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 20世紀の末、一つの戦いがあった。
 世界の命運すら賭けたそれは小さくも激しい戦いだった。 
 しかし、その戦いがTVや新聞に載る事はなかった。この世界のほとんどの目に止まる
事もなく、僅かな者達の記憶に留まるのみであった。

 そして、その戦いから1年が過ぎた日の出来事。

誕生の黒き輝き −"希望戦隊ブイホープ"より−
 都会の夜は明るく、騒がしい。  輝くネオンが暗闇を駆逐し、街の片隅、わずかに残った影の残滓ですら喧噪と街灯に追 い散らされ、夜が夜でなくなっている。  そんな偽物の夜の中、一人の少年が歩いていた。  別に珍しい光景ではない。少年は深夜まであった学習塾の帰り道で、この通りをこの時 間に歩くのはほとんど日課だったからだ。  懐中電灯のか細くも強い光で夜の闇を切り払い、恐れる風もなく歩いていく。  中学に上がってすぐの頃は怖くもあったが、既に彼は高校受験を控えた受験生。3年も 同じ闇の中を歩いていれば、恐怖心など惰性の前に馴らされてしまっていた。  だから、気付かなかった。  少年はふと足を止めた。  目の前にある街灯の下に、一つの姿があったからだ。  全身黒ずくめのサラリーマン風で、そんなに背は高くない。やや管理職風のどこにでも いそうな男だった。 (酔っぱらいかな……絡まれないようにしないと)  前に一度、泥酔したサラリーマンに絡まれて大変な目にあったのだ。その時は200m ほど離れた所にある交番に飛び込んで事なきを得たのだが、あの時の事は今思い出しても いい気分ではない。  伏し目がちに、その場をいそいそとやりすごす。 「なぁ……」  と、その酔っぱらいの放つ声に、少年の足が鈍った。 (違う。僕じゃない。きっと独り言だ)  強く念じ、震えそうになる足で続く一歩を踏み出そうとする。 「この街は、いつから夜がなくなったんだろうな?」  違う。  僕に言ったんじゃない。  そう強く念じるも……。 「少年」  ぼそりと呟くようなその一言で、少年の意志は粉々に打ち砕かれた。 「は……はぁ……」 「お陰で君のような子供ですら、夜を恐れぬ始末。闇に恐怖すら感じられぬようでは、我 らの想いは事を成さぬ……違うかね?」  動かせぬ足の上、恐怖に震えながら、少年はふと思った。  目の前の男は本当に酔っぱらいなのだろうか。ここまで見事に弁舌を振るえる者が。  酔っぱらいというのは、もっとろれつの回らない、支離滅裂な事を口走るのではなかっ たのか? 「いや、君は今恐怖を感じているようだね。恐ろしいかい? 私が」  そう言って振り向いた男に、少年は息を飲んだ。  黒いスーツはいい。  だが、中背と思われた男の背が、いっきに伸び上がったように見えたのは気のせいでは ないはずだ。そして、同じように黒いネクタイの上、漆黒の羽毛に覆われた首の上にある 物は……  硬いクチバシと、真紅に輝く真円の瞳!  叫びすら出ぬ。  否、喉からほとばしり出た悲鳴は可聴領域を越え、人の耳に届かぬだけだ。  それを証拠に、烏頭の怪人は嬉しそうに身を震わせているではないか。 「いい。いいね、その悲鳴」  クククと全身を振るわせ、ポケットに突っ込んでいた腕を引き抜く怪人。 引き抜かれたその時にはダークスーツの袖は内側から引き裂かれるように伸び拡がり、巨 大な漆黒の翼という真の姿を取り戻している。 「ならばその悲鳴、さらなる絶望に変えてもらおうか!」  闇の翼に包まれていた内側。異様に伸びた爪を持っている人の腕をひらめかせ、怪人は 叫んだ。  その時だ!  振り下ろされた爪と少年の間、漆黒の影が飛び込んできたのは! 「な……っ!」  影と思われたのは、一人の青年だった。  ラフなシャツに膝のすり切れたジーンズ。この広い街のどこにでもいそうな、若者の一 人。  それが少年を護ろうとするように、怪人の鉤爪の生えた腕を受け止めているのだ。 「あ……あ……」  怪人は青年をにらみ据え、青年も怪人から瞳を離さない。漆黒の色を持つ青年の視線は 鋭く、怪人を逃がさぬ強い意志を内に秘めている。  にらみ合いは数瞬。互いに進展はないと見て取ったか、視線が離れた瞬間には双方が同 時に身を引いていた。烏は10歩ほど後へ飛翔、青年はその場を動く様子もなく。  と、強く引き結ばれた青年の口元がふと緩み、笑みの形へと変わった。 「聞こえたぜ、お前の悲鳴」 「え……? あ……」  青年の言葉に金縛りを解かれたように、少年も小さく言葉を漏らす。  自分がいつ悲鳴を上げたのかすら気付かぬまま、声にならない声を漏らすのみ。 「逃げろ、少年」 「え……? でも……」 「俺は大丈夫だ。お前らよりは頑丈に出来てるからな」  そう言って再び笑み。ぎこちなくも頼もしい笑みに後押しされるような形で、少年は交 番の方へ向かってふらふらと走り出す。  怪人は青年の視線に射抜かれたまま、その場を動く気配もない。 「何者よ。貴様」  怪人が言葉を放ったのは、少年が姿を消して少ししてからの事だった。 「……何?」  怪人から放たれた誰何の声に、青年は眉をひそめる。 「俺はアンタをよく知ってるぜ? 絶望獣クロウ三兄弟が長男、夜翔怪人ギガクロウだろ う。奴らの残党がまだいたとはな」 「何故その名を!? ……まさか!」  絶望獣の存在だけでなく、自らの名前すら正確に言い当てる相手など、この世界にたか が知れている。その中で最も恐ろしく、最も強い敵の名を、怪人ギガクロウは我知らず叫 んでいた。 「惜しいが、違うよ」  俺はあんな立派な人達じゃない。そう続け、青年は苦い笑み。 「……そうか。そうなのか」  その敵以外で自分達の正体を知り、なおかつ刃向かって来る者。  ならば、その相手は一人しかいない。 「汝、絶望の果てに死ぬが良い。この裏切り者め……。奴らに代わり、我が弟たちと、盟 友ギガエレファントの仇を食らわせてくれる!」  そう叫び、紅き血に濡れた……先程の一撃で青年の腕をかすった時のものだ……鋼鉄す ら切り裂く爪を閃かせ、ギガクロウは猛然と青年に襲いかかった。
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