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イマドキのリストラ事情



その4 イマドキの年下上司

 「うん。何でもないの……。ちょっと、カズマくんの顔が見たくなっただけ」
 ハジメに借りた金で拾ったタクシーの中、ミユキは消え入りそうな声でそう呟く。い
つもの元気な彼女とはあまりにも違う様子に、カズマは戸惑いだけを覚える。
 「俺の顔って……。何かあったのか?」
 ずぶぬれの二人を迷惑そうな視線で見ているタクシーの運転手を無視し、カズマは恐
る恐る問い掛けた。そんなにイヤなら、乗車拒否でも何でもすれば良かったのだ。
 「今日ね、部長に怒られちゃった」
 ぽつりと呟く、ミユキ。
 「何て?」
 「もっとね、カズマ君を怒らなくちゃダメなんだって」
 その一言で、カズマは全てを察した。まあ、年下の上司が付けられた時点である程度
は予想の着いていた事ではあったが……。
 「あ、こんな事、カズマ君の前で言う事じゃなかったよね。ゴメン……」
 自分の言った事に気付き、ミユキは思わず頭を下げる。しかし、先程よりは元気が出
たようだ。
 「いいよ。ミユキちゃんが謝る事じゃないって」
 苦笑しつつ、タクシーの座席の背もたれにもたれ掛かるカズマ。運転手の迷惑そうな
表情が、さらに増す。
 「あーあ。俺もリストラ組かぁ……」
 と、今まで沈黙を保っていたタクシーの運転手が、唐突に口を開いた。
 「お客さん。着きましたよ」


 「これが……ミユキちゃんの部屋?」
 ミユキから借りたタオルで雨に濡れた頭を乾かしつつ、カズマは思わずそんな事を洩
らしていた。
 カズマが女の子の部屋に入った経験など、それほど有るわけではない。だが、その数
少ない経験から言っても、ミユキのアパートはごくごく殺風景なものであった。
 「ふふっ。女の子の部屋って、もうちょっと小物とかヌイグルミとかあるものだって
思ってた?」
 まさにその通り……という表情をしているカズマの様子を見て、ミユキはくすくすと
笑う。
 「っていうかさ、ミユキちゃん、一人暮らしなんだな。親父さんとかはアメリカ……
だっけ?」
 最初に聞いた話では、ミユキの両親はアメリカで小さな会社をやっていると聞いた。
しかし、その割にはミユキの部屋はカズマの部屋と同じワンルームだし、審美眼のある
わけでもないカズマが言うのも何だが、調度品にもあまり高級そうな物はない。何とい
うか、あまり社長令嬢の部屋……という感じがしないのだ。
 「あれ? カズマくんには言ってなかったっけ?」
 笑っていた顔をふっ……と、少しだけ寂しそうな表情に変え、ミユキは言葉を続け
る。
 「あたしのパパとママ、事故で死んじゃっていないって……」
 頭を拭いていたカズマの手が、止まった。
 「ゴメン。変な事聞いちゃって……」
 頭を垂れさせたまま、カズマはすまなさそうに呟く。
 その表情は、大きめのバスタオルに隠れて見えない。
 「ううん。最近はやっと気持ちの整理もついてきたし、別にいいよ」
 ミユキの表情はそうは言うものの、先程までの元気はなかった。寂しそうな笑顔を無
理して浮かべているだけ。
 「ついでだから、言っちゃおうかな……。カズマくん、聞いてくれる?」


 「あたしね、パパもママも日本人なんだ。帰国子女……っていうのかな? アメリカ
でずっと育ったんだけどね」
 訥訥と語るミユキ。
 「パパとママがアメリカの友達と小さな会社をやってたっていうのは知ってるんだよ
ね? でね、あたしも小さな頃からそれを手伝いたいって思ってたから、勉強なんかも
沢山したんだ」
 飛び級制度のあるアメリカで勉強したから、ミユキは10代の前半で高校を卒業出来
たのだ。高校を卒業した後は本格的に家の仕事を手伝いながら、大学に通っていた。
 忙しいながらも、楽しい生活。両親や、家族のように親しい仕事仲間の役に立てる事
がミユキにはただただ嬉しかったのだ。
 しかし、事件は起きた。
 「あたしの大学の……卒業式の日だったんだ」
 ミユキが卒業式から戻ってきた時に彼女を待っていたのは、家族の祝福ではなく……
 「事故……だったの。会社のみんなで、あたしの卒業祝いパーティーの買い出しに
行った時に……ね」
 酔っ払い運転の自動車との、正面衝突。皮肉な事に、相手の自動車もミユキの大学の
卒業生だったという。
 「あたしだけじゃ会社はやっていけないし、パパやママの思い出の沢山あるアメリカ
は辛かったから……。だから、日本に帰ってきたんだけど……」
 会社の事後処理を世話になっていた友人に任せ、身辺整理の終わったミユキは日本に
帰ってきたのだ。両親の親戚とはたいして面識がなかったから、ほとんど身一つで帰っ
てきたといってもいい事になる。
 「けど、日本の会社って分かんない……。何でわざわざ悪いところを見付けてまで大
事な部下を叱らなきゃいけないの……?」
 そこまで言うと、ミユキは堰を切ったように泣き始めた。ミユキの両親の会社では基
本的に叱るという事がなかったから、特にその事がショックだったのだろう。
 「それに、あたし、カズマくんが生まれて初めての部下なのに……。仲良く仕事して
いきたいだけなのに……そんな、意味もなく叱るなんて出来ないよ……」
 アメリカ時代では当然ながら、ミユキが一番下だった。まあ、あまり上下関係のない
会社だったから特に地位というものを気にする事はなかったのだが、それでもミユキは
『上司』という存在に憧れていたのだ。
 「ミユキちゃん…………」
 順風満帆の若きエリート候補生と思われた少女の、意外な素顔。カズマはどうしてい
いか分からず、ただ言葉もなくたたずむのみだ。
 だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。そっとミユキの肩に手を遣ると、
一字一句を選ぶようにして言葉を紡ぎだす。
 「何て言っていいのか分かんねえけど……多分、ミユキちゃんのやってる事って間
違ってないと思う。俺、ミユキちゃんの事、いい上司だって思ってるし……」
 「ほん……と? ホントにそう思ってくれてる?」
 涙に潤んだ瞳でこちらを見上げ、ミユキは小さく呟く。
 「あ……ああ。まあな」
 いかに10歳年下の子供とは言え、ミユキはかなり可愛らしい娘だ。思わず顔を赤ら
めつつ、カズマは照れくさそうに答える。
 「そう……。よかっ……たぁ……」
 そして、ミユキはその言葉に安心したのか、ゆっくりとカズマの腕の中へと倒れ込ん
できた。
 小柄なミユキの体は細く、柔らかい。生まれて初めてと言ってもいい程のそんな感触
に、流石のカズマも慌てた。
 「み、ミユキちゃん……!?」
 どぎまぎした口調で少女を抱きとめつつ、カズマは慌てる。
 だが。
 「ミユキちゃんってば!」
 その額が妙に熱いのに気付き、カズマは慌てて声を上げた。
続劇
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