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 そこには巨大アリクイメカにやられる雷守の姿があった。
「……すまん。kGモードの解除時間内に倒せなかった」
 通信機から、ヒイロの悔しそうな声が伝わってくる。軽トラ内にある雷守のステータスモニターは雷守もヒイロも完全無傷なのを示しまくっているが、中の人はそうでもないらしい。
「よっしゃぁぁぁぁぁぁっ! チャンスきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「はぁぁぁぁっ!? だってあれ!」
「……ああ。そういえば、30秒って言いましたっけ」
 まいったなぁ、と苦笑を浮かべ、カズヱはどうしようかと思考。だが、それより先にオペレーターのコマチが口を開いた。
「ヒイロ君。雷守は平気だから、もう戦えるよー」
「何? もう終わったのか?」
 コマチの提案に、ヒイロの拍子抜けしたような声が聞こえてくる。喜ぶというより、何だか不本意そうな感じだ。
「ああ、駄目ですよそれじゃ」
 マイクを横からひったくり、今度はカズヱが口を開いた。
「ヒイロ君。こんなこともあろうかと準備していた雷守の再起動にはもう少し時間がかかります。ぶっちゃけ、どの位かかると思いますか?」
 声だけは超が付くほど深刻そうだ。
「三日」
 即答。
「それ長すぎますよ。面倒だから30秒くらいにしません?」
「んー。ハイパーモードとチャージ時間が同じというのも、味気ないな」
 不服そうなヒイロに、カズヱはやれやれと肩をすくめる。
「じゃあ間を取って60秒にしましょう。60秒で再起動が終わることにしますから、それ過ぎたらまた頑張って戦ってください。今度は通常モードにしときますから、制限時間はありませんよ」
「心得た! 頼むぞ、プロフェッサー!」
「お任せを」
 声だけは真剣そのものだったが、それ以外はなんてちょろいんだこの野郎と無言で語っていた。
「博士、1分もほったらかしていいんですか? 死にません?」
「平気でしょ。いざとなったら避けるだろうし」
 そう言いながらとりあえず携帯を取り出し、タイマーを60秒にセット完了。振動を切ってサイレントモードにした挙げ句ダッシュボードに放り込むあたり、1分経過を伝える気はさらさらないらしい。
「じゃ、適当に時間経ったら起こしますね」
「うん。よろしく」
 そこで、二人は気が付いた。
「あれ? さっきの原付は?」
 リンゼ率いる三人の美女(だと思う)の中から、原付に乗っていた娘が姿を消していた事に。


 一方。
「ふむ。我が怨敵とはいえ、こうなると味気ないのぅ」
 白髭をしごきながらそうのたまうDr.アンブレッドも、それはそれで不本意だった。鋭角的な黒いサングラスの奥に見える瞳もどこかしらつまらなそうだ。
 一応、アリクイメカはドクターの最高傑作だったのである。満を持して登場させたそいつの出番が少ないのはまあいいとして、こうもアッサリキャプテンライスを倒せてしまっては面白みがない。
 何しろ戦闘時間は1分に満たないのだ。
「まあ良いわ。満身創痍か。キャプテンライス!」
 高笑いと共に繰り出されるのは、超高速の舌での乱打。その名も怒濤のアリクイラッシュ!
「くそ……っ。このままじゃ、満足に戦えねえ!」
 その割に攻撃を全弾避けていたりもするが、それはどちらも気にしていない。というかkGモードよりもライスの動きが良かったりするのだが、それもどちらも気付いていない。
「くそっ! このままやられるしかないのか!」
 全弾受け流しつつ、危機また危機。
「左様! このままやられてしまえ!」
 一発も当たる様子がないのに、この余裕ぶり。
 無駄に増えるのは周りの被害ばかりだ。
「ああ、また苦情処理かねぇ」
 戦闘範囲外から戦闘を眺めていた平穏が頭を抱えたその時!
「何!」
 一陣の風が吹き。
「何じゃと!」
 アリクイメカの超破壊舌がすっぱりと断ち切られた。
「見参……」
 目の前に広がるのは真紅の戦旗。細かな刺繍の施された、中華風の軍旗である。
 武器を断ち切られた戦闘メカから満身創痍の蒼き戦士を遮るよう、紅のフラッグがばさりと青い空になびく。
(これ、ホントに名乗るの? マジ? 正気?)
 レシーバーから筒抜けの声が聞こえてきた。
(あったりまえでしょ! ここでジェットインパクトに登場しないと、一生後悔するわよ!)
 旗の主よりも、外の人の声がでかい。
(なんか道を誤った気がするよぅ……)
 地面に落ちかけた旗をもう一振り。
 やる気はなくとも旗捌きは見事なモノだ。再び相対する戦士の間を遮るようになびき、鋭く回した旗の向こうから、手品のように一人の戦士が姿を見せる。
 まとう色は、旗と同じく鮮烈な紅。中華風のデザインを施された、女性的なライン。
「帝都都役所特殊部地域万能物件処理課実働係第二班所属」
 紅き女戦士はヤケクソ気味にその名を一息に名乗り。
「汎機攻人……炒飯」
 常軌を逸したネーミングセンスに、……ださ、というぼやきが重なった。


 鮮やかな登場と間の抜けた名乗りに、コマチは呆然と呟いた。
「ちゃーはん……」
 よりによってちゃーはんとは。
「漢字で炒飯。読み方は『チ ャ オ フ ァ ン』ですわ!」
 即座に訂正するリンゼ。
「ああ、そうそうそうそう。ちゃーはん、あの赤い奴でしたね。最終トライアルからちょっと格好が変わってるみたいですけど」
「当然ですわ。貴方に敗退した後にも研究を重ね、改良を施した強化版ですもの」
 だからこそ第二班の制式着戦を決めるトライアルでは圧勝できたのだ。
「……負けた後に強化しても仕方ないでしょう」
 ぽろっと漏らしたカズヱの言葉に、リンゼは切れなかった。何故なら、それだけの余裕が今の彼女にはあったからだ。
「とは言え、貴方の雷守よりは高性能だと思いますけれど?」
 そう。ライスのピンチに颯爽と現れ、ライスを破った相手を圧倒的な力で叩きのめす。これこそが最終トライアルで負けたカズヱを見返す、唯一の方法なのだから。
 そしてチャンスは目の前、今ここにある!
「んー。まあ、何というか」
 向こうでは炒飯が例のばかでかい旗を振り回し、アリクイメカをすぱすぱとぶった切っていた。どうやら旗には恐ろしく鋭利な刃物でも仕込まれているらしく、鋼鉄製のメカが面白いようにぶつ切りにされていく。
 確かに強い。ライスにはない、圧倒的な容赦なき強さ。
「うわ……」
 そして旗の間合に入った街灯や信号や電信柱も面白いようにぶつ切りにされていく。
 確かに凄い。ライスにはない、圧倒的な無差別破壊。
「壊しすぎ……」
 ライスを越える、圧倒的な破壊の化身がそこにいた。
「だからトライアルで僕の雷守に負けたんですよ」
 かつての炒飯は巨大な青龍刀や無数の仕込み刃を主武装とした近接斬撃着戦だったのだ。攻撃力は打撃戦重視の雷守よりはるかに高かったが、なにぶん市役所が銃刀法にケンカを売るのは御法度だった。
「今の炒飯には無粋な刃物なんかありませんわ! 炒飯のBGブロケードに仕込まれた単分子繊維刃は、法律で規制なんかされていませんもの!」
 難しい名前で呼んではいるが、要するに炒飯の旗には分子の繋がりをスパッと断ち切るメチャクチャ細い糸が仕掛けられているのだ。豆腐にピアノ線を押し付けて切るようなものと思ってくれればいい。
 分子サイズともなれば、巨大メカの鋼も絹ごし豆腐も大して変わらない。
「ああ、なるほど。それは僕も盲点でしたね」
 立派な胸を偉そうに張るリンゼに、カズヱは苦笑。
「でも、損害の事もちょっとは考えましょうよ。同じ公務員として」
「きーーーっ!」
 この人にだけは言われたくないな。
 もうとっくに過ぎた60秒の事をヒイロに伝えながら、コマチはぼんやりとそう思った。


「確か、この辺なんだよなぁ……」
 明らかに過積載の軽トラを転がしながら、平穏は手元の地図を再び確認した。
 あの激しい戦いの後(結局復活した雷守が炒飯とアリクイをまとめてぶっ飛ばした)。バイクで来た2班はさっさと帰ってしまい、コマチは定時だからと直帰、カズヱもどこかに姿を消してしまった。アンブレッドに至っては言わずもがな。
 平穏も軽トラで直帰しようと係長に連絡すれば、爆睡中のヒイロを送ってやれとの指示である。
 メールで携帯にヒイロの住所と地図を送ってもらい、軽トラで路地を走る今へと至る。
「巴荘、巴荘……っと」
 ド派手な指揮車で角を曲がれば、目指す小さなアパートがあった。
「ここか。こいつんち」
 六畳一間という話だから、小さくても住人は多いのだろう。
 誰かいないかと辺りを見回せば、こちらに歩いてくる長身の老人が目に付いた。
「あの、すいません。ここの方ですか?」
 長く蓄えた白髭に黒マント。鋭角的なサングラスは老人の怪しさにさらなるブーストを叩き込んでいたが、普段から怪しい奴に接し慣れている平穏にとっては熊さん八つぁんが頼りにする近所のご隠居さんと何ら変わりはなかった。
「15号室に住んでおる。で、何用じゃ、若者」
「宜しければ、これを引き取って頂きたいのですが」
 反対側の扉を開け、相変わらず爆睡中のヒイロを引きずり落とす。脳天から直下で落ちた上にごきりという異音がしたが、まあ平気だろう。
「おお、隣の隣の部屋の若造じゃの。宜しい宜しい、吾輩が引き取ろうではないか」
 怪しい外見に似合わず、老爺は気さくな性格らしい。こんな怪しい奴から押し付けられた怪しい青年を、快く引き取ってくれた。
「はい。では、宜しくお願いします」
 これ幸いとばかりにヒイロを路肩に蹴り寄せておいて、平穏は軽トラを急発進。定時はとっくに過ぎているから、直帰する気満々なのだ。
「今時礼儀正しい青年じゃのぅ。ここの皆に爪の垢でも呑ませたいわい」
 老爺も平穏の態度にご満悦らしい。ほっほっほ、とどこかの黄門様のような笑い方をし、そのまま一人でアパートの中へと入っていった。


続く!




次回予告

 二班オペレーターの水晶マイです。……え? 誰だか解らない、ですか。

『リンゼと同じ、真紅のライダーがまたがるサイドカー付きバイクが一台。サイドカーには通信機器だろうか。我らが帝都(略)第一班のトラ縞軽トラと似たような装備が搭載されている。
 真紅のライダーは赤いフルフェイスを脱ぎ、首を一振り。美しい黒のロングヘアがばさりと広がり、収まった所でこちらに軽く一礼する。
 ぶっちゃけ、物凄い美人だった。』

 ↑これです。今後ともお見知りおきを。

 本格稼働を始めた帝都都役所特殊部地域万能物件処理課実働係1班と2班。しかし、圧倒的な攻撃力を持つ炒飯を、キララさんは使いこなせない様子。いやはやなんとまあ、ダメ人間ですね。

 そしてやってきた慰安旅行の海の家、果たしてキララさんは炒飯の力を使いこなせるのか? 犬猿の仲の1班と2班は少しは慰安できるのか?

 次回。
 飯機攻人キャプテンライス
 『南海にあがる炎! 覚醒のフレイム・ウィンドウ(ポロリもあるよ)』
 次回もこのサイトに、遂汎です。

 何でも良いから、名前くらい出してください。呪いますよ?



登場人物
高月平穏
 帝都都役所(中略)第一班の事務員兼雑用係。影は薄いが一応主役。
 通称『タカちゃん』。

魚沼係長
 帝都都役所(中略)第一班の謎が多い係長。大らかな性格。
 通称『かかりちょー』

秋田コマチ
 帝都都役所(中略)第一班の事務員兼オペレーター。最近ツッコミ役。

多久カズヱ
 『雷守』を造り上げた科学者。紙一重の天才。

正義ヒイロ(さとうあきお)
 飯機攻人『雷守』の遂汎者。帝都最強の生物だが、頭は悪い。

Dr.アンブレッド
 悪の天才科学者。やられ役。

二階堂キララ
 帝都都役所(中略)第2班に所属する、汎機攻人『炒飯』の遂汎者。

轟リンゼ
 帝都都役所(中略)第2班のオブザーバー。カズヱをライバル視するが、カズヱからは相手にされてない痴女。

水晶マイ
 帝都都役所(略)第2班オペレーター。黒髪長髪の超美人だが影が薄い。

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