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[5/16 PM15:15 帝都外縁南 商店街]
 辺り一面に張られたテントの間を、巨大な物体が器用に歩いていく。
 数は2つ。
 強襲装兵である。ただし、特徴とも言える可動装甲や武装類はなく、機体の各所には黄
色と黒のストライプのマーキングが施されていた。動きもやや重く、滑らかとはほど遠い
動きだ。
 ギア比を変えて最大パワーを高めた作業用の機体なのだろう。
 作業用装兵が二機がかりで抱えているのは、自らの背よりも巨大な物体。
 『玖式』の脚である。
「はい、お疲れさん」
 20mはあるトレーラーに無造作に脚を載せると、トレーラーに乗っていた作業員がワ
イヤーで手早く固定していく。その間にもう一本の脚も回収し、同じ作業の繰り返し。
 二本目の脚の固定が終わった時には、作業用装兵も自らのキャリアに横たわり、搬出準
備は完了している。慣れたもので、機材の搬入から撤収まで一時間とかかっていない。
「お疲れー」
 リリアはそう言うと、走り出したトレーラーの一団の方から歩いてくる二人に向かって
自販機で買ったジュースを放り投げた。
「やれやれ……やっと任務完了、と」
 一人はもちろん、蘭。
「すいません」
 そして、もう一人はポニーテールにした日本人女性。
「こっちこそ悪かったわね、鋼。助かったわ」
 そう。塩川鋼だった。
「今、うちちょっと人手が足りてなくて……」
 商店街のオヤジ連中との粘り強い交渉の末、作業時間が短くて済む作業用装兵を使うこ
とで何とか交渉をまとめ上げた蘭だったが……
 肝心のこちらの方で、作業用装兵のオペレーターが一人もいなかったのである。半ば麻
痺状態に陥っている港湾部の作業にオペレーターの全員が駆りだされていたのだ。
 機材がどれだけあっても、使う者がいなければ作業は出来ない。一機は蘭自身が動かす
としても、20mの脚を回収する作業を一機の作業用装兵でやるのは無理がある。最低で
も二機は必要だ。
 そこで、鋼が呼び出されたのだ。家が比較的近く、作業用装兵の免許を持っており、つ
いでに今日は学校がこの事件で休校だったことが幸い(災い)した。
「まあ、他ならぬ先輩の頼みですから……。どうしたんですか? 先輩」
 と、二歩先を歩いていた蘭が歩みを止めたのに気付き、鋼も足を止める。
「いや、なんか、猫が……」
 足下に視線を落とせば、何やら白毛の猫が彼女の脚にじゃれついているではないか。
 首輪が付いているから、飼い猫ではあるのだろうが……。
「懐かれてますね」
「困ったわね……」
 猫の方も心得ているのか、蘭が足を降ろす所は巧みに避けて歩いている。蘭の方も言う
割には、別段困っていなさそうだが……。
 そういえば蘭先輩、猫大好きだったな……と思い出し、鋼は少しだけ笑う。
「何よ。何かおかしい?」
 詰め寄られた鋼が、いえ、とか何とか誤魔化していると、既に商売を再開している商店
街テントの方から女の子が駆けてきた。どうやら件の猫の飼い主らしい。
 それも、見覚えのある少女だ。
「あら、結城さんじゃない。どうしたの?」
「あ……先生。こんにちわ」
 小声でそう呟き、軽く頭を下げる。
 結城いつも。クラスは確か、壱年参組。遅刻常連の伊月遙香と同じクラスだったはずだ。
 個性の強い東条の生徒の中では大人しい部類に入る少女である。
「この猫……結城さんの猫?」
 相変わらず、白猫は蘭から離れる気配がなかった。これでは誰が飼い主か分からない。
 だが、意外にもいつもは首を横に振る。
「ううん。あなたに……」
「……私?」
 いつもが指差したのは、白猫にじゃれつかれている蘭だった。
「そう。あなたに」
 僅かに、空白の時間が空く。
 部外者の二人が経過を見守る中、ようやく彼女は口を開いた。
「この子、名前はあるの?」
「うん……」
 そしてまた、少しだけの間。
「……しぐま、って言うの」
 唐突に蘭の足が止まる。
 それにぶつかった『しぐま』が恨めしげな鳴き声を上げ。
 首輪から下がる鍵型のペンダントが、ちりんと涼やかに鳴った。


[5/16 PM15:20 帝都飛び地一区 スラム街]
「それにしても、柄の悪い場所ですわね……」
 小さく呟き、金髪の美少女は周囲を見回した。
 ヴァイス達が姿を消したゲートも既に閉じ、今は彼女一人しかいない。異界の客がいる
間は彼等に気を取られて気にならなかったが、落ち着いて見渡せばまるきりのスラム街だ。
「手紙も渡したし、彼等も送った。ミッションコンプリート……ですけれど……」
 整った顔立ちに美しく長い金髪、服装も最高級とは言わないが、一流の仕上がり。作戦
行動中は泥沼の底だろうがスラム街だが平気な彼女だが、普段は見て分かるとおりのきれ
い好きだ。
 任務が終わった以上、一秒だってこんな場所にはいたくない。
「合流まであと5分ほど、か。退屈ですわぁ」
 はぁ、としとどにため息をついて膝の上、両手を突き、小作りな顔を手の平の上に乗せ
た。普段からだらけているウィアナがやれば単にだらしないだけだが、彼女がやると妙に
品があるように見える。
「雅人様か蘭様でもいればいい退屈凌ぎになりますのに。穿九郎様も……留守電、か。つ
まりませんの」
 周囲には人の気配がひしめいている。それも、あまり真っ当でない雰囲気の男達の気配
が、少女を取り囲むように。
 だが不思議なことに、男達が少女に襲いかかってくる気配はなかった。無防備に携帯を
弄んでいる少女を、圧倒的な人数の男が取り囲んでいるはずなのに。
 それもそのはず。再びため息をついた彼女の腰の下には、彼女を狙って返り討ちにあっ
た能力者達の山が累々と積み重なっていたのだから……。


[5/16 PM15:23 帝都沿岸 海上]
 ローラが不満たらたらに電話をかけていたその頃。
 見渡す限りの海の上。青い空間に浮かんでいるのは、2隻の船だった。
 比較対象物がないので双方の大きさはよく分からないが、実際はどちらも50mを越え
る巨大構造物である。
「世話になったな」
 その巨大物体の一つ。合衆国軍艦のタラップで、ジムは無造作に右手を差し出した。
「気にするな。そう大したことはしていない」
 握り返す右手は黒の白衣をまとった青年。
 こちらは軍艦に沿うように浮かぶ巨大戦艦『大穿神』の甲板の上からだ。
 他人の命を救ったことすら「大したことではない」と言い切る青年。『大穿神』の駆り
手、巌守穿九郎であった。
「だが、出なくていいのか? 今日の会議とやらには」
 握手を解き、穿九郎。
 今日の晩に帝都の某所で開かれるという集まりの事だ。WP機関の雇われ探偵がこれま
で調べ上げた事を、一連の事件に巻き込まれた者達に説明しようという会……らしい。
 その招待リストの中には穿九郎の名も、もちろんジムの名も記されているのだが……。
「ははは。俺はもう引退した身だぞ? これ以上厄介ごとに巻き込まれてたまるかよ」
 後はリリアや蘭が上手くやってくれる、と続け、ジムは笑う。
 それに、ようやく家族の元に帰れるのだ。幸い合衆国軍からのツテで軍艦に乗って帰れ
ることになったのだから……パスポートもなく入国したジムだから、正規の手段で帰るの
は色々と面倒なのだ……これを逃す手はない。
「フッ……そうだな」
 黒き青年もその言葉に微笑。
「あー。そうだ」
 と、唐突に叫んだのは……
「? どうした、エイム」
 大穿神の甲板に忽然と現れた、少女の幻。
 最終決戦において『玖式』のOSを務めていたはずの少女、エイム・Cであった。
「あのね。おっちゃんに預かってきたモノがあるんだった。すっかり忘れてたよ」
「何だ? 帝都土産でもくれるってのか?」
 事後処理に捕まっていた帝都だから、観光らしい事はほとんどしていない。エキゾチッ
クなお土産の一つもあれば嬉しいところだ。
 だが、大穿神の甲板からせり上がってきたマニピュレーターが掴んでいたのは、一冊の
ファイルだった。いかにも無機的でメカニカルな鋼の腕が、はい☆、といったカンジでジ
ムに手渡してくれるのがミスマッチであり、逆にエイムらしくもある。
「はいこれ。ゆあーあいずおんりーだから、見たら焼いて棄ててね」
 無邪気にそう言うエイムに返す言葉もない。
 どうやら艦内でデータを受信し、その場で印刷したものらしい。表には何やら深刻な脅
し文句が書かれているが、ぱっと見はA4の紙束なので緊張感ないこと甚だしい。
 内容は多分、合衆国が誇るXファイルに放り込んでも遜色ない内容が描かれているに違
いない。
 これから開かれる、件の集まりで配られるレポートである。
「……いらんって言ったのに。やる」
「ははは。俺はこれから会議に出るからな。ついでに持っていくがいい!」
 大穿神と合衆国艦。互いの甲板には、いつまでも笑い声が響き渡っていた。


[5/16 PM19:07 帝都外縁北 古書店『霙堂』]
 外縁特有の迷路のような住宅街の奥。周囲の高層マンションに遮られ、常に強い日差し
の差し込まないその領域にあるのは、一軒の古書店であった。
 入り口に『営業終了』と書かれた一枚のプレートが下がっているその店の名は、霙堂。
 その扉を構わず開ける者がいた。
「申し訳ありません。今日はもうお終いなんですが……ああ、雛子ちゃん。いらっしゃい」
 入ってきたのは一人の少女。店の奥の座敷から姿を見せた店番の娘に声を放り、サッシ
の扉をぴしゃりと閉める。
「霙さん、こんちわ。……もう始まってる?」
 靴を脱ぎ脱ぎ本棚で埋まった店内を通り抜け、セメントの三和土へ。そこに並ぶ大量の
靴に少しだけぎょっとしつつ、座敷へ上がり込む。
「ええ。でも、まだ始まったばかりだから大丈夫だと思うけれど」
「それじゃ、おじゃましまーす」
 そして、後悔した。
 人の数が多いのはまあいい。店の外観とはどう考えても計算の合わない広さのある座敷
というのも、この帝都では良くあることだ。
 だが、彼女が本気で後悔したのは座敷を眺めたその瞬間だった。
 キチンとしたスーツに身を包んだ二人の女性(しかも、一人は猫を抱いていた)と並ん
で腰を下ろしているのは、どう見ても荒事関係に足を突っ込んでいそうな大柄な外人女性。
その隣には人形のように綺麗な白人の少女が完璧な作法で座っている。
 さらに少し離れたところには、黒服のいかにも『能力者です』という雰囲気を漂わせた
男。アニメやマンガから動員したそっち方面の知識からは、格闘家とか、特殊工作員のよ
うにも見えた。
 美女に軍人に美少女に格闘家に、猫一匹。
 非常識が日常茶飯事な帝都でもそうそう見られない組み合わせ。まるで格闘ゲームのよ
うな無国籍なノリだ。
(げっ! 何で塩川先生がここに……)
 さらに東条の体育教師がいるのは何故なのか。
 不可解な上に、この場で女子高生はどう見ても雛子だけ。人形な少女も多分女子高生く
らいだろうが、あまり仲良くなれそうな雰囲気ではない。
 普通なのが逆に浮いている。
 浮きすぎだ。
「ね、カナンさん……呼ばれて来たけど、何なの、この集まり……」
 ようやくまともな知り合いの顔を見つけた雛子はその傍らに気まずそうに腰を下ろし、
ぽそぽそと問いかけた。彼女の隣の青年も……たぶん、彼がカナンの彼氏なのだろうが…
…いい男なのだが、冷たそうな雰囲気はどうにも近寄りがたい。
「えと、今回の『事件』の関連した人が集まってるんだけど……」
「『事件』……??」
 事件。彼女にとっての『事件』といえば、先日の怪獣騒動くらいしか思い浮かばない。
でもそれの会議とはもっと大きなレベルで開かれる話題だろう。それこそ国とか、世界と
か……。
「そういえば、遙香ちゃんと結城さんは? 確か、呼ばれてたはずだけど……」
 渡された資料を見たところで、インフレが何だとかドラゴンがどうとか書いてあるだけ
なのでさっぱり分からない。所々にネインという名前が書いてあるのは分かるのだが……
やっぱりその内容に至ってはさっぱりだ。
 分からないのでサクッと諦め、ぱたんと閉じる。思い切りの良さは雛子の取り柄だ。
「結城さんは知らないけど……遙香は来ないよ」
 あ……と息を呑み、カナン。その言葉に一同もこちらを振り返る。
(!? 遙香ってそんなに有名人だったの?)
「ハルカってネインの彼女ってヤツだろ? アンタがそのハルカかい?」
 たどたどしい日本語でそう言ったのは例の荒事っぽい外人女性。
「相変わらず話を聞いてないんだから……彼女は遙香さんじゃないわよ、リリア。緒方雛
子さん、よね」
 リリアというらしい外人女性をたしなめたのは、秘書風の女性だ。
「にゃぁん」
 雛子が答えるよりも先に、秘書風の抱えていた白毛の猫が鳴く。
「は、はぁ……」
 何でこの人あたしの名前知ってるんだろう……っていうか何で猫が……と雛子は思った
が、もう質問する元気もなかったので問いはしなかった。猫はともかく、まさか自分の顔
写真とプロフィールが例のファイルに入っているとは思いもよらない。
「ああ、どっちでもいいよ。で、ネインはどうなんだい? 死んじゃいないんだろ? O
Sのチビッコは回収できたっていうじゃないか」
「あいつは……」
 それだけ言って、雛子は首をうなだれる。
 彼がどうなったかは、本当は皆知っているのだ。ただ、最新の情報が知りたかっただけ。
「まだ、意識を取り戻しませんか……」
 ぽつりと呟く、霙。
 それに続く言葉を掛けられる者は、誰一人この場に居合わせていなかった。
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