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2.わたしは お役に立てますか?

 華が丘山の一角には、メガ・ラニカに通じる門が存在する。
 ゲートと呼ばれる小さな建物と、それに付随する猫の額ほどの広場では……先ほどまで拡げられていたビニールシートや弁当がらはキレイに片付けられ、代わりに幾つかの仮設テントが組み立てられていた。
 そこに設えられていくのは、仕出し弁当でもジュース瓶の山でもない。メガ・ラニカから運び込まれた魔法具から医薬品、果ては魔法庁華が丘支部から持ち込まれたパソコン類まで、多岐に渡る。
「で、レム達はどうするの? 天候竜と戦うの?」
 ほんの十分ほどで指揮本部の様相を呈しつつあるその場所を眺めながら、少女が口にするのは近くのカフェから運び込まれたチェリーパイ。
「ここまで来て、はいそうですかって帰るわけにもいかないし……だから冬奈さんも残ってるんだろ?」
 テントの周りで慌ただしく続く配線作業を眺めつつ、レムはため息を一つ。
 辺りに展開されつつあるのは、夜空を照らすべく準備された、無数の投光器達。もちろん魔法の明かりもあちこちに浮いているが、術者が魔法を維持できなくなった時に備えて、電気式の照明もバッテリーや発電機込みで運び込まれているのだ。
「まあ、私たちとしては手伝ってくれると助かるけど……」
 そう言いつつレムにもパイを渡すのは、華が丘にたった一軒だけあるカフェの女主人。
「でも菫さん。手伝いって、魔法庁とか騎士団の人とかいるんじゃないんすか? オレ達、ホントに役に立てるのかな……」
 レム達の周囲で作業をしているのは、魔法庁の職員やメガ・ラニカから来た騎士団の騎士達。レム達以外の学生の応援もいるにはいるが、もちろん正規の戦力としてカウントされているわけではない。
「いるけど、竜がどのくらい出てくるかも予測できないしね……。天候竜と戦った事があるあなた達なら、十分戦力になるだろうし」
「戦力ったって、戦ったことがあるだけで、別に倒せるわけじゃないですよ?」
 彼らは華が丘の空を舞う天候の化身……そして、強い邪気を受けて黒く転じたそれとも、相まみえたことがある。けれどそれは別の目的を果たすためや、足止めであって、討伐で向かい合ったことは一度もない。
「実戦経験がある事が大切なのよ」
 そもそも天候竜とは不干渉状態の華が丘で、天候竜と戦う場面など無いに等しいのだ。メガ・ラニカで魔物討伐の最前線に立つ騎士団はともかく、魔法庁の職員でも天候竜と直接対決した事がある者などどれだけいることか……。
「それに、倒すだけが役割ってわけでもないし……」
「倒すだけが役割じゃない……か」
 呟き、レムは夜空を見上げる。
 曇ってはいるが、いつも通りの静かな夜だ。けれど、この夜にツェーウーの意思が満ちあふれたとき……その悪意に応じて黒竜が姿を見せたとき、果たして自分はどうなってしまうのか。
 ポケットから取り出した携帯も、そこから下がる双刀のストラップも、今はまだ沈黙を守ったまま。
 まるで、嵐の前の静けさとでも言うかのように。
「そうだよ。何も倒すだけが力じゃないのさ。……冬奈さん、パイに紅茶はいかがかな?」
 そんな三人に掛けられたのは、ティーポットとカップを下げた少年の言葉だった。
「ありがと、ウィル」
 紅茶をカップに注いでもらって、角砂糖は一つだけ。
 ウィルが自信満々に振る舞うだけあって、パイとの相性の良さはその手の知識に疎い冬奈にも分かるほどだ。
 紅茶を飲み干して、ようやく気付く。
「……でもウィルって戦えるの?」
「そういえばウィルが戦ってるのって、見たこと無いような……」
 そもそも戦闘の場面にいる記憶がない。紅茶や薔薇はことある度にどこからともなく取り出しているから、魔法が使えないわけではないのだろうが……。
「無論、戦うさ。レディが助けを求めている以上ね」
 菫達にも紅茶を振る舞いながら、ウィルはその問いに穏やかに微笑んでみせるだけ。


「これなんだけど……」
「ここって、ちょっと理論がおかしくない? 実際の数値を見てみないと何とも言えないけど、期待値を入れても……」
「………ここは実測値があるのですよ、柚子さん。その資料がこちらなのですが……」
「ああ、これだったら……なるほど」
 仮設テントの一角に陣取っているのは、老女と女性、そしてまだ幼さの残る娘の三人だ。紙の資料と携帯電話、そして幾つかの魔法具とノートパソコンを並べ、しきりに意見を戦わせている。
「あ、はいりせんせー」
 少女が声を掛けたのは、そんな熱気漂う仮設テントの中……ではなく、その脇で暇そうにドーナツをかじっている女性に向けてだった。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど……忙しいです?」
「あたしは聞いてるだけだから大丈夫だよ。何? 水月さん」
 中の討論から完全に置いてけぼりにされている様子に苦笑しつつ、晶はポケットから携帯を取りだしてみせる。
「ちょっと魔法の使い方で、質問があるんですけど……」
 本来なら魔法についての質問ならもっと向いた相手がいるのだが、残念ながら彼女たちはテントの中で最後の検討の真っ最中。晶の質問に答える余裕はありそうにない。
「ああ、それはね………」
「…………」
 そして、はいりから返ってきた答えに、問いかけた側の晶の反応は……無言。
「…………どうしたの」
「いや、はいり先生でもちゃんと教えてくれるんだなぁって」
 しかも、想像していたよりもずっと分かりやすい説明だった。これなら、本番までには自身の力として使いこなすことが出来るだろう。
「…………一応あたしも、キミ達のクラスの担任なんだけど」
 苦笑混じりの晶の言葉に、はいりも苦笑するしかない。
「それはまあ、分かってますけど……」


 八幡宮の裏手、人通りの少ない石畳の上に並べられているのは、小さな筒状の魔法具だった。
「桜子ちゃんのと合わせても、これだけかぁ……」
 カートリッジと呼ばれるそれは、魔力を蓄積させる効果を持った魔法具だ。専用の術具と組み合わせる事で、術の完成に足りない魔力を補い、魔法の力を底上げする事が出来る。
 だが、少女達が石畳に並べたその数は……普段なら十分と言えるそれも、これからの激戦を前にしては、些か心細い数でしかない。
「ファファちゃん、もう少し持っていく? あたしは多分、このくらいあれば平気だと思うから」
「ううん。桜子ちゃんの魔法だって、必要だもん。そっちでも持っててもらわないと……」
 桜子が得意とするのは、遠距離からの砲撃魔法だ。ファファの治癒魔法にもカートリッジは必要になるが、ダメージを受けるより先に相手に十分なダメージを与えることが出来るなら、それに越したことはない。
「難しいねぇ……。一緒に動くなら融通も利かせられるんだけど、そうもいかないし」
 遠距離支援の砲手と、治療魔法の使い手だ。同じ後衛ではあるが、その立ち位置も位置取りも、全くと言って良いほどに違ってくる。
 攻めを取るか、攻められたときの対処を取るか。
 二人で小さな頭を突き合わせていると、そこにかかる影が三つ。
「メガ・ラニカ式カートリッジとは、また珍しいモノを使ってるね。……セイル」
 しわがれた声に頷いて、傍らにいた小さな少年はケースの中をごそごそと漁るが……何かが出てくる様子はない。
「セイルくん、これじゃない?」
「………ありがとう、リリさん」
 傍らの少女に言われてようやく取り出せたのは、ファファ達が持っているそれと同じ様式のカートリッジだ。
「いいんですか?」
「私たちには大して必要ないからね。持ってお行き」
 もちろん、老女が加えたカートリッジの数など知れている。けれど、一発でも使える弾数が増えるなら、それに越したことはない。
「ありがとう、ブランオートくんの……」
 言いかけ、つまった少女に老女は苦笑。
「………いいよ、婆さんで」
「ありがとうございます、大ブランオート」
 別の言い方をしかけたのをやめたことに内心安堵しつつ、桜子とファファは揃って頭を下げてみせる。
「でも、これってあんまり一般的じゃないって、大クレリックに聞いてたんですけど……。何でこんなに?」
 ファファの杖は、医療を司る大魔女に作ってもらったものだ。彼女と目の前の大魔女は友人同士だし、そもそも大ブランオートはレリックの大家。確かに持っていてもおかしくはないが……。
「もともとそれは、私らが作った物なんだよ。昔、自分達よりはるかに強い魔法使いと戦った事があってね……そいつらとの隔たりを埋めるための、いわゆる秘密兵器だったのさ」
「へぇぇ……」
 大魔女より強い魔法使いなど、ファファ達からすれば想像も付かないが……昔の話らしいし、当時も彼女たちが大魔女だったかどうかは分からない。
 いずれにしても、上には上がいるという事なのだろう。
「まさかそいつらと共闘する羽目になるとは思わなかったけどね……」
 呟き、大ブランオートが見遣るのは八幡宮の社殿のほう。
 そこで行われている準備も、もうすぐ終わる。
「さて。セイル、リリ、こっちの準備ももう少しだ。ちゃんと手伝っておくれ!」
 そして、彼女達の準備もあとひと息。
「あ、良かったらわたし達もお手伝いします! いいよね? 桜子ちゃん」
「ん、ファファとの共同作業なら、いいよ」
「…………なんか余裕だね、あんたら」
 最後の決戦が始まるまで、あとほんのわずか。


続劇

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