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19.小さな、希望

 ファッションショーも無事終わり、次に少女たちが向かったのは、すぐ側にある屋台だった。
 普段は怖いと評判の魔法科主任がやっている、ヤキソバ屋台だ。
 気を利かせてか体育館の入口に消臭の結界が張ってあったため、体育館の中にヤキソバの匂いが流れこんでショーが台無し……などという事はなかったものの、ソバが焼ける音や、体育館に入るまでに漂う匂いまでは誤魔化すことが出来なかった。
「ファファちゃんの服、可愛かったねぇ……」
 後半のウェディングドレスは、ファファ自身がデザインしただけあって、驚くほどに似合っていた。
 席の向こう側から花嫁を見送る父親の泣き声が聞こえた気もするが、きっと気のせいだろう。
「ああ、前半も見たかったよぅ。誰か写真とか撮ってないかなぁ?」
 唯一最初からショーを見ていない百音としては、それが残念で仕方ない。後でファファ達に言えば、記録係が撮っていた写真のデータを分けてもらえるだろうか……そんな事を考えるばかりだ。
「けどまさか、ウェディングとはねぇ……」
「もうあのまんま、冬奈ちゃんがお婿さんでいいんじゃない?」
「だねぇ」
 ヤキソバを食べながらひとしきり笑った後。
「じゃ、次はどこ行こっか?」
 リリの言葉に、百音達も顔を見合わせる。茶道部の休憩時間はまだ少しある。おそらく、もう一カ所くらいは回れるだろう。
 そして後半の手伝いが終われば、いよいよ魔法科一年合同の舞台劇だ。
「そうだ。ミルラ先輩が、良く当たる占いやってるんだって」
「ならそこかな?」
 良く当たると言われれば気になってしまうのが、女の子の常と言うもの。
「桜子ちゃんはどうする?」
 今まで黙々とヤキソバを食べていた桜子は、少女たちの問いに最後のひと口を飲み込んで、くすりと笑う。
「ん? あたしはここで。また他に回りたいとこ、あるし」
 ちょっとした臨時収入もあったことだし、桜子の回りたいところはきっと彼女たちの方向性とは違うものだろう。
「そう? ならここで」
 それで何となく察してくれたらしい。リリ達は元気よく手を振って、占いのある魔法科棟へと去っていく。
「うん。後で和喫茶にも遊びに行くねー」
 そして三人を見送り、桜子は次の目的地へと移動を開始する。


 一手十秒の戦いは、思考するよりもとにかく動かすことが重要になる。もちろん全体を見渡すことも必要だが、相手の思考もそこまで追いついているわけではない。
 勢いに任せて攻める事も、流れを掴むためには必要な一手となる。
「駒役じゃ、状況は見えねぇな……。せめて次鋒戦くらい、上から見ときたい所だったけど……」
 駒役も、指示が飛んだ瞬間に動かなければならないから、うかうかしてはいられない。それに同じ高さで多くの駒達がひしめいている現状では、全体の状況を把握するどころの騒ぎではなかった。
『三番『竜』、四歩前へ。二つ前にいる『侍』に攻撃』
「三番『竜』、了解。二つ前にいる『侍』に攻撃する!」
 上からの指示を復唱し、三番『竜』のレムは四歩前へ。
 四歩歩くと、ちょうど二つ前のマスに『侍』が歩いてくる所だった。一手十秒と決まってはいるが、実際の兵の移動時間を含めれば限りなくリアルタイムに近くなる。タイミングを合わせれば、こういった事もままあるのだ。
「あ」
「あ」
 二マス前の『侍』は知った顔。
 今回は味方ではなく、敵だったらしい。
「………よろしく、レムくん」
「おう。手加減はしないぜ! 刀磨!」
 そして二人は、攻撃の代わりとなる魔法のサイコロを振り上げる。


 魔法科三年A組の教室を出てきたのは、散切が一番最初だった。
「どうでした?」
「う……うん。何というか……」
 次に出てきた百音は、散切の問いに難しい顔をしてみせるだけ。
「良くなかったんですか?」
 『苦渋の選択』という言葉から、良いイメージを察するのは……少々厳しい話だろう。なにせ占った術者本人が、困ったような顔をしていたのだから。
「希望があるから、捨てるなって言われたけど……どうしたらいいのかなぁって」
「何か大変そうですね……」
 なまじ当たると言われただけに、嫌な予感が拭えない。もちろん占いだから、気の持ちようと言われればそうではあるのだが……。
「あ、リリちゃんはどうだった?」
 そして、最後に出てきたリリも、二人の問いに難しい顔をしてみせた。
「うん。何か、『急転する運命』とか言われた……」
「急転する……」
「運命……」
 やはり、良いイメージを察するのは難しい言葉だった。
「え、ええっと、宝くじが当たったりとか……」
「今年、誰も買ってないんだよねぇ」
 毎年父親が何束か買ってくるのだが、今年はどういう風の吹き回しか、一枚も買ってきていなかったのだ。彼曰く『宝くじに運を吸い取られてもなぁ……』という話だったが、そもそも瑠璃呉家で宝くじがまともに当たった試しはない。
「別に、急転されても困るんだけどねー。希望はあるから大丈夫だって言われたけど」
「希望があるなら、きっと大丈夫だよ」
 同じ助言というのが引っかかるが、それでも予言に対抗するとなれば、希望にすがるしかないのもまた確か。
 そんな事を話していると、廊下の向こうから元気一杯の声が掛けられた。
「お、散切と百音じゃないか。一年のお前らがこんな場所に来るとは珍しいな」


 体育館の楽屋……更衣室に残っているのは、もう二人だけ。
 ランウェイなどの大道具は華校最強と言われる土木研の手によってあっという間に体育館から撤去されていた。その辺りの部室や倉庫への片付けは、華校祭が終わってからになる。
「冬奈ちゃん、ありがと!」
 そして、楽屋で傍らのパートナーに声を掛けたのは、ファファからだった。
「いいわよ。何にしても、無事に終わって良かったわ」
 最後の最後で厳しいところはあったものの、何とか無事に終えることが出来た。終わりよければ全て良し……とは思わないが、少なくとも今だけは成功の余韻に浸っていたいのもまた事実。
「それに、ファファの可愛いお嫁さん姿も見られたしね」
「もぅ、冬奈ちゃんったら……」
 さすがに片付けの時には邪魔になるし、汚れてしまうのも面白くないから、二人ともいつもの制服に着替えている。だが、冬奈の目には先ほどのウェディングドレスを着たファファの姿が重なって見えて……。
「ほら。そんなに照れてると、花婿さんが襲っちゃうわ…………」
 その言葉は、最後までは言えなかった。
「…………」
 小さな唇が、冬奈の唇をそっと塞いできたからだ。
「…………ファファ?」
 重なっていたのはほんの一瞬。ファファはあっという間にその身を離し、もとの距離へと戻ってしまう。
「え、ええっと………お、お礼!」
「お礼…………」
 お礼だからといって、キスなどそう簡単に出来るものではない。
「………初めて、なんだよ?」
「……あたしもよ」
 彼女にとって今回の件は、それだけ嬉しく、また大切なものだったのだろうか。
「そっかぁ。わたし、冬奈ちゃんがパートナーで、良かっ……」
 だが、そう言いかけたファファの小さな体がふらりと揺れて、冬奈の膝の上に崩れ落ちる。
「…………ファファ?」
 抱き起こそうとしてみれば、小さな唇から聞こえてくるのは、規則正しい寝息だった。
 どうやら、張り詰めていたものが全て終わったことでまとめて切れたらしい。
「……もぅ。そんなに無防備だと、ホントに襲っちゃうわよ?」
 冬奈は苦笑し、眠っているファファの唇に、そっと自らの指を触れあわせた。


続劇

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