-Back-

15.サード・ストライク

 華が丘山の東の麓。
 空に浮かぶのは、雷と風をまとった少年の姿。
「レムレム………」
 否。
 そこにあるのは、既に双の刃を構えた少年の姿ではない。
「……………」
 人とも鳥ともつかぬ、異形の姿。
 真紀乃の問いに答えることもなく、かといって彼女の問いを無視するでもなく……ヒトガタのそれは、夜の空に静かに浮かんでいる。
「勝負です……レムレム!」
 その言葉の意味は解したのだろう。異形のヒトガタは滑るように降下を始め……鉤爪の生えた脚で何もない虚空を一段蹴りこめば、そのスピードはさらに倍加する。
「ぐぅっ!」
 交差させた腕に走る衝撃は、普段暴走していた時のそれとは比べものにならない。まとう錬金の防護がなければ、そのまま引き裂かれていたかもしれないほどだ。
 けれどその一撃も、反応しきれないほどではない。
(こうやって戦ってれば……いつもみたいに、元に戻ってくれますよね………レムレム!)
 月光輝く夜空を反転し、再びこちらに向かってくる影を正面に見据え。
 真紀乃は次の攻撃を捌ききるため、両の腕を構えてみせる。


 闇の中に崩れ去っていくのは、半ばまで二つに両断された巨大な竜の黒い体。
「やった…………のか………?」
 真っ正面に振り下ろした五メートルの刃から伝わって来たのは、斬撃の衝撃と重い痺れ。だが、レイジと祐希のフォローのおかげで、良宇はその一撃を振り切ることが出来ていた。
「…………大丈夫、ですわ」
 竜の反撃を捌くべくそちらに向けて構えを取っていたキースリンも、竜の消滅を確認して構えていた剣を納めてみせる。
「うわぁ………死ぬかと思った………」
 緊張の糸が切れたのだろう。レイジと祐希はその場にへたりと座り込み、良宇も小さく息を吐いて巨大な刃をその場に突き立てる。
「おや、竜は大丈夫だったのかね」
 そんな一同の元に姿を見せたのは、銀の仮面の剣士だった。
「お爺さま!」
「あれ? そいや、薔薇仮面がウィルってことは……銀薔薇仮面って……」
 近縁の者なのは間違いない。そして、ウィルの近縁者でこんな格好を喜んでしそうな人物と言えば……。
「久しいね、レイジ君」
 銀の剣士がわずかに仮面をずらせば、そこに微笑むのはレイジもよく見知った顔だった。
「エドワードさん!」
 夏休み、メガ・ラニカに帰省したときに世話になった、ローゼリオン家の長である。彼の話がレイジにメガ・ラニカの過去を紐解かせ、文化祭であの物語……メガ・ラニカの真実の一端を演じさせるきっかけとなったのだ。
 そんな意味でも、忘れようのない人物であった。
「そうか。君たちであの黒竜をね……では、あれは?」
「いえ、今のところは」
「ならいい。良くやったね」
 小さく首を振るウィルにそう呟いておいて、エドワードは黒竜の消滅したあたりに視線を戻す。
「それにしても、レイジ君とウィリアムが竜を倒すとはね……」
 戦術を駆使し、知恵の限りを尽くしてもなお、少年達と黒竜の間には天と地ほどの力の差があったはず。それを覆したというのなら、今はただ、彼らの勇気とその技に賞賛の拍手を送るだけだ。
「伝説の再現……ですか」
 レイジの祖父の話では、レイジの家は竜を倒した勇者の血を受け継いでいるのだという。そしてウィルの家は、竜を倒した勇者と共に戦った、剣士の家系なのだと。
 遙かな時を隔て、再び二つの家系が共に黒竜を倒すなど……まさしく奇縁としか言いようがない。
「むぅ。なら、俺じゃなくてレイジが倒した方が良かったんか?」
「おめぇだって魂の半分は竜殺しの勇者の子孫だろうが。似たようなもんだよ」
 華が丘高校のパートナーは、メガ・ラニカと地上に魂を分かたれた同一の存在だという。ならば竜殺しの偉業は良宇が成してもレイジが成しても、さして変わりはないはずだ。
 呟く良宇の肩を叩いておいて……。
「どうかしたか? ハルモニア」
 無言で少年達の向こうを見つめているキースリンに、目を止める。
「…………」
 だが、キースリンは祐希の背後を指差して、その視線を移そうともしない。
「なんじゃ、ありゃあ」
 そこに口を開けるのは、山際の洞穴だ。
 戦時中の防空壕跡かとも見紛うそれは……つい先日発見された、時の迷宮に通じる裏口である。
 だがその穴は……。
「おい。あの穴って、封印されたんじゃねえのか?」
 本来なら、開いているはずのない……。
「大魔女が封印したはずですよ。そう易々と破れるはずが……!」
 言いかけ、ようやく祐希は気付く。
 それを破れる可能性のある力が、ほんの少し前、目の前を通り過ぎていった事に。
「大丈夫か! 良宇、レイジ!」
「………マーヴァさん……。大丈夫じゃねえかもしれねえです………」
 ようやく黒竜の群れを倒しきれたのだろう。駆けてきたマーヴァたちに返せたのは、呻くような言葉だけ。
「え………?」
 その言葉と同時に目の前の洞窟から姿を見せるのは……。
「あれ…………!」
 ゆっくりとのたうつ、砂色の触手。


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai