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7.蠢く闇たち -メガ・ラニカ1xxx-

 世界樹という大樹がある。
 広大な魔法世界が創造された頃より世界の中央にあるとされ、その根は文字通り、世界を支えるほどに張り巡らされていると言う。
 そこから見下ろす位置にあるのは、遙かなる王都。
 水晶の森と聖なる結界に覆われた、永遠の都。
「あれが……アヴァロンだと?」
 だが、その都を見渡した男の第一声は、驚愕の色に彩られたもの。
「残念だが、間違いないね。侍従長殿のやたら仰々しい手紙も、あながち冗談ではなかったということか」
 それ以上の言葉もない男に、傍らにいた銀髪の青年が軽く肩をすくめてみせる。

−王都が無数の魔物に襲われている。至急戻られたし−

 その報を受けたのは、冒険者たる彼等が探索の命を受け、アヴァロンから旅立って少ししてのこと。
 無数というのはいくら何でも誇張が過ぎると思っていた一行だが、飛竜を駆って急ぎ引き返すこと数日。ようやく辿り着いたそこに広がる光景は……確かに、津波の如き魔物の群れに取り囲まれた、王都アヴァロンの姿であった。
「レッサードラゴンにウェアウルフ………へぇ、アダマンタイマイまでいるじゃない」
 小山のような巨獣の姿を目にして小さく快哉を上げるのは、一行の中の紅一点、黒いローブをまとった娘。
「……宝の山ね」
 いずれも普通なら、深い森の奥にひっそりと棲んでいるような希少価値の高い魔物ばかり。首尾良く倒して外殻の一つも手にすれば、数年は遊んで暮らせるだろう。
「確かに宝の山だが、剥いでいる暇はなさそうだぞ。黒猫」
 呟き、男は脇に立て掛けていた幅広の大剣をじゃらりと鳴らす。
「………やれやれ、行くのかい?」
「行くさ。それとも、我らが母なるアヴァロンを見捨てるつもりか? 親友」
「母なる都を見捨てるつもりはないよ。それに……」
 剣を背負う男の背中に、銀髪の青年は穏やかに微笑んでみせる。
「あの美しき、姫君もね」
 呟き、精緻な細工の施された細剣を腰へと提げた。
 無謀な試みなのは、百も承知。
 けれど無謀の理由など、そのひと言で事足りた。
「ねえ、ちょっと………!」
 そんな暴挙に挑む男二人に続くよう、黒猫と呼ばれた黒衣の娘も長杖を取る。
 だが、口にしたのは男達を止める言葉でも、臆する言葉でもなく。
「鱗も剥いじゃ……ダメ?」
 勝った後の、算段だ。
「余裕があればな。……行くぞ!」
 そして三人の若き冒険者達は、飛竜の翼を駆り。
 無数の魔物蠢く激戦の地へと、飛び込んで行くのだ。


「姫様! 姫様っ!」
 響き渡るのは、甲高く忙しない声。
「何です、騒々しい。結界が破られでもしましたか?」
 姫様と呼ばれた少女は努めて穏やかな物言いで、慌てる男をたしなめてみせる。
 いや、わずかに震えるその声は、そう振る舞うことで己自身も落ち着かせようとしているのか。
「いえ、物見からの報告で……魔物の群れの外縁で、戦闘が発生しているようだと!」
「戦闘が……? アヴァロンの魔法騎士団はまだ結界の内側の敵を掃討している段階ではないのですか?」
 まだ結界そのものは破られていないが、その隙をついて進入してくる魔力の小さな魔物はいる。魔法騎士団は、まだそれらの掃討をしているはずではなかったのか。
「騎士団はまだ結界の内側です。おそらく……在野の冒険者が行動を開始したものかと」
 各地の魔法騎士団には既に救援を求めている。だが、それにしては戦闘の規模が小さすぎる。
「そんな……無ひゃ」
 続くのは台詞ではなく、微妙に気まずい沈黙だ。
「…………ごめん、噛んじゃった」
 監督からカットの声が響き、本読み稽古は一時中断。
「大丈夫だよ。気にしないで、百音ちゃん」
「ま、始まったばかりだからな。けど百音はその辺り、よーく練習しとけよ?」
「はーい」
 掛け合いをしていたハークにばつの悪そうな笑みを見せて、百音は台本を持ち直す。
「ねえ、百音ちゃん。眼鏡、掛けた方が良いんじゃないの?」
 いつもの百音は眼鏡を掛けている。だが、今日は珍しく、その眼鏡を外していた。
「え? あ………うん。舞台の時は外した方がいいかなぁ……って思ったんだけど」
 もともと百音の眼鏡は、視力矯正ではなくカモフラージュを目的として掛けているものだ。お姫様が眼鏡というのもイメージとは違う気がしたから、役作りも兼ねて外していただけなのだが……。
「外してるのも可愛いけど、本を読むときは目、疲れるんじゃないの?」
「そうだね……じゃ、そうするよ」
 無理に外したままでいるのも、逆に不信感を与えることになるだろう。
 アドバイスに従って眼鏡をかけ直していると、教室の反対側にいた悟司がこちらへとやってきた。
「レイジ。勇者達だけのシーンの本読み、予定の所はひととおり終わったんだけど。そっちはどう?」
「もうちっとなんだが……ま、みんな揃ってるうちに先をやっちまうか。来てもらっていいか?」
 全体で稽古が出来る時間は貴重なもの。百音とハークがいれば何とかなる細かいシーンより、主要人物が揃うシーンの練習を優先するのは当然のことだ。
「姫君と勇者が出会うシーン、やっぞー」
「…………ボクが死ぬシーンだね」
 ちなみに主要メンバーが揃う段階で、ハークの演じる侍従長は姫を庇って壮絶な最期を遂げることになっていた。
「え? あたしの出オチのシーンですよ!」
 ついでに言えば、真紀乃の演じるアヴァロン魔法騎士団の騎士も、堂々と出てきた割に同じ所で敵の攻撃の直撃を受けることになっていた。
「……違うよ。ラブラブ第一弾のシーンだってば」
 そして、ニヤリと笑う晶に、監督は無言。
 主要メンバーの邂逅は、すなわち勇者と姫君のロマンスの始まりでもあったからだ。
「ねえ、監督ー。やっぱりこのシーン、ちょっと甘くない?」
 そんな微妙な気分の監督に掛けられたのは、やはり晶の声。
「……甘いって、何が」
 頼みの騎士団が壊滅する、絶体絶命のシーンだ。むしろ、状況的にこれ以上厳しくはしようがないはずなのだが……。
「だって、姫様が勇者に助けられる、序盤の山場だよ? もうちょっとドラマチックにやれない?」
「あ、それ、あたしも思いました!」
 黒猫の魔術師の言葉に、アヴァロンの騎士団長も同意の挙手。
「ドラマチックって、どうやって……」
 危機じゃなくてそっちか、と内心苦々しく思いながらも、レイジは晶に問い返す。
 問われた瞬間、ネコミミを付けた晶の腕がすいと伸び。
「こう、ぐっと抱きしめたりさ!」
「ちょ、ちょっと晶ちゃん! なんでボクなんだよ!」
 抱き寄せられたのは死ぬ予定の侍従長。パートナーの唐突な行動に拒絶の言葉を上げてみせるが、もちろんそれが聞き届けられることはない。
「いやぁ。ちょうどいい大きさだったからさ……。で、このままむちゅーって」
「やーめーてー!」
「何でいきなりキスなんだよ!」
 レイジの怒声につまらなそうな顔をして、晶はハークに突き出していた唇を元に戻す。
「晶ちゃん、それはちょっと……」
「…………うん」
 そして当事者の二人も、極端な演技指導に対してやんわりと拒絶の意思を示してみせる。
「そっかー。まあ、キスはラストに取っておけばいいか……」
「よくねえ!」
 ニヤニヤと笑う黒猫に、監督は即答。
 台本では、勇者役のレムと姫役の百音が抱き合うところでハッピーエンドになっていた。もちろん百音が姫君を演じる事はレイジの想定の範囲外だったが……そんな事態に陥ったが故に、そこで幕引きにして良かったと本気で思ったものだ。
 それが、抱き合うどころかキスシーンなど、たまったものではない。
「監督。イライラするのはよくないよ?」
「イライラなんかしてねぇよ!」
 明らかにイライラしているレイジがウィルにそう叫んだところで、教室に放課を告げるチャイムが鳴り響く。
「あ、ごめん。今日は料理部の集まりがあるから、ボク達は行かないと」
 文化祭で忙しいのは、クラスの出し物だけではない。文化部に所属しているハーク達は、そちらにも等しく力を入れなければならないのだ。
「レイジくん。私たちも今日は、茶道部の集合日だよ」
 だがそれは、茶道部に所属するレイジやウィルも状況は同じ。
「わかってる。後のシーンは、帰ったら各自で練習しといてくれ」
 そして、その日の全体練習は解散となった。


 暗い部屋に灯るのは、ずらりと並ぶディスプレイの明かり。
 その仄暗い輝きの中、中央のデスクに優雅に腰を下ろすのは、黒縁眼鏡の男だった。
「ああ、来てくれたんですね……」
 そいつは穏やかにそう呟き、入口に立つ少女をゆっくりと部屋の内へと招いてみせる。
「………あたしに用って、何? もうあんた達とは関係ないはずだけど」
 少女は男の招きに応じない。
 入口に背をもたせかけたまま、静かにそう言い放つのみ。
「なに。貴女にも、いい話……ですよ」
 男がぱちりと指を鳴ら………そうとしても音が出なかったので、ぱんぱんと手を打ち鳴らしてみれば。
 別の男の手によって入口の少女の元へと届けられたのは、一冊のマニュアルだ。まだ草稿段階なのか、用紙の肩をホチキス止めしただけの簡素なもの。
「これは……」
 ぱらぱらと目を通せば、それはゲームの操作法を記したマニュアルと、計画の進行を記したタイムテーブルだった。
「いかがです?」
「面白そうだけど……この挑戦状ってのは? もう出したの?」
 タイムテーブルによれば、今日は挑戦状を叩きつける日となっている。
 男達の目論見は何となく見当が付いていたが………少女は誰にも言わず、心の中でひとつの賭をした。
 彼らが既に挑戦状を叩きつけたか、否か。
 少女の返答を待って叩きつける気なら、少女の勝ち。
 この話は、なかったことにする。
 だが、もし既に挑戦状を叩きつけていたならば……。
「もう出しました。おそらく、今頃は青くなるか、赤くなるかしているのではないですかね? ククク………」
「へぇ。あんた達にしちゃ、良い動きじゃない」
 勝負はどうやら、少女の負けらしい。
「で……タダじゃないんでしょうね?」
 だが、少女もそれであっさりと負けを認めるほど潔い性格ではない。
「勿論」
 再び男は指を鳴らそうとして……やっぱり音が出なかったので、ぱんぱんと手を打ち鳴らす。
「これは………」
 やはり別の男によって少女の元へと届けられたその品に、少女は流石に目を疑った。
 それは、一本のゲームソフト。
 だが、その発売日はまだまだ先のはずだ。フライングどころの騒ぎではない。
「我々にも多少のツテがありましてね。苦労しましたが、それを進呈いたしましょう」
 余裕の男に、少女は小さく肩をすくめるだけ。
「………今回は、あたしの負けね」
 こちらの好みを完璧に読み切ったその報酬は、先ほどの賭の結果を無かったことにしても十分なものだった。
「なら」
「いいわ。あなた達の計画、参加させてもらおうじゃない」
 部屋の中へと歩み寄り……男と少女は、がっちりと握手を交わし合う。


続劇

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