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[5/15 PM0:13 帝都港湾部 自衛隊対巨大生物迎撃部隊]
「『3体目』か……」
 戦車の砲塔の上。双眼鏡から目を離す気配もなく、ひげ面の男は下からの言葉にそう返
事を返した。
 3体目。そう、3体目なのだ。
 最初は港湾部。そして、昼前に同様の巨大生物が大帝都空港に忽然と出現したというの
だ。とどめは外縁北。中央を挟んだ正反対の方向で、巨大生物と所属不明の巨大ロボット
が戦闘を始めているらしい。
「ええ。何か、ウチ、テロに狙われるような原因でもありましたっけ?」
「さあなぁ。大阪の世界会議はついこないだ終わったばっかだしな……。デモンストレー
ションには、ちとタイミングが悪いだろう」
 何しろ街中に突然と出現できる兵器だ。それで通常火器が通用しないと言うのだから、
ゲリラや強襲作戦にはさぞ重宝する事だろう。
 まあもっとも、今の世の中じゃそういうのは『能力者』の役目なんだが……とまでは口
に出さず、ひげ面は戦車の中に戻ってきた。中の戦術ディスプレイで外縁北の戦闘が見ら
れるかと思ったのだ。
「にしても、機甲部隊は動きませんね」
「街ン中だからだろう」
 何も映っていないディスプレイをつまらなそうに一瞥しただけで、ひげ面は再びハッチ
の方へ移動を開始する。
「? 強襲装兵は市街戦用に作られたんじゃないんですか?」
 ひげ面がいなくなって解放された空間に背伸びを延ばし、男。
 男の疑問はもっともな疑問といえよう。市街戦、対戦車戦を前提に開発されたのが強襲
装兵だ。その強襲装兵が市街地で戦わずして、どこで戦うというのだろう。
「……ビルや建物が邪魔なんだと。あと、うっかり人でも踏みつぶしちまったら大問題だ。
その辺はま、上の人も分かってんだろうな」
「人はともかく……建物はジャンプで何とかなるんじゃないんです? 前にデモテープで
見ましたよ?」
 背中のジェットタービンを全開にした跳躍。舞い上がった天空から無防備な戦車の天井
に向けて飛来する強襲装兵の姿は、強襲装兵のイメージの中で最も鮮烈で、かつ有名なも
のだ。
「バーカ。ンな無茶な機動が出来るヤツなんか、自衛隊にいないって」
 天井のハッチから半身をのぞかせ、ひげ面は苦笑しながら双眼鏡に視線を戻す。
 高度10mに及ぶCMほどのジャンプなど、生半可な技量で出来るものではないのだ。
強襲装兵の背中のジェットタービンは動力供給用のものであって推進装置ではないし、各
所の間接も言うほどに頑丈なものではない。
 跳躍のタイミングを誤れば背中のジェットタービンが火を噴き、着地を誤れば脚部の間
接が砕け散る。もちろん、タービンを使った空中の細かな姿勢制御など、できようはずも
ない。
 事実、自衛隊で一番の強襲装兵乗りでも、十分なタイミングを計った上で三回に一回成
功すればいい方だという。実現できれば確かに圧倒的な戦力を得ることが出来るだろうが、
とても実用に耐える技ではないのだ。
「出来るとしたら、そいつはよっぽどの天才か……バケモノだな」
 双眼鏡の向こうで繰り広げられる巨大物体どうしの戦いをぼんやりと眺め、男はつまら
なそうにそう呟いた。


[5/15 PM 0:15 帝都外縁南 住宅街]
「いつも……さん、でしたわね」
 氷の彫像の林立する森の中。
「何?」
「音印君という方に私は直接の面識はないのですが、彼はあの巨人で何とかなります
の?」
 遥香達が『玖式』と共にテレポートしてからほんの数秒で、全ての『分身』は真の力を
発揮した霙に倒されていた。
 能力者のクラス分けに従えば、間違いなくA級。あるいは最強格とされるS級に分類し
てもおかしくはないほどの、圧倒的な彼女の実力。
 それを誇ることもなく……人ならぬ身が人の力分けに準ずるなど、全くの無意味故に…
…霙は静かにそう問う。
「……分かんない」
「分からない?」
 頼りない返事に反駁。
「うん」
 そして、返答。
 いつもも霙も決して口数の多い方ではない。従って会話はどうしても途切れがちになる。
もっとも、どちらもそれを気にする事はないのだが。
「でも、彼の……彼の『記憶』がこの戦いの『希望』、だから」
「そう、ですか……」
 曇り始めた空を見上げ、霙は小さくそう口にする。
「遥香ちゃん、間に合えばいいけれど」
 だが、いつもの予知も全てを見通せるわけではなかった。
 この戦いの真の希望は、外縁北でも東京湾でもなく、もっと別の場所にあったのだから。


[5/15 PM 0:17 帝都外縁北 住宅街]
「あーっ!」
 唐突に叫んだ雛子に、背負われていた遥香はそれよりも驚いた声を上げた。
「な、何ですか、雛先輩」
「思い出したのよ」
「? 何ですか?」
「あれ。例の黒コートの男の事」
 音印対巨大生物の戦域から離脱しているという非常事態なのに、そんな事を考えている
余裕があったらしい。すごいと言うべきか呆れるべきか。どちらにせよ、強者である事に
は変わりない。
「い、いつもながら唐突ですね」
 一般人の遥香は、そう言うのが精一杯だ。
「忘れないうちに言わないと、また忘れちゃうじゃない」
「まあ、そうですけど。で、誰だったんです?」
「箱根連続殺人事件ってあったじゃない。アレの被害者の一人にそっくりだったのよ」
 箱根連続殺人事件。帝都の誇る名探偵『黒逸ハルキ』の手掛けた最新の事件。日本神話
は悲劇の英雄『日本武尊』の伝説をもじった、見立て殺人事件だ。犯人の渡我キリトは先
の帝都連続殺人事件の犯人とも目される、凶悪人物だという。
 その事件記事に載っていた被害者……岩に押しつぶされて殺されたという……の一人に
そっくりだったのだ。
「あー。それだ!」
 遥香もその記事を思い出し、答える。ハルキ本人がメディアにでてくることは極めて希
だが、現代に蘇った古風な名探偵の活躍そのものは、様々な雑誌で紹介されている華々し
いものだ。
 従って、被害者の方もそれなりに出てきたりする。……ただ、それとほぼ同時に起こっ
たさらなる怪事件。帝都連続猟奇殺人事件の印象の方が強かったため、思い出すのが遅れ
たのだ。
「……ねえ、雛先輩」
 と、彼女たちの背後で戦っている巨大ロボットと巨大怪物にちらりと視線を向け、遥香
は心配そうに呟いた。
「ん?」
 つられて雛子もそちらに視線を送ってみる。今度はさすがに命に関わるから、足を止め
ることはない。
「なんか、音印先輩、苦戦してません?」
「あれは……」
 二人に見えたのは、奇しくも同じように捉えられる状況だったらしい。
「苦戦っていうか、一方的ね」
 全力で攻めに回る巨大生物『ザッパー』と、自らの機体ほどもある巨大な両腕を構えた
まま、敵の攻撃を防ぐ一方の巨大ロボット『玖式』。
「音印先輩、どうしたんだろう……」
 エイムの話では、ネインと3人揃った『玖式』は無敵なのだという。少なくとも、例の
巨大怪物など相手にならない……はずなのだが。
「まさか、操縦法が分かんない、なんて事はないわよね」
 そう言って、やや乾いた笑みを浮かべる雛子。
「まさか」
 やはり、乾き気味の笑みを浮かべる遥香。
 と、そう言っているうちに『玖式』の巨体が『ザッパー』の体当たりを受け、吹っ飛ば
された。
「……ちょっと、あれってシャレになってないのと違う?」
 先程の5000mダイブはエイムの制御で相応の対策を取っていたからダメージが入ら
なかっただけだ。ああ突然に吹っ飛ばされては、中の人間が無事で済むとはとても思えな
い。
「ホントに動かせるんでしょうね、あの馬鹿は……」
 本当に冗談のような事態に陥っているとは、思っても見ない二人だった。


[5/15 PM 0:17 帝都外縁北 住宅街]
 天地を震わす衝撃が、間断なく叩き付けられていた。
「さて。困ったな」
 そんな危機的状況だというのに、エイムの声は相変わらず緊張感を感じさせないのんき
なもの。いかに重装甲の『玖式』といえど、これだけ殴られていては重大な損害の一つも
出ようというのに。
 どがしゃあんっ!
 衝撃。今度のは先程までのより重い。
 だが、『玖式』は反撃するどころか立ち上がる気配、ガードする気配すら見えなかった。
 無理もない。
 何しろ、操縦者であるネインが気を失っているのだから。
 超弩攻は人間の精神力をエネルギーの源とする。雛子の言っていた「努力と根性で動か
す」というのは、冗談どころか、まるっきり超弩攻の本質を突いた的確すぎる表現だった
のだ。
 肝心の燃料が気を失ってしまっては、エイムの制御で動く事すらかなわない。
「レベル0起動じゃ持たないしな……。あーあ。せっかく3人揃ったのに、これでオシマ
イかぁ」
 よく見れば、ネインの聞いていたCDプレイヤーも吹っ飛ばされた衝撃で砕けてしまっ
ている。戦闘人格のネインすら出現できない今、全力で向かってくる『ザッパー』に抗う
ことすら出来るかどうか……。
 がぁんっ!
 『守護神を破壊する者』
 最強の名を冠された守護神に、最後の時が迫りつつあった。


[5/15 PM 0:20 帝都外縁北 住宅街]
「遥香……あんた、正気なの!?」
 突然の遥香の発言に、雛子はその耳を疑った。
「当たり前じゃないですか」
 『音印先輩を助ける』
 ここまで移動してきた末に、遥香はそう言い出したのだ。
「あんた、あの戦いに巻き込まれちゃ、能力者だって死ぬわよ」
 この場合の雛子の判断は正論中の正論。それも、考えなくとも分かるほどの。
 ビルの谷間を駆け、数十mの跳躍を可能にし、異能の力を放つ。だが、いかに常人から
かけ離れた力を持つ能力者と言えど、所詮は人間なのだ。戦車、ましてや巨大ロボットと
は戦えないし、高層ビルの上から落ちれば(打ち所が悪ければ)死ぬ。そんな事を行うの
は勇気などではなく、ただの無謀というのだ。
「雛先輩は音印先輩のこと、心配じゃないんですか? このままじゃ、音印先輩だって…
…」
「そりゃ、心配じゃないっていえば心配じゃないけど……」
 それは分かる。多分、雛子一人だったら友達を見捨てる真似はしないだろう。
 しかし、かわいい後輩の遥香を危険な目に遭わせるわけにもいかない。
「いいです。こうなったら、わたし一人でも行きます」
 幸いここは屋根の上ではなく、往来の真ん中だ。その辺に放置されていた自転車を引き
起こし、ハンドルを握る手に力を込める。
 ……と、その手に重ねられる白いてのひら。
「あーもう。そこまで言われちゃ、引くに引けないじゃない」
「先輩……」
 嬉しそうに振り返る遥香に、雛子は苦笑。もともと、行く事そのものには反対ではなかっ
たのだ。遥香がこれだけの決意を固めているのであれば、引く理由は何一つない。
「で、行くからには何か策があるんでしょうね」
「ええ。音印先輩が気を失ってるのなら、起こしてあげれば……」
「……なるほど」
 周囲を確かめ、現在の位置を把握する。外縁北はやや馴染みがないが、遥香がいれば大
丈夫だろう。
「じゃ、ナビよろしくね。遥香」
 雛子は背中に掴まった遥香にそう言うと、猛然とペダルをこぎ始めた。
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