな地面のよ
うに這い登り、重い糧食や野営装備を軽々と運び、深い森や沼を安定した速度で踏破
する。だからこそ、この危険で困難なはずの侵攻作戦が……まるで、近所の森に馬車
でキャンプに行くような雰囲気で行われているのだ。
「そうだな。まあ、今までは上手く行ったんだ。後は実際に行ってみないとどうにも
ならない……よな」
 少数精鋭のゲリラ作戦が一体どこまで通用するのか。シュナイトは襲ってくる軽い
不安感を打ち消すかのように、眠っている弟に回していた腕に少しだけ力を込める。
「……兄……様?」
「あ、起こしちまったか……」
 まだ寝ぼけているのだろう。トロンとした瞳のままでぼぉっとしているティウィン
を見て、少しばつの悪そうな表情を浮かべるシュナイト。
「僕……」
「とりあえず、寝られる時は寝とけ。図書館に居た時は、そんなに寝てないんだろ?」
 ティウィンの様子を見て何か言いかけたフォルの方を軽く制し。手綱を取っている
方の手でポンポン……っと軽く頭を撫でてやると、それに安心したのか、ティウィン
は再び瞳を閉じる。
「ああ、ザキエルも暇だったら…って、もう寝てるか……」
 ティウィンの寝顔に寄り添うようにして可愛らしい寝息を立てている妖精の少女を
見、シュナイトは穏やかな笑みを浮かべた。


「ユノス。お前は、どうしてこの遠征に加わった?」
 鋼鉄の蛇の手綱を鞍へと預けると、カイラはユノスの方へと向き直った。真面目な
話をしようとする時に背中越しというのは、あまり礼儀正しい態度とは言えない。
 実際の所、蛇はほとんど勝手に霧の大地へと向かっていた。勝手に向かっているの
だから手綱を取っている意味は実際にはないし、歩くより少し速い程度の蛇相手では
そうそう振り落とされる心配もない。普段は馬や馬車を使っているから、その慣習上、
みんな何となく手綱を取っていたのだ。
「どうして……ですか?」
 丸くなって眠っているルゥの背中を軽く撫でていた手を止め、ユノスは心持ち小さ
めの声で返事を返す。
「任務とやらは果たしたのだろう? 仕事が終わったのならば、何も好きこのんで危
ない戦いに身を投じる必要はないだろう。後は、ナイラやお前の兄が何とかしてくれ
るのではないのか?」
 実際、そうなのだ。ユノスはナイラやマナトに強要されてこの遠征に参加したわけ
ではない。『霧の大地を助けてくれる人を捜す』という任務も一応は果たしたわけだ
し、ルゥ達と氷の大地亭で待っていても良かったのだ。
「私………」
 長い、沈黙。
 ただ、鋼鉄の蛇が足下の生い茂る草を掻き分ける音だけが、響く。
「よく分かりませんけど……この戦いは、逃げちゃいけないって思ったんです」
「ほぅ……」
 自らの予想を超える返答に、カイラは軽く目を細める。
「そこのルゥ達を危険にさらしてまでもの事か?」
 前回の戦いでは、ユノスを庇ったルゥが怪我を負っているのだ。無論、間接的にユ
ノスを守った者達を含めれば、壊滅した傭兵達の存在も忘れてはならない。
「ルゥちゃん達を傷付けはしません」
 静かな決意を込めた声で、ユノスは答える。
「その為の、私の力です」
「……だろうな」
 ユノスにとって、ルゥ達を護るのはそう難しい事ではない。
「それは自分で決めた事なのだな? あのマナトという男や、ナイラ達他人の意見で
はなく」
「ええ。自分で、ちゃんと決めました」
 カイラの言葉に、ユノスは小さく頷いてみせる。
 だが、自分の力を使うのは本当は気が進まなかった。指揮官級のディルハムすら一
瞬で灼き尽くす力は、まかり間違えば味方すらも一瞬で灼き尽くす力となりえる。
 そうなれば……
「ならば、私がどうこう言う必要はあるまい」
 あまり握っている必要もない手綱を何となく構え直し、カイラは小さく呟いた。
「それだけの決意があれば、そうそう暴走などせんだろうさ。それに……」
「それに?」
 無責任な事を言ったら説教してやろうと思っていたカイラだったが。
「行く手を邪魔する者は、私達が何とかしてやる。お前は、自分のなすべき事を果た
すがいい」
 良い意味で裏切られたユノスの言葉に、軽い笑みすら浮かべていた。
 「なるほど。マナト殿はディルハムの引き留め役を……」
 鋼鉄の猿のさして広くもない背中に掴まり、シークは小さく呟く。
 蛇と違い、猿の乗り心地はお世辞にも良いとは言えなかった。まさに猿のような機
敏さで、辺りを駆け回るのだ。上下運動はかなりのものだし、加わる衝撃も凄い。ち
ゃんと掴まっていないとすぐに振り落とされそうになってしまう。
 そんなわけで、夜型から急に朝型の生活に移行したシークはだるくはあったが……
ティウィンやルゥのように眠っていられるような余裕はどこにもなかったりする。
「ああ。老人や我々ではバベジの相手は出来ないからな。マナト様は霧の大地本土で、
たった一人でバベジの相手をしておられた。いかな下界の伝説が凄いとは言え、伝説
が本当だとは限らなかったからな……」
 シークの腕の中で、ナイラは簡潔に答えた。
 もともと人間一人が操ることを前提に開発された猿型だから、搭乗スペースはそれ
こそ猫の額ほどの広さしかない。ナイラはシークに抱きかかえられるようにして猿を
操っているのだ。
「ふむ……」
 突然訪れる、沈黙。
 猿が飛び上がったから、迂闊に話などをすると舌を噛んでしまうのだ。
「……マナト様はマナト様で、必死に戦っておられた。バベジの暴走は突然の事であ
ったし、誰も予測が付かなかったのだ……。私もユノス様も、別に恨んではおらぬ」
 マナトを嫌うシークの気持ちを感じたかのように、ナイラは口を開く。
「貴女達にそこまでの負担を掛けるよりも、他に何か良い手段は無かったのでしょう
かね……」
 シークは小さくそう呟くと、少し不機嫌そうに……蒼穹を駆ける鋼鉄の飛竜の群れ
を見上げた。
続劇
< Before Story / Next Story >



-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai