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8.男の戦い

「レムくん達を救うための方法……か」
 通学鞄とスーパーのビニール袋をまとめて提げて、階段をゆっくりと上がっていく。
 買い物の間も、祐希の頭の一角では常にその方法の模索が続いていた。だが、少なすぎる情報からは明確なプランなど固まるはずもなく……。
「ただいま……って、お客さん?」
 玄関を見れば、見たことのない靴があるのに気が付いた。祐希の物よりかなり大きな男性向けのそれは、当然ながらキースリンやひかりのものでもない。
 首を傾げながら居間へ向かえば、そこにいたのは……。
「やあ、祐希くん」
「ギースさん!? 何でここに……!」
 傍らにキースリンを置いた紳士は、かつてメガ・ラニカで出会ったキースリンの父親だ。
 さすがにパーティーの時のような盛装ではない。かっちりとした短衣に身を包んだ格好は、おそらく騎士としての正装なのだろう。
「華が丘で新しいゲートが見つかったのは知っているだろう? その警備に来たんだが……祐希くんの家が近くだと聞いたものでね。挨拶に来たんだよ」
「警備に来た騎士団って、ギースさんの所だったんですか」
 朝のホームルームで、ゲートの裏口を警備する騎士団が来ることは知っていた。だが、それがまさか知り合いどころか、パートナーの父親の率いる騎士団だとは……。
「お父様。お茶をどうぞ」
「ありがとう。……で、祐希くん。ひかりさんから聞いたのだが」
 日本人も真っ青なきちんとした作法で緑茶を口にし、ギースはすっと身を正す。
「え、ええっと………」
 ひかりから聞いた話というのは、間違いなくキースリンとの付き合いが始まった事についてだろう。
「キースリンと、付き合うことになったそうだね」


 華が丘高校の長い長い坂を下り、途中で折れれば商店街へ。
 そこからなお下った所で曲がれば、華が丘山の西側へと辿り着く。
「君。ここは立ち入り禁止だよ。回り道があるから、街に行きたいならそこを使うといい」
 その西側の一角へやってきた少年を止めたのは、戦棍を差し出した軽装の騎士だった。
「すまんが、ここを通してもらいたい」
「聞いてなかったのかい? この先は危険だから、立ち入り禁止なんだ」
 この先にはゲートの裏口があるだけで、民家やそれに類する建物は一軒もない。街へ向かう近道だから、通りたい気持ちは分からないでもないが……。
「どうにかならんかの? ゲートに行きたいんじゃ」
「……ゲートに? 悪いね。それこそ、どうにもならないよ」
 騎士たちハルモニア騎士団の任務は、ゲートの監視だ。それは内から出てくる魔物の対処と同時に、外からの侵入者を防ぐ事も含まれている。
「どうしたんじゃ、マーヴァ」
 引く気のない少年と騎士の青年との問答に助け船を出したのは、長い髭を蓄えた老騎士だった。
「ああ、副長。この子がゲートに行きたいって聞かないんですよ」
「メガ・ラニカに行きたいなら、魔法庁を通すといい。そちらの許可が取れれば、安全な正面から案内できるじゃろう」
 ゲートの正面なら、危険が少ない事が確認されている。案内人も付くから迷うこともないし、わざわざこんな危険な道から入る必要はないはずだ。
 だが、目の前の巨漢は副長の言葉に納得した様子はない。
「それじゃ、間に合わんのじゃ」
 それ以上の言葉はない。
 見上げる老騎士の視線は鋭く、並みの者ならたじろぐほどの光を持っていたが……それを正面から受け止めてなお、良宇が屈する様子はない。
「どうしても行きたいのかね?」
「どうしてもじゃ」
 言っても聞かない相手の類だ。
 老騎士は相好を崩してニヤリと笑うと、傍らの騎士の肩をぽんと叩いてみせる。
「なら、そうじゃな……このマーヴァに勝てれば、通っても構わんことにしようかの」
「ちょっと、副長!? シャーデンフロイデ副長!?」
「団長には後で話しておくわい。お前もここで立ちん坊というのも退屈じゃろう? 彼も相当鍛えているようじゃし、少し胸を借りると良い」
 慌てる青年騎士にほっほと笑い、シャーデンフロイデと呼ばれた老騎士は少年の方へと向き直る。
「どうじゃ、少年」
「おう! なら、行くぞ!」
 そして良宇は拳を構え。
「ああもぅ、なんで華が丘の子はこんなんばっかかなぁ!」
 市立華が丘高校魔法科第一期生OB、マーヴァ・ユミルテミルは、当時の理不尽だった学生生活を思い出しながら門番用の戦棍を構えるのだった。


 祐希を見据える瞳は、鋭く強い。
 修練の意味の強い武道と、実際に戦場に立つ騎士のそれは、根本からして異なったもの。ましてやゲートの管理を任される騎士団の将のそれは、祐希が武道の心得を持ち合わせていなければ……その場で気を失っても責められはしなかったろう。
「は………はい」
 だが、祐希はその問いに、肯定の言葉を紡ぎきる。
 男同士のそういう関係をギースはどう思うのだろう。この様子だと、いきなり切り捨てられるような事はないと思うが……。
「ははは。そう固くなることはない。世間知らずの娘だが、よろしく頼むよ?」
 全身を硬くしている祐希の様子に気付いたらしい。ギースは肩の力を抜き、柔らかく微笑んでみせる。
「ひかりさんも……よろしくお願いします」
「はい。キースリンちゃん、とても良い子ですから……大丈夫ですよ」
 祐希の傍らにいつの間にか座っていたひかりも、品の良い微笑みを浮かべてみせる。
 毎日会社で猫を被っているのは、伊達ではないらしい。
「そう言われると恐縮です。で、祐希くん」
「…………はい」
「娘とは、どこまで行ったのかね?」
 何でこの人達、キースリンさんを女の子前提で見てるんだろう……。
 祐希はそう思ったが、もうどうでも良かったので聞く気にもなれなかった。


 ガラガラと開いた玄関に様子を見に行けば、そこにあるのは先に帰ったはずのパートナーの姿だ。
「………どしたんだ!? 良宇」
「おう」
 小さく呟き、靴を脱ぐその姿は、ボロボロだ。
「おめぇがケンカするなんて、珍しい」
 外見から誤解されがちだが、良宇がケンカをすることはほとんどない。もちろん殴られっぱなしというわけではないし、誰かを守るための戦いには拳を握ることも辞さないが……。
「ケンカじゃないわい。実はの………」
「莫迦野郎!」
 その理由を聞いた瞬間、むしろそちらでレイジはキレた。
「……バカは分かっとるわい」
「そういう意味じゃねえよ!」
 ハルモニア騎士団の警護に正面からぶち当たったなど、無茶というレベルではない。話の分かる相手だったから無事に済んだものの、下手をすれば警察や魔法庁に連行されていてもおかしくはないのだ。
「……お前ら、それどころじゃないだろうが」
 言われ、レイジは口をつぐむ。
「いや、まあ、なんつーか……百音と悟司の件は、ひとまず保留になったっつーか……だな」
「そうか」
「……心配掛けて、悪かった」
 ぺこりと頭を下げたレイジに、良宇は小さく応と答えるのみ。
「とにかく、今度そういう無茶をするときは、俺達にも声かけろよ! いいな!」
 その言葉に再び短い返事を寄越し、泥だらけの身体を何とかするために良宇は風呂場へと歩き出す。


続劇

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