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7.トライ・ポッド

 華が丘高校の魔法科の定員は、ひとクラス二十名ほど。
 魔法という特殊な教科を扱う性質もあり、教室にいる生徒はそれほど多くない。それが昼食時間ともなれば、なおさらだ。
「なあ、レイジは?」
 そんな教室の中、姿が見えない少年の名を問うたのは松葉杖の少年……レムだ。
「レイジは放送室。悟司は……隣にいるんじゃない?」
 いつもなら一緒に昼食を食べる面子だが、トイレから帰ってみればその辺りの面子が軒並み欠けているではないか。
「って、百音さんもいないの?」
「また撫子ちゃんの所……普通科棟に行ってるんじゃないかなぁ?」
「まだあいつら、揉めてんのかよ……」
 百音がいない段階で確定。
 ファファの言葉で、ダメ押しだ。
「どうかしたの?」
「いや、何か用があるって言ってたからさ。適当に探してみるわ。……二人っきりんとこ、邪魔して悪かったな」
「別に邪魔ってワケじゃ………」
 冬奈とファファが机を並べてご飯を食べるのは、もはや習慣に近い。本人としては、特にいちゃついている自覚はないのだが……。
「けど、キスしたんだろ?」
「まだキスだけだよー」
 平然と答えたファファの言葉に、一瞬クラスが静まりかえり。
「ちょっとファファ! っていうか誰から聞いたのよそんな事!」
 辺りを睨み付けた冬奈の視線に、ぎこちない喧噪が何となくだが戻ってくる。
「……秘密」
 レムとて、この半年ほどをただ漫然と過ごしていたわけではない。校内の情報筋のひとつやふたつ、ちゃんと持っているのだ。
「何よ。その足の怪我が治ったら、覚えてらっしゃいよ!」
「楽しみにしとくよ。じゃな!」
 冬奈の言葉に軽く手を振り、レムは松葉杖を鳴らして教室を後にする。


 華が丘高校の屋上は、フェンスで囲まれてはいるものの、特に閉鎖されてはいない。生徒の大半が魔法を使える特性上、飛行魔法で外から回り込まれるケースも多く、閉鎖しておく意味がないからだ。
 そんな穏やかな風の吹く屋上にいるのは、三人。
「…………」
「…………」
「…………」
 誰もが互いを見、誰もが口を開かない。
 長い長い沈黙の後……。
「やめた! こういう辛気くせえのは、性に合わねえ!」
 最初に沈黙をぶち破ったのは、レイジだった。
「百音、悟司、すまん!」
 大声で叫び、勢いよく頭を下げる。
「……レイジ?」
「レイジくん……?」
 いきなり頭を下げられても、何がどうしたのか見当も付かない。
「ご、誤解すんじゃねえぞ! こいつぁ、百音に無理矢理キスしたぶんと、劇のラストをすっぽかしたぶんだからな!」
 慌てる二人に顔を上げるなり、勢いよくそう言い放ち。
「…………百音が好きな気持ちは、譲らねえ」
「レ、レイジくんっ!?」
 頬を赤らめて付け足したそのひと言に、聞いている百音の側が顔を赤くする。
「なら、こっちもごめん」
「………悟司? 何でおめぇが謝んだ?」
 レイジとしては、悟司が頭を下げる理由が思い当たらない。レイジと百音の事で何も言ってこず、むしろやきもきさせられる所はあったが……それ自体はけっして非のあることではないからだ。
「あの時、殴っただろ。そのぶんだよ」
 言われ、むしろレイジは苦笑するしかない。
「……ありゃまあ、仕方ねえよ。そんだけの事はしちまったしな。それより、後のフォロー、サンキュな」
「あれは俺の仕事だから」
 主役逃亡という大アクシデントの中での冷静な判断。それがあったからこそ、劇は無事に幕を引くことが出来たのだから。
「じゃあ……わたしも、ごめんなさい!」
「え……?」
「何で百音が……?」
 そして、頭を下げた百音の行動の意味も、二人は理解できなかった。
「……二人の気持ちは嬉しいけど………」
 というか、このタイミングでごめんなさいと言われたら、その示す意味は一つしかない。
「………」
 悟司はごくりと息を呑み。
「………」
 レイジもわずかに身を引いてみせる。
「……今は、決められないから」
「それって………」
「保留だよな? 俺達、まだ振られたワケじゃ、ないよな?」
 小さく頷く百音に、二人は安堵のため息を吐く。
「……それでいいと思うよ。百音さん……百音が決めたことなら」
「いいのかよ、悟司。今なら、パートナーって事で勝てたかもしれねえのに」
「パートナーでなきゃ勝てないなら、それこそ俺の負けだろ?」
 笑うレイジの言葉に棘はない。それを分かっているのだろう、悟司も穏やかないつもの笑みを浮かべるだけだ。
「言いやがったな? さりげなく百音を呼び捨てにしやがって」
「レイジが百音って呼ぶのに、俺がさん付けって不公平だろ。……ダメかな」
 今までは何となく遠慮してさん付けで呼んでいたが……悟司の言葉に、百音もにっこりと微笑んでみせる。
「ううん。そっちの方が、嬉しい」
「ありがと。なら……レイジ」
 悟司はそれ以降の言葉を続けない。
「……ああ。オメエら、力、貸してくれるな?」
 そしてレイジも、悟司の言葉の続きを確かめない。
 ただ互いに頷き、響き渡るチャイムに……。
「…………やべぇ」
「お昼……」
「……話し合い、食べてからにすれば良かったね」
 貴重な昼食時間がなくなってしまったことに、揃って肩を落とすのだった。


 その日、一年A組の帰りのホームルームは、珍しくまともに進められていた。
「はい。プリント、回してー」
 はいりが配るのは先頭だけだ。残りの席には先頭から順々に一枚ずつ引かれたプリントが回ってくる。
「最後で足りない子は、余ってる所からもらってねー」
 最後の一人どころか、数人単位で足りない所があったりするが……はいりならばそんなものだと、皆が既にツッコミを放棄している。
「近付かないように……って、何なんですか? 先生」
 プリントに書いてあったのは、華が丘山の西側に近寄らないようにという注意書きだ。漠然と近寄るなと書いてあるだけで、危険なのかそうでないのか、具体的な所はほとんど書かれていない。
「前に女王トビムシが出てきた事件があったでしょ。あれがどうやって華が丘に来たか、魔法庁が調査してたんだけど……それらしいゲートがようやく見つかったそうなのよ」
 一学期の期末テストで現れた、巨大な魔物だ。正規のゲートを通ったわけではなく、長らくその進入経路は謎とされていたが……先日、ようやくそれらしき裏口が見つかったのだ。
「レムレムが足を折った、あれですか?」
 真紀乃の言葉にはいりは静かに頷いてみせる。
 レムの足は相変わらずだ。成長期だし無理に魔法で治すよりは自然治癒に任せた方が良いと、左足はギプスで包まれたまま。
 もっとも、通学中は飛行魔法を使うから、致命的というほど不便でもないようだったが。
「ゲートって……中はあのゲートに通じてるんですか?」
「そういうこと。ただ、中はホントに危ないから、近付かないようにね」
 ゲートの中は、時の迷宮と呼ばれる異空間に繋がっている。空間そのものが不安定なそこはまともな調査がされているとはとても言い難く、場所によっては正体不明の魔獣も闊歩する危険地帯だ。
 かつて迷い込んだそこで出会った巨大な異形を思い出し、ハークはぶるりと身を震わせる。
 もちろん、頼まれたって行きたいなどとは思わなかった。
「警備にもメガ・ラニカからちゃんとした騎士団が来てるから、近付いたり邪魔したりしちゃダメよ?」
 今までここ経由で現れた魔物は女王トビムシくらいしかいないから、今日明日に強力な魔物が姿を見せるといった事はないだろうが……念には念を入れてという事らしい。
「じゃ、今日のホームルームは終わり。委員長は残ったプリントを一枚、掲示板に貼っておいて。かいさーん」
 頷く祐希の号令で、久方ぶりの帰りのホームルームは終わりを告げるのだった。


 ツェーウー。
 調整することの出来ない封印。
 流量の減ったマナ。
 パートナー計画。
 そして、調整者たる柚子。
「やっぱり、92年だよな……」
 放課後の教室で呟いたのは、レイジだった。
 事件の起点はメガ・ラニカが再発見される前後に集中しているが、その大多数の事柄が1992年で一度収束し、そこからこの時代にまで続いている。
「ゲートの裏口を通って、92年から柚子さんを連れてくるのがベター……なのかなぁ?」
 百音の考えも、レイジの考えも、目指す所は同じだった。そしてそれを聞いた悟司も祐希も、それが現状で最もベターだろうという判断を下していた。
「でも、どうやって92年まで行くの? あの迷路の中、ホントに分かんないわよ」
「それに迷宮の中って、怪物もウロウロしてるんだよね……」
「だよなぁ……。それに、騎士団ってのもどうにもなりそうにねぇし」
 次にぶち当たるのは、その壁だ。
 ゲートを守る騎士団を突破するのは不可能だろうし、仮に上手く出し抜いてゲートに入れたとしても、今度は92年へ行くための経路が分からない。
 特に時の迷宮経験者の晶とハークが口を揃えて危険と言うのだから、わざわざ騎士団まで導入してゲートを塞ぐというのは、あながちメガ・ラニカの過剰反応というわけでもないのだろう。
「月瀬さんやルーナレイアさんに聞くわけにもいかないしな……」
 時の迷宮の経験者といえば、中で探索を繰り広げていた二人だが……さすがに大ブランオート直属の二人に、そんな事を聞くわけにもいかない。
「他に、あの中を知ってる人がいればいいんだけど……」
「あの変な二人組とか、いればいいんだけどね」
 時の迷宮の中で出会った二人組の事を思い出し、ハークは小さくため息を吐く。


続劇

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