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16.いまのぼくらに できること

 あの戦いから二日が過ぎて。
 月曜の朝、職員室に呼び出されたのは、華が丘高校魔法科一年の委員長と副委員長。レムは自宅療養の最中だから、彼を除く五人だ。
「で……。この噂は本当なのかね?」
 目の前の席に掛けるのは、長いローブをまとった白いヒゲの老人だった。
 魔法教科の教科主任にして、魔法科の学科主任も兼任する、華が丘高校の生き字引。
 老いてなお猛禽を思わせるその視線に、誰もが沈黙を破れずにいる。
「……………」
 立ち入りを禁止されていた場所に入り込み、あまつさえそこを守っていたメガ・ラニカの騎士団と一戦繰り広げたのだ。事情はどうあれ、それだけの事をしたという自覚はある。
 反省文か、停学か、職員会議か。
 まさか退学といった事はないだろうが……メガ・ラニカから、親の呼び出しくらいは覚悟しておくべきだろうか。
「どうなのかね。兎叶、雀原」
 老人のその呼び方は、生徒を咎める時のそれと何ら変わらない。魔法科第一期生の頃から学年主任を務めている老人だから、実際に委員長達の脇に立つ教師も、彼にとっては教え子の延長上にあるのだろう。
「……すみません。報告を忘れていました」
 そう言って頭を下げるはいりに、一同は息を呑む。
「メガ・ラニカの騎士団の活動を見る機会はなかなかありませんから。私のパートナーに依頼して、騎士団の訓練を見学させてもらっていました」
 そして、続けた葵の言葉に浮かぶのは、疑問符の群れ。
 活動と訓練の……見学?
「パートナー?」
「マーヴァ・ユミルテミル。覚えていらっしゃいませんか?」
 その説明で、ようやく納得がいったらしい。老人は説教の最中だというのに、わずかに目を細めてみせる。
「……そうか。ユミルテミルは今は騎士団にいるのか」
 メガ・ラニカに戻った生徒達の近況を知る機会は、この華が丘高校にいてもなかなかない。だが、説教の最中だった事を思い出したのか、老人は咳払いをひとつして、再び背筋を伸ばしてみせる。
「なにぶん急な話でしたので、報告を忘れていたことは申し訳ありません。今後は、こういった事がないように気を付けますので」
「そうしてくれたまえ。皆は急に呼び出して悪かったね。……戻ってよろしい」


 職員室を出た生徒達の頭からは、いまだ疑問符が取れぬまま。
「…………先生」
 はいりも葵も、あの場に確かにいたはずだ。全ての状況を知っていて……そして、自分達でレイジ達の行動を妨害しておいたくせに、一同を庇い立てする意味が分からない。
「まあ、そういう事よ」
 自己保身ではないだろう。葵もはいりも、こういった権力に媚びるタイプではないし、我が身可愛さに……という性格でもない。
「今回は何とかしたけど、もう二度とあんなことはしないように。以上」
 葵はひと言呟くと、そのまま職員室へと戻ろうとする。
「以上って………先生達も、状況は分かってるんでしょう!」
 そんな葵の背中に声を投げ付けたのは、レイジだ。
 レム達の事情は、葵もはいりも知っている。ならばレイジ達がゲートに入って何をしようとしていたか……わざわざ想像するほどでもないはずだ。
「分かっているから何? 状況を把握していても、出来る事と出来ないことがあるの」
「…………それが、今回のことだっていうんですか」
 葵はそれ以上の答えを紡がない。
「職員会議があるから、早く教室に戻りなさい」
 ただその言葉を残し、部屋へと戻っていくだけだ。
「はいり先生………」
「ごめんね。今のあたし達に出来ることは、これが精一杯なの」
 見上げるキースリンに、はいりも弱々しく微笑むだけ。
「ツェーウーの封印をしたのは、先生達なのに……?」
 ツェーウーを封印したのは、はいり達だと聞いていた。地球が滅ぶかどうかの瀬戸際だったとも聞いているが……それでも、メガ・ラニカがこういった運命を辿る原因となったのもまた事実。
 ならば、こうなる前に何とかする事は出来なかったのか……。
「…………あたしもすぐ教室に行くから。みんな、教室に戻りなさい」
 その問いにはいりも答える事はなく。
 力ない笑顔で、一同を教室へと送り出すのだった。


「………くそっ。なら、レムやリリが生け贄になるのを眺めてろって言うのかよ!」
 職員室を後にしても、イライラは募るばかり。むしろ、考えれば考えるほど、葵たちの行動の意味が分からない。
「おう、どうじゃった?」
「どうもこうもねえよ……って、おめぇは何やってんだ?」
 渡り廊下の所にいた良宇が抱えているのは、鉄パイプの束だ。
「体育祭のテント張りじゃ」
 良宇が顎で示した方を見れば、グラウンドの隅にはテントや長机が組み立てられつつあった。先日、生徒会からの依頼で体育祭の手伝いの募集原稿を読んだことを思い出す。
 どうやらその手伝いに、立候補したらしい。
「呑気なことしてるなぁ……」
「オレの出来る事は、このくらいじゃからの」
 苦笑するレイジに向けられたのは、むしろ周囲にいる委員長達の微妙な視線。
「……呑気なのはホリン君ですよ。もうこの土曜が本番なんですから、体育祭の支度も………僕たちの出来る事でしょう」
 今週からは通常授業も大幅に減り、運動会の全体練習も増えてくる。全体練習も大半は各競技の立ち位置の確認や入退場のチェック程度だが、それでも一週間を切っているのだ。
「体育祭って………それどころじゃねえだろ!」
「それどころじゃないのは確かだけど、俺も祐希の言ってることが正しいと思う」
「お前ら………!」
 友達の命と、体育祭と。
 天秤に掛けるまでもないはずのそれを比較する彼らの言葉に、レイジは苛ついたように教室へと戻っていくのだった。


続劇

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