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[10/10 AM11:50 中東某所 前線<the first person of RAN>]
 例の巨大な物体と接敵してから約10分。
 戦闘は、早々に撤退戦に入っていた。
 戦車隊の残存兵力は既に後退。遊撃部隊と共に最後に参戦した私達は、遊撃部隊が怪物
を引きつけている間に行動不能になった第1と第2部隊の生存者を回収して回っていた。
「……ディケンズ。貴方で最後ね?」
 右腕と頭部を吹っ飛ばされた汎用強襲装兵『エクター・ケイ』を何とか引き起こし、中
のパイロット……私の『仕事場』の同僚だ……に通信で声を掛ける。
 返事がない。
 僅か、考え直し、今度は外部音声出力に切り替えて同様の内容を問いかけてみた。
「いや、少し先にナッケインがいる」
 通信装置のある頭部一帯を破壊されていたから通信が使えなかったのだ。今度は、即座
に返ってきた大声を集音装置が的確に拾ってくれる。
「ナッケイン? レーダーには反応がないけれど……」
 ナッケインも私の同僚。というか、今回の作戦に参加した強襲装兵乗りの大半はウェル
ド・プライマリィのパイロットなのだけれど。
「えらく強いジャミングが掛かってるんだ。オレは何とか1人で下がれるから、あいつを
頼む!」
 電子機器にはジャミングの反応はない。
 だとすれば、『能力者』の影響なのだろう。私達の技術文明とは根本的に違う物理法則
の元に動いている彼等なら、これくらいの事はやってもおかしくない。
 全く……彼等のおかげで、私達のこれまで開発してきた『戦術』は滅茶苦茶だ。
「ええ……」
 そんな事を考えながらディケンズに返事をしようとすると、通信が割り込んできた。
「……オレが行ってやるよ。こっちは終わった」
 近くで同様に撤退支援を行っていたネインの声。
 彼のメガ・ダイバーは多脚歩行型の兵器だ。荒れ地に対する走破性が高く、装甲も厚い。
少なくとも、衝撃波がかすっただけでディケンズのようになってしまう強襲装兵よりはあ
の怪物に近寄る危険度も低いだろう。
「それじゃ、お願い。私はディケンズを連れて撤退するわ。遊撃隊の撤退指示はそちらに
一任する」
 だが、次の瞬間。
「おう」
「ランっ!」
 ネインの返事よりも、ディケンズの声よりも先に、私の全身を凄まじい衝撃が襲った。
 あの怪物の衝撃波だ!
−遊撃部隊……全滅したの?−
−何でリリアの奴、その事を教えてくれなかったんだろう……あ、電波妨害がされてるん
だったっけ……−
−そういえば、シグマって何であんなに寂しそうだったんだろ……何か私、悪いこと言っ
ちゃったかな。帰ったら謝らないと……−
−リリアの事といいシグマの事といい、バカだなぁ……私−
 そんな無数の雑多な事柄が頭をよぎり。私の瞳の中にある水晶体にただ映るのは、
 音速超過の乱気流に打ち砕かれていくディケンズの強襲装兵と、
 何か赤い液体を撒き散らして飛び散る、ディケンズのいた辺りにある『モノ』と、
 システムエラーの悲鳴を上げる間もなく沈黙していく私の『ランスロット』と……。
 ……あれ?
 違和感。
 ……あれは、何?
 衝撃波の奔流の中。
 急激に私の意識が覚醒した。
 全てを打ち砕く衝撃波の中に、何かがいる。
 大きさは2mくらい。人型だ。片手に……剣だろうか、何か巨大な板状の物体を提げて
いる。
 まさか。
 でも、それは唐突に途切れた。
 『ランスロット』のカメラアイが完全に破壊されたのだ。
 再び、衝撃。
 そして、私はディスプレイにしたたかに額を打ち付け、意識を失った。
 巨大な何かを提げた、あの人の姿をしたものは……何だったのだろう……。
 最後に思ったのは、そんな単純な事だった。


[10/10 AM11:51 中東某所 前線 指揮車内<the first person of LILIA>]
「ランっ! ネイン! ちっ……応答がないか!」
 ダッシュボードの狭いスペースに詰め込まれた通信機器をぶっ叩き、あたしは叫んだ。
 デカブツの放った衝撃波の本体は幸いにも指揮車までは届かなかった。多少は揺さぶら
れたけど、あくまでもその程度だ。
 けど、最前線にいたラン達は確実に巻き込まれたはず。レーダーは副官の着いている指
揮台にあるだけで、運転席からは見えない。どっちにせよジャミングで無効化されてはい
るんだろうけど………そんな事だってあの副官どもが教えてくれるとは思えなかった。
こっちは運転席から離れられないってのに。くそっ。
 と、後ろの方で誰かが席を立つ音がした。
「仕方ありませんネ……回収に出てきまス」
「あ、ちょっとアンタっ! おい、オッサン! どうすんだよ!?」
 風のような勢いで指揮車を出て行くシグマの姿を衝撃波の余波で正しい方向を写してい
ないサイドミラーで確認し、残っていたジムに声を掛ける。
「どうしたもこうしたもあるまい。撤退しつつ残存兵力を再編成。撤退できない者はシグ
マに一任する」
 …………。
 まあね。唯一の戦力であるラン達がやられたんじゃ、こちらは壊滅したも同然だ。今の
状況じゃ機関銃なんてあってもなくっても一緒だろう。不要になった銃手のシグマに兵員
回収に向かわせるのは悪い判断じゃない。
 戦術運用上じゃ、死亡確定の領域に無駄に兵士を送り込む事なんて間違ってる……もち
ろん、そんな事は百も承知だ。でも、少なくともジムのその判断に『納得』は出来る。
「だね。それしか……」
 そこまで言いかけて、あたしは言葉を止めた。
 激しいノイズの中、声が聞こえたような気がしたからだ。
『……こちらラン・ミヤノウチ。聞こえるかしら?』
 はぁ!?
「ラン! 無事なのか! 返事しな!」
 あの衝撃波の中で、無事?
 ノイズが大きくて聞き取れないけど、少なくとも女性の声ではある。この隊の女はあた
しとラン以外には、整備に何人かいただけのだったはずだから……。
『大丈夫よ。これから、このでかいのを倒すから……宜しく』
 !?
「は? ナニ言ってんのか分かんないよ。おい、ちょっ……」
 その後のあたしの声は誰も聞き取ることが出来なかったはずだ。
 巨大生物……ランの言う『でかいの』……が腕を叩き落とされた時に上げた、メチャク
チャな絶叫にかき消されて。


[10/10 AM11:52 中東某所 前線<the first person of "No.8">]
「『ディビリス』。ねえ、『ディビリス』ってば……」
 『ディビリス』の腕の中で、わたしは『ディビリス』の名前を呼びました。『ディビリ
ス』の腕には小さな部屋があって……『英霊剣制御瘤』って言うそうです……、そこにわ
たしが入って『ディビリス』の事を考えると、『ディビリス』はとても強くなれるんだそ
うです。
 強くなってどうなるのかはよく分からないけれど、サブチーフさんはそれがわたしの『り
ようかち』なんだと、そう教えてくれました。『りようかち』っていうのがどういう意味
なのかまでは、教えてくれませんでしたけど。
「ねえ、『ディビリス』ってば……」
 何度呼んでも、返事がありません。
 『ディビリス』はわたしや『ゾディアック』みたいな言葉は喋れないけど、わたしには
『ディビリス』が何を言いたいか分かるんです。この部屋に入って『ディビリス』と一緒
にいれば、外でお話する時よりもずっとよく分かります。
 でも、さっき変な揺れ方をしてからずっと、『ディビリス』は返事をしてくれません。
「ねえ、怒ってるの?」
 『ディビリス』はとっても優しいけど、もしかしたらわたし、変な事を言っちゃったの
かもしれません。『ディビリス』が主任さんみたいに怒る所は想像できないけど、『ディビ
リス』だってそういう気分になりたい時もあるでしょうし。わたしは怒った事がないので、
よくわからないですけれど。
「?」
 あ、返事が来ました。
「……『逃げろ?』」
 強い感情です。いつもの『ディビリス』の、聞いてて嬉しくなるようなあったかい声じゃ
ありません。
「『ディビリス』、怒ってるの? なにか怒ってるみたい……違うの?」
 よかった。『ディビリス』に何か悪い事言っちゃってたらどうしようかって思ってたけ
ど……大丈夫みたいです。
「でも、『逃げる』って?」
 知らない言葉です。主任さんにも、サブチーフさんにも教えてもらったことのない言葉。
似たような言葉も知らないから、想像しようもありません。
 そんなわたしに、『ディビリス』は教えてくれました。
「わたしの行きたい所にいっていい、って事なの?」
 よく分からないけれど……わたしの部屋みたいな冷たい床とか、鎖とかのない所に行っ
ていい、って事なのかな?
 わたしの感情を読んだ『ディビリス』の返事は……どうやら、合ってるみたいです。
「『ディビリス』は? わたし、『ディビリス』と一緒に行きたい」
 その返事が返ってくるより早く。
 わたしのいた『部屋』が、外側から開きました。


[10/10 AM12:00 中東某所 <the Third Person>]
 砂漠の向こうへと姿を消した影をつまらなそうに見遣り、女は呟いた。
「ねー。良かったの?」
 答えるのは、異様な色の液体を滴らせる大剣を提げた巨漢。
「問題ない。標的は倒した」
 持っている精緻な造りの大剣は半ばから真っ二つに折れて男の背の半分ほどの長さに
なっていたが、彼がそれを気にした様子はなかった。空き缶を捨てるような雰囲気で手を
離し、焼けた砂の上へと落とす。
 あと数刻もすれば、自らの役割を果たした大剣は、この広大な砂漠の中へ姿を消してい
くのだろう。
「あれも『災厄の種』の一つだったんじゃない?」
 もっとも、そんな感傷は女の方にだってない。まだ辛うじて後ろ姿の見える影……巨大
怪物の中から姿を現した名もなき少女……に視線を固定したままだ。
「あれに戦意は感じられなかった。無抵抗な相手を斬るつもりはない」
 それに関しては、女も納得。敵を目の前にして何の怯えもなく「『逃げても』いいです
か?」などと聞いてくる相手を倒すかと言われれば、女も多分倒さないだろうから。
 ……もっともそれは、怯えや敗北感、戦意の残り滓が僅かでもある相手なら、問答無用
で叩き潰すという意味でもあるけれど。
「さて、と。あいつとの約束だし、やっといてやるか」
 ふと思い出し、足下に置いてあった袋から小さな箱を取り出す。慣れない手つきでスイッ
チ類をいじろうとし……男の方についと突きだした。
「やって」
 面倒な操作は苦手なのだ。
 男が無言でその機械……携帯電話……を受け取っていくつかのスイッチを押し終わると、
女は箱をひったくって電話口に立つ。音質変換は向こうの設定で調整されているから、何
の芝居もなく教えられた台詞を言うだけでよかった。
「こちら『ラン・ミヤノウチ』。標的撃破に成功。ただし機体も大破。回収願う。オー
ヴァー?」


[10/10 同刻 中東生体工学研究所 <the Third Person>]
 戦況を示す戦術ディスプレイから、巨大なマーキングが一つ、消えた。
 マーキングの色は青。こちらの戦力を示すその色のマーキングは、もう基地の周辺にわ
ずかしか残っていない。相手を示す赤のマーキングもそれほどに残っていなかったが、そ
れでもこちらの戦力よりは圧倒的に多い。
「『ディビリス』……完全に沈黙しました」
 まさかこんな事態は想定していなかったのだろう。消失から一拍遅れて聞こえてきたオ
ペレーターの報告に、狭い発令所に絶望的な雰囲気が漂い始める。
 だが、唯一絶望と無縁な様子で、口を開く者がいた。
「そうですか。『十拳』と『テスタメント』は?」
「英霊剣制御瘤、基部より裂断。双方ともに捕獲されたようです」
 二体の『ガーディアン』をモニターしている港湾部からの報告を淡々と聞き、所長は小
さく眉をひそめる。それとて、絶望という雰囲気とは無縁。周囲から見れば、ただ学術的
好奇心からの疑問に頭を悩ませているだけのように見える。
「強襲装兵に斬撃系兵器が搭載されているとは聞いていませんし……。『U』の動向は3
人とも中央が補足しているはずでしたね」
 事実、そうなのだろう。既に所長の関心は、戦局よりも『ディビリス』敗北の原因究明
に向かっている。
 とはいえ、『ディビリス』を倒した相手の情報が戦局に全く関係ないというわけでもな
い。当面の敵であった『ディビリス』を倒した今、次の攻撃の矛先は確実にこちらか港湾
部に向かうはずだ。
 その正体である可能性が最も高いのは……。
「はい」
 『U』。
 噂や伝説などでは決してない。『組織』の活動のいくつかを……それも、そのいくつか
はたった一人で……阻害してきた現実の敵。『組織』の最高幹部である12人のS級能力
者とて、3人の『U』の前では無力だという。
「今回の件で『U』が動いたという情報は入っていませ……」
 そう答えようとしたオペレーターの言葉は、最後まで放たれなかった。
「四人目の『U』、と見るべきでしょうネ。アナタ方が『造った』のではないとすれば」
 継いだのは、何の感情もこもっていないような、冷たい声。
 声の名は、シグマ・ウィンチェスター。
 紅く染まったナイフを軽く薙ぎ、刃に付着した発令所の人間達の『赤』を振り払う。
 だが、その彼の声を聞いても、所長は眉一つ動かさなかった。
「……『セカンド』ですか。……生まれ育った古巣の感想はどうです?」
 知己を迎えるかのような調子で問いかけるのみ。
 対するシグマも同じだ。ジョークの対応のように肩をすくめ、それだけ。
「アメリカ生まれの『ナイン』はどうか知りませんガ……ワタシに関しては最悪ですヨ。
今日の任務が破壊工作で、本当にヨカッタ」
「ほぅ、ナイン……『バスター』も一緒とは。意外な組み合わせですね」
 『No.9 バスター・ガーディアン』。第9の『守護神』にして、守護神を狩るもの。1
年前、暴走した『第7の守護神』を追撃するために起動し、相討ちとなって姿を消したと
聞く。
 最も斬新なコンセプトにより最強の力を与えられた、計画最後の『守護神』。
「それにしても、破壊工作ですか……。上層部も相変わらず保険好きな事で」
 返り血を浴びた指揮者席に腰を下ろし、ほぅ、とため息。
 『組織』に作戦的敗北は許されない。そして、『ディビリス』が無くなった今、どう見
てもこちらに勝ち目があるとは思えなかった。こちらが輸送艦を出航させて敵の揚陸艦を
突破するよりも早く、相手はこちらの発令所と港湾ブロックを押さえるだろう。
 だから、『組織』はより確実に証拠を隠滅する手段を送り込んでいたのだ。
「ワタシのクライアントは、上層部ではありませんヨ」
「ほぅ……。なら、『WP』? それとも『台場』ですか?」
 所長の問いにも、軽く肩をすくめるだけ。
「『台場の血』。それを取り戻すよう、言われて来ましタ」
「『台場の血』……あのサンプルなら全部実験に使ってしまいましたよ。……実験そのも
のは失敗でしたがね。ですが、さすがミューア・ウィンチェスターの息子。こんな危ない
所までそんなモノを自らとは……」
 そこまで言って、所長は言葉を切った。珍しく怒の表情を露わにしたシグマに圧された
というより、あまり時間が残されていない事を悟ったからだ。
 戦術ディスプレイの赤いマーキングは、このプラントを押し潰すかのようにどんどんと
狭まってきている。阻むべき青がない以上、実際に押し潰されるのは時間の問題だ。
「まあいいでしょう。そうそう、死ぬ前にあと二つほど……。下のフロアに『バスター』
の一つが置いてあります。完全となった『バスター』を私が見る事が出来ないのは残念で
すが……一応、『バスター』に伝えておいてください」
「もう、彼が回収にいっていまス。なるほど、『バスター』の一つでしたか」
 『バスター』とは合流してこの研究所に入った後、すぐに分かれていた。「誰かが呼ん
でるから……」そう言って姿を消した彼の言葉を思い出し、一人納得するシグマ。
「同調していましたか……。なら、もう一つ。これを言い終わったらちゃんとここを爆破
させますよ」
 コンソールの真ん中にあったスイッチのガラスカバーを叩き割り、所長はそのスイッチ
の上に親指を乗せた。
「?」
「『バスター』は今、帝都で『ゼロ』の庇護下にありますよ」
 その一言に、シグマの表情がはっきりと変わった。先程の怒の気配など比べ物にならな
い、明確な怒の表情が彼の貌を支配する。
「……その情報、間違いはありませんカ?」
「それでは、さらばです。私達の作り出した、二番目の破壊兵器……そして、二番目の欠
陥品よ」
 シグマの問いに答えるよりも早く、スイッチ・オン。
 中東第644オイルプラントが爆炎の海に包まれたのは、それからほんの10秒ほど後
の事であった。
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