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[10/11 AM10:50 機甲揚陸艦ダイサスティール号 医務室<the first person of RAN>]
「わたしが……『U』?」
 作戦が終了してほぼ丸1日。ようやく意識を取り戻した私がリリアから聞かされたのは、
そんな本当とも冗談ともつかない言葉だった。
「何だ、違うのかい? あのばかでかい怪物を一瞬で倒しやがったんだ。あたしはてっき
りアンタがそうなのかと」
 ……は?
「わたし、あの怪物を倒してなんかないわよ?」
 不覚といえば不覚、当然といえば当然と言えるが、わたしはあの怪物の衝撃波の一撃で
気を失ってしまったのだ。仮に気を失っていなくても、同時に機体も大破していたからあ
いつを倒せる手段はない。
「……だってアンタ、通信入れてきたじゃないか。怪物を倒すとか、倒したとか」
「人違いでしょう。『ランスロット』の通信機器は最初の一撃で大破していたし、あれ以
外にわたし、通信装置なんて持ってなかったもの」
 そいつに何のメリットがあったのかは知らないけど、正体を知られたくない理由でも
あったのだろう。
 例えば、不可触能力者……伝説上の存在……である『U』とか。
「そっか。まあ、公式にはアンタがあのでかいのを倒した事になってるから」
 もっと公式に言えば、わたしの上司であり、作戦指揮官であるミスター・レイノルドが
倒したことになるのだろう。
 まあ、実際はどっちでもいい。幸いにもあんな超常的な敵を相手に生き残る事が出来た
のだから。『U』の介入による棚ぼた的な偶然でも、死ぬよりはずっといい。
「……あ。そういえば、他の人達は?」
「ああ、オッサンは元気だよ。戦闘の事後処理でここの艦長と会議中。バケモノとその付
属品は手に入れたみたいだけど、敵の輸送船は自爆しちまって……作戦はまあ、半分成功っ
てとこかね」
 リリアが無事なんだから、ジムも無事なのは分かる。
 けど、違う。彼じゃない。
「クサレ副官共も癪だけど無事。まあ、今回のアレで相当ビビってたから、退役するんじゃ
ないかな。あの様子じゃ」
 違う。
「あーそうそう、ナッケインって兄ちゃんも無事だったって。片腕飛んじまったんで何か
と大変みたいだけどよ。まあ、最近はいい義腕もあるし」
 違う。ナッケインでもない。
 私の非難じみた視線をあえて無視していたらしいリリアははぁ、とため息をつくと、がっ
くりと肩を落とした。
「……ああもう、分かってるよ。シグマの事だろ」
 そう。
 あの最後の悲しげな視線、これまでの事、そしてこれからの事。言いたい事はそれこそ
山のようにある。
「奴は……行方不明」
 ……え?
「ランとネインが例の怪物に吹っ飛ばされたろ? アレの後、あんた達の回収に出てね。
そのまんま、ネインの坊主と一緒に……」
 強襲装兵でさえ耐えきれない衝撃波の嵐を前に、無事で済むとは……。
「あ、いや、まだ見つかってないってだけで……。ああ、ディケンズっておっさんは助かっ
てたよ。なんか、奇跡的だって軍医のじいさんが!」
 衝撃を少しでも和らげようと付け加え気味に喋ってくれるリリアの言葉は、もう私の耳
に入ってはいなかった。


[10/13 PM3:50 機甲揚陸艦ダイサスティール号 通信室<the first person of RAN>]
 二日後。
「私は解雇……という事ですか?」
 導入されたばかりだというTV電話の前で、私は目の前の相手にそう呟いた。
 無理もない。実戦とはいえ貴重な試作機を大破させ、それ以上に貴重なパイロットの大
半を殉職もしくは退役させてしまったのだ。パイロットの方は私の責任ではないが、ラン
スロットの損壊は間違いなく自分の責任。何らかの処断が下されるのは当然といえる。
「違うわよ」
 けど、会長は私の言葉を一言で斬り捨てた。
「帰ってこなくて良いってのは、貴女には47部隊に残ってもらおうと思ったからよ。ホ
ントはディケンズに残ってもらうつもりだったんだけど……。新しいランスロットと辞令
を送るから、受領して頂戴」
 そういう意味か……。キャメロットの方も気にはなったけれど、辞令であれば従わない
わけにはいかない。
「分かりました。……それでウィアナ。一つお願いがあるんだけど……」
「ん? 何? 蘭が仕事時間にプライベートを出すなんて珍しいじゃない」
 こちらの切り替えに応じて、会長もWP社会長から学生時代の親友ウィアナ・パナフラ
ンシスに切り替え、応じてくれる。
 この辺の機微は本当に聡い女性なのだ。このウィアナという女性は。
「私のヒェッツガルデンの部屋なんだけど…。引き払っておいてもらえないかしら?」


[Notice Chapter]  白い雲の流れる、蒼穹の果て。  黄色の砂漠を睥睨する、機械の助けなしでは常人には辿り着けはしない、空の高み。 「どうして、なんだろう……」  そこで、『少女』はぽつりとそう呟いた。 「ディビリス……あなただって、ただ大事な人を守りたかった……それだけなのにね」  伸ばした細い腕に戯れるのは、手の平に載るほどの小さな輝きを持つ蒼い光の珠。自ら の意志を持っているかのようにゆらゆらと揺れ、穏やかに舞う。  人の辿り着けぬ高み。  その場所で、少女は声を掛けられた。 「あの……すいません」 「? なぁに?」  見れば、二人の女の子だ。一人は輝くようなロングの金髪に白い服。もう一人は漆黒の ショートカットに黒い服。外見は対照的な二人だったが……唯一共通しているのが胸元の バッヂ。  『研修校実習生』とある。 「あの。あ、私達、こういう者です」  差し出されたのは一枚の名刺だった。二人一組で一枚の名刺なのだろう。 「ベルゼブリエルとフィナファイエル……実習生? そっか。実習、大変だね」  天使と死神というのは、生まれながらに簡単になれるものではない。相応の研修と実地 訓練をして初めて、魂の導き手たる資格を得ることが出来るのだ。その資格を得るための 場所が『研修校』であり、『実習生』である。 「それで、その魂も実習の回収対象なんですが……いいですか?」  そう言いかけた白い服の少女の袖が、唐突に引っ張られた。 「フィナ、ちょっと」  引っ張ったのは黒い方の少女である。 「どしたの、ベル」 「その人、アレだよ。一般天使じゃないよ」  耳元でぽそぽそと言ったベルのその言葉に、白い方……フィナは沈黙。 「……ウソ」  一般天使というのはいわゆる地上での業務全てを行う天使の事だ。天使の中では最も数 が多く、『上』での業務を司る管理天使の指揮のもと活動を行っている。  フィナは研修校を卒業した後、一般天使の魂回収業者への就職が内定していた。 「アレ見てみなよ。あのツール、オリハルコンだよ」  超常金属オリハルコンで造られたツールは、恣意天使級の証。自己裁量による絶対的判 決権を持つ、生まれながらにしての『天使』。一般天使や管理天使というカテゴリーとは 全く違う場所にいる、超法規的権限を持つ高位天使だ。  いわば天使における『U』である。仕事があったからとはいえ、実習生クラスの彼女達 がどうこう言える存在ではない。 「……げっ。恣意天使級でツールがハンマー……って事は」  それだけ桁外れの存在だから、全体数もたかが知れていた。ツールも千差万別だから、 ちょっとその辺に詳しい天使なら全員の名前とツールを挙げることも難しくはない。  幸いにも、ハンマー使いの恣意天使は一人しかおらず、さらにフィナはその辺の事情に 詳しい部類の天使だった。  相手の名はチア・ストゥール。800年ほど前に『無』から誕生した、純正の天使だ。 「あの、その魂、チアさんが回収されます?」 「チアが回収しようと思ってたんだけど……ダメかな?」  そのチア本人は恣意天使とかそういう自覚はあまりないらしい。ちょっと困ったような 表情で軽く首を傾げそう問う様は、フィナ達の同期生か……後輩と言っても全く違和感が なかったりする。 「いえ。チアさんなら問題ないですけど」  だが、それでも彼女は恣意天使なのだ。『上』のさらに上の存在が決める魂回収のリス トに干渉し、転生の可否、果ては異世界への移動も行えるほどの、とんでもない実力者。  『上』からそんな人物が放任されているのは、『騒ぎを起こした事がない』からと、『喧 嘩を売るには強すぎて相手にならない』という消極的な二つの理由にしか過ぎない。  だが、そんなチアがたった一度だけ『騒ぎ』を起こした事があった。  と、蒼い魂とは別にチアの傍らを離れない赤い魂を指し、ベルが呟く。 「そっちが……ミューアさんですか? 例の」  ミューア・ウィンチェスター。  7年前、チアの協力を得て自らの意志で異世界へ渡り、そして戻ってきた魂。  異世界への渡航はともかく、最上位存在である恣意天使を使役したとなれば天使社会の 威厳に関わる。その辺で、ミューアを処罰するかどうか、大もめに揉めたのだ。結局、チ アの庇護下にあるという事で手出しできない……という後ろ向きな結論がフィナやベルの 知っている『ウィンチェスター事件』の現状だった。 「うん。まだ心残りがあるんだって。だから、お手伝いしてるんだ」 「そ、そうなんですが……頑張ってくださいね」  今の言葉を『上』が知ったら卒倒するだろうな。  無邪気にそう言うチアに、二人はジト汗でそう答えるしかなかった。 [12/3 PM1:05 機甲揚陸艦ダイサスティール号 酒保 <the first person of RAN>] 「で、軍をやめたってワケかい」  苦笑するリリアに、ジムは深刻な表情で頷いた。 「ったく、たまらんよ。この2ヶ月の間、どこの隊に行っても『どうやってモンスターを 倒したんだ?』だぜ? 俺が倒したんじゃないってのによ」  一応、中東第644オイルプラントを襲撃した作戦は極秘事項のはずだった。けれど、 人の口に戸板が立てられるわけもなく、どこからか噂が流れ出ていたらしい。  噂には尾ひれが付くのは当たり前。結局、それがさらに尾鰭を呼んで…… 「最後には、宇宙から来た巨大怪獣を『能力』で倒しただとか、アルマゲドンを未然に防 いだとかワケの分からん話になってな……」  隣でリリアが笑い転げているけれど、まあ、それは良いことにしよう。 「それで、この23分隊に?」  第23傭兵分隊とは、先日の作戦で構成員の約半数を失った第47独立戦隊を私達のよ うな傭兵を加えて再編成した部隊である。強襲装兵を中心に構成されているあたり、どう やらWP社の外部実験部隊的な性格も持っているのだろう。  その新生部隊の隊長として呼ばれた傭兵が……この、ジム・レイノルドなのだ。 「ま、そういうわけで……よろしくな、お前ら」  これが、あの3年後の事件までの、私の関わる最初のエピソード。  全ての事件の、始まりの……。
第6話 終劇
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