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−第4話(前編)・Prologue−
 『ユノス=クラウディア』という街がある。  エスタンシアの降下した地・モンド=メルヴェイユのさる街道添いにある宿場街だ。  周囲を乱気流の吹く険しい火山性山地…ラフィア山地に囲まれており、街道以外に はまともな侵入経路など見当らない。古代文明の時代に天然の要害として創り出され た難攻不落の地形は、現代でもコルノやプテリュクスの侵略を防ぐ絶好の防壁として 機能しているのだ。  さらに、今はエスタンシア大陸がある。  敵とも味方とも知れない未知数の力を秘めたこの浮遊大陸が睨みを効かせている以 上、コルノ・プテリュクス両陣営とも、うかつな侵略行動は絶対に不可能なものとな っていた。  すなわち、コルノやプテリュクスから独立している街と言う事になる。歩いて数日 の所にあるエスタンシア大陸から入ってくる冒険者、そして、突如として湧き始めた 温泉を目的とした湯治客など旅人の数は非常に多い。地震や謎の怪物などの不安事は あるにしても、その程度の不安など、今の世界では何処にでもある事なのだから。  だから、街は賑やかだった。  そう。真の破滅の足音を、誰も気付かぬが故に。



読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第4話 越えるもの・残るもの(その1)



Act0:向かうものたち

 夜の、闇。
 その闇の中で、一人の美女がゆっくりと手を伸ばした。
 キィ……キィィっ!
 長く伸ばした指の先に留まるのは、一匹の獣。美女達の一族の眷属たる、闇の中で
のみ生を謳歌する事の出来る獣だ。
 白い指先に留まる黒い影が、その空間に奇妙なコントラストを造り上げる。
「……この妾を呼び立てるとはな……。あやつも偉うなったものよ」
 獣からのメッセージに小さく眉をひそめ、ぽつりともらす。少しだけ不機嫌そうに、
そして、少しだけ嬉しそうに。
「行くが良い。そして、あの莫迦息子に伝えよ」
 静かに通る声で美女は小さく呟くと、指先に留まっていた獣を夜の闇へと解き放っ
た。美女の頭上を二度三度ぐるぐる回ると、そいつは鳥とは明らかに違う独特な動き
で羽ばたき始める。
 ユノス=クラウディアと呼ばれる街へ向かって、一羽のコウモリは深い闇の中をゆ
っくりと消えていった。
 「これを……届ければいいのね?」
 掌ほどの大きさの包みを受け取るなり、銀髪の女性はそう呟いた。見るからに冒険
者然とした身なりの女性だ。年は幾つなのか分からないが、服装やその雰囲気からす
ればまだそう年ではあるまい。
「ええ。宛先はこっちに書いてあるわ。それから、運び賃の方は……このくらいで構
わないかしら?」
 その女性のもう一方の掌に数枚の硬貨を握らせながら、もう一人の女性が呟く。こ
ちらはきちんとした正装に身を包んでおり、どこかの役人や誰かの秘書とでも言える
ような雰囲気を漂わせていた。
「随分気前がいいのね……。ユノス=クラウディアならこの半分の額でも大丈夫でし
ょうに」
 女性はその硬貨を財布代わりに使っている革袋に放り込みつつ、嬉しそうな表情を
浮かべる。その様子には、倍額の硬貨に遠慮する気配など欠片もない。遠慮がない…
…というのではなく、それだけの額に対する仕事をこなす自信があるのだろう。
「信用商売ですもの。けど、これだけ払ったのだから、迅速確実に届けて頂戴ね」
「ええ。その辺は大丈夫」
 そして、銀髪の女性は可愛らしい笑みを浮かべて答えた。
「あたし達の方も、信用商売ですもの」


「力が、解放されてしまいました……」
 両手に乗るほどの水晶球を覗き込みつつ、少年の声が響く。
「そう……」
 応じるのは、女性の声。落胆するような、苦笑するような……そして、懐かしむよ
うな、そんな声で。
「『スペア』のない今、僕たちが何とかするしかないのでしょうね……」
「そうね。少なくとも、あの子一人の力で何とか出来るとは思えないし……」
 本来なら、自分達の仕事はないはずなのだ。だが、彼女は大切な『スペア』を忘れ
ていってしまった。それがなければ、彼女はさらに混沌を与えてしまうだろう。
「それじゃ、出掛けましょうか。あの子に、『忘れ物』を届けに……」
「はい」
 そして、二人は旅立つ。
「ユノス=クラウディアへ……」


Act1:それぞれの決断、それぞれの決意

「あの…クローネさん。ちょっと、お話があるんですが…」
 ベルディスの娘は、カウンターの隣で洗い物をしている女性に小さく声を掛けた。
「ん、何かしら? ラミュエルさん」
 がちゃがちゃと洗い物を続けながら、クローネはラミュエルの言葉に応じる。朝食
の食器の片づけがまだかなり残っているから、ここで手を止めるわけにもいかないの
だ。
「えっと、例の事件の事なんですけど……」
 例の事件。
 すなわち、『氷の大地亭の酒場に客が大量に押し掛ける異変』の事である。店の許
容量以上に客が押し掛けてしまうこの異変は、数日経った今でも解決する気配すら見
せていない。
「そうよねぇ。お客さんが入るのはいい事なんだけど、ちょっとね……。店のみんな
も相当疲れてるみたいだし……」
 この異変が始まってすぐ、クローネは酒場のスタッフの数を倍に増やした。しかし、
無制限に増えていく客の数に対し、増やせるスタッフの数などたかが知れている。結
局スタッフ一人に対する客の数は最初の時と変わらない状態になり、スタッフの疲労
は溜まっていく一方……というワケの分からない悪循環がもたらされていたのだ。
「あれって……」
 と、そこに一人の女性が階上の客室から降りてきた。何が入っているのか、妙に長
い布包みを担いでいる。ラミュエル達は降りてきた彼女が槍の使い手である事を知っ
ていたから、包みの中身は槍なのだろう……と適当に見当を付けた。
「朝食はまだやっているか? そろそろ空いているだろうと思って来たのだが……」
 ぐらぐらと足下が揺れる中……例の群発地震だ……背中の大きめの翼を動かして器
用にバランスを取り、女性は危なげなくカウンターの席へと腰を掛ける。女性の予想
通り……というか、朝の営業時間はとっくに終わっていたから、辺りに他の客はいな
い。
「ええ。宿のお客さんの分は残してあるから心配しないで。ラミュエルさん、お願い」
「あ、はい」
 話を続ける暇もなく、ラミュエルは厨房の奥へと戻った。慣れた手つきで火を起こ
し、宿泊客用に残しておいた分の料理を作り始める。
「ああ、そうだ。一つ聞きたいのだが……」
 ラミュエルの焼く肉の香ばしい匂いが漂ってくる中、翼の女性はカウンターのクロ
ーネに声を掛けた。
「何かしら? ジェノサリアさん」
「この辺りに、腕の立つ鍛冶屋はあるか?」


続劇
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