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たのしい三者☆面談
(後編)
[2012/12/27]



「すみません。偽物です」
 溝口(娘)に回し蹴りを食らった後、溝口(父)は取り敢えず俺に平謝りするばかりだった。回し蹴りを食らって根元から思いっきりへし折られた左の角が、何とも言えず痛々しい。
「この子とは……?」
 言いかけ、わずかに言い淀む。
 溝口はまともな生徒だ。
 少なくとも、まともな生徒だった。
 まあそういう生徒に限って裏では何をしてるか分かんないんだけど、少なくとも溝口はその辺りは『上手くやる』生徒ではあると思ってたんだけど……。
「あたしがそんなのするわけないでしょ!」
 ……ああ、違ったのか。
「朝のバス停でいつも一緒になるだけです」
 また随分と薄い関係で。
「けどそんな方が、何で父親の替え玉なんか……?」
 俺の知っている替え玉は、友達の親だった。両親と進路の事で揉めていて、どうしても……って話だったっけ。
 後は親戚の伯父さんなんて事も一度だけあったけど、さすがに朝のバス停で一緒になるだけの人を三者面談に連れてきたのは、溝口(娘)が初めてだった。
「……家族が、来られなくなったから」
「なら普通に言えば良いじゃないか。で、都合の良い日はいつなんだ?」
 溝口の次の生徒も、両親の都合が付かないとかで三者面談は来週に延期になっていた。その位の調整は、珍しくも何ともない。
 もちろんそれで内申書に響くなんて事はあるはずもないわけだが……。
「……ない」
「ないって……溝口のご家族は、そんなに忙しいのか?」
「忙しいっていうか……ちょっと、遠くに住んでて」
「じゃあお前一人暮らしか? でも調書にはそんな事ひと言も……」
 両親の住所も、溝口本人と同じって書いてあったはずだけど……。
「……内緒だったし」
「お前なぁ……」
 今まで何も無かったから良かったようなものの、そういうのが一番困るわけだ。
 しかもそういう面倒な事にしている両親に限って、何かあったら人一倍文句を言ってくるわけで……。
「で、それを誤魔化すために、この人に……ええっと、お名前何でしたっけ?」
「すみません。非公開なんです」
 非公開って何だ。
「じゃ、その覆面は……?」
「これも顔、非公開なんで」
 意味が分からない。
「ちょっと国家的プロジェクトに関わってまして、顔出しNGなんですよ」
 そんな人が、何で毎日バスで仕事先……かどうかは知らないけど……まで通ってるんだろう。
 しかも溝口の頼みまで聞いたりして。
 根は悪い人じゃないんだろうけど……。
「てか、何でよりにもよってこんな面倒な境遇の人に替え玉頼んだんだ。溝口」
「この人くらいしか……知ってる人、いなかったし」
 どれだけ交友関係狭いんだよ!
「近所に親戚とか、知り合いの一人くらいいるだろ。あと部活とか」
「いないし」
 女子空手部とか、みんな仲良いように思ってたけど、もしかして中じゃ色々あったりするのか……?
「じゃあ、アパートの大家さんとかは?」
 溝口(娘)の現在の住所は、アパートだ。
 アパートなら管理人さんや、大家さんが事情を知っていたりするのも定番だけど……。
「いないし」
「…………よく借りられたな」
「親の名義」
 まあ、子供の名義で借りられる部屋なんかないから、それは当たり前だけど。
「ともかく、さすがに名前も顔も分かんない他人じゃ三者面談は出来んぞ。どうしてもって事だったらテレビ電話なり先生が実家に行くなりするから……」
「だから、無理なんだってば…………」
 テレビ電話も、直接訪問もダメって……。
「海外か?」
 その瞬間、教室内に響き渡ったのは、単調な電子音だった。

「もしもし。俺だ」
 電話の主は溝口(娘)でも、もちろん俺でもなく……覆面を被ったままの溝口(父)だった。
 いや本当は父じゃないんだけど、名乗らない以上この呼び方しかないわけでな。
「あの、三者面談中に携帯は……」
「すみません。ちょっと国家機密なんで……。どうした。……レーダーに反応!? もう第三防衛ラインも突破された? 迎撃システムは何やってるんだ!」
 え、何?
 国家機密はまあいいとして、第三防衛ラインとか……え?
「…………溝口」
「何」
「この人、何の仕事してるの」
「さあ?」
 お前はそんな曖昧な人によく三者面談の替え玉とか頼れたな。
 先生、お前の事全然理解してなかったみたいだ。
 俺の知ってる生徒の中で、一番度胸がある気がしてきたわ。
「分かった。三番機を俺のいるポイントに回してくれ。一分以内だ。連絡終わる」
 そう言って、溝口(父)は携帯を閉じた。
 よく見れば、見た事もない形をしている。海外製の携帯かとも思っていたけど、どうやらそうでもないらしい。
「すみません。ちょっと緊急事態でして……」
「某国からミサイルでも飛んでくるんですか?」
 男の声は大きく、内緒話をしているようでも筒抜けだった。その内容からすれば、何かとんでもない物がこっちに飛んできている……といった感じだったけれど。
「いえ、そういうわけじゃないですが……」
「国家的危機じゃないんですか?」
「世界的危機です」
 …………。
 ええっと。
 ミサイルが飛んでくるなら、だいたいは国家的危機だよな。
 じゃあ、世界的危機って、何が飛んできてるんだ?
「それではすみません、失礼します。ええっと……溝口さん?」
 名前に疑問符まで付けやがったこの覆面。
「はい」
「やっぱり三者面談は、ちゃんとご両親のどちらかに来てもらいなさい。マスクも選んでくれてありがとうね」
 今更お前が言うのか!
 しかも片方の角が折れたままとか、説得力ないにも程があるだろ。
「…………うん」
 お前も頷くのか、溝口!
「それでは、失礼します。…………とうっ!」
 そしてそのまま、溝口(父)は窓の外へと飛び出した!
「ちょっ!?」
 ここ、三階だぞ!?

 だが。

「がっ!?」
 教室の窓を激しく揺らすのは、大型のエンジンから響き渡る轟音だ。
 そして巨漢の飛び降りた先にあるのは……。
「巨大……飛行機……?」
 いや、飛行機とはとても言えない。
 人と飛行機と昆虫を足して、三ではなく二で割ったようなラインを持つ、有翼の異形。
 そいつはグラウンドの数メートル上をホバリングしながら、ゆっくりとこちらにその機首らしきものを向けている。
 エンジンの甲高い音が一層その音を増し、ホバリングしていた機体は上昇を開始した。
「まさか……………」
 がたりと立ち上がった教室。生徒の机に突っ込んであった軍事雑誌がばさりと落ち、轟音の突風の中でぺらぺらとフルカラーのページがめくられていく。
 やがて開いたページ。
 中央に載るのは、その異形。
「……F2000」
 生徒から没収したばかりのトンデモ軍事雑誌に載っていた、対宇宙人用に作られたという地球防衛用の機動メカ。
 他の先生方と新手の特撮の間違いじゃないかと笑っていたけど……まさか実在していたなんて。
 F2000の爆音が校舎を大きく揺らした時には、既にその機体ははるか空の彼方へと消えている。
「…………先生。どうしよう」
 そんな一瞬の出来事の後。
 呟いたのは、残された溝口だ。
「どうしようもなにも、何がどうしようなんだ」
 あの覆面男は、トンデモ本が正しいとするなら、地球防衛がどうこういう組織の一員なんだろう。
 彼に関しては、もう俺達がどうこう出来るような問題じゃない。
 強いて言えば、溝口は『運が悪かった』んだ。
「多分あれ、お父さん達だ」
「…………お父さん達?」
 外国でものすごく忙しいらしい、溝口の家族?
「いいから、来て」
「どこに!?」
 呟く溝口は、唐突に俺の手を取ると、残った手で鞄から取り出した携帯を開いていた。
「お父さん達の所。もう大気圏内にいるはずだから、飛べるよ」
 携帯の画面をちらりと確かめると、溝口はそれを力一杯掲げてみせる。
「大気圏内!?」
 その動きに応じて周囲に浮かび上がるのは、空間に投影された無数のディスプレイの群れだ。2012年も末のこの時代、そんな機能を持つ携帯なんか、国内外全てを見回してもあるはずがない。
「ビーコンの反応返ってきた! 転移するよ!」
 そのディスプレイの一つに映るのは、幾つかの地形情報らしき物と、太陽系の各惑星の軌道情報。
「て……っ!?」
「あたしの家族、宇宙人なの!」
 そして、我らが青い星。
「するんでしょ! 三者面談!」
 次の瞬間、携帯とディスプレイから強い光が放たれて。

 俺と溝口は、校内から跡形もなく消え去っていた。



お題:ねー新井しーな、顔を隠して生活する運転手と顔見知りのバス停仲間が、期間限定で仲の良い家族として振る舞う話書いてー。

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