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 戦いは一方的だった。
「どうしたどうした! それが貴様の実力かァッ!」
 怒りを胸にしたギガクロウは攻め立てる一方。己の守りを考えない剛胆無比の連続攻撃
は、速さであれば瞬翼怪人たる弟の次、鋭さであれば斬翼怪人たる末弟の次。総合力では
間違いなく帝国最高の力を誇ったものだ。攻めたと思えばまた攻める猛攻に、青年は防戦
一方に追い込まれていた。
 2度、3度とギガクロウの爪が青年のシャツをかすめ、飛び散る赤い液体が薄暗い街灯
に照らし出されていく。致命傷は一つもないが、腕のダメージは軽いものではあるまい。
「ご自慢の死の雷はどうしたッ! 大幹部……」
 ギガクロウがそう言いかけた瞬間、今まで防戦一方だった青年が迫り来る鉤爪をかいく
ぐり、叫びを上げた。
「その名で、呼ぶなぁっ!」
 声の勢いに乗せて拳打を放つ。
 だが、軽い。
「……フッ」
 常人ならば肋骨の2、3本は折れているだろう、文句ない一撃だった。しかし、相手は
異形の怪人だ。
 ダメージすら入った様子はない。
「やはり、噂は本当だったようだな」
 半歩飛びずさる青年を追うべく、漆黒の烏は背の翼で空を打ち、青年の下がった半歩を
倍の速度で加速。その勢いに乗せて一気に鉤爪の連撃を再び叩き付ける。
「裏切りの大幹部は、自らの力の全てを封印したという噂はッ!」
 通常の連撃ですら防戦一方。だが、今度はそれにさらなる加速が加わっている。
 青年とて防ぎ切れぬ、絶速の連撃!
 その時だ。
「ブイシューター!」
 一条の閃光が、青年と怪人の間を切り裂いたのは!


 それは、炎だった。
 夜を忘れた夜の中。かりそめの光に身を潜めた闇の中で燃える真っ赤な炎。
 闇を切り裂く、希望の光。
「遅くなったな、ソウト」
 右手にやや大振りの拳銃を構えた白衣の姿は、どこにでもいそうなただの青年だった。
しかし、その姿ですら、二人にはこう見えた。
 猛き赤の炎をまとった紅の戦士と。
「セイジさん……」
 赤城セイジ。
 またの名を、ブイホープ・レッド。
「傷は大丈夫か?」
 強い意志の光を宿した瞳はソウト青年のそれに勝るとも劣らぬ。間合を慎重に測ってい
る怪人を真っ直ぐに見据え、セイジと呼ばれた男は呟く。
「ああ。俺は頑丈だから」
「そうか……。なら、ここは任せよう」
 そう言って空いている左手でポケットから何かを取り出し、セイジはソウト青年へそれ
を放り投げた。もちろん、一連の動作の中には一部の隙もない。怪人が一歩動けば、動作
よりも迅く銃の引き金を引く構えだ。
「これは……まさか!」
 セイジが放ち、ソウトの手の中に吸い込まれたのは大きめのブレスレットだった。だが、
そのブレスレットを確認した瞬間、今までどんなに攻め立てられても表情一つ変えなかっ
たソウトの表情が驚きのものへと変わっていた。
 取るに足りないブレスレットが何を意味するものなのか、彼は十分すぎるほどによく知
っていたからだ。
「ああ。それを準備してて遅くなった。悪い」
「けど、俺は……」
 困惑と、動揺。ソウトの表情に様々な色が浮かんでは消えていく。
「ソウトの遺志を受け継げ。ソウト」
 その迷いを打ち砕いたのは、やはりセイジの一言だった。
「虹の輝きを受ける、白銀の戦士として」
 そうだ。 
 全ての戦いが終わった後、俺は誓ったのではなかったか。
 自らの腕の中で息を引き取った男の魂を受け継ぐと。
 自分に名前をくれた、男の想いの全てを。
 彼の名前と共に。
「……ああ!」
 小さな呟きで全ての迷いを振り捨て、青年はブレスレットを左腕へとはめた。細かな意
匠の施されたブレスレットは、まさに彼のためにあつらえられたかのようにぴったりとそ
の場所に収まった。
 軽い電子音が青年の耳を打ち、全てのシステムが起動可能である事を伝えてくる。
 いける!
「チェンジプリズム!」
 そして、青年は高らかに叫んだ。
「ブイ・ホォォプ!」
 己に与えられた新たなる力。
 戦士の力の名を!


「な……っ!」
 その姿を見た時、誰より驚いたのは敵ではなく、赤城セイジであった。
 ソウトのしなやかで細身の長身をぴったりと覆う装甲服。彼が調整したそれは、光の輝
きを示す白銀の鎧だったはず。
「馬鹿な……」
 だが、それがどうだ。
 闇を払うマントは、払うべき闇に染められたかのように黒い。
 白銀であるはずの装甲服も、夜を削りだしたような黒。
 仮面も、腕も、足も。
 黒、黒、黒。
 闇の黒。
 夜の黒。
 そして……贖罪の、黒。
 ソウトの変身した姿は、まるで己の罪を示すかのように黒い。
「ソウト……」
 黒の戦士に姿を変えたソウトは、ぴくりとも動かぬ。
「お前……」
 あまりの動揺に、セイジの構えていた銃口の先がわずかにずれた。
「もらった!」
 わずかなズレでも、射線が外れていれば構えていないのと大差ない。もちろんそんな好
機をギガクロウが逃すはずもない。
 強敵であるセイジは無視し、棒立ちになったまま動く気配のないソウトへと襲いかかる。
「セイジさん……」
「死ねぇっ!」
 青年の呟きと共に夜の闇に響き渡る、鈍い音。
「助かりました」
 それは、漆黒の戦士が超高速の鉤爪を片手で受け止めた音。
「馬鹿な……動かぬだとッ!」
 さりげない動作であるはずなのにギガクロウの腕はぴくりとも動かない。それどころか、
強化合金で造られた骨格がミシミシと軋みを上げるほどの握力だ。戦友である剛力怪人ギ
ガエレファントですら、これほどの力はもっていなかっただろう。
「ギガクロウ。一つだけ、教えてやる」
 そのまま掌を握りしめ、ソウト。
 いや、ブイホープ・シャドウ。
「絶望帝国の大幹部、念動サイボーグ『トランス』の体は、念動超金属で出来ているんだ」
 ピシ……
 束になって握りしめられた強化合金のクローが歪み、亀裂が走る。
 かつての戦闘データから研究し尽くされた強化装甲服『Vテクター』の性能では、ギガ
クロウの強化合金を砕く事など出来ないはずなのに。
「お前らの強化合金程度でダメージを受けるモノじゃ……ねえんだよ!」
「馬鹿なァッ!」
 叫びと共に、ギガクロウの鉤爪は砕け散った!



「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!」
 夜の闇を駆けながら、ギガクロウは怨嗟の声を上げていた。
 弟たちの、そして戦友であるギガエレファントの仇を討つために再改造された体が、こ
うも簡単に敗れ去ろうとは。自分は大幹部と互角……いや、それをはるかに凌駕する戦闘
能力を得たのではなかったのか。
 ビルの谷間を駆け、やがて漆黒の空へと跳び、闇色の翼を羽ばたかせて飛翔する。
「あの方に……あの方に報告せねば……」
 自分が敗れる事の恐怖からは立ち直っていた。
 だが、新たなる戦士の誕生の事実だけは知らせねばなるまい。新たな力を得た彼らは、
かつてのように自分達の障害となるに決まっている。
「……あの方だと?」
 聞こえるはずのない声に、ギガクロウは息を飲んだ。
 ビルの谷間の向こう。そこに舞うのは、夜の闇を舞う漆黒の翼。
 こんな場所で黒い翼を持つなら、烏か何かだろう。しかし、夜の空を舞う烏など自分の
他には心当たりがない。
「くそうっ!」
 黒い翼で夜空を打ち、さらに高みへと飛翔。黒いブイホープの手の及ばぬ上空を目指す。


「限界か……」
 高層ビルの屋上から夜空を見上げ、シャドウは小さく呟いた。
 もともとブイテクターに飛行能力は付いていない。ギガクロウを追うため、ソウトは超
能力サイボーグである自分の念動力で飛んでいただけなのだ。そんな飛行能力では、短時
間ならばともかく、空中戦に特化されたギガクロウに及ぶものではない。
「ソウト。これを使え」
 そこに、何かが差し出された。
「セイジさん……これは!」
 赤い戦闘服をまとったセイジが持っているのは、長身の銃だった。通常のブイシュータ
ーでは届かぬ先にある敵を射抜くその武器の主は、確か……。
「欧州にいるガイからの預かり物だ」
 セイジと死線を共にした青き戦友。
 ブイホープ・ブルーこと、蒼汰ガイ。
「……ガイさん」
 全ての戦いが終わったその時まで、絶対に自分を許そうとしなかった男。
 それが、今こうして力を貸してくれている。
「日本は任せた、だと」
「はい!」
 決意と共に受け取り……。
 新たなブイホープとなった青年は、サイトの向こうにいる敵を狙い、トリガーを引き絞
る。
「ブイシューター・アルティメットバレル!!!」
 長銃身砲から放たれた衝撃の射線の果て、貫かれ砕け散る闇の烏の姿が、ソウトの電子
の瞳にちらりとだけ見えた。

○

 ビルの屋上に立って朝日を眺めながら、ソウトは小さく呟いた。
「玄杉市、ですか?」
 玄杉市。自分のデータベースでは、確か本州の真ん中あたりに位置する地方都市の名だ
ったはず。治安も日本としてはまあそれなり、取り立てて珍しい産業があるわけでもない、
平凡な街のはずだが……。
「ああ。俺が行こうと思ってたんだが、ギガクロウの件もあるしな。お前に任せたい」
「了解です」
 確かに、絶望帝国の残党を追うのならセイジの方が適任だろう。帝国の内情ならばソウ
トの方が詳しいだろうが、彼はまだ、与えられたばかりのVテクターを使いこなすに至っ
ていない。
 ソウトにも切り札があるにはあるが、それを使うのは危険すぎる賭だ。
「それより、そのVテクターは……」
「いえ、構いませんよ」
 心の色を映し出す超エネルギー体『ブイプリズム』の内蔵されたブレスレットにちらと
視線を落とし、ソウトは答えた。
 セイジがソウトにと用意した色は、意志の輝きを示す白銀。
「……気にするなとは言わない。だが、あの事にあまり囚われすぎるなよ」
 それが、贖罪の影色に染まるということは……。
「ええ。分かってます」
 その色が解き放たれた時、影のブイホープは輝きの中に身を躍らせ、秘められた真の力
を得る事ができるはず。
(こいつにも……仲間がいれば)
 自分に対するガイ達のように、背中を守りあい、想いを通じ合わせた友がいれば……ソ
ウトの影色の束縛も解き放たれるかもしれない。だが、あの事件に関わった自分達は、彼
の戦友や師にはなれても、想いを解き放てる友になる事は出来ないだろう。
 全てを知っているだけに、赤の戦士の胸は痛む。
「そうだな。まず、玄杉市に向かえ。全ては……そう、全てはそれからだ」
 そう。
 全ては、それから。
 自ら影に甘んじる青年が、光を取り戻す戦いは……。


−了−
登場人物紹介 江洲羽ソウト  本編の主人公。希望戦隊ブイホープの第8の戦士『シャドウ』に変身する。  もともと敵対組織『絶望帝国』の大幹部の一人であり、第4のブイホープ『イエロー』 の命を賭した説得により、ブイホープ側に寝返ったという経歴を持つ。  念動力を使いこなす超能力サイボーグであり、秘められた戦闘能力は圧倒的。 赤城セイジ  希望戦隊ブイホープのリーダーであり、第1の戦士『レッド』。  医学のスペシャリストで、数多くの難病や不治の病の特効薬を開発・実用化してきた若 き天才科学者。大学時代の恩師である代重(よりえ)教授からV計画の参加を呼びかけら れ、プロジェクトに参加した。  ブイホープ解散後、戦死したブイホープ4号『イエロー』の変身ユニットをもとに新型 スーツ『シャドウ』を開発。ソウトに託す。
< Before Story / Last Story >



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