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−第2話(前編)・Prologue−
 『ユノス=クラウディア』という街がある。  エスタンシアの降下した地・モンド=メルヴェイユのさる街道添いにある宿場街 だ。  周囲を乱気流の吹く険しい火山性山地…ラフィア山地に囲まれており、街道以外に はまともな侵入経路など見当らない。この天然の要害とも言える地形は、コルノやプ テリュクスの侵略を防ぐ絶好の防壁として機能していた。  さらに、今はエスタンシア大陸がある。  敵とも味方とも知れない未知数の力を秘めたこの浮遊大陸が睨みを効かせている以 上、コルノ・プテリュクス両陣営とも、うかつな侵略行動は絶対に不可能なものと なっていた。  すなわち、コルノやプテリュクスから独立している街と言う事になる。歩いて数日 の所にあるエスタンシア大陸から入ってくる冒険者、そして、突如として湧き始めた 温泉を目的とした湯治客など旅人の数は非常に多い。  街は、静かだった。  まるで、嵐の前の静けさのように。



読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第2話 嵐の前の……(その1)



Act1:すりーでいず・びふぉあ −三日前−

 「ち……っ…」
 『彼女』は小さく舌打ちし、ほんの少しだけ身を翻す。
 ぶぅんっ!!!
 『彼女』の真紅の翼を掠めたのは、『彼女』の頭程もある巨大な鉄塊…メイスの
一閃。もし『彼女』が持っている槍で受けていたならば、『彼女』の頭ごと打ち砕か
れたであろう事は間違いない。
 「貴様等は滅ぼすと、言っただろう!」
 その大きすぎるメイスにさすがにバランスを崩したのか。『歩くプレートメイル』
…ディルハムの見せた一瞬の隙を付き、『彼女』は必殺の槍の一撃を繰り出そう……
 …と、した。
 だが。
 出来なかった。
 「お前達っ! 少し待て!」
 『彼女』とディルハムの間に突如として割り込んできた、一人の女性によって。
 「なぜすぐに不毛な戦いを起こそうとする! まずは話し合ってみろ! 話し合え
ば、解決の糸口は必ず掴める。そうは思わんのか?」
 何故か男口調で叫ぶ女性。さすがの『彼女』とディルハムも、あまりの展開に呆気
に取られたままだ。
 ぼぅぼぅ……
 割り込んできた女性の両の掌で妙に景気良く燃える魔力の炎の音だけが、霧深い辺
りの空間を支配する。
 「お前……何をいきなり…」
 「動くなっ! まずは話し合えっ!」
 目の前に魔力の炎をずいと突き付けられ、『彼女』もさすがに動きを止めた。今の
零距離に近い間合ではまともに技は放てないし、この状況は圧倒的に向こうに分があ
る。
 「それに私は『お前』なんかじゃない。カイラ・ヴァルニという立派な名前があ
る!」
 だが、圧倒されていた『彼女』の方はともかく、ディルハムの反応はちょっとだけ
違っていた。
 ぎぃぃ……
 無言で鋼鉄のメイスを振り上げたのだ。もしメイスが外れても、零距離のこの間合
ならば鋼鉄製の腕が十分な破壊力を示すだろう…と目論んでの事だろうか。
 しかし。
 「話し合えといっているだろうがぁっ!」
 女性…カイラは問答無用で掌の炎をディルハムに向かって叩きつけ、そのままの勢
いでプレートメイルをしばき倒したのだ。
 轟ッ!
 瞬間的に解放された膨大な熱量が渦巻く旋風を引き起こし、辺りに漂っていた霧を
一瞬のうちに薙ぎ払う!
 その後に起こった地響きは、ディルハムの墜ちた音か、それとも最近の群発地震か
…。ともかく、物凄い音が辺りに響き渡った。
 「話し合えば無駄な流血や死者は出さずにすむ! それをなぜ分からんか! そも
そも………」
 さらにカイラはケタ外れの業火の熱量に半ば鉄塊となったフル・プレート(だった
物)を正面から見据え、延々説教を垂れ始めたではないか。
 「……ほとんどの戦を見ろ。少し話し合えば解決……」
 (………)
 説教は続く。たぶん、1時間やそこらでは済まないだろう。
 (逃げた方が良さそうだな…)
 『彼女』はベルディスの物よりも一回り大きい翼を広げ、夜の空へと舞い上がっ
た。無論、説教しているカイラに気付かれないようこっそりと、だ。
 「お前! 話を聞いているのならばせめて相槌を打つくらいの誠意を見せたらどう
だ!」
 霧一つないユノス=クラウディアの街に、カイラの説教の声だけがノンストップで
響き渡っていた。


 そして、何事もなく三日が過ぎた。


Act2:3−Days・一日目の朝 −平穏−

 「これ、美味しいですね…」
 ラミュエルはテーブルの上に置いてある料理を一口食べ、そう呟いた。
 「そう? そう言ってもらえると嬉しいわね」
 その料理を作った張本人…鍋を振っているクローネは、その言葉に嬉しそうに返事
を返す。
 「けど、ラミュエルさんが厨房仕切ってくれるようになってから、私もこの時間に
朝食が食べられるようになったし…助かってるわ。本当に」
 氷の大地亭の朝は、街名物の古代遺跡『時計塔』が朝一番の鐘を鳴らすよりも早
い。だが、スタッフ…特にクローネの朝食は遅かった。必要最小限の人数で仕事をこ
なしているので、誰かに食事に抜けられると仕事が滞ってしまうのである。特に調理
担当のクローネは、朝食が10時ごろになる事もザラであった。
 最近はラミュエル達がいるので、クローネも随分とゆっくり出来るようになった…
ハズなのだが。
 クローネが鍋を振りながらそんな事を考えていると、変な物体が現われた。
 「なぁ、クローネはん。これ読んで欲しいんやけど…」
 変な物体……珍獣のポッケはそう言いつつ、一通の封筒を鍋を振っているクローネ
へと差し出す。
 「あ、ゴメンなさいね。一段落ついたら読むから、そこに置いといてくれるかしら?」
 「う〜ん、急ぎの用事なんやけど……」
 何となく切羽詰まっているポッケの様子の見て、カウンターに立っていたクレスが
口を開いた。
 「クローネさん、見てあげたほうがよろしいのでは…?」
 そう。美しいカウンター係…クレスと、腕のいいコック…ラミュエル。この二人が
揃ったお陰で、客足の数も今までの倍以上に増えていたのだ。まあ、その分スタッフ
も増えているので、忙しさは今までと差し引きゼロと言った所だろうか。
 「あ、代わります。食べ終わりましたから」
 ラミュエルにもそう言われ、鍋から解放されたクローネはポッケから封筒を受け取
る。
 「ありがと………って……果し状? 私にケンカでも売ってるのかしら?」
 「ああ、間違えた。こっちや、こっち」
 今度の封筒の表には、何も書いていなかった。クローネは中に入っていた羊皮紙を
ガサガサと広げる。
 ヘタクソな字で書いてある文章にとりあえず最後まで目を通し、クローネは小さく
首を傾げた。
 「字が汚いわね」
 「地震が酷うてな。筆が曲がってしもうてん」
 そのポッケに文句を言うかのように、床がぐらぐらと揺れる。先日から起こってい
る群発地震だ。
 ポッケはクローネから羊皮紙を受け取ると、書いてある文章の音読を始めた。
 「えっと…『ワイの見つけた『氷の大地亭』の温泉は、ワイに所有権があるハズ
や。クローネはん、あの温泉の権利、譲ってくれへんかな』」
 その文章を聞いても、クローネは今一つぱっとしない表情のままだ。
 「あの温泉で何かしたいの?」
 「何て……商売に決まっとるやないけ! 卓球台にピンボール、勿論湯上がりに飲
むコーヒー牛乳も欠かせへん! ああ、なんて完璧なワイの計画………」
 一頻りそう言った後、うっとりと天井を見上げるポッケ。
 「はぁ………」
 しばらくラミュエルとクレスもその光景を眺めていたが…飽きたのだろう。すぐに
もとの仕事に戻ってしまった。
 「そゆわけで、後はクローネはんの承認だけなんや!」
 エスタンシア出身ではないクローネにはコーヒー牛乳くらいしか何かが分からな
かったが、どうやら温泉で金儲けを企んでいる…という事は理解していた。
 「お客さんに損をさせるような事はしないでしょうね?」
 「お客さまは神様や。ンな罰当たりな事せぇへん」
 ちっちっちっ、っと指を振るポッケ。
 「場所代は取るよ? あと、ウチ以外の温泉はどうにもならないからね。さすが
に」
 「当然やな。それはまた後でじっくり話そうや」
 クローネはふぅ、と小さくため息をつくと、口を開いた。
 「まあ、頑張って頂戴」


 「今日も探しものかしら?」
 背後から唐突に掛けられた声に、ユウマはまたか…と言った風に振り向いた。
 「また君か……。一体僕に何の用だ?」
 今少年の立っている場所は、いつものように屋根の上だ。そんな場所で声を掛けて
くるような人間など、たかが知れている。
 「クリオネ・エブン!」
 だが、その12歳にしては迫力のある声にも、声の主…クリオネは少しも動じな
い。風にそよぐ柳の如く、鋭い少年の声を受け流すのみだ。
 「別に……。ただ、キミの探しものが私の探しものと一緒のような気がして、ね」
 少女の周りを取り巻く風が、クリオネの足元まであるローブの裾を少しだけ翻らせ
る。
 「何が言いたい? 協力しろ…とでも言うのか?」
 思わず目を逸らせた(逸らせるような光景じゃないが…)ユウマの言葉に応じ、彼
の周りにも一陣の風が吹いた。まるで、その台詞に『ご名答…』とでも言うかのよう
に。
 「まあ、無理にとは言わないけど。一人で探すよりは、二人の方が効率がいいかな
…と思ってね」
 「ぷぎぃ」
 ユウマの周りを駆けた風に巻き込まれた怪生物…眼魔を、クリオネはひょいと拾い
上げる。
 「眼魔は協力した方がいいと思うのか?」
 「ぷぎーっ」
 数秒の、間。
 「そうだな。手伝ってくれるという物を拒む理由はない」
 決断は早かった。
 「それじゃあ、キミは屋根の上から探して頂戴。私は街の人に色々と聞いてみるか
ら」
 「承知。眼魔、行くぞっ!」
 小さく首肯くと、ユウマはそのまま屋根の向こうへと駆け出した。地震の揺れに
も、少年の歩みは乱れる事がない。と、その後をこちらは地震に合わせるかのように
ふらふらと揺れながら小さな魔獣が続く。
 「さて……と。ディルドも馬鹿な事に力使ってないで、さっさと聞き込みに行くわ
よ」
  二人の姿が屋根の向こうへと消えてから。
 クリオネは、彼女のローブの裾を巻き上げるのと眼魔を吹っ飛ばすのに力の大半を
使ってぜいぜいやっている風の精霊…ディルドに小さく声を掛ける。
 「俺……疲れたから先行ってて」
 「………馬鹿」
 本気でへたばっている風の精霊にそう呟き、エレンティアの少女も屋根の下へと姿
を消した。


 「これが…ディルハムだって?」
 目の前にあるのは、鋼鉄の塊。
 シュナイトは説明されるまで、それが何かに気が付かなかった。鋼鉄の鎧だったも
のは、それ程までに融解・変形していたのだ。
 三日前、このユノス=クラウディアの街は『歩くプレートメイル』…ディルハムの
三度目の襲撃を受けた。結局単騎で襲撃したそれは通りすがりのエスタンシア人に焼
き尽くされたのだが……。残った遺体(?)は街唯一の学研機関である図書館に押し
付けられていたのである。
 「はい。中の人間はいつ抜け出したものやら、この鎧しかありませんでしたがな…
…。まあ、転移魔法でも使ったのでしょう」
 その点についてはあまり疑問に思う事もない。普及率は決して高くないものの、実
際にそういった非常脱出手段は実用化されているからだ。
 「そっか……。鍛冶屋さんの調べでは何て?」
 「丈夫なだけのただの鋼だそうです。それ以外は何とも…」
 どう見ても極秘資料に値するような事を、この司書は平気な顔で喋っている。ま
あ、喋った所で誰も困る事はないし……と言った所なのだろう。
 「ふぅん。貴重な情報ありがとな。それじゃ、また来るわ」
 書架の方で何やら本を探していたレリエルを呼び、シュナイトは図書館を後にし
た。


 氷の大地亭の廊下を、一匹の珍獣が歩いていた。
 そいつの頭の中は、これからの事業の事で一杯だ。
 無論、彼の後に潜む『影』の事など、気付きもしない。
 迫る、『影』。
 その手が握るは、細く、長い針。
 『影』はポッケの背後へと一瞬で迫り…
 長い毛に覆われた背中へと、そのニードルを突き刺した!
 「相変わらず愉快な方やなぁ……レディンはん」
 痛がる様子も見せず、呟くポッケ。
 「その様子だと、商談成立のようですね」
 『影』…レディンは可笑しそうに笑う。
 「おう。後は工事が予定通りに行くのを待つだけや。レディンはんには感謝しとる
でぇ……」
 彼…レディン・ブリッドがこのユノス=クラウディアの街に来て、ほんの数日。そ
の数日で彼は自らの特技を生かし、独自のネットワークを組み上げていたのだ。
 工事業者への交渉がたった数時間という異例の短時間で完了したのも、そのネット
ワークの力と言っていいだろう。
 「それで…自分の出した条件は守っていただけるのでしょうね……おまえさん? 
ふふふ…」
 「あの条件は願ったり叶ったりや…。くっくっく…」
 思わず顔を見合わせ、悪代官&越前屋笑いをしてしまう二人。さらにそれに合わせ
て地面までぐらぐらと揺れる。何というか、ちょっとコワい。
 「それと、儲けの分割やけど…6:4でええか?」
 ポッケのその言葉に反応したのか、レディンは懐からもう一本ニードルを取り出
し、ポッケの背中へと突き刺した。
 「そんなに要りませんよ。自分は前に言った『条件』さえ呑んでいただければ…言
い値で十分」
 レディンのその言葉に、ポッケは涙すら流す。
 「あんさん、ええ奴やなぁ……」
 儲かったら分け前思いっきり弾むからなぁ…と、ポッケは珍しく心の底からそう
思った。
 「それじゃ、ワシはこれで……。用があるさかいにな…」
 「ええ。自分も失礼しますよ……」
 そして、二人はそれぞれ廊下の反対方向へ歩き始めた。
 と、レディンは数歩戻り、ポッケの背中に突き刺さっていた何本かのニードルを
ひょいと抜く。
 「ポッケさん、随分肩がお凝りのようですね。今の鍼で少しは軽くなれば良いので
すが」
 掛けられた声に、ポッケは片手をひょいと上げて答える。
 「おおきに、レディンはん」
 ポッケにそのポーズは全然似合っていなかったが、哀愁漂う背中は微妙にシブかっ
た。
 またも揺れた床ですっ転びさえしなければ、最後まで。
続劇
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