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 昼の休憩が終わって。広い講堂を即席のパーティションで区切った部屋の中にすぴかは
いた。見える限り、バレーコートほどの空間に見えるだけで十人ほどの男女が所在なさげ
に佇んでいる。
 すぴかを含めて表情が硬いのは、これから起こる儀式を考えればまあ当然といったとこ
ろか。
 しばらく辺りをきょろきょろ見回していると、頭の上の方から面接官の声が響いてきた。
【では、ただいまからパートナー選択を始めます。制限時間は1時間なので、それまでに
パートナーを選んでください。決まったら、部屋の中に担当の先生がいますので、報告す
ること。試験を含めた合格通知は後日郵送しまから、今日はパートナーが決まったら帰っ
て構いません】
 それでは始めて下さい、の声に受験生達はぱらぱらとバラけはじめる。
 だが、すぴかは固まったままだった。
「せんせえ……」
 ギシギシとぎこちない動きで、近くにいた担当の先生に声を掛ける。
「何ですか?」
「あの、パートナーが決まったからって、合格……ってワケじゃないんですか?」
「そうですよ。さすがにこれだけの人数ですから。午前中の採点もまだ一割くらいしか終
わってませんしね」
 すぴかの中で、合格したんだ! という自信と喜びがガラガラと音を立てて崩れ去って
いくのが分かった。
 タダでさえ今日のテストはよく見ても8割程度しか出来なかったのだ。面接も可もなく
不可もなくだったし……。
「ああ。でも、ウチは成績より生活態度とか、そう言う方を重視しますから。書類審査で
落ちなかったらちゃんと合格してると思いますよ。あんまり気にしないで、いいパート
ナーさんを見つけてくださいね」
「はぁ……」
 そんなことを言っていると、早速男女の連れが担当教師のもとへとやってきた。どうや
らもうパートナーを決めたらしい。
(あーあ。あたしもいい人探そうっと)
 浮かない顔で、すぴかもパートナーを捜すためにその場を後にした。


 すぴかは周囲を見回した。
(あの人は……)
 近くにいたのは爬虫類の鱗をまとった人間、サラマンダーの少年だった。
 豪快な性格なのか、笑うたびに周囲に炎が舞っている。冬はいいけど夏は暑苦しそうだ。
(まだお兄ぃの毛皮の方がマシね……人になったら毛皮ないし)
 却下。
(あの人……)
 次に目に入ったのはプーマオという半人半猫の少年だった。
(あたし、猫より犬派なのよねぇ……)
 アークが聞いたら気を悪くしそうな事を考えておいて、却下。
 次に目をやる。
 今度はティンティン出身の少年らしい。一度に4人の女の子と話をしているあたり、社
交性はありそうだ。
(……浮気性っぽいわね。軽いのはお兄ぃで慣れてるからいいけど、浮気はね……)
 独断と偏見で瞬時に却下。
 次は……
(げ……っ)
 あろうことかアークだった。
(却下却下! 大却下!)
 ぶんぶか頭を振って、さっきのティンティンの少年よりも素早く却下する。
(でも、誰と話してるんだろ……)
 却下は心の中で決定しておいて、もう一度アークの方を見てみると。どうやらルーメス
あたりの女の子と話をしているらしい。
 話も割と上手いアークが相手だからか、女の子の方も結構楽しそうだ。
(何さ。デレデレしちゃって……)
『……お前とは正反対のヤツ』
 清楚そうな女の子を見ていると、そんなアークの言葉が思い出されて何となく面白くな
かった。ただ、そう思いつつも視線はそこから離れる気配がない。
(あ……)
 しばらくぼんやり眺めていると、女の子はアークから離れ、どこかへ行ってしまった。
「ねぇ」
 ちょっといい気味だ。
(ほら。デレデレしてるから)
「ねぇってば」
「え? あ、なに?」
 ふと掛けられた声に見渡しても、そばには誰もいなかった。
 いつもされているように見上げても、もちろん誰もいない。
「下だよ、下」
「ほぇ?」
 見下ろすと、ハムスターがいた。
「こんにちわ。僕コレマムって言います。リトルスターなの」
「へぇ。こんにちわ」
 リトルスターはルーメス王国の魔法種族だ。外見はまあ、見てのとおり、説明の必要も
ない。
「パートナー、見つかった?」
「ううん。まだだけど……」
「そうなんだ?」
 見回せば、だいぶ人の数も少なくなっている。まだアークもパートナーを見つけられな
くて困っているようだが、それは自分も同じ事。
 まあ、時間もないしお兄ぃみたくいぢわるしそうにないし、このコレマムって子でもい
いか……と思ったその時。
「じゃ、僕と……」
 そう言いかけて、コレマムは言葉を切った。
「どうしたの?」
「ううん。ちょっと僕、トイレ」
 微妙に硬い動きで、コレマム。見る者が見ればそれは捕食者と目が合ってしまった小動
物のそれと同じものと分かったのだろうが、見る者ではないすぴかにはそこまでは分から
ない。
「あ、そう……」
 そそくさとその場を立ち去ったコレマムがすぴかの元に戻ってくることは、二度とな
かった。


【あと5分でパートナー選びの時間は終了です。まだパートナーが決まっていない受験者
の皆さんは、早く決めて下さい】
 時計を見ると確かにパートナー選びが始まって55分が経っている。
 この時点で部屋に残っているのは、すぴかとアークを含めて4人。ちなみに喋るハムス
ターのコレマムはもうパートナーが決まったのか、この場にいない。
(サラマンダーとお兄ぃか……)
 サラマンダーは熱そうだし、もう一人の女の子は地球人だからパートナーにはなれない。
 消去法で行けば……
(だから、お兄ぃはダメなんだってば!)
 浮かんでくる結末をぶるぶると首を振って否定する。
「よぅ。まだ、パートナー決まってないんだな」
「お兄ぃもね」
「まぁな……」
 声を掛けてきてくれたアークに、ぼそぼそと答えるすぴか。
「パートナー、なってやろうか?」
「お兄ぃ、あたしとは正反対の子がいいんでしょ。あの子とかどう?」
「犬が嫌いなんだと」
 本当は向こうからものすごい視線でにらみつけてる子がいるから……だったのだが、さ
すがに当人の前で言う気にはならない。
「へぇ……でも、あたしとお兄ぃじゃ、地球人同士でしょ。パートナー契約は……」
 出来ない。いくらすぴかとアークが異世界人と地球人のハーフでも、パートナーはあく
までも地球人と異世界人の間でなければ……。
「出来るぜ」
「え?」
 アッサリと返ってきた言葉に、すぴかは言葉を失った。
「俺、キングダム人だもん。母さん、俺を連れてウンブラスからティンティンに亡命して、
最後に地球に流れてきたんだから。ていうか、この組み合わせ見て気づけよ。バカ」
「えーっ! だって、あたしとお兄ぃ、双子……」
「じゃなかったんだな、これが。俺もこないだ戸籍謄本見てびっくりしたんだけどさ。俺
は母さんの連れ子で、お前は父さんの連れ子らしい」
「そんな……」
 誕生日も同じ、生まれた頃の写真だってある。
 けれど、よくよく考えれば、生まれたばかりの頃の写真で自分とアークが一緒に写って
いる写真があっただろうか……。
「お前、受験の願書書くとき、戸籍謄本見なかったのか?」
「ンな細かいトコまで見るわけないじゃない……」
 普通見るだろ、とアークは苦笑するが、すぴかはそれどころではない。
 それどころではないのに、担当官の声まで飛んでくる。
「そこー。もう時間なんだけど、パートナー契約、どうするの?」
「え、えと……」
 見れば、残っていたサラマンダーと女の子はいなくなっている。どうやらパートナー契
約をしてしまったらしい。
 けど……
 やっぱり、お兄ぃとは……
「や、やっぱもがっ!」
「はい。二星すぴかとティンティンのアークトゥルス・ニボシ。パートナー契約します」
 すぴかの口を押さえつけ、アークはさっさとそう言ってしまう。もちろんすぴかの口を
ふさいでいる所を担当官に見られるようなヘマはしない。
「はい、お疲れさま。今日はもう帰っていいですよ」
「はい。それじゃ帰るぞ、すぴか」


 夕陽の沈む土手を、アークはダラダラと歩いていた。
「で、どうすんの。これから……」
 その背中にしがみついたまま、すぴかはぽつりと呟く。
 びっくりしたからか受験が一段落して気が抜けたからか、情けないことに会場から出る
ときに腰が抜けてしまったのだ。
 お金もない中学生のこと、タクシーを拾うわけにもいかず、アークに背負われてここに
いる。
「どうするって? 帰ったら父さんは取りあえず殴っとかないとな」
 平然と、アーク。
「そうじゃなくって。あたし、落ちてるかもしれないんだよ? お兄ぃは余裕だったんで
しょ」
「落ちたらキングに行きゃいいだろ。二次募集、毎年やってるし」
 確かに二次募集はある。しかも、何に張り合ってかキングの二次募集枠はルーメスのそ
れの倍近くある。入るのはそう難しいことではない。
「そりゃ、あたしはいいけど……お兄ぃは?」
「お前のいないルーメスに行ってもなぁ……」
「……え?」
「なんてな。ま、こうなったからには付き合うって」
 背中にもたれかかる妹を軽く背負い直し、5分差の兄は小さく呟く。
「……うん」
「疲れたんなら寝ろ。ちゃんと連れて帰ってやるから」
「うん……そうする」


 そして、次の朝。
 レースのカーテンの隙間から、明るい日の光が穏やかに射し込んでいる。
 朝。
 ぴりりりり、とベッドサイドに置かれた目覚ましが電子的な音を奏でだし始める。
 朝。
「もぅ……」
 ベッドの中で丸まっていた何かがもぞもぞと動いて……。
 そこから出てきた細い手が、相変わらずぴりりりと鳴っている目覚ましをひょいと取り、
 壁に向かってぶん投げた。
 ぴりりりり……ばきっ……ぴりりり
 今回は頑丈さだけを購入基準にして買ってきただけあって、周囲に補強されたフレーム
が軽く歪んだだけ。オリーブドラブの軍隊カラーと迷彩に彩られたゴッツイ目覚ましは、
相変わらずの電子音を鳴らしている。
 ただし、ベッドの中の少女は颯爽と無視。
 そんな中。
 床に転がって空しく電子音を鳴らす目覚ましに向けられる視線が、一つだけあった。
 ベッドの端の方で丸まって眠っていた一匹の白い犬である。
「……やれやれ」
 犬……本人は「狼だ」と否定するだろうが……はそうぼやいて身を起こすと、ベッドの
人物に向かって歩み寄った。先にカーテンを引き、枕元に朝の光が当たるようにしておく
のを忘れない。
「おーい。すぴか。起きろー」
 カーテンと同じように口で器用にくわえてシーツを引き下ろすと、そこに眠っていたの
は制服のままのすぴかだった。起きるように促しながら、眠っている少女の顔をぺろぺろ
となめ始めるアーク。
「あぅ……眠いよぉ……ってお兄ぃ……っ!」
 と、すぴかはがばりと起きあがって呆気にとられるアークを抱え上げると、ぺいっと
ベッドの外に向かって放り投げた。
「な、何しやがるっ!」
「勝手にあたしの部屋に入って! お兄ぃってば何やってんのよ!」
「はぁ……?」
 勝手にも何も、アークがすぴかのベッドの隅で丸まって眠るのはいつものこと。という
か、小さい頃にすぴかが「夜寂しい」といってアークを離さなかったから、未だにこう
やって兄妹一緒に眠っているのだ。
「ほら。着替えるんだから。お兄ぃ、早く出てってよ」
「家族だからノーカウントじゃなかったんか……」
「……」
 そう言われ、すぴかの頭の中にこれまでにそう言ってやってきた事の数々がぐるぐると
渦巻き始めた。
「お兄ぃの……」
「おーい。すぴかー」
 あれとか、これとか……ああ、あんなことまで。
「お兄ぃのばかっ! へんたいっ!」
 耳まで真っ赤にしたすぴかはクローゼットに入っていた制服の上着をひっつかむと、ハ
ンガーごとアークに向かって投げつけていた。
「もう……知らないっ!」


 さて。
 結局、2人がルーメスに合格したかどうかは……。
 それはまた、別の話。


出てる人

二星すぴか
 二星妹。わがまま直情熱血一直線。基本的に理不尽。応用的には夢見る乙女。今まで双
子双子と思って好き勝手やってきたアークが実は義兄(結婚できる)だと知り、互いの距
離の取り方に困惑しっぱなしの今日この頃。


アークトゥルス・ニボシ
 二星兄。自分の本心を語らない飄々としたタイプ。不良ロッカーな仮面優等生。真相を
知って痛烈な理不尽アタックを仕掛けてくるすぴかに対して困惑気味な今日この頃。

Fin
< Before Story / Last Story >



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