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イマドキのリストラ事情




その1 イマドキの配置転換

 「2〜3歳年下の上司ってのは結構いるんです。けど、ある日突然十歳も年下の
後輩の下で働けってのは……いじめですよ、本当に」
 「上司の方もさらに上の人間から、『あいつを叱らないと君の管理能力を疑う
よ』って言われるんです。どっちも生き残りを掛けての戦争ですよ」
 「そうですね……九割の奴は会社を辞めますね。残りの一割ですか? 決まって
るじゃないですか。ノイローゼですよ」
 (週刊平成事情 第十四号の特集記事より抜粋)


 「十歳下の上司に叱られる……ねぇ。確かにそれはイヤだわな」
 男は適当に買ってきた週刊誌のトップページに目を通すなり、小さく苦笑いを浮
かべた。昼休みにコンビニに弁当を買いにいったついでに適当に選んだような本
だ。買うときにいちいち細かい所まで見たりなんかしない。
 そこに書いてあったのは、『これが現代のリストラ術! 希望の社員を自主退職
させる脅威の秘技!』……なんていう、一部の者にとっては脅威以外の何者でもな
い言葉だ。この週刊誌の今週のメイン企画なのか、やけに大きいフォントを派手な
文字装飾で飾ってある。
 「バブル時期に入社した若い社員も例外ではない……って、シャレんなってねえ
な、コレ……」
 男の名は、武井カズマ。26歳、独身。バブル経済華やかりし頃にこの会社に入
社した、純正のバブル社員だ。
 「オレも切られるクチかねぇ……」
 暗い話題に全くそぐわない綺麗なカラーページをめくりながら、やる気なさげに
そう呟く。とは言え、カズマは真っ先に解雇されるほど実力がないわけではない。
やる気がなさそうに見えてもこの営業三課では上位の成績だし、今まで特に大きな
失敗をしてきたわけでもなかった。大企業にありがちな派閥にも属していないか
ら、特に敵もいない。
 「ま、とりあえず十歳下の上司って事だけはないか」
 この会社は大卒しか採用しないから、それだけは間違いないだろう。
 カズマは食べおわったコンビニ弁当のカラをビニール袋に突っ込むと、傍にあっ
たごみ箱に放りこんだ。


 「失礼します。部長。何かご用でしょうか?」
 部長の机は営業一課の部屋の一番奥にある。カズマの机は別室にある営業三課だ
から、そんな所までは滅多に出向かない。そこにいきなり呼び付けられたカズマ
は、いささか緊張した面持ちで部長の方に向かって声を掛けた。部長はパーティ
ションの向こうで誰かと話をしているようだが、誰が相手かはよく分からない。
 「ああ、武井君か。待っていたよ」
 対する部長は妙に機嫌が良い。四十も半ばに差し掛ったこの中年オヤジの機嫌が
ここまで良い所など、カズマは入社して以来見た事がなかった。その原因は……
 「部長、お嬢様ですか? それだったら、俺は後でも……」
 パーティションの向こうで部長と話していた、一人の少女。まだ高校生くらいだ
ろうか。ポニーテールに結んだ長めの髪が良く似合う、可愛らしい女の子だ。だ
が、この部長にこの位の年の娘がいるなどと聞いた事もない。
 「いや。彼女の事は気にしなくていい」
 よっこらしょ……といった感じで太った体を立ち上がらせ、そのまま部長は廊下
に通じるドアへと歩きだす。
 「ここでは何だ。ちょっと会議室へでも行こうか。ああ、麻生君も付いて来たま
え」


 「営業六課……スか?」
 首を傾げたカズマに、部長は首肯いてみせた。
 「そうだ。今まで我が営業部は五つの課で業務を行なってきたわけだが、今度新
設する事になった」
 その言葉に、カズマは今度は心の中だけで首を傾げる。
 うちの会社って、そんなに羽振り良かったっけ……? などとは、口が裂けても
言えない。
 「そこで、武井君にはその六課へ移ってもらいたい。六課が正式稼働するのはも
う少し先になる予定だが、準備なども色々とあるだろうからな」
 「はぁ……」
 納得いかないながらも、カズマは返事を返した。かなり……いや、物凄く曖昧な
返事ではあったが。
 「部長。一つ聞きたいんですが、六課には誰が……」
 仕事の内容も気になったが、カズマはまずその事を聞いた。カズマに声が掛けら
れるくらいだから、営業部の他の課からも誰かが呼ばれるだろう。しかし、二課の
墨岸や四課の新田々などの、悪名高い連中と仕事をするのだけはゴメンだった。
 「うむ。当分は2名……だな。正式稼働して課長が入るまでは、臨時の課長代理
の指揮下に入る予定だ」
 「課長代理を含めて2名……スか? もう一人は?」
 半ば非難を込めた、当然とも言えるカズマの質問。だが、部長はその質問に対
し、全く違う話題を振って来た。あからさまと言えばあからさまだが、嫌な癖だと
思う。
 「そうそう。紹介が遅れたな」
 会議室の中の三人目の人影……ポニーテールの少女を差し、部長はあまり見栄え
のよろしくない笑みを浮かべる。
 「麻生ミユキ君だ。来週から営業部で働いてもらう事になった」
 (どう見ても高校生だが、バイトか? けど、うちの会社って高校生のバイトな
んか募集してたっけ……?)
 カズマが訝しむ暇もなく、ミユキと呼ばれた少女は可愛らしい笑みを浮かべて
ぴょこんと頭を下げた。
 「麻生ミユキ、16歳です。来週から営業六課のお世話になることになりまし
た。よろしくお願いします!」
 奇っ怪な笑みを浮かべている中年オヤジの部長の隣でそういう事をするものだか
ら、余計に可愛さが際立って見える。
 「あれ? 営業六課……って事は……もしかして、俺の部下って事……ですか?
けど、16歳だと……アルバイト?」
 いきなりの呼び出しはもしかして昇進話だったのだろうか? それ以前に、こん
な何も知らないような娘と何をしろって言うんだ? カズマの発言は思いっきり混
乱していて、今一つ的を得ない。
 しかし、そんなカズマの混乱ぶりをあっさり解決したのは、部長の一言だった。
 「それじゃ、武井君。私はこれで失礼するが、麻生『課長代理』と頑張ってくれ
たまえよ。六課の事は麻生くんに一任してあるから」
 そう。
 16歳の少女……麻生ミユキは、彼……武井カズマの……
 『上司』だったのだ。
続劇
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