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たのしい三者☆面談
(前編)
[2012/12/27]



 その女は、少年を連れて静かに部屋を出て行った。
 顔に浮かぶのはあからさまな不満。
 まあ、無理もない。この期に及んで志望大学への推薦をしてくれなんて言われても、あの生活態度じゃ俺達がどう頑張っても内申書の書きようがない。
 ああ、外でだいぶ暴れてるな。このまま校長室に殴り込みに行って……それが落ち着いたら、俺はまた校長に呼び出し食らうんだろうな……。
「次。溝口ー」
 暗澹たる気持ちになりながら、次の生徒の名を呼んだ。
 溝口ハナ。
 可も無く不可も無く、って感じのごく普通の女生徒だ。成績はそこそこ、素行も特に問題はナシ。女子空手部で出場した県の大会でそこそこの成績を収めたのが唯一の賞罰。
 志望大学もそこそこだし、推薦にしてくれって言われたら、こっちもそれなりの書類を用意して快く送り出してやる……とまあ、そのくらいの生徒だ。
 ある意味、キッツいモンペの後の気分直しにしては、理想的な『良い』生徒と言えた。
 俺が教師になって学んだのは、『教師だって人間だ』ってひと言だ。お世辞にも聖職者なんて言えやしない。
 そんな俺でもまあ商売だから、それなりに愛想良くはする。……けど自分の心の内くらい、正直になっても良いじゃないか。

「失礼します」
 そんな事をぼんやり考えていると、やがて溝口が入ってきた。
「……ほらパパ」
 ああ。溝口は親父さんのこと、パパって言うのか。
 家族仲も悪くなさそうで、結構な事じゃないか。
「失礼します」
 そう言って入ってきた溝口の父は。
「…………」

 覆面を被っていた。

「いつも娘がお世話になっています。父親です」
 一礼をしたのは、身長二メートルはあろうかという巨漢だった。全身にがっしりと筋肉が付いていて……しかもそれは、ボディビルのように作られた筋肉ではない、実戦用に鍛えて育てられた筋肉である事が分かる。
 被った覆面は、さる有名レスラーのもの。青をベースにした派手なベースには、左右に大きな角が生えている。
 ……溝口の親って、覆面レスラーだったのか?
 一瞬そう考えて、慌ててそれを否定する。
 別に覆面レスラーだって、常日頃から覆面してるわけじゃないだろう。
「ほらやっぱり怪しまれてるじゃないか」
「だってあなたが顔出しNGだって言うから……!」
 こっちに聞こえないように必死に小声で話してるみたいだけど、ちゃんと聞こえてるぞ。
 そういう打ち合わせは、出来れば教室に入る前にして欲しかったな、先生は……。
「と、とりあえず、お掛け下さい」
 とはいえ、ここで突っ込んでも始まらない。
 溝口(娘)は本人だし、向こうが父親と言い張る以上は、こっちもそれに合わせるしかない。
「……ええっと。この方が、溝口のお父さん?」
「はい」
 言い切った!
 いつも大人しい溝口(娘)が今日は随分と大胆な事してくるな!
「……ええっと、娘がいつもお世話になっています」
 溝口(父)も乗ってくる気なのか。
 まあ乗ってくるというよりも、溝口(娘)に押しきられてるような感じだけど。
「あの……失礼ですが、お嬢さんの名前は?」
「……えっ」
 ああ、溝口(娘)が頭を抱えてる。
 無理もないな。
 先生もまさかここでボロが出るとは思わなかったもん。
「お嬢さんの名前です。一応、三者面談では確認する事になっていますので」
 もちろんそんなの出任せだ。子供の名前を知らない親なんているはずないし、俺達だってこんなしょうもない確認なんてするはずもない。
 こういう時以外は。
 いやまあ普通は、誕生日とか干支でカマをかけるのが定番なんだけどさ……。
「そ、そうなんですか……」
 うわあ信じた溝口(父)。
「ええっと………」
 しかもどもってるし。
 替え玉で三者面談受けに来た生徒ってのは、溝口(親子)以外にも経験が無いわけじゃないけど……せめてこのくらいの打ち合わせはしとこうぜ、溝口(親子)。
「み……」
 み?
「溝口の娘」
「あたしは平安時代の子女か!」
 鈍い音がして、溝口(娘)の回し蹴りが溝口(父)の頭に叩き込まれた。
 ……溝口(娘)、スカート履きで回し蹴りはやめなさい。
 見えるから。

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