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18.ランウェイに咲く花

 和喫茶の業務は、基本的には手伝える範囲内でシフトが組まれていた。魔法科一年は終盤の劇前後は手伝えないため、他の時間をカバーすることになる。
 もっともそれでも、他の時間にずっと貼り付いている必要はない。料理部と園芸部の人数はそれなりの数がいるし、見たい出し物があればその間は抜ける事も出来た。
「ねえ、美春さんは?」
 そんな休憩時間。
 先ほどまで一緒にいたはずの少女が、見当たらない。
「さあ……トイレかな?」
 代わりに答えたのは、たまたま和喫茶に遊びに来ていたリリだ。パートナーの様子を見に来たらしいが、独占するわけにもいかず、こうして散切たちに付いてきたのである。
「あんなにファッションショー、見たがってましたのに」
 休憩時間を合わせるくらいだから、見たくなくなった、などという事はないだろう。それに体育館に来るまでも、楽しみでたまらない……といった様子だったのに。
「おっかしいなぁ……」
 二人で首を傾げていても仕方ない。
「あ、散切ちゃん!」
 とにかく先に場所だけ取っておこうと体育館に入れば、そこにいるのは知った顔。
「桜子さんも、ファッションショーですか?」
「うん。ファファちゃん達も出るし。ちゃーんとチェックしとかないとね!」
「それは……ファファ冬か、冬ファファかという意味でですか?」
 散切の問いに、桜子は無言で親指を立ててみせた。
「それ…………どう違うの?」
「全然違うじゃない!」
 問うた瞬間発言を全否定されたリリは、ファッションショーが始まるまで、延々と二つの違いを説明される事になる。


 緞帳の向こうから聞こえてくるのは、観客席の喧噪だ。
「いよいよだね……」
 異世界からの呼び声の如く遠く聞こえるその音に、ファファは小さく息を呑む。
 先ほどから、動悸が止まらないのだ。医術をかじった身、その辺りを抑える術は幾つか知っているというのに……そのどれもが、効果がない。
「落ち着いてね。練習でしたことをちゃんとやれば、大丈夫だから」
「う……うん。冬奈ちゃん、落ち着いてるね……」
 冬奈は一門の代表として、いくつもの武術大会に参加している。そんな大舞台を経験している身からすれば、この程度のステージなど大したことはないのだろう。
「落ち着いてるわけないじゃない」
 だが、ファファの言葉に冬奈は苦笑。
「これでも、失敗したらどうしようかってドキドキしてるんだから」
「そうは見えないよぅ……」
 きゅ、と手を繋いでも、いつもと変わった様子はない。
 これで落ち着いていないというなら、ファファは一体どう言えばいいのだろうか。
「静かに! 開演のブザー、鳴るわよ。ダンスチームは準備はいい?」
 進行役にして総指揮者たる、服飾部部長のひと声に、一同は声をひそめ。
 ざわめきの収まった観客席に、開演のブザーが響き渡る。


 裏庭に響き渡るのは、鈍い打撃音と、ファンシーな星のカケラたち。
「てやぁーーーっ!」
 魔女っ子の前。
 崩れ落ちた相手は、女性。
 ……否。
 ピチピチのセーラー服を身にまとう、丸々と太った女性などいはしないだろう。太った女性そのものは珍しくもないが、せめて、それ相応のサイズの服を着ているはずだ。
 恐ろしいことにそいつは、セーラー服の裾からでっぷりとした太鼓腹を覗かせており、おまけにデベソまで付いていた。
「……もぅ。早く行かないと、ファファちゃん達のファッションショーが終わっちゃう!」
 もはやおぞましくすらある凶悪な物体に嫌な顔を一つして、ハルモニィはその場で変身を解除しようとして……。
「生徒会だ! 女装している生徒は、ミスターコンテストが始まるまで所定のエリアで待機するように言っただろう!」
 現れた生徒達に、慌てて変身の解除を止める。
「先輩! コスプレしてる奴らはどうしますか!」
「コ、コスプレじゃないもん……っ!」
 とはいえ、コスプレ扱いされても仕方ない格好をしていることに内心泣きそうになりながら、ハルモニィはどうやってこの場を離脱するべきか思考を開始。
 相手に飛行魔法の使い手がいるなら、ただの跳躍では逃げ切れないだろう。隠蔽系の魔法も、感覚強化系の使い手がいるなら無力化される可能性が高い。
「コスプレも許可されたエリア以外は禁止です。まずは確保して……………」
 だが、先輩と呼ばれてやってきた生徒会の幹部を見て、少女は思わず思考を止めた。
(今日は変身はしなくていいと言ったでしょう、百音!)
(だって、あんな変なのがウロウロしてたら気になるじゃない! にーにだって手が足りなさそうだったし!)
 アイコンタクトで会話をしてみたりするものの、だからといって事態が好転するわけではない。
 だが。
「はーっはっはっはっは! 混沌を振りまく醜き者どもは、この私が許さない!」
 そんな裏庭に響き渡る、高らかな声。
「ちっ。あちらにも……!」
 白いマントの仮面の剣士は、大きくマントをひるがえすと、中庭を跳び越え、さらに校舎の向こう側へ。
 同時、魔法のトランシーバーを持っていた執行部員が、紫音に向かって声を掛ける。
「美春先輩! 3−2の副委員長から、仮面の男と吹奏楽部の女装連中が戦っているという連絡が!」
 どうやら校舎の向こう側では、新たな戦いが巻き起こっているらしい。
「皆は向こうの応援をお願いします! こちらは……僕一人で十分です」
「はいっ!」
 現場向きの能力で言えば会長や副会長には及ばないが、生徒会書記の実力も校内では屈指のもの。その力を知っているらしき執行部員達は、ばたばたと校舎の向こう側へと走っていく。
「え、ええっと……」
「……百音も、程々にね。後はお兄ちゃん達がやるから」
 苦笑し、気絶している女装男子に拘束の魔法を展開する。その紫音が振り向けば、そこに立つのは校内を騒がせる魔女っ子ではなく……見慣れた彼女の妹だ。
「う、うん……。じゃ、戻るね!」
 倒れた女装男子を兄に任せると、百音は体育館に向けて走り出した。


 オープニングを兼ねたダンスチームのステージが終われば、ファッションショーの本番だ。
 ステージの中央から客席にまで伸びる長いランウェイを歩き、その先端でポーズを決め、再びステージまで戻っていく。
「あ、ファファちゃんだ!」
「え? さっき踊ってただけじゃないの?」
「ほら、今出てきたの! あの回った黒いドレスの人達の、二人後に……!」
 前半のテーマは『魔法使い』。
 華が丘ではどこにでもいる存在だが、逆を言えばどこにでもいるが故にデザイナーの個性が表れてくるとも言える。
「いたいた!」
 ファファから聞いた話では、前半の服はファファが作ったものではなく、先輩が作った物を代わりに着ているらしい。
 先日のメガ・ラニカ行で手に入れた長杖を携えたそれは、フリルやレースが多めに付いた、確かに最近の魔法使いと言うべき格好だった。
「ファファちゃー……むぐぐ」
「ほら、迷惑だっ………」
 友人の姿を見つけ、手を振ろうとしたリリを無理矢理押さえつければ。
「ファファー!」
「ファファちゃーん!」
 彼方の席から聞こえてくるのは、リリより年上の、男と女の声。
「…………あれは?」
 ランウェイの上を見れば、ファファが懸命に他人の振りをしようとしているところ。
「ファファちゃんの、お父さんとお母さんじゃない?」
 どこかでも見られるような光景を前に、思わずリリもため息を吐いてみせる。
 何となく、他人事ではない気がしたからだ。


 ステージから戻ってきた冬奈が見たのは、その場にうずくまっているファファの姿だった。
「うぅ……恥ずかしいよぅ」
「気にしないで良いって。可愛かったよ、ファファ」
 久しぶりに会った娘が、これだけ立派な姿を見せているのだ。思わず立ち上がり、声を上げてしまう気持ちも……分からないではない。
 自分の家族には、けっしてやって欲しくはなかったが。
「……ええっと、ありがとって言ったんでいいのかなぁ」
 相変わらず微妙な表情をしているファファに、苦笑を一つ。
「とにかく、あたし達の本番はここからだよ!」
 序盤のダンスも失敗はなかった。
 『魔法使い』のファッションショーも、上手く行った。
 最大の山場は、次だ。
「うん。分かってる」
 借り物の衣装を脱ぎ捨てて。
 二人は新たな衣装を身にまとい、再びステージへと飛び出していく。


「冬奈ちゃん達は!」
 リリ達のいる席に飛び込んできたのは、ようやく姿を見せた百音だった。
「百音ちゃん、遅ーい」
「何やってたの?」
「ちょ、ちょっと、女装した変なのに……」
 本当は戦っていたのだが、言葉を濁せば、どうやら追い掛けられていたとでも取ってくれたらしい。
「大変でしたのね……」
「なんか変なのが歩き回ってるって放送でも言ってたね……」
 微妙な表情をして、ねぎらいの声を掛けてくれるだけだ。
「出てきたわよ!」
 響き渡る音楽は、ファッションショーに使われるようなスタイリッシュなものではなく、もっと重厚で、荘厳なもの。
「これって……」
 そして、ステージへと現れたファファと冬奈がまとうのは………。
「新婚……さん?」
 ふわりと広がる大きな白いドレスと、同じく純白のタキシード。タキシードの冬奈がファファの腰を抱くようにして、リズムに合わせて優雅なダンスを踊り始める。
 ファッションショーは前半と後半の二幕構成だ。
 前半のテーマは『魔法使い』。
 後半のテーマは『ウエディング』。
 前半が定番のファッションショースタイルだとすれば、後半の導入となるのは……。
「なるほど、ステージをダンスホールに見立ててるわけね」
 彼女たちの、ダンスらしい。


 優雅に響くメロディとは裏腹に、踊っている側は踊りを楽しむどころか、必死そのもの。
「ファファ、大丈夫?」
 ステージで踊っている間は待機時間。メインとなるのは、前半と同じく、ランウェイを行って帰ってくる間だ。
 だが、他のメンバーとぶつからないように踊りつつ、ランウェイへ入るタイミングを見計らうのは至難の業。普通のダンスホールでも高い技術を要することなのに、狭いステージの上でするそれは、さらに二人の神経をすり減らす。
「だ、大丈夫……っ!」
 その上、冬奈とファファの身長差はかなりのもの。冬奈もステップは狭めに踏むよう気を付けているが、それでもファファはかなりの大股で動くようになる。
 練習では十分に出来ていたことが……今はその一割も、形に出来ていない。
「魔法、使いな」
 ステージの裾に視線をやれば、冬奈達にランウェイに入るよう指示が飛んできた。
 軽くファファの腰を叩き、移動を開始する旨を伝えてやる。
「や。なくても……だいじょぶ……っ!」
 冬奈は魔法を使っていない。
 ならば、自分も使わない。使わずに追いつく事が、冬奈への誠意なのだと……ファファはそう言っているのだが、それも限界だろう。
「使いな」
 バランスが崩れた所で腰を抱き、振り回すようにして体勢を立て直す。
「大丈夫だったら言わないよ。まだ当分踊らないといけないんだから、使いな」
 ファファ達の順番は、全体からすれば真ん中あたり。即ち、まだ今までと同じ程度の時間はステージで踊っていなければならないのだ。
「魔法だって、ファファの力の内だよ?」
 足がもつれたファファを抱きかかえ、ステージにもう一度視線をやれば、やはりランウェイに入るように催促が飛ぶ。
「使いな」
 呟き、強引にランウェイに進入。
 それと同時に、ファファ達の周りに花吹雪が舞う。
 白く優雅なラッパ状のその花の名は……百合。
「ほら。誰か知らないけど、時間を稼いでくれてる」
「うぅ……ごめんね。なら、ちょっと任せていい?」
 冬奈が頷き、ファファの体を持ち上げると同時、ファファが紡ぐのは魔法の言葉。
 発動体がなくとも、ある程度習熟すれば、魔法を使うことは不可能ではない。
 そしてファファは、その程度には……己の魔法に習熟しているのだ。


 百合の花が舞うランウェイの中央に立つのは、ファファを抱え上げた冬奈の姿。
「演出かなぁ?」
 遠目に見れば、喜びを表現する花婿の姿に見えなくもない。もちろん、パフォーマンスとしては上々だろう。
「じゃないかしら? 幻影みたいですし」
 床に落ちた百合の花はどこへともなく消えている。基本的な幻術魔法はそれほど難しい魔法ではないから、舞台袖にいるスタッフか、それこそ踊っている上級生の誰かが放ったものかもしれなかった。
「ね。桜子ちゃん、今……」
 だが、百音は傍らで二人のダンスを楽しそうに眺めている少女に、小さく声を掛ける。
「別に。応援くらいは、してもいいわよね?」
 少女は呟き、スケッチブックと共に持っていた鉛筆を軽く振ってみせる。


続劇

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