礫砂漠に建つ巨大な遺跡、スクメギ。 その中央。奇怪な角度で立てられた白い塔に、力強い音が響き渡った。 「ここは通さん! 蜘蛛女め!」 男の声と、鋭い踏み込みの打音。黒大理石の床に重い機械音が跳ね返り、三つの音が連なって破壊の旋律を叩き出す。 鋼鉄の一撃が向けられたのは、三対の腕を持つ仮面の女。フェアベルケンのビーワナが持つはずのない聖痕を持つ、異形の女だ。 「超獣甲……ねぇ。ちょっと、余裕を見せすぎたかしら」 指先から放たれる銀糸も、赤銅色の装甲には通じる様子がなかった。長期戦に持ち込めば勝てるだろうが、女には肝心の時間がない。 「逃さんぞ!」 そこに迫る、機械音の男。赤銅色の鎧をまとった彼こそが、スクメギの警備兵の長なのだ。 「ウシャス! 一気に仕掛ける!」 (はいっ!) 意志を持つ赤銅の鎧から強い想いが流れ込み、男の力を限界以上に引き上げていく。 「往くぞッ!」 鋭い加速で一気に接敵、鋼に覆われた碗を振り上げた。 豪腕一閃! 「なーに遊んでんだ、アルジオーペ」 そこに掛けられたのは、場違いなほどに悠然とした青年の声だった。 「な……ッ!?」 「別にぃ。ただ、ちょっと熱烈なファンがいてね」 青年も美女と同じ仮面をかぶっており、表情は分からない。ただ、外見は普通の人間そのもので、美女のような異形の腕などは持ち合わせていないらしい。 「クローディアスはアレを見つけて撤退したぞ。フォルミカもおっつけ退がる頃合いだ」 しかし。 のんびりと世間話をする青年は、その人間の腕一本で赤銅の重装甲を受け止めている。 人間の力、ではない。 そんな青年の人外の技を前に、アルジオーペも平然としたものだ。 「そう。じゃあ、私も戻るけど……ここは貴方に任せていいのかしら?」 蜘蛛女も、ここでの目的は既に達している。特に青年を置いて退がる必要はないのだが、獣甲使いに追われるのも面倒だ。 「やれやれ。グルーヴェ巣の連中は、人使いの荒い事で……」 仮面の青年はやれやれと肩をすくめ、女に道を譲る。 「逃がすか!」 赤銅の男は仮面の青年のくびきを振り払い、蜘蛛女を追おうとするが。 「あン? 逃がさねえよ」 手甲を強く掴む青年の手は、ウシャスの超獣甲の力をもってしてもびくともしない。 「な……ッ!?」 それどころか、赤銅の装甲がギシギシと軋みを上げ。 (きゃあああっ!) めき、という鈍い音が、黒大理の床に響き渡った。 「な……何だ、こいつ!?」 握り潰されたのではない。 噛み砕かれたのだ。 拳を受け止めた、青年の『手のひら』で。 「ははは。どんどん行くぜぇ? 青ッ!」 右拳を砕かれた赤銅の超獣甲に、怪青年のさらなる一撃が襲いかかる。 その事件から、二ヶ月の時が流れた。 Excite NaTS "EXTRA" セルジラ・ブルー #2 獣機后スクエア・メギストス 叫びと共に、風が止む。 「……何だったんだ……今の……は」 見回せば、扉は開け放たれ、窓代わりの板は飛んでいたが、家自体は無事のようだ。 だが、ヒューロは家の事など忘れていた。 開け放たれた扉の前、緩やかに立つ姿を目の当たりにして。 「あんた……誰だ?」 答えは、ない。 月の光の中。少女は黙ったまま、こちらに振り返る。 「どこから来た……」 褐色の肌に、月光を弾く白銀の長い髪。茫とこちらを見つめる表情は、橋の上で出会った少女に間違いない。 「……ナンナ」 少女はそう、呟き。 ゆらりと、その場に崩れ落ちた。 夜の闇の中。波の音が、静かに流れている。 「……奪われた? あれを?」 夜の岸辺を眼前に、呟いたのは黒い影。 声だけ聞けば青年だろう。だろうというのは、海の間際だというのに全身鎧を身に付けているからだ。 黒い細身の板金鎧は、青年の体格や表情を、夜以上の闇に覆い隠している。 「ああ。スクメギから来た、ココのロイヤルガードだろう。なかなかの手練れだったぜ」 隣に座るのは金髪の青年だ。こちらは海の街セルジラの住人らしく、動きやすい身軽な装いをしている。 「勘弁してくれよ。貴公らがどうしてもと言うから、グルーヴェへ持ち帰る前に貸してやったのだぞ?」 不穏な会話は波の音にかき消され、周りには聞こえない。もっとも、深夜のビッグブリッジの基部になど、水棲系ビーワナも寄りつきはしないだろうが。 「なに、すぐに取り返せるさ。封印もしたままだし、何より連中はまだこの街を出ちゃいないんだ」 青年にあるのは、自信の一言。それがどこから出てくるのかは分からないが、それなりの根拠があっての事……ではあるのだろう。 「そうだ。こちらに供給してくれる騎体というのはどうなった?」 「……ローゼンクランツは次の便での引き渡しになる。クルラコーンの調整に思ったより時間がかかったそうでな。ようやく調整を始めた所らしい」 「そうか。楽しみにしておこう」 ゆるりと笑い、青年はその場を立ち上がる。腰に提げた革鞭を振るい、上層の鉄骨へと巻き付けた。 ぐいと一つ引いて、鞭の張りを確かめる。 「次の便では、良い結果を期待しているぞ。『狂顎』」 「ああ。すぐに陥としてみせるさ、フォルミカ」 絡めた鞭で自身を引き上げると同時、自信に満ちた強い声を放つ。 「この、ビッグブリッジをな」 |