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15.饗宴の始まり!

「ぅおはよー」
 がらりと開いた教室に入ってきたのは、極限までテンションの低い声だ。
「どうしたんですか、ソーア君。寝不足ですか?」
 文化祭当日ということもあり、朝のホームルームは省略されることになっている。祐希も学校に来るなり合同劇の準備室と化したB組に出向いており、自らが監督した大道具類の最終チェックをしている所だった。
「みたい……。劇の練習してたと思ったんだけどなぁ……」
 レムの最後の記憶は、台本を読んでいる真紀乃の姿。
 だが、気が付いたのは既に朝。
 真紀乃がタオルケットを掛けていてくれたから、風邪をひいた様子はないが……起こしてくれても良かったのに、と思わないでもない。
「大丈夫でないなら、暇な間に少し寝ておいてくださいよ? 寝不足で勇者様が本番中に倒れたら、大変ですから」
 そう言いながら、祐希は携帯を取り出し、意識を集中。
 携帯から流れるのは、力強い詠唱音だ。
 その言霊と力を受け、ゆっくりと巨大な翼を羽ばたかせるハリボテの天候竜に、祐希は満足そうな表情をしてみせる。
「勇者様言うなよ……。それに、そうも言ってらんねぇし」
 終盤はクラスの合同劇がメインになるが、それまでにもレムの予定は一杯だ。もっとも文化部に所属しているメンバーは、多かれ少なかれレムのような強行スケジュールを組まざるを得ないのだが。
「おはよーっ!」
 そんな教室に、元気いっぱいの声が響き渡る。
「子門さんのテンション、ちょっと分けてもらった方がいいんじゃないの?」
「………分けてもらえるなら、とっくにそうしてるよ」
 悟司の言葉に苦笑いを浮かべ、女子達の元へと駆けていくパートナーの様子を力なく見遣るのだった。


 空を舞うのは、天の気とマナが感じて生まれた天候竜………ではない。
 呆れるほどに巨大な、デジタル時計の文字。
 9:59の表示の後にある秒数表示は、今は50。
 一秒に一つの割合で、それはカウントを増していき……。
 十時になった瞬間、無数の花火となって炸裂した。
 華が丘高校の上空を覆い尽くす万を超える炎の華に、地上からは万雷の拍手が巻き起こる。
「……派手ですわね」
 無論、全て幻術だ。そのうえ指向性を与えてあるから、華校中を揺るがすような轟音も、降り注ぐ火の粉も、華が丘高校を一歩出ればその一切は感じることさえ出来なくなる。
 三年有志による、オープニングセレモニーだ。
「ほら、キースリンさん。お客さん、来ちゃうよ!」
「あ、はいっ!」
 ハークの言葉に我に返り、窓から離れて中庭へ。
 オープニングセレモニーが終わったと言うことは、もうすぐ和喫茶のあるここにもお客さんが流れてくるということだ。和服姿のキースリンは接客係だから、待機場所は中庭になる。
「さて。ボクは……」
 かくいうハークは調理係。仕上げの必要なお菓子の準備は終わっているし、待機が必要な接客組と違い、お客さんが来るまではする事がない。
「それにしてもキースリンさんの和服姿、似合うなぁ……」
 結局、店頭の様子見という名目で、椅子の周りで客が来るのを待っている女給さん達を眺めていたりするワケなのだが……。
「ハークくん!」
 そんな彼に掛けられたのは、元気一杯の少女の声。
「どう? 似合う?」
 けれど、現れたパートナーの後姿に、流石のハークも言葉を失っていた。
「え、いや、ちょ………晶ちゃん!?」
 半被、である。
 確かに和装ではあるし、ご丁寧に背中には祭の文字まで染め抜かれているのは……まあ、いいとしよう。
 けれど、背中越しの半被の裾から覗くのは、晶の細く長い脚。
「はいてないからはずかしくないもん!」
「はいてよ! お願いだから!」
 読者サービスどころか、公共良俗にまで挑戦状を叩きつけるような言葉に、ハークが上げる声は悲鳴に近い。
「………はいてるわよ。冗談でしょ?」
 苦笑し、くるりと半回転。
 正面から見れば、確かにショートパンツにタンクトップと露出こそ多めだったが、ちゃんとはいているし、着ていた。
「冗談に聞こえないんだってば……」
 だが、彼女ならやりかねないという思いが、ハークの中には常にある。
「うおっ! み、水月、いくらなんでもそれは……」
「だから、はいてるってば」
 やはり後ろ姿だけを見た良宇の言葉に、晶は再び苦笑するしかない。


 目の前にあるのは、弁当箱ほどの大きさの箱。
「ねえ、セイルくん………」
 開けてくださいと紙が貼ってあったそれをご丁寧に開けてみたリリは、その場で動きを止めたまま、傍らのパートナーの名を呼んだ。
「これ、何だろう」
 首を傾げたままの少年に、さらに問いかける。
 箱の中にあるのは、紙に包まれた筒状の物体と、幾つかの文様が彫り込まれた薄い石板だ。主にレリックに使われる部品で、電子機器で言えば基盤に相当するものである。
 周囲には魔法で生み出された幻影なのだろう。静かにカウントダウンを刻むデジタル表示がふわふわと浮かんでいる。
「…………爆弾?」
 セイルの言葉は、リリの想像通りのモノ。
 マンガでは割とある光景だが、当然ながら自身がそれに巻き込まれるなどとは思ってもいなかった……のだが。
「いや、ちょっと、どうするのよ! 生徒会呼べばいいの? それとも、魔女っ子のほうがいい!?」
 どちらにしても、生徒同士のケンカならともかく、この手の業務は方向性が違う気がした。
「お呼びかしらっ!」
 その声に応じ、唐突に窓の向こうから投げかけられたのは少女の声。窓の外、高くそびえる木の枝に立ち、フリルのたっぷり付いた衣装をまとう少女はこちらに向けて元気良く問いかけてくる。
 だが。
「ハルモニィ! あなた、爆弾の解体って出来る?」
「……………はい?」
 さしもの魔女っ子も、リリの問いは想像の外だったらしい。
 呆気に取られた表情で、少女の手の内にある箱状の物体を見つめるだけだ。
「爆弾の解体! じ・げ・ん・ば・く・だ・ん!」
「ごめん、破壊ならともかく、解体は無理!」
 もちろん、爆弾を強引に破壊処理すれば誘爆するのは目に見えている。採石場のど真ん中ならともかく、こんな校内で行うなど論外だ。
「…………解体、する」
 魔女っ子がアテに出来ないと理解したか、セイルが呟いたのはそんな言葉。
「え? セイルくん、出来るの?」
 リリの問いに、セイルは無言で首を縦に。
 魔法基盤は、ホリックを得ることでしか動かない。魔法理論……ホリックの上で動いている物体なら、同じホリックを使って解体処理を行うことも理論上不可能ではない。
「ええっと、ボクに手伝えること……ある?」
 パートナーが危険に挑むなら、リリに逃げるという選択肢はなかった。行けるところまで、共に挑むだけだ。
「…………ヤキソバ」
「………そこまでして食べたいの?」
 魔法科の教科主任がヤキソバ屋をやるという話を思い出し、リリは呆れたようにそう漏らすのだった。


 茶道部の和喫茶に訪れる客は、生徒だけではない。
 その兄弟や親、招待状をもらった友人達もやってくる。
「お爺さま……!」
 そして………祖父も。
「ははは。手紙を読んで、居ても立ってもいられなくなってな」
 接客係として店頭に出ていたウィルの目の前に立つのは、ロマンスグレーの老紳士だ。
「エドワードさん!」
 エドワード・ローゼリオン。
 かつてメガ・ラニカのローゼリオン邸でレイジ達に多くの伝説を語って聞かせてくれた、ローゼリオン家の現当主。
「やあ、レイジくん。伝説の竜退治の物語、見たくなって来てしまったよ」
「うわ……プレッシャーだなぁ」
 なにせレイジの話の元ネタは、ほぼ全てがエドワードの語ってくれた話の中にある。そのオリジナルの語り部が来たのだから、緊張しないはずがない。
「ウィリアム。ローゼリオン家の名に恥じぬ、素晴らしい演技を期待しているぞ?」
「必ずやご期待に添ってみせましょう」
 老紳士の言葉に、ウィルは優雅に一礼。
 だが、彼なりに緊張しているのか、その動きはいつもに比べて少しだけぎこちない。
「それよりウィル。お前、お爺さんを案内してこい」
「いいのかい?」
 良宇の言葉に、ウィルは首を傾げてみせる。
 彼のシフトは、まだ始まったばかり。特に駆け込み客も期待できる終盤は演劇の剣士役を任されているため、彼が喫茶を手伝えるのは午前中しかないのだが……。
「構わん。せっかくメガ・ラニカから来てくれたんじゃ」
 異世界への渡航は、煩雑な手続きが必要になる。メガ・ラニカ人の地上への渡航は逆のパターンに比べていくらかマシとはいえ、それでも一日二日で許可を得られるものではない。
 その手続きを、華校祭というたった一日のために行ってくれたのだ。
「なら、お爺さま……」
 良宇の言葉に一礼し、ウィルが祖父へと向き直れば、話題の主は穏やかに微笑んでみせるだけ。
「フッ……。ウィリアムに案内されねばならんほど、連れに困ってはおらんよ。お主は友との約束を果たせばよい」
 連れと言っても、ウィルの弟も、両親も来ている様子はない。メガ・ラニカの他の知り合いだろうかとも思うが………。
「エドワードちゃん! 探したよー!」
 そう言って老紳士に飛びついてきたのは、一人の少女だった。
「エドワードちゃん!?」
「ちゃんって……」
 確か、三年普通科の何とかという先輩だ。レイジの記憶では、三年の中でもかなり人気のある女子だったはずだが……。
「やあ、悪い悪い。孫が参加している店を見つけたものだから、つい足が向いてしまったんだ」
「もぅ。だったらちゃんと言ってよぅ。校内のお店、案内してあげるって言ったでしょー?」
 先輩はエドワードの腕にしがみつき、ニコニコと笑っている。
「ははは。そんなに引っ張らなくても、私は逃げやしないさ」
「逃げたから言ってるのー!」
 そして最後は先輩のペース。こちらに手を振るエドワードを引っ張って、雑踏の中へと消えていく。
「…………すごいな、ウィルの爺さん」
 彼女は普通科だから、パートナーはいない。ということは、よほどの理由がなければメガ・ラニカに行ったことはないはずだ。
 即ち、少女とエドワードとの接点は、華校祭が始まってから。
 ……もっと身も蓋もない言い方をすれば、エドワードがナンパしたのだろう。
「ああ。自慢の祖父だよ」
 雑踏の彼方に見える銀の髪を、ウィルはいつまでも眩しそうに見守っている。


続劇

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