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「雷守kGモードのタイムリミットは30秒しかない! ヒイロ君、それまでに頼むよ!」
 カズヱの緊迫した声が、レシーバーに響き渡った。
「応とも。任せておけ」
 吹きすさぶ風の中、腕組みをしたまま現状を見下ろすのは青い着用戦車。いつもと同じキャプテンライスの勇姿だ。
 そう。
 kGモードという割に、いつもと同じ。
「キャプテンライス! かかって来るが良いわ!」
 正面に対するは見上げるほどの巨大カマキリ。その上に立つのは長く伸ばした白髭に、夜から染め上げたような黒マント。帝都を蝕む漆黒の狂科学者Dr.アンブレッドと、彼の手による破壊昆虫メカニズムだ。
 両腕に仕込まれた巨大チェーンソーがぎゅりりんと唸りをあげ、キャプテンライスを威嚇する。
「高月さんから連絡ありましたー。避難完了したそうでーす」
 待っていた連絡をコマチから受け、帝都都役所特殊部地域万能物件処理課実働係第一班の機動キャリアー(軽トラ)に乗っていたカズヱは笑みを浮かべた。
「それではリミッターを解除する。ヒイロ君、存分にやりたまえ!」
「kGモード、アクションッ!」
 言葉と共に猛ダッシュ。襲い来る二つのチェーンソーをかいくぐり、青い閃光と化した雷守は巨大メカに拳を振り上げる。
 30秒。その余りにも短いタイムリミットに、一同の焦りは募っていく。
「あの、博士」
 ふと、隣で無線をいじっていたコマチが思い出したように口を開いた。
「何だね。ああそれと、僕の事はプロフェッサーと呼ぶように」
「kGモードって、いつもとどう違うんですか? キログラム強い?」
 すごいすごいと言われれば雷守の動きがいつもより良い気がちょっぴりするが、火を噴くとかビームを出すとかの具体的なパワーアップをしていないので良く分からない。それ以前に、係長やカズヱから機体改装の連絡を受けた覚えもなかった。
「ああ。あれね」
 30秒が過ぎても一向に弱くなる気配のない雷守をぼんやりと眺め、世紀の天才科学者はやる気なさげに呟いた。
「気合で頑張ってくださいの略だよ。30秒なら、その辺に被害も出ないでしょ」
 kGモードの力を振り絞った雷守最後の一撃が巨大カマキリを周囲の建物とセットでぶっ飛ばしたのは、それと全くの同時だったような、そうでなかったような。


飯機攻人キャプテンライス
第4話 大追跡! ヒーローの日常


「でさー」
 発端は、枝毛を切っていたコマチの一言だった。
「ん?」
 答えたのは爪を切っていた平穏。
「結局これって何者なの?」
 指差したのは掃除夫だった。一日中帝都都役所特殊部地域万能物件処理課実働係第一班のデスクとゴミ箱を付きっきりで管理してくれる、神のような掃除夫だった。
「何者って?」
 掃除夫は掃除夫だ。
「だってさ、帝都最強の核弾頭なんでしょ? 防衛隊なり用心棒なり攻務員なり、儲かる仕事し放題じゃない。何でこんな仕事やってんだろ」
 言われ、平穏はなるほどと思った。確かにこの掃除夫は強い。少なくとも、危険手当と休日手当をキチンともらえる仕事を選ぶには困らないはずだ。
「んー」
 ふと思いつき、平穏は消しゴムをぐしぐしとやって、消しカスをぽいと落としてみた。
 さっさっさ。
「ゴミはゴミ箱にッ!」
 消しカスは床に落ちるより早く、真っ白な雑巾に拭き取られていた。
「…………」
 音速の掃除夫は拭き取った消しカスをじっと凝視すると、おもむろにその雑巾を払う。
 拭いた意味がなかった。
「ふむ」
 平穏は再び思考。
「おーい、すまん。コーヒーこぼれちゃったんだけど」
 と、隣の課から掃除夫を呼ぶ声があった。
「そんなモン自分でやれっ! こちとら掃除の為にココにいるわけじゃねえんだよ! 正義の味方の待機業務なんだ畜生めっ!」
 掃除夫は怒鳴り返し、行く気配もない。
 その上機密情報ダダ漏れだった。掃除夫がキャプテンライスだなんてみんなとっくに知っていたが、それでも機密情報は機密情報なのだ。
 守るフリでもしなければ、機密の二文字の意味がない。
「……中身の問題じゃない?」
 一分の隙もないほど完璧な正解を見つけ出し、平穏は再び爪を切り始めた。


「かかりちょー」
 再び声を上げたのは、枝毛を切っていたコマチだった。
「なんだい?」
 答えたのは文庫本を読んでいた魚沼係長。カバーがかかっているが、どうせいつもの時代小説だろう。
「結局これって何者なんですか?」
 指差したのは掃除夫だった。一日中帝都都役所特殊部地域万能物件処理課実働係第一班のデスクとゴミ箱を付きっきりで管理してくれる、神のような掃除夫だった。
「何者って?」
 掃除夫は掃除夫だ。
「だって、帝都最強の核弾頭なんでしょ? 防衛隊なり用心棒なり攻務員なり、儲かる仕事し放題じゃないですか。なんでここで掃除やってんでしょ」
 言われ、魚沼係長はなるほどと思った。確かにこの掃除夫は強い。少なくとも、有給休暇と社会保険をキチンともらえる仕事を選ぶには困らないはずだ。
「んー。正義君、ちょっと」
 ふと思いつき、係長は掃除夫を呼んでみた。
「なんだ、ゴミか?」
「いや、知り合いがね、明日一日腕っ節の強いのを何人か欲しいそうなんだよ。日払いの即金15万って話で、悪くはないと思うんだけど。上にはナイショにしとくから、どう? やってくれないかな?」
 ガタタっと付近の机が揺れる。
「明日は休出の日だから、駄目だ」
 だが、その申し出をにべもなく断るヒイロ。
「残念。正義君、熱心だねぇ」
 そう言った瞬間、ヒイロ以外の二人が猛烈に反応した。
「かかりちょおっ! そのお話、もう少し詳しく!」
「かかりちょー! 以下同文っ!」
 ヤバイくらい目が血走っている。というか目に円マークが映るという、古典的すぎる表現までするくらい必死だった。
「んー。タカちゃんくらいじゃ、どうかなぁ……」
「元登山部! 体力には自信アリッス! 着重免許あり!」
 実話である。その体力があるからこそ、こうして荒事専門の帝都都役所特殊部地域万能物件処理課実働係第一班に在籍していられるのだ。
「市街戦とゲリラ経験が無いと辛いと思うんだけどなぁ。ま、いいや。ちょっと聞いてみるよ」
 ま、死んでも東京湾に沈むくらいか……。そう呟きながら携帯電話を取り出して。ダイヤル始めた魚沼を、二人は慌てて制止する。
「……遠慮します」
「……以下同文」
「そう? カナリアと盾役は不足気味だから大歓迎って言ってくれたけど」
 やれやれと元の席に戻りながら。二人は係長の方がヒイロより謎なんじゃないかと思ったが、東京湾に沈むのが怖かったので口に出さなかった。


「ねー、博士」
 Dr.アンブレッドの巨大アリクイメカをぶっとばす雷守をぼんやりと眺めながら、コマチは軽トラのダッシュボードにことんと形の良いアゴを載せた。
「何だね。ああそれと、僕の事はプロフェッサーと呼ぶように」
 答えたのはやっぱり様子をぼんやりと眺めているカズヱ。
「結局あれって何者なんですか?」
 指差したのは掃除夫……もとい、戦士だった。一日中帝都都役所特殊部地域万能物件処理課実働係第一班のデスクとゴミ箱を付きっきりで管理してくれる、神のような掃除夫……の真の姿、悪と戦う正義のヒーロー『キャプテンライス』だった。
「実験台。ああ、ヒイロ君。さっきリミット解除しましたよ」
「kGモード、アクションッ!」
 白々しいほどのタイミングで、キャプテンライスはkGモードへ突入。
「…………」
 ああそういえばこの人はこういう性格だったな。そう思い出した時には既に巨大アリクイメカはぶっ飛ばされている。
 こんこん。
 と、軽トラの窓が軽く叩かれた。
「はいはーい。お役所の許可車両ですよー」
 帝都(略)第一班の指揮車両(軽トラ)は派手なライトイエローと黒に塗り分けられている。その上屋根にはパトライトが乗っかり、荷台には保冷車より巨大な重量オーバー間違いなしの大型コンテナ。オマケに公用車の8ナンバー車両で『都役所』と堂々とマーキングされているから、良識を持った地方官憲は絡もうとしないはずなのだが。
「ああ、こちらもお役所なので気にしないで」
 窓の外の相手は真っ赤なバイクにまたがった真っ赤なフルフェイスだった。同じく真っ赤なレザースーツのラインは、中身が女性だと如実に示している。
 格好良くバイザーを上げた奥にあるのは、漆黒の瞳。意志の強さと鋭さを秘めた、切れ長の瞳だ。
 全身赤の女の中で、フルフェイスの奥にある瞳の色だけが奈落のように黒い。
「貴方がた、帝都都役所特殊部地域万のぅっ」
 だが、噛んだ。
「あー。(略)って入れていいですよ。めんどいし」
 思いっきり舌を噛んだ美女(らしき人)に苦笑し、コマチが訂正する。
「そんなフラッシュ下品な言葉、私の美学が許さないわ! それに、こんなものどうせコピペでしょ? ってそんな事はどうでもいいの」
 痛い所を突いた上に、いきなり話題転換。
「あなた方の美しくない帝都都役所特殊部地域万能物件処理課実働係第一班の『雷守』のお陰で、私達の出番がないじゃない! どうしてくれるのよ!」
「……はぁ?」
 その割には言いがかりだった。
「小首を傾げてはぁじゃない! 我が帝都(略)第二班の……って、何で私がこんなオメガ美しくない省略法なんて!」
 悔しいので嫌がらせしてみる。
 そこで、男は気が付いた。
「ああ。思い出しました。貴女、確か第二次青葉計画の最終トライアルでこの天才的インパクトを持つ私の『雷守』のシステムコンセプトに圧倒的点差で無惨にも敗北しやがった負け犬の……名前は、ええっと…………どちら様でしたっけ?」
「轟リンゼ! そこまでチクチク思い出して名前が出てこんかっ!」
 見れば、赤ライダーの後ろには2台のバイクが従っている。
 リンゼと同じ、真紅のライダーがまたがるサイドカー付きバイクが一台。サイドカーには通信機器だろうか。我らが帝都(略)第一班のトラ縞軽トラと似たような装備が搭載されている。
 真紅のライダーは赤いフルフェイスを脱ぎ、首を一振り。美しい黒のロングヘアがばさりと広がり、収まった所でこちらに軽く一礼する。
 ぶっちゃけ、物凄い美人だった。
 そして、もう一台は……。
「何で……」
 コマチはそれを見て呆然と。
「何で……」
 カズヱですら、それを見て呆然と。
「何で……」
 ホ○ダのスーパーカブなのか。
 もちろん真っ赤。
「……郵便局からパクってきたの?」
 というツッコミが素で出来るくらい、真っ赤なカブだった。
「いやぁ、あたし原付免許しかなかったから」
 こちらの赤いフルフェイスは、そう言ってヘラヘラと笑う。
「ああ、なるほど」
 原付にフルフェイス被った変人はその程度の相槌で放置しておいて、コマチは本題に戻った。
「で、そのリンゼさんが何の用?」
「コマチさん。それよりも先に聞きたい事があるんですが」
 軽トラの外で言い合っているコマチの裾をくいくいと引っ張るカズヱ。この変人には珍しく、理知的な反応である。
「後にしてよ、博士。あと裾引っ張らないでよ」
 伸びるから、と言い捨て、再びコマチの意識は再び外へ。
「いや僕は博士じゃなくって、っていうか、何だか前がヤバいんですが」
「……ほい?」
 ようやくこちらに顔を戻し、軽トラの横ではなく正面を見る。
「雷守、負けてませんか?」


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