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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第1話 騒乱の昼・動乱の夜(その6)



Act10:撤退

 「これで……終わりだっ!」
 どどぉぉぉぉん!
 霧深いユノス=クラウディアの大通りに爆音が響き渡る。巨大な質量が高い所から
落下したような、轟音が。
 「ちぃ………。まさかこれほど丈夫とはな……」
 砕かれた石畳から舞い上がる砂煙を全身に浴びつつも優雅に舞い降りたのは、ジェ
ノサリア・ヴォルク。
 『歩くプレートメイル』の装甲は蛇の装甲と違い、ジェノサリアの槍を容易に受け
付けるものではなかった。だから、彼女は繰り出したのだ。
 奥義の一つ・ジェノサイドイリュージョンを。
 「く……。やはり…負荷が…かかり過ぎるか……」
 着地するなりジェノサリアはそのまま体勢を崩し、その場へと崩れ落ちてしまう。
 ジェノサイドイリュージョンは両刃の剣。敵には無数の槍撃を、放った者へは鋭い
大気の刃を浴びせ掛ける。現に今のジェノサリアは気管を切り裂かれ、呼吸する事す
らままならない。
 ギ……ギギィ……
 だが、『歩くプレートメイル』は立ち上がった。
 まるで痛みなど感じないかのように。
 「やれやれ……もう一撃撃つしかないか…」
 動く事すらおぼつかないジェノサリアに折れかけた槍を構えるプレートメイルに向
け、クリオネは両腕を構える。
 しかし。
 ガシャァァ…ァン
 『歩くプレートメイル』の両の腕が、落ちた。


 (む? しくじりおったか…)
 『彼』はその音を聞き、そう感じた。人間には聞こえないその音は、任務失敗と撤
退を示す合図だ。
 (今良い所だというに…が、そうも言っていられぬか)
 久々に出会った好敵手だというのに……。『彼』はそう思いつつも、目の前の少年
の放ったブーメランを弾き飛ばすと同時に、自らの乗騎を喚ぶべき信号を放つ。
 「霧が濃くなってきやがった…ちぃっ!」
 だが、霧の影響を受けない『彼』の目には、その中に姿を顕した自らの駆る巨大な
蛇の姿がはっきりと見える。
 「く……。逃げる気か…」
 深い霧の中、少年の声が『彼』の聴覚に届いた。
 無論、彼とて逃げたいわけなどない。任務さえなければ、間違いなく決着が付くま
で戦っているところだろう。
 「少年よ! この勝負、預けておくぞ!」
 その声を聞いて少年は一瞬驚いた表情をするが、すぐに小さく笑みを浮かべる。
 「俺はアズマ・ルイナーだ!」
 「我はディルハムが長、シュケル。アズマ…その名前、記憶に留めておこうぞ!」
 そして、『歩くプレートメイル』は霧の中に消えた。


 「ルゥちゃん、大丈夫?」
 ユノスの膝に頭を埋めたまま、ルゥは小さな声で返事を返した。
 「ふみぃ〜。まだ…痛いぃ…」
 まだ耳がジンジンする。当分は痛みは引きそうにない。
 槍を手にしたラミュエルが中心となって何とか『歩くプレートメイル』を追い払っ
た時、フル=プレートが物凄い音を発したのだ。ヤカンが沸騰した時に出る音を限界
まで大きくしたような、物凄い音を。
 ただ、人間には聞こえない周波数の音だったらしく、カティス族以外のユノス達は
何が起こったのかよく分からないらしかった。職業柄音に敏感なクレスは何か異変に
気付いたようだったが、彼女にしてもその程度だ。ルゥのように、耳に直接ダメージ
を食らうような事態には至っていない。
 「もうちょっと治癒術、掛けようか?」
 「うん」
 ルゥの耳にそっとユノスの手が添えられると、暖かい力が伝わって来る。ご主人さ
まの膝枕で治癒術というのは嬉しいけど、もうあんな音は聞きたくないな…などと、
幸せと不幸せを天秤に掛けて悩む、ルーティアであった。


 「大丈夫?」
 クリオネは倒れたままのジェノサリアに向け、そう声をかけた。さすがに返事はな
いが、瞳に宿る光は失われていない。
 「けど、本当に不死身なのかしら? 一滴の血も落ちていない……」
 辺りを見回し、そう呟く。ジェノサリアに両腕を落とされて撤退したフル=プレー
トの立っていた所には、打ち砕かれた腕はおろか一滴の血すらも落ちていなかったの
だ。
 ただ、何か巨大な物が這った後のような深い轍が残されているのみ。
 「ふん………」
 「あら? 気が付いたのね」
 大気の刃に聴覚もやられているのだろう。ジェノサリアからの返事はない。
 「不死身だろうが何だろうが…私が滅ぼす…のみ…だ」
 晴れつつある霧を血の赤の入り込んだ銀の瞳に写しながら、ジェノサリアはそっと
瞳を閉じた。


 「そうか……。あの音は撤退の合図だったのか」
 シークは軽く耳を押さえながら、小さくそう呟いた。
 フル=プレートと戦っていると、通りの向こう…氷の大地亭の方…から、何か鋭い
音が聞こえたのだ。そして、その音を聞いた瞬間、『歩くプレートメイル』達はそ
ろって撤退してしまった。
 人間には聞こえない波長の音だから、眼帯の男と子供は音があった事にすら気付い
ていない。聞こえたのは『自分達』と、後はカティス族くらいのものだろう。
 「あんたにも聞こえたのか…」
 その隣で答えたのは、レリエル。どうやら夜の天使である彼にも聞こえていたらし
い。
 「おい、ユウマ君。そろそろ戻るぞ」
 向こうでは眼帯の男が、棒のように硬直した子供に声を掛けている。相手のナイラ
も何時の間にか去っているし、その子供に一体何が起ったのか、シークは知る由もな
い。
 「まあ、聞こえて害がある訳では無し…それより」
 晴れつつある霧を見回し、シークは指の間に挟んでいた長針を袖の中へと仕舞う。
 「宿に戻るとしよう。太陽の輝きは、私にはきつ過ぎる」
 「ああ、全くだ」
 ユノス=クラウディアの向こう、ラフィア山地より登り始めた朝日に目を細め、
シークとレリエルは宿へ続く道を歩き始めた。


Act11:夜は、明けて

 「ルゥちゃん、寝ちゃった……か」
 ベッドの上でルゥに膝枕をしていたユノスは、ルゥを起こさない程度の小さな声
で、そう呟いた。傍にまとめてあった毛布を取り、小さな寝息を立て始めたルゥに
そっと掛ける。
 思えば、この街に来てからは初めての事ばかりだった。氷の大地亭での仕事だけで
はない。自らの『力』を治癒の力として使った事すらも、初めてだった。
 そして…
 初めての、トモダチ。
 自分を『特別な存在』とか『必要な存在』と見るヒト達は沢山いたが、ルゥやクレ
スのように対等に付き合ってくれる人達の存在は、彼女にとって初めてだったのだ。
 「う…ん……」
 と、小さく身じろぎしたルゥの頭が、ユノスの膝からことりと落ちた。ようやく膝
枕から解放されたユノスは、隣のベッドへ移ろうとするが……
 「……ご主人さまぁ……行っちゃやだぁ…」
 寝ていても、ルゥはしっかりとユノスの腕を掴んでいる。ルゥを引きずりでもしな
い限り、向こうのベッドへは行けないだろう。
 「ルゥちゃんったら。しょうがないなぁ…」
 ユノスは小さく苦笑を浮かべると、仕方なくルゥのベッドへと入る。
 だが、そこで気付いた。
 「死んじゃ…やだよぉ…」
 ルゥの閉じた瞳から溢れている、涙に。彼女が掴んでいるのはユノスの腕ではな
く、他の誰かの腕なのだろう。
 「ルゥちゃん……」
 ユノスもその事件の事はクローネから聞いていた。だが、本人に聞いていい事では
決してないし、ルゥが自ら言おうとするまではそっとしておこうと思っていたのだ。
 「大丈夫だから。安心して……ね?」
 ユノスはルゥの涙をそっと拭うと、その小さな頭を優しく抱きしめてやる。
 「……ん……。…ご主人さまぁ……」
 「おやすみ、ルゥちゃん」
 そして、ユノスもそのまま眠りについた。


 「ったくそんな格好で外に出て……。風邪ひいたらどうする気だったんだ?」
 氷の大地亭の階段を登りながらそう言うのは、アズマ。もちろんその相手は、隣を
歩いているコートの娘・ラーミィだ。
ちなみにラーミィはシュケルが去った後『こっそり』去ろうと思っていたのだが、
意外と簡単にアズマに見つかっていた。
 まあ、「アズマやっぱり強いよ〜っ!」とか何とか言って飛びついた事が最大の敗
因だった……とは、ラーミィもしっかり思っていたが。
 「ごめんなさーい。…けど、アズマもひどいよ。どうしてボクに内緒で出掛けたり
するの?」
 ラーミィはパジャマにコートを一枚羽織っただけの格好でそう言い返す。
 「う……。それは……あ、着いたぞ」
 運が良いというか何というか、アズマがその言い訳を考えない内に二人はラーミィ
の部屋の前へと辿り着く。
 「あ、ずるいよぉ。まだ返事聞い………」
 が、ラーミィはその台詞を最後まで言う事は出来なかった。
 アズマとラーミィ。二人しかいない氷の大地亭の廊下を、一時の静寂が支配する。
 「それじゃ、暖かくして寝ろよ。お休み!」
 浅黒い顔を赤く染め、少年は自分の部屋へ行ってしまった。
 「アズマぁ……」
 頬を赤らめたままのラーミィは、人差し指をゆっくりと唇へと運び、先程のその感
触を確かめるかのようにそっと触れさせる。
 「反則だよ、それ…」
 朝の光が、静かに廊下に差し込んでいた。


Act12:湧き立つもの

 「ここんところヒマやなぁ………」
 氷の大地亭の裏庭をぺたぺたと歩きながら、ポッケは呟く。
 ポッケは暇だったが、『動乱の夜』以降の氷の大地亭が暇だったわけでは決してな
い。奥義の反動で重傷を負ったジェノサリアがラーミィたち法術使いのお世話になっ
たり、フル=プレートの斧をかわしたフォルがユウマに挑戦されて瞬殺されたりはし
たのだ(死んでないが)。ただ『彼』には関係のある話題でないだけで。
 まあ、少し気になった事と言えば、アズマとラーミィの仲が妙にギクシャクしてい
た事くらいだろうか?
 「何ぞ面白い事、あらへんかなぁ……」
 ふと屋根の上を見上げると、ようやく怪我の治ったらしいジェノサリアが屋根の上
に立っているのが見えた。
 「どうしたんやろ? あの姉ちゃん」
 「何か、知り合いの方が亡くなられたらしいですよ」
 先日ジェノサリアが助けたコルナ傭兵団。その傭兵団が、あの晩に壊滅したという
のだ。
 たった一匹の、鋼鉄の蛇によって。
 「さよか……。って、そうなんだもきゅ?」
 もはやバレバレだ。が、傍に立っていたラミュエルは特に突っ込む事もなく、話を
続ける。
 「一度は倒したらしいんですが……再び動き出したとか…それに巻き込まれて……
きゃっ!」
と、地面が揺れた。
 「ああ……。恐かった……」
 揺れが治まったのを確認し、ラミュエルは恐る恐る地面へと舞い下りる。
 (最近多いなぁ……。エスタンシアが降りた時ほどやないにせよ……)
 動乱の夜以降のもう一つの変化。それは、地震である。
 震度1や2の軽い地震が、日に数度も起こるのだ。今まで地震などとはあまり縁の
ない場所だったにも関わらず。
 (けど、地震じゃ儲け話には縁がないかぁ…)
ポッケはそう思いつつ、足元にあったアリの巣に指を突っ込んだ。ただ暇だったか
らした、何気ない動作。
 だが。
 「ワイは星になるんやぁぁァァッ!」
 次の瞬間、ポッケははるかな天空へと吹っ飛ばされていた。
 アリの穴から吹き出した、膨大な量の熱湯によって。
第2話に続く
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