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−第1話(前編)・Prologue−
 『ユノス=クラウディア』という街がある。  エスタンシアの降下した地・モンド=メルヴェイユのさる街道添いにある宿場街だ。  周囲を乱気流の吹く険しい山地に囲まれており、街道以外にはまともな侵入経路な ど見当らない。この天然の要害とも言える地形は、コルノやプテリュクスの侵略を防 ぐ絶好の防壁として機能していた。  さらに、今はエスタンシア大陸がある。  敵とも味方とも知れない未知数の力を秘めたこの浮遊大陸が睨みを効かせている以 上、コルノ・プテリュクス両陣営とも、うかつな侵略行動は絶対に不可能なものとなっ ていた。  すなわち、コルノやプテリュクスから独立している街と言う事になる。歩いて数日 の所にあるエスタンシア大陸から入ってくる冒険者も併せ、旅人の数は非常に多い。  街は、深淵なる『霧』に包まれていた。



読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第1話 騒乱の昼・動乱の夜(その1)



Act1:騒乱の昼(その1)

 (俺……何やってんだろ……)
 漆黒の眼帯をはめた青年は目の前に置かれた空のジョッキを見つめ、ふと我に返っ
た。
 細い指を額に当て、しばし考え込む青年。アルコールが入っているせいか、今一つ
頭が回らない。普段は決してそんな事はないのだが、この辺りの酒はかなり強く、ク
セがあるらしかった。
 「親父! もう一杯!」
 (そうだ……)
 確か、街の図書館に調べ物に行ったのだ。
 しかし、ここは酒場。彼がいたはずの図書館と彼が今いる酒場とのつながりが、ど
こからも出てこない。
 「かぁぁ……。うまいんだな、これが!」
 (そうそう。図書館の管理人に色々話を聞こうと思って、手土産に酒の瓶を持って
行ったんだっけ…)
 気が付くと、目の前の空だったジョッキになみなみと麦酒が注がれている。ウェイ
トレスの女の子が持ってきたのだろうか。それとも…
 「ほら、シュナイト様も飲んで飲んで。いやぁ、故郷の方に出会うなんて、何年ぶ
りでしょうな」
 思い出した。酒を持って行った相手…図書館の管理人は、青年…シュナイト=ソー
ドブレイカーの故郷の出身だったのだ。遺跡の発掘屋をやっていた縁で、今はユノス=
クラウディアの図書館の管理人をやっている…と、彼はシュナイトの持ってきてくれ
た酒を飲みながら語ってくれていた。
 それにしても、随分と管理の緩い図書館らしい。いくら図書館がガラガラとはいえ、
管理人が昼間っから酒場で酒を飲めるとは。
 「今日は私のおごりですから」
 「いや、それはいいんだけど……」
 シュナイトは小さく首を振った。後に結った蜂蜜色のきれいな髪がその首の動きに
合わせ、軽く揺れる。
 「ああ、この辺の伝承がお聞きしたいと…?」
 「そうそう。何か面白い話とか、ないかな?」
 テーブルの上は既に膨大な量の酒瓶で埋まっていた。管理人はその大量の酒瓶をごっ
つい腕でまとめて抱えると、テーブルの下へと片付け、両腕を組む。
 「そうですな……。何から話せばいいものやら…」
 強い酒にも慣れているのだろう。管理人の口調も動きも、シラフの時と全く変わっ
ていない。
 「レリエル……俺がダウンしたら、代わりに聞いといてくれな……」
 既にガンガンし始めた頭を軽く押さえつつ、シュナイトは誰ともなしにそう呟いて
いた。
 腰に佩いた剣の柄に、そっと手を触れさせたまま。


 「おや? お姉さん、見かけない顔だね」
 市場の親父が声を掛けたのは、長身の女性だ。背中に大きな翼が生えているところ
を見ると、プテリュクスと並ぶこの世界の有翼種族…ベルディスの女性らしい。
 「はい。今この街に来たところですから。まず、市場を見ようかと…」
 女性は温和な笑みを浮かべ、そう答える。
 「いきなり市場? 他に見て回る所もあるだろうに…」
 大抵の観光客や冒険者はとりあえず観光に行くか、宿を探すものだ。山地に囲まれ
たこのユノス=クラウディアにもそれなりの観光場所はあるし、さらに言えばそこは
入り口からごくごく近い場所にある。少なくとも、いきなり地元住民しか来ないよう
な奥まった市場を覗く者はそういない。
 「習慣…と言うのでしょうか? 一応、料理人をやっているもので…。あ、このイ
チゴ、頂けますか?」
 女性がそう言うと、後に編み込んだ髪の房の間から一匹のヤマネが出てきた。どう
やらイチゴはこの子のご飯になる予定らしい。
 「はは、なら納得したよ。料理人さんなら仕方ないやな」
 親父は大量のイチゴを景気良く袋に入れると、女性へと手渡した。百グラム単位で
売っている…ように見せ掛けて、実はキロ単位で売っているのかもしれない。
 「ほら、ミューちゃん。ご飯よ」
 女性が袋の中からイチゴを取り出す間に、別の客が来たようだ。
 「親父さん、このパパイヤを頂けますか?」
 何だか気の抜けたような表情でそう言ったのは、一人の白い髪の青年。女性は知る
ワケなかったが、彼の名前はフォレストという。この街に居座っている、学者っぽい
貴族の青年だ。
 「おや? フォルさん。今日は追い出されなかったんだねぇ。珍しい」
 フォルから受け取った袋にまたもや大量のパパイヤを放りこみつつ、店の親父は訝
しそうな口調でそう問う。
 「ええ。管理人さんが今日はいませんでねぇ。何か、気が抜けちゃいまして……。
本も返せませんでしたし」
 もともと気が抜けてるっぽい彼の気が抜けている声なのだ。見ている女性からは、
全くやる気が無いようにしか見えない。
 「大方酒でも飲みにいってるんだろ。行きつけの酒場教えてやるから、言ってみ
たらどうだい?」
 「ええ。そうします」
 膨大なパパイヤの入った袋を受け取りつつ、そう答えるフォル。店の名前を聞くと
そのまま向きを変え、人ゴミの中へ戻ろうとする。
 「あ、フォルさん。ちょいと待った」
 親父は立ち去りそうになったフォルを呼び止めると、女性の方へと向き直った。
 「この料理人の……」
 「ああ、ラミュエルです。ラミュエル=キシュカード」
 女性…ラミュエルは再び笑みを浮かべ、そう名乗る。
 「じゃ、ラミュエルさん。今この街に着いたばっかりって事は、宿は決まってない
んだよな」
 親父の問いに、ラミュエルは首を軽く縦に振った。肩に乗ってイチゴを食べてい
たヤマネのミューはこういう事態に慣れているのか、落ちる気配すら見せずにイチ
ゴを食べているままだ。
 「はい。これから探そうと思っているんですが…」
 「なら、いい所知ってるから教えてやるよ。『氷の大地亭』って言うんだがね、
そこのお兄さんも泊まってる、結構いい宿なんだ。果物屋のキープの紹介って言え
ば、もっと安くしてくれると思うぜ……って、あれ?」
 気が付くと、案内役のフォルがいない。どうやらやる気の無さが災いして、人ゴ
ミに流されてしまったらしい。
 「どうしようかな……。俺は店を離れられねえし…」
 宿まではたいした道程ではないのだが、いかんせん市場には人が多すぎた。この
人ゴミの中では地図などはたいした役には立たないだろう。
 しかし、彼女は意外とついていた。
 「オヤジさん。昨日注文したヤツが届いたって聞いて来たんだけど…」
 そう言って現われた少年。青年…と言うには、いくらか若いだろうくらいの容姿
をした少年である。褐色の肌のその少年を見た瞬間、親父の顔から困っていた表情
が消えた。
 「おう、アズマくん。注文の品はコレ…と、コレね」
 「じゃ、これお代です」
 親父は代金を受け取ると、再び目の前の男…今回はフォルではなく、アズマだが
…を呼び止める。
 「バイト少年。ついでにこのお嬢さんをあんたの働いてる宿に連れてってやって
くんねえか? 今から宿を探すってんで、クローネさんの店を紹介してやったんだ
けどよ」


 「フォルさん……。本当はフォリントじゃなくって、フォレストって名前じゃな
いか?」
 フォルに肩を借りて歩きながらそう呟くのは、シュナイト。エスタンシアと同じ
ように見えてもアルコール分が3倍以上高いこの地方の酒に、思いっきりやられて
しまったのだ。
 ちなみに図書館の管理人はフォルが探しに来たため、さすがに図書館へ戻ってい
る。その時でも管理人は、シュナイトの倍は飲んでいたハズなのに全く平然として
いた。慣れとは恐ろしいものだ。
 「僕の本名ですか? そんな名前じゃありませんよ」
 なんとかの三倍の速さで否定され、シュナイトは言葉に詰まる。
 人通りの多い通りを、しばらくの間無言で歩く二人。
 「…それよりも、管理人さんに聞いた話っていうのはちゃんと覚えてるんです
か? 何だか色々聞いてたみたいですけど…」
 その重っ苦しい沈黙を破ったのは、フォルの方だ。
 「それは…レリエルがちゃんと…」
 だが、どこからともなく響いてきた返答は、なんとかの三倍にさらにマグネット
コーティングを施したくらい速かった。
 「俺様がそんな事を真っ昼間に言われて、覚えてると思うかぁ……? 寝てるっ
て…」
 誰だかは分からないが、機嫌は良くなさそうだ。たまたま眠りが浅かった時に名
前を呼ばれたので、しぶしぶ起きた……という程度の機嫌の良さだろう。
 「けど、俺様達の後を歩いてる姉ちゃんは聞いてたみたいだがな。ちゃんと」
 どこからかの声に、二人は同時に振り返る。
 「ええ。魔剣のキミの言う通り。ご名答、よ」
 そこには、ローブをまとった一人の少女が立っていた。


Act2:錯綜する言霊

 「記憶…喪失? 本当なのですか…?」
 鏡の前で青く長い髪を櫛で梳きながらそう呟いたのは、一人の美しい女性。
 「ええ。何でも、何とかの…大地亭だっけ? そこでお世話になってる子がそう
らしいわよ。噂だけどね。ウォータークレス…さん」
 こちらの女性は鏡の前で薄い化粧を落としている。彼女はユノス=クラウディア
の街の神殿付きの唄い手だ。
 「クレスで構いませんわ」
 一方、青い髪の女性…クレスの方は、神殿付きの正規の唄い手ではない。それど
ころか、メリーディエスのさる劇団に所属するプロの女優である。束の間のバカン
スに、このユノス=クラウディアの街に来たのだが…
 やはり落ち着かないのだろう。神殿などで歌がらみのイベントがあるなどと聞く
と、つい歌ってしまうのだ。料理人のラミュエルと同じく、プロとしての意識は十
分と言った所だろうが。
 「それにしても……何かその方の力になってあげられればいいのですが…」
 思わず深刻な顔をしてしまうクレス。そのあまりに深刻そうな表情を見て、神殿
付きの彼女は思わず呟いていた。
 「あくまでも噂だからね。どこまでホントかまでは…保障できないわよ」


 「歩くプレートメイル?」
 「おう。あくまでも噂だけどな」
 話しているのは、小さな男の子と、太った露天商のオヤジだ。オヤジは三十半
ば、子供の方はまだ十代の前半のさらに前半くらいの年齢だろう。しかし、男の子
の口調は子供らしくない、大人びたものだ。
 「他に面白そうな噂は?」
 精緻な意匠の施された金細工が並んでいる店先には目もくれず、話の続きを聞こ
うする男の子。彼がこういう品物に興味を覚えるのは、まだまだ先の話になるのだ
ろう。
 「そうだな……。あとは…何十mもあるばかでっけえヴァスタシオンを振り回す
剣士とか、火を吐く巨大猿とか、何mって太さの巨大ヘビとか、それに対抗する組
織のメンツをギルドが募集してるとか…そんなもんかな」
 「へぇ、そんなでかいヴァスタシオンを使う奴までいるのか…面白そうだな…
…。な、眼魔」
 紫の瞳を好奇心の色に輝かせている男の子に返事をするかのように、男の子の周
りをふよふよと漂っていた奇妙な生き物が鳴き声を上げる。
 「ぷぎー」
 真っ黒な硬球に一本角とコウモリの羽と細い尻尾とを生やしたような、一つ目の
生き物だ。どっちかと言えば、見ていてあんまり可愛いものではない。まあ、ある
意味ではかわいいかもしれないが。
 「面白そうだなはいいが……夜は出歩くんじゃないぞ、ボウズ。お父さんやお母
さんが心配するだろうからな」
 が、オヤジは商売柄あまりそう言う事は気にしないタチのようだ。生き物…眼魔
の事は適当に無視し、男の子に分かりやすい忠告を与える。
 「ああ。そうする事にするよ。それじゃ」
 分かっているのかいないのか。男の子も適当な相づちを打ち、その場を立ち去っ
た。
 実際男の子には、ただ心配するだけのお父さんやお母さんなど居ない。いるとす
れば、戦い方を教えてくれる強いお父さんと、面白がって付いてくるような愉快な
お母さんの二人だけだ。無論本当は両親も心配しているのだが、そういう機微に気
付ける程の時間と経験を彼はまだ持っていない。
 「あれ? 眼魔…」
 …と、男の子はそこで気が付いた。どこにあるのか分からないような口をもぐも
ぐと動かしている傍らの相棒の姿に。
 「何……食べてるんだ?」
 「ぷぎ?」
 この奇妙な怪物の好物は、貴金属である。
 そして、先程の露店は金細工を扱う店だった。
 ………沈黙。
 「………ま、いいか。一個くらいなら」
 男の子は小さくそう呟き、そのまま市場の人ゴミの中へと姿を消した。既に男の
子の頭の中は、まだ見ぬ強敵…と勝手に決め付けている…である、『長いヴァスタ
シオンを持った剣士』の事で一杯だ。
 だが、露天商のオヤジが騒ぎ始めるのは、もう少し後の事になる。
 目の前を思いっきりこそこそと歩いていった『登山帽+ヒゲ付き鼻メガネ+ロン
グコート』というクソ怪しい人物に、気を取られていたが故に。


 「どこにでもある平凡な昔話よ。昔は神様がいて、今はどこかへ行ってしまっ
た。まあ、この街では神様はここ一帯を取り巻く山地……」
 「ラフィア山地ですか? 人跡未踏の」
 シュナイトとフォルの前に現われたローブの少女…クリオネと名乗った…の話に
補足を付け加えるフォル。
 「…そう。そのラフィア山地のどこかに引っ込んだらしいけど。ご多分に漏れ
ず、今では及びも付かないような文明を持っていたらしいわね。その神様達は」
 彼女が話しているのは、図書館の管理人の話していたこの辺りの伝承の概要であ
る。街に着いたばかりで宿を探していたクリオネは、たまたま寄った酒場兼宿屋で
シュナイトと管理人の話を聞いていたのだ。
 ちなみに本当は管理人ももうちょっと細かい話をしていたのだが、全て話すのは
面倒だったクリオネはかなり省略して話していた。
 「気や魔法を使わずに空を飛ぶ術、不死身の鎧の兵士、大地の奥に眠る力を操る
技……こんな所だったかな」
 ようやく調子が戻ってきたシュナイトもかなりの所まで調べているらしく、そう
補足する。痛む頭を我慢しつつ管理人から聞いていたのかも知れないが。
 「ええ。そんな所ね……。けど…」
 「けど、何ですか?」
 フォルの問い掛けに、クリオネは小さな声で確認を取る。
 「『氷の大地亭』でよかったのかしらね? キミ達の泊まってる宿は…」
 「ああ。そうだけど。それがどうしたんだ?」
 ユノス=クラウディアに着いたばかりで宿を取っていないクリオネは、フォルや
シュナイトの紹介もあり、同じ宿に泊まる事になったのだ。
 怪訝そうな顔をしている二人を琥珀色の瞳で見遣りつつ、少女は一言だけ言葉を
放った。
 「さっき過ぎたけど?」

続劇
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