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16.独占したい、オトコノキモチ

 和喫茶の接客係は、大半が女子である。
 もともと女性比率の多い園芸部と料理部のメンバーが大半を占めているのだから、当たり前といえば当たり前なのだが……茶道部の女子も、若干ながらその中に加わっていた。
「いらっしゃいませ!」
 メニューを持ち、優雅に一礼する着物姿のキースリンに、祐希は続く言葉を紡ぐことが出来ずにいる。
「え、ええっと………どうかなさいました? 祐希さん」
「い、いえ………」
 ワンピースやブラウスなどの洋装は見慣れていたが、和服のキースリンを見るのはこれがほとんど初めてだ。
 もともと日本人もかくやというほどの見事な黒髪を持つ彼女だが、顔立ちはメガ・ラニカ人らしい西洋風のそれ。しかし優雅な物腰と相まって、その表情のギャップが和服の魅力をより一層引き出す事に成功していた。
「こちら、メニューになりますが。いかがなさいますか?」
「は……はい。じゃ、じゃあ、これと、これを……」
「えっと、緑茶とお抹茶、両方ですか?」
 慌てて指した所は、どうやらどちらも飲み物だったらしい。
「あ、ああ、すいません。なら、お抹茶だけで」
「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」
 不思議そうな顔をしているキースリンにそう訂正しておいて、祐希は厨房代わりの調理室へ戻っていくパートナーの背中をぼうっと眺めるだけだ。
「良いコでしょう、旦那。ウチのお店で一番の売れっ子なんですぜ? どうです?」
「…………いや、それはいくらなんでも」
 ようやく我に返れたのは、長椅子の傍らに腰を下ろしてきた半被姿の店員の物言いを聞いてから。
 見かけはキースリンと同級生だが、言うことは思い切りオヤジだった。
「……冗談じゃないんだってば。キースリンさん、可愛いし、お淑やかだし、和服似合ってるのに明らかに洋風だし、人気すごいんだって」
 晶の見立てでも、料理部と園芸部のレベルは平均よりもかなり高いところにある。けれど、和服という強化武装を手にしたキースリンは、そのレベルよりさらに一段高いところにいるのだ。
 事実、写真部にこっそりと依頼しておいた女給さんブロマイドの予約量も、二位にダブルスコアを付けている……などという話も聞いていた。
「そ……そうなんですか?」
「あたしも結構頑張ってみたんだけどにゃー。ネコミミ半被ショートパンツ娘」
 呟く晶の頭には、相変わらず黒いネコミミが揺れている。もちろん和喫茶の衣装ではなく、午後の演劇で使う小道具だ。
「それは、てんこ盛り過ぎるのでは……」
 苦笑する祐希が、ちらりと感じた視線に顔を上げてみれば。
 調理室の窓からこちらを覗いているキースリンと目が合った。
「あ、ヤキモチ焼かれちゃったかしらね」
 窓の向こうの視線に潜む幽かな敵意を感じつつ、晶も苦笑して立ち上がる。
 キースリンをからかうのは面白いが、祐希をそういう対象にしようとは思っていない。もちろん、そんな三角関係に巻き込まれる気も、ありはしなかった。
「あれでミスコン出たら、どうなるのかねぇ」
 だから。
「…………はい?」
 晶がぽろりと漏らすのは、場を盛り上げるひと言だけだ。


 弁当箱の中にある石板には、幾つかのラインが刻み込まれている。
「…………おわった」
 デジタル表示の幻影がその表示を止め、大気の中にかき消えたことを確かめて、セイルは小さくそう呟いた。
「で、出来るものなんだね……爆弾の解体って」
 セイルがしたのは、基盤となる石板に、数本の線を刻み加えただけ。どうやら地上の爆弾解体で言う、線を切る行為に相当するもの……というのはリリでも見当がついたが、もちろんどの線を切れば時限爆弾を止められるのかなど、想像もつかなかった。
「ヤキソバも、おいしかった」
「そっちのほうが重要なんだ……」
 最後のひと口を食べ終わったセイルに、リリは小さくため息を吐くだけだ。
 もっとも、そのセイルのマイペースさ加減が爆弾解体において必要なものだった事は、否定できないのだが。
「美味しかったなら、もういっこ、買いに行こうか………ボクも食べたいし」
 疲れた表情でそんな事を呟いたとき、廊下の向こうから小さなプラカードを持った男子生徒が駆けてきた。
「おめでとうございます! リアクション同好会の、超☆臨場体験! ドキドキ爆弾ドッキリ解体ショーでした!」
「………ド、ドッキリ?」
 プラカードには、大きくそう書いてある。
 ドッキリという番組そのものは見たことがないが、何をするかはたまにある特番などで何度か見たことがあった。
「そうとも言います! でも、ヤキソバを食べながら解体するなんて、ナイスリアクションですね! ……今のお気持ちはいかがですか?」
「そういう笑えないネタなんか、するんじゃないの!」


 祐希のもとにお菓子とお茶を持ってきた女給は、先ほどと同じくキースリンだった。どうやら周囲が気を利かせて、キースリンに指示をしてくれたらしい。
「あの、キースリンさん。水月さんから聞いたんですが、ミスコンに出るって……本当ですか?」
「あ……はい。言ってませんでした?」
 本人としては、言ったつもりだったのだろう。祐希の問いに、あ、と小さく口を開けて驚いてみせる。
「聞いてないです。……あ、いや、もちろん、僕に言わなくちゃいけない……なんてことはないんですけど」
 パートナーでも、恋人になれたとしても、そんな権利は祐希にはない。もちろん、知っておきたい、相談されたい……という気持ちは多分にあるけれど。
「…………」
 だが、キースリンは無言。
「…………」
 それに答えるべき祐希も、沈黙だ。
「…………お嫌、ですか?」
 内心を言えば、嫌だった。
 キースリンにファンが多いことは、祐希もよく知っている。それがミスコンに出ることでさらに増え……ひいては祐希の存在を脅かす存在になっては……と、ついつい思ってしまうのだ。
(思ったより、独占欲強いのかな……僕は)
 おそらくは、そうなのだろう。
 けれど、そう思えば思うほど、キースリンを縛りたい気持ちは逆に強くなってしまう。
「……でも、どうしたんです? いきなり、ミスコンみたいな派手な企画に出たいだなんて」
 だからあえて、話題を変えた。
 もともとキースリンは晶達のように積極的な性格ではない。周りにそそのかされたならまだしも、単身でミスコンに出ようと決意するような事はないだろうに。
「部や劇の宣伝にもなりますし……」
 和喫茶も劇も、ポスターはあちこちに貼り出してある。もちろん他のクラスも同じようなポスターを作っているから、実際の所はそれほどの強力な宣伝媒体ではないのだが。
「それに……ミスコンで良い成績を残せば、皆さん私のことを女性だと思ってくださるでしょう?」
 まだキースリンは女性化薬を飲んでいないまま。
 だから、体も少女のそれだ。
 確かに今の状態を利用してキースリンが女性ということを公に示しておけば、以降の生活でも彼女を男と疑う者は一層少なくなるだろう。
「でも……祐希さんがお嫌なら……」
 携帯の時計を確かめれば、まだミスコン参加のキャンセルは受け付けている時間帯だった。
 キースリンとしても、祐希に嫌な顔をされてもどうしてもやりたい……というわけでもないのだ。
「………いえ。キースリンさんは、キースリンさんのやりたいようにしてください」
 だが、わずかな沈黙の後……やがて祐希が結んだのは、そんな言葉。
「祐希さん……」
 あつかましい考え方をすれば、祐希の中にキースリンにミスコンに出て欲しくない……そんな気持ちがあったことは、想像に難くない。
 仮にキースリンが同じ立場なら、やはりそう思うだろう。
「ちゃんとした理由を教えてもらえれば、僕はそれを全力で応援しますから」
 けれど、その想いを封じ込めてまで彼女の想いを認めようとする言葉に……。
「ありがとう、ございます」
 キースリンはそれだけ呟き、頭を下げるのだった。


「ねー。ハークくん」
 調理室の窓から祐希とキースリンの様子を眺めつつ、晶は傍らで作業しているパートナーの名を呼んだ。
「あたしがミスコンに出るって言ったら、反対してくれる?」
「……だって、反対しても出たかったら無理矢理出るでしょ? 晶ちゃん」
 むしろ、ハークの嫌がる表情を見るためだけにミスコン参加を決意するのが晶という少女だろう。
 仮にハークが嫌がるとすれば、の話だが。
「それより、そんな事に魔法使うの、やめなよ」
 晶が得意とするのは、感覚強化の魔法。おそらく今も聴力を強化し、中庭の隅で交わされている祐希とキースリンのやり取りを聞いているに違いない。
「まあそうなんだけどさー。あたしの体を他の男どもに舐め回されるように見られるのが嫌とか、ない?」
 ハークの言葉に仕方なく魔法を解除。気になる続きはキースリンにでも直接聞こうなどと思いつつ、パートナーの脇を軽く小突いてみせる。
「…………言ってて気持ち悪くならない?」
「………ごめん、ちょっと」
 目立つ事自体は嫌いではないが、そういうのは自分で想像しても、ちょっと嫌だった。
「で、どうなのよー」
「いいじゃない、そんなこと。ほら、それより出来たよ! 三番テーブル、早く持っていってよ!」


続劇

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