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6.お姫様は、誰だ?

 数日後。
 役者の稽古場に割り当てられたA組の教室で、そいつは憮然とした表情を崩す気配もない。
「……で、何でオレが主人公役なんだ?」
 レムである。
「いいじゃないか、勇者様」
「格好いいじゃん、勇者様」
「勇者様言うな!」
 主人公の名前は特になく、ただ『勇者』とだけ書かれている。
 当分、勇者という名でいじられるであろうことは想像に難くない。
「まあなんだ。満場一致で決まったんだから、文句言うな。勇者様」
「勇者ならウィルがいるだろ! メインの役はA組とB組、公平にするんなら、ちょうどいいじゃないか!」
 ヒロインとなる姫君役は、A組とB組から候補を出し、その中から決まることになっていた。
 そして主人公格となる勇者とその相棒たる剣士は、それぞれのクラスが担当することになっていたのだが……。
「悪いね。私は既に剣士役なんだ。はーっはっはっは!」
 高笑いを上げて悠然と去っていくウィルに、レムは続ける言葉もない。
「………………あれ、誰が推薦したんだ?」
「自分で立候補して、あの高笑いを上げた瞬間、満場一致だった」
 剣士の性格は、ケレン味をこよなく愛する伊達男。
 剣士の出自……ウィルの祖父の話を信じるなら、その剣士こそがローゼリオン家の開祖である……を考えれば当然の話ではあるのだが、驚くほどのはまり役だった。
 A組の誰を責めることも出来ないだろう。
「…………だ、だったら他に勇者がやれそうな奴……」
 故に、A組から剣士が出た以上、勇者はB組で担当することになる。文化祭中でもある程度の余裕があり、なおかつ剣を使った演技が出来る者……となれば、レム以外に候補がいないのもまた事実であった。
「つか……あれだろ。レイジに監督どころか主人公役までやらせるのって、なんか不愉快じゃね?」
 その気持ちは、まあ、同意できないでもないが。
「………だからってオレに押しつけりゃいいってわけでもないだろ!」
 それとこれとは、思いっきり別問題であった。


 臨時で借りた視聴覚室に並ぶのは、三人の少女。
「で、お姫様候補はこの三人……?」
 推薦が二人と、立候補が一人。
 あくまでも主人公格であるから、人気だけではなく、それなりの演技力も必要となる。結局、言い出しっぺで監督役を引き受けることになったレイジと、サポート役の悟司、そしてA組代表である祐希の代理でやってきたハークの三人が、オーディションをすることになっていた。
「あの、辞退させていただくわけには……いかないでしょうか?」
「わ、わたしも……」
 だが、推薦を受けたキースリンと百音の第一声は、何とも情けないそんな言葉。
「じゃあ、あたしでいいですか?」
 推薦二人がいなくなれば、立候補した真紀乃だけになる。もちろんそうなれば、ヒロイン役は選択の余地なく真紀乃に決定だ。
「とりあえず、真紀乃ちゃん以外の二人は推薦なんだから、出来そうかどうかだけでもやってみてよ。冒頭のこの辺りとか……どう? いいよね、レイジ」
「ああ。最初の台詞だしな」
 ハークが指したのは、侍従長を連れて現れる初登場シーンの第一声。姫君の第一印象を決定づける、最も重要な台詞だ。
「まずはハルモニアから」
「え、ええっと………三ページ目の、ここですの?」
 根は素直なキースリンだ。何だかんだで、指示されるままに台本を開いている。
「キースリンさんのことだから、演技とかも上手いんだろうなぁ」
「祐希には悪ぃが、推薦したやつはグッジョブと言わざるをえねぇ」
 すらりと立つ姿は、それだけでも十分さまになっていた。これでドレスをまとえば、間違いなく一国の姫君といっても通用するだろう。
 片手で台本を構え、薄い唇が第一声を紡ぎ出す。
『わ、わかっていますー。けれど、ほうこくされたおそるべきこうけいー』
「………棒だ」
「………棒だな」
「………棒だね」


 段ボールで作られた巨大なオブジェを見上げ、祐希はひと言、そう言った。
「ええっと、無理です」
「……そこを何とかならない?」
 冬奈の言葉にも、首を横に振るだけだ。
「僕の魔法じゃ、こんな大きなものなんか動かせませんよ」
 敵役となる、竜のハリボテである。実際はこの段ボールをベースにして、紙や竹で巨大な竜の外殻が作られるはずだった。
「出来たとしても、そうですね……三十秒が限界かと」
 祐希の魔法は、数だけではなく大きさにも比例して消耗する。一瞬ならともかく、これだけの大きさの物をずっと動かし続けられるほどの持久力は、今の彼にはまだない。
「なら、ラストの一瞬だけでいいんだけど。最後に、竜がぶわーっと飛び立つシーン」
「それまではどうするんです?」
 念動の魔法を使うにしても、そこまで細かい使い方の出来る使い手はクラスの中にもそういないはずだ。さらに、劇中の長丁場でそれを行える使い手となれば……上級生ならともかく、祐希の知っているクラスメイトの中には覚えがない。
「これを……抱えればいいんか?」
 だが、そんな段ボール塊を音もなく持ち上げたのは、魔法科一年最大の巨漢。
 良宇だった。
「そうね。やっぱり、着ぐるみにして良宇に被せるのが一番かしらね」
 終盤までは着ぐるみとして動かし、最後の一瞬で魔法を使って派手に動かすのも、演出としてはアリだろう。
「委員長ー。こっちの予定ってどうなってんだ?」
「すみません。竜の件に関しては、四月朔日さんにお任せします。えっと、そっちはですね……」
 祐希はそう言ったきり、別の生徒の所に行ってしまった。最後の一瞬はともかく、他のシーンまで任せるのは無理らしい。
「……祐希は忙しそうだな」
 本人が望む望まざるに関わらず、裏方のまとめ役のような位置に落ち着いていた。らしいと言えばらしいが、落ち着きすぎと言えなくもない。
「あれで……侍従長だっけ? なんかそんな役まで回されたんでしょ?」
「あれは断ったって聞いたぞ」
 侍従長は、メインとなる役の一つだ。だが、裏方のまとめ役に加えて台詞も演技も多いメイン役までは引き受けられないと、同じクラスの別の誰かに替わってもらったと聞いていた。
「それが正解だと思うわよ。なら、こっちはがんばって着ぐるみを作りましょうか……」


 お姫様役オーディションは、二人目の審査を迎えていた。
「はいはい、次はあたしっ!」
 三人の中でただ一人の立候補者、真紀乃である。
「おう。じゃ、さっきハルモニアがやった所を頼む。練習時間、いるか?」
「大丈夫です。キースリンさんがやってる間に、イメージトレーニングはバッチリです!」
 どうやら伊達に立候補をしたわけではないらしい。台本を構え、既に本読みを始める体勢にある。
「アクション!」
 ハークの掛け声に、すっと表情が変わった。
 キースリンほどの優雅さはないが、それでも堂々とした振る舞いだ。
「分かっています! けれど、報告された恐るべき光景……我が目で確かめねば、信用できません!」
 良く通る元気のある声に、思わず一同は息を呑む。
「……上手い」
「……なかなか」
「どうですか!」
 既にいつもの真紀乃に戻っていた。意識して切り替えられるとなれば、相当なものである。伊達にアニメや特撮のファンをしているわけではないらしい。
 だが。
「……でも子門、絶対魔物の軍団見たら、自分で退治しに行くだろ」
「うぅ……否定できません……」
 凜とした立ち居振る舞いは、武術をベースとした動き。
 そしてアクションの根底にあるのは、特撮のそれ。
 快活にして勇壮。
 守られる側の姫君というより、前線に立つ戦姫のそれだ。
「武闘派の姫様も個人的にゃあ嫌いじゃねえけど、今回はそういうコンセプトじゃねえんだよな……」
「じゃ、武闘派ってことで……魔法騎士団長の役はダメですか?」
「そいやまだ決まってなかったっけ……。じゃそれで」
 主役級の扱いではないが、真紀乃にとっては色々と思うところがあったらしい。あっさりと射止めた第二希望に、真紀乃は満面の笑みを浮かべてみせる。


 視聴覚室の扉がばたんと開き、入ってきたのは大荷物を抱えた数名の生徒だった。
「買い出し部隊、戻りましたー!」
「帰ってきたにゃー!」
 その中で妙にテンションの高い少女が、元気よく片手を振り上げてみせる。
「にゃーって何だよ晶ちゃん」
 何故か晶の頭には、パーティーグッズのネコミミが付いていた。
「似合うでしょ! 魔法使い役のネコミミだにゃー!」
 晶の役は、勇者一行のメンバーの一人。黒猫の通り名で呼ばれる、魔法使いの役だ。
 ちなみに衣装は未定だが、台詞ににゃーという語尾はない。
「だから、にゃーの意味がわかんないよ!」
「これを付けると、語尾ににゃーって付けなきゃいけないのだにゃー!」
 元気いっぱいにそう叫ぶなり、ネコミミをひょいと取り。
「にゃー!」
「ちょ、ちょっとやめてってば!」
 ハークの頭にとりあえず装着させてみた。
「こら、語尾ににゃーって付けないとダメって言ったでしょ!」
「に、にゃー!」
「うむ! よし!」
 意味の分からないテンションに強引に押し切られたハークに、晶は満足そうに頷いてみせる。
 なにが良かったのかは、彼女以外の誰にも分からなかったが。
「監督ー。侍従長にネコミミ付けて、語尾ににゃーって付けさせちゃダメ?」
 ちなみにハークは祐希の代わりに、姫君に仕える侍従長の役割を与えられていた。
「……おめぇ、この劇をどういう方向に持っていこうとしてるんだ?」
 意味不明な提案をされたレイジは、当然のようにそれを却下するのであった。


 そんな勢いだけのやり取りがあった後。
 オーディション会場に残っている候補は、一人だけ。
「わ、わたしもやらなきゃ……ダメ?」
 百音である。
「お願いします、百音さん」
「シーンは同じで良いからさ。頼む」
「うぅ………」
 悟司とレイジに揃って頼まれれば、嫌とも言えない。
「じゃあ、スタート!」
 ノリノリのハークの掛け声を受け、覚悟を決める。
 す、と息を吸い込んで。
「わ、分かっています。けれど、報告された恐るべき光景……我が目で確かめねば、信用できません」
 穏やかな、それでいて芯の通った声。
 真紀乃ほど勇ましくはなく、キースリンほど淑女然ともしていないが……。
「まあ、ハルモニアよりはマシか……」
「普通ですね」
「普通って何よ、二人とも!」
 少なくとも、悪くはないということだ。
 そしてもう一人の候補……既に別の役に流れてしまったが……よりも、今回のコンセプトに近い位置にはある。
「まあ、三人の候補から絞るなら、百音かな……」
「だねぇ」
「…………え?」
 消去法的に、百音に姫君役が回ってくるのであった。


続劇

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