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ユノス=クラウディア
第1話 騒乱の昼・動乱の夜(その2)



Act3:変化と革新

 「ぐすっ………。ご主人さまぁ……」
 暗い部屋の中、少女は泣いていた。
 部屋の中は暗いが、時間はまだ真昼。引かれたカーテンと堅く閉じられた鎧戸を
開けば、青い空から眩しいほどの光が差し込んでくるだろう。何せこの『氷の大地
亭』の客室の採光は、細心の注意を払って設計されているのだから。
 だが、この部屋の主はそれを望まなかった。
 暗い部屋の隅で膝を抱え、小さな声で泣きじゃくる事だけを彼女は望んでいたの
だ。
 くぅぅ…………
 オナカガスイタ。少女の細身の体が小さく抗議の声を上げようとも、彼女はそれ
を無視し続けた。
 「ご主人さまぁ……。…ひっく……」
 普段は元気よく立っている猫の耳も、力なく伏せられている。空腹も理由の一つ
だろうが、そんな事は些細なことに過ぎない。もっと大きな理由は……
 「…どうして…どうして死んじゃったんだよぅ…」


 「なぁ、ラーミィ。この部屋、何モンが住んどるんやろな? 毎朝毎晩泣き声が
聞こえくさってからに……」
 扉の前でそう呟いたのは、『変なケモノ』だ。カモノハシだかコダックだかをパ
ンクなヤッさん風にしたようなブツを『変なケモノ』以外にどう表現すれば良いの
か、作者は知らない。
 とは言え、中の鳴き声の主がいかにヘンな存在であろうとも…たぶん、『こい
つ』よりは人間に近いだろう。
 「何かって……せめて誰って言いなよ、ポッケぇ」
 そういう相方も、かなりアヤシゲだ。
 可愛らしい声と口調からすれば、年ごろの若い女の子だろう。だが普通の女の子
が、登山帽とヒゲ付きの鼻メガネとロングコートを着るだろうか? それもセット
で。
 「けど、気になるよね。実際……」
 その女の子(らしい人物)はしばらく考え込んでいたが、ふと何かに気が付いた
らしい。
 「っと、危ない危ない。ここでこんな格好してたら、アズマにバレちゃうじゃな
い」
 そう言いながら女の子(らしい人物)は、登山帽とヒゲメガネをゆっくりと取っ
た。その瞬間、ピンク色の長い髪の毛が、押し込まれていた小さな登山帽から解放
され、辺りへふわりと広がる。
 「けど、毎度毎度うまい具合化けるもんやな、ラーミィ。呆れる…ちゅうか、こ
こまで来ると感心するわ、ホンマ」
 変なケモノ…ポッケがそう言うのも無理はない。コートを脱いだ少女…ラーミィ
に、先程までのアヤシゲな面影はどこにもなかったからだ。思わず過(ピー)派と
でも口走ってしまいそうな怪人物の正体が、目の前の可愛らしい少女(しかも、胸
は大きい)と思うヤツが、一体どこにいるだろうか。
 「ふふっ。すごいでしょぉ。これでも練習してるんだから」
 ラーミィは降ろした髪をポニーテールに結い直しながら、笑顔でそう答える。
 そう。彼女の『変装』は完璧だった。
 (これであの格好が怪しくなかったら、完璧なんやろうけどなぁ………。どうし
て気付かへんのんやろ)
 ただ一つ、変装後の姿が、あまりにも怪しすぎるという欠点を除けば。


 ラーミィが華麗なる変身(笑)を遂げた直後、二人の男がこの二階へと上がって
きた。ようやく酔いから復活したシュナイトと、学者バカのフォルだ。
 ちなみに、同行していたハズのクリオネは下の階でチェックインの手続きをして
いるので、ここにはいない。
 「そういえば、あの部屋って誰が泊まってるんだ? 部屋の奴の顔、一度も見た
事がないんだけど」
 「さぁ……?」
 シュナイトの問い掛けに、フォルは首を横に振った。誰でも思うところは一緒ら
しい。
 「あ、ラーミィちゃん。君はここの部屋の人の事、知らないかな?」
 だが、ラーミィの返事もフォルと全く同じ。
 「そっか。それじゃ、ポッケ君も知らない……よな」
 小さく首を傾げているポッケの頭を撫でつつ、シュナイトは苦笑する。こうやっ
ていると、ポッケは意外と可愛らしい。 「もきゅ〜ん」
 おまけに、ふぁんしぃな鳴き声まで上げてみせる。
 そう。シュナイトやフォルは、ネコかぶりのプロフェッショナルであるヤツの正
体を知らないのだ。いや、ただ気にしてないだけかも知れないが。
 「けど、こうやってみるとさすがに気になりますねぇ」
 みんなで首を傾げていると、四人目の犠牲者が現われた。
 「あれ? どうかしたんスか?」
 氷の大地亭のバイト少年・アズマ=ルイナーだ。仕事の途中らしく、膨大な量の
荷物を抱えている。
 と、その少年を見た瞬間、ラーミィは持っていた『変装セット』の包みをアズマ
から見えない背中の側へこっそりと隠した。自分のやっている秘密活動を彼にだけ
は知られるワケにいかない。
 (やっぱ、つけてたか……。ラーミィのヤツ…)
 そのラーミィの様子を見て、心の中で苦笑するアズマ。彼女が自分を尾行してい
る事はよく知っていた。彼女の努力がいかほどの物かを知っているから、知らない
フリを通しているだけだ。
 「……というワケで、ここに誰が泊まってるのか話してたんですけど…アズマ君
は知りませんか?」
 「え、ああ、それは……流石に知りませんね。もっと古くからいるバイトの人
だったら知ってるかも知れませんけど。たとえばユノスさんとか…」
 フォルの言葉に我に返るアズマ。幸いあまり本題に関係ない所を聞き逃したに過
ぎなかったらしく、アズマはなんとか答える事が出来た。
 その時だった。
 「え? 私が何か?」
 五人目の人間の声が掛けられたのは。


 「ここの部屋の人……ですか? クローネさんに聞かないと、さすがにそう言う
事は……。ごめんなさい、お役に立てなくて」
 小柄な少女はそう言って頭を下げた。黒く長い、よく手入れの行き届いた髪が肩
からさらりと流れ落ちる。純白のメイド服と漆黒の髪が白と黒の絶妙なコントラス
トを形成し、幼い少女のえも言えぬ色香を漂わせていたのだが……あいにくそうい
う事に敏感な奴はここには一人もいなかった。
 「そっか…。ユノスちゃんでも分かんないのか…」
 ラーミィが残念そうにそう呟く。分からないのがよっぽど残念だったらしい。
 と、そこで気が付いた。
 先程までユノスの隣にいたシュナイトの姿が、今ではユノスから一番離れている
アズマの隣に移動している事に。
 「あれ? シュナイトさん、どうしたの?」
 「いや、別に……。そ、それじゃ、俺は用があるからこれで……」
 シュナイトは少し動揺しているのか、多少早い口調でそう言うと、上の階へと
去っていった。
 「変なの……」


 「ぐすん………」
 暗い部屋の中、少女は泣いていた。
 「……それじゃ、クローネさんにでも聞いてみる事にするよ……」
 部屋の外から聞こえてくる声も、彼女には別世界の出来事にしか過ぎない。
 そう。その時までは。
 「…ええ。本当にお役に立てないで、ごめんなさい…」
 力なく伏せられていた耳が、ぴんと立つ。
 「……それじゃ、俺は仕事があるからこれで……」
 「……あ、アズマ。ボクも一緒にいくよ……」
 「…あ、私もお仕事の途中だった…」
 伏せていた少女の顔が、ゆっくりと上がった。
 「ご主人……さま…?」
 くぅぅ………
 再び抗議の声を上げる、少女の体。
 「ルゥ…おなか……すいたなぁ…」
 涙に濡れた顔をそっと拭うと、少女…ルゥは消え入りそうな声で、そう呟いた。


Act4:騒乱の昼(その2)

 「記憶喪失では…ないのですか?」
 問われたユノスは、首を縦に振った。
 一階の酒場に降りてきた途端、ものすごいきれいな女の人にそう尋ねられたの
だ。あまりといえばあまりに意表を突いた攻撃だから、ユノスは言葉を返す事が出
来ない。
 「では、記憶喪失で困っている…という噂も?」
 再び首を縦に振るユノス。彼女にも困っている事がないわけではないが、とりあ
えず記憶喪失で困っている覚えは今の所なかった。
 「そうでしたの………。困っていると聞いて来たのですけれど…」
 だが、目の前の美しい女性…クレスの表情に残念、といった表情は全くない。そ
れどころか、逆に嬉しそうだ。
 「安心しましたわ。記憶があるのなら、それに越した事はありませんもの。で
も、何か困った事があったらいつでも言ってくださいね。わたくし、いつでも力に
なりますから」
 「あ、ありがとう…ございます…」
 クレスはユノスの手を取ると、にっこりと微笑み掛けた。さっきは突然だったか
ら大雑把な印象しかなかったが、落ち着いて見てみると優しそうな女の人だ。
 その彼女が、ふと口を開いた。
 「そういえばわたくし、歌を歌う準備をして来ましたの。せっかくだから……あ
の、歌っても構いませんか?」
 「ああ、歓迎するよ」
 奥にいたクローネの返事を聞き、クレスは持って来ていた竪琴を取り出した。


 まだ喧騒の少ない酒場に、美しい歌声とハープの音色が響いていく。
 「美しい歌だな………」
 ワインを傾けつつそう呟くのは、一人の青年。
 いや、少年と呼ぶべき者なのだろうか? 彼の外見はまだ少年と言って差し支え
ない程度の物だ。
 しかし、その優雅な物腰はと落ち着いた表情は、もう少しだけ齢を重ねた…青年
が持つに相応しいもの。
 「そう思いませんか? あなたも…」
 青年はそう言うと、隣に座っていた少女の空のグラスへとワインを注いだ。特に
格好を付けたわけではないようだが、十分にさまになっている。
 「そうね……。悪くないわ」
 だが、少女…クリオネはそのワインに口を付けようともしない。何かを考えてい
るようにも見えるし、そうでないようにも見える。
 (まったくディルドの奴、一体どこに行ったやら……)
 実際彼女はこの街に入ってから姿をくらましたままの相棒の事を何ともなしに考
えていたのだが、超能力者でもない青年に他人の考えなど分かろうはずもない。
 「おや、ワインはお嫌いでしたか?」
 青年はそう呟き、首を小さく傾げた。自分の飲んでいたワインは、クリオネの飲
んでいた物と同じ物のはずだ。
 「……ワインは嫌いじゃないけど、名前も知らない人からおごってもらうほど好
きでもないの」
 「……それは失礼」
 その返事を聞いて納得したのか、青年は優雅な動作で立ち上がり、そのまま一礼
を返す。
 「私はシークウェル・ヒュークリスと申します。親しい者はシークと呼びますが
…。以後、お見知り置きを。名も知らぬお嬢さん」
 さり気ない言い回しで名前を尋ねられたクリオネも、別段表情を変えるでもなく
自分の名前を名乗った。
 「そう…。私はクリオネ・エブンよ。よろしく、シークさん」


 まだ喧騒のない静かな酒場に、美しい歌声とハープの音色が響いていく。
 「つまんないなぁ……」
ラーミィ・フェルドナンドはカウンターに頬杖を突きながら、そう呟いた。
 彼女の耳にはクレスの歌声は入っていない。歌声が入っていたのならもうちょっ
と別のセリフを洩らしたのだろうが、彼女の関心はもうちょっと別の所にあった。
 「アズマぁ……」
 ラーミィの視線はカウンターで働いている少年の方へと注がれている。今は暇な
ので酒を飲みにきたフォルと話をしているらしい。
 ここで『歩くプレートメイル』の噂を聞いてから、いつもこうだった。大抵は酒
場に来た客やフォルから情報収集しようとしているので、彼女の相手をしてくれな
いのだ。
 (アズマ、ボクの事ホントは……)
 ふと思いついた考えを、頭を振る事であわてて振り払う。小さな頃から一緒に過
ごしてきた彼なのだ。そんな事は絶対にありえない。
 (けど……もう恋人になって何ヵ月も経つのに…キスもしてもらってない…)
 そう。二人の関係は全く進展していなかった。ラーミィは、「アズマはボクの事
を大事に思ってくれている」と考えようとしているのだが…
 「な、ラーミィ。エエ儲け話があるんやけど……」
 と、泥沼にはまりつつあるラーミィの耳元に小さな声で彼女の相方…珍獣のポッ
ケがそう声を掛けてきた。
 「そんな事よりもさぁ、ポッケぇ。ボク、どうしたらいいんだろ……」
 だが、声を掛けてきたのを幸いにとラーミィはポッケにごにょごにょと耳打ちす
る。
 「何や。そんな事かいな。そんなら……」
 人がいいのかただもめ事が好きなだけなのか、ラーミィの悩みを聞いたポッケも
彼女へ耳打ちし返す。
 「え、そんな事…うぅん……」
 そんなはたから見ると何だか良く分からないマヌケな遣り取りが幾度か繰り返さ
れた後……
 「よっし、商談成立やな。成功報酬は…そやな、いちごぱふぇで頼むで…おっと
…頼むもきゅ!」
 慌ててヤクザな地を隠そうとする、割とバレバレなポッケの姿があった。


 まだ喧騒のない静かな酒場に、美しい歌声とハープの音色が響いていく。
 「おなか……空いたなぁ…」
 『氷の大地亭』の一階に設えてある酒場にルゥが降りてきたのは、まさにそんな
時だった。
 「ご注文はどうしましょう?」
 ルゥの目の前にいたのは、注文を取りにきたバイトのメイドさん…ユノス・クラ
ウディア。酒場は大地亭の一部なので、ユノスはこっちでも働いているのだ。
 「あの…ご注文は…まだお決まりではないですか?」
 彼女の漆黒の瞳を覗き込んだ瞬間、ルゥの体に小さな衝撃が走った。
 (コノヒトダ)
 「えっと……それじゃぁ…」
 一方のユノスは困った限り。お客さんの女の子はこっちに焼け付くほどに熱烈な
視線を送ってはいるのだが、それ以上のリアクションを全く返してこないからだ。
 「注文がお決まりでしたら、呼んでくださいね」
 とりあえずそれだけ言って場を去ろうとするユノス。が、ルゥはユノスのメイド
服の裾をがしっと掴み、無言で彼女を引き止めた。
 「ご注文は、お決まり…ですか?」
 「あの……、あのね……」
 まだ昼を回ったばかりだから、客数はそう多くない。そのまばらな客達が、クレス
の透き通った歌声をのんびりと楽しんでいるだけだ。
 が。
「ルゥの……」
その瞬間。
 「ルゥのご主人様になって!」
 全てが、止まった。
続劇
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