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イマドキのリストラ事情



その2 イマドキの営業六課

 「ったく。やってらんねえよ……。16だぜ、じゅーろく。女子高のクラブ活動じゃ
ないっての……」
 安い日本酒の注いであったコップをぐいと飲み干し、カズマは正面の男へ向けて悪態
を吐いた。もう何杯も呑んでいるのだろう。顔が随分と赤い。
 「けど、その16の娘ってアメリカ帰りの大卒ってぇ超エリートなんだろ。お前、リ
ストラ対象じゃねえの?」
 悪態を吐かれた正面の男も既に赤ら顔だ。カズマの悪態にへらへらと笑いつつ、カズ
マの背中をばんばんと叩く。
 「ウチの会社へ来いよ。お前、デザインだけは大学の頃から得意だったろぉ。ほれ、
デザイン科首席ぃ」
 彼は皆川ハジメ。カズマとは中学時代からの腐れ縁だった男である。今日は日曜日だ
からといって、久しぶりにカズマのアパートへと遊びにやって来ていた。
 「あぁそーだよ。どーせオレ様はハジメくんとは同期のサクラ、地方の三流大出です
よーだ。りすとらが何だーっ! ちきしょうめっ!」
 そう。麻生ミユキは飛び級制度のあるアメリカで大学まで卒業していたのだ。しか
も、その大学はカズマでも知っているほどの超有名大学。さらに言えば、ミユキは幼い
頃から家族とその友人達がやっていた小さな会社を手伝い、業界の第一線で働いていた
という。学歴どころか、実務経験すらもカズマに引けを取ることはないのだ。
 「そんなエリートに怒られるオレの気にもなってみろーっ! こなくそーっ!」
 すっかり酔いが回って呂律も思考も回らなくなったカズマの叫び声が、狭いカズマの
部屋に響き渡った。


 「で、二日酔い? しょうがないなぁ……」
 次の月曜日にカズマを待っていたのは、ミユキのそんな言葉だった。二日酔いで死に
かけているカズマを特に叱るでもなく、可愛らしい苦笑を浮かべるのみ。
 「じゃ、午前中はその辺のソファーで寝てていいわ。午後からは残業してでも働いて
もらうけどね」
 そう言うと、ミユキは営業六課に与えられた小さな個室の片付けを始めた。さすがの
スーパーガールとは言っても普通の女の子。大きな机などは一人で動かせるハズもない
から、書類の入ったダンボールなどをマイペースに運ぶだけだ。
 「ふぅ……。意外と重い」
 ダンボールの小さな箱を書類棚が置かれる予定の場所に運び、一息つく。紙束の一杯
に詰まっているダンボールというものは、思った以上に重い。
 「意外と……じゃねえだろ」
 と、ミユキの運んだダンボールの隣に、倍は大きなダンボールの箱が二段重ねでどん
と置かれた。
 「あれ? 寝てていいって言ったじゃない」
 「バーカ……」
 上司のミユキに上司とも思わぬタメ口で口をききつつ、黙々とダンボールを運び始め
るカズマ。ちなみに、このタメ口は「変に丁寧口調だと調子狂うからやめて」という課
長代理命令だったりする。
 「上司の女の子に仕事させといて、自分だけ寝てられるかよ……」
 二日酔いでガンガンする頭を死ぬ気で我慢しつつ、カズマは再びダンボールを運び始
めた。


 営業部長は、社員データのプリントアウトされた用紙を取り、小さく呟いた。彼自身
はコンピュータなど触った事もないような人間だから、この紙は信頼できる部下に出力
してもらったものだ。
 「武井カズマ……か」
 武井カズマ。26歳、独身。バブル経済華やかりし頃にこの会社に入社した、純正の
バブル社員だ。地方の三流大学出身で特に誰かのコネがある訳でもなく、営業成績は可
もなく不可もなく程度。大きな失敗はないが反対に目立った業績もないし、言葉遣いも
決して良いとは言えなかった。
 さらに言えば、カズマはこの会社のどこの派閥に属しているわけでもないから、首を
切ってもどこからの苦情が出る事もない。
 「こいつなら、どこからも文句は出んだろう……」
 太った中年男の声は営業部の喧騒に掻き消され、誰の耳にも届く事はなかった。


 「課長代理ぃ……」
 ようやっと搬入されてきたパソコンのキーボードを叩きながら、カズマは隣の少女に
声を掛ける。パソコンなど滅多に動かした事もないから、その手つきは見ていて危なっ
かしい。
 「いつまでこんなデータ整理なんてやってるんスか?」
 営業六課の準備が始まってから、既に十日が過ぎようとしていた。しかし、六課が正
式に稼働するという辞令が来ることも、新しいメンバーが来ることもなく、今だに準備
期間のままなのである。
 「えっと、このファイルが全部終わるまで。ま、気長に頑張りましょう」
 一方のミユキの方は手慣れたものだ。鮮やかなタッチタイピングでキーボードを叩い
ている。
 膨大な量のファイルを見るとうんざりしそうになるが、ミユキににこにこ顔で笑いか
けられてはため息を吐く事も出来ない。
 「……うぃっす」
 カズマはため息を吐く代わりに苦笑を返した。

続劇
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