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24.単騎・決戦

「ファファちゃん! お婆さま、連れてきたよ!」
 孫娘の案内で宿の一室に通された医療魔法の第一人者は、ベッドで眠っている冬奈の様子を確かめて、傍らの少女に小さく頷いてみせた。
「流石、ハニエ氏のお嬢さんね。見事な応急処置ですよ」
 ベッドで眠る冬奈は、今は穏やかな寝息を立てて眠っている。
 危険な状況には変わりないが、少なくとも最悪の状態は脱することが出来ていた。
「これ、魔力の過剰放出……ですよね? 大クレリック」
 限界以上に魔法を連発したり、実力以上の大きな魔法を使ったときに起きる、一時的な魔力の欠乏現象だ。
 いわゆる貧血のようなもので、普通なら少し休めば回復する性質の物なのだが……。
「もともと魔力が溜まりやすい体質のようですね。基本的な処置の上に別系統の魔法をいくつか重ね掛けして、対応しているようですが……」
 魔法都市やメガ・ラニカに漂う魔法の源『マナ』は、人体にも少しずつだが吸収されていく性質がある。もちろん普通なら、吸収されたマナは呼吸などで勝手に排出されていくため、何が起きるというわけでもない。
 ただ、ほぼ十万人に一人の割合で、その自然排出能力に問題を持って生まれる者がいる。そのような者達は何らかの処置を施さないと、体内にマナが溜まりすぎて体調を崩し、やがて死に至るという。
「華が丘とメガ・ラニカではマナの密度が違うから、それがここに来て体に出てしまったのでしょう」
 冬奈の場合は、華が丘で溜まるマナを効率よく排出できるように処置されていたらしい。だが、その排出量がメガ・ラニカでは多すぎて、過剰放出状態になってしまったのだろう。
「何とか……なりますか?」
「この手の対処は貴女のお父様が得意なのですが……」
 ファファの父がいるのは、はるか東方のオリーザだ。仮に飛竜を使って呼び寄せたとしても、時間が掛かりすぎる。
 そんな事を話していると、宿の扉が数度のノックの後、そっと開いた。
「お婆さま。海が来たけど……」
 リリに続いて入ってきたのは、大クレリックに弟子入りしている彼女の弟だった。さすがに女性の部屋に入るのは遠慮があるのか、入口の脇に立ったまま。
「お婆さま。申し訳ありません、薔薇獅子の花弁が、もう二枚しか」
「やはり切れていましたか……。どうしたものか」
 魔力強壮の効果を持つ薔薇獅子の花弁は、この手の症状の薬には欠かせない素材だった。だが、薔薇獅子という魔物自体が凄まじく稀少なこともあり、ストックが無くなっているからと言って簡単に補充する事も叶わなかったのだ。
「助からないん……ですか……?」
 ファファの言葉に、大クレリックは口をつぐむ。
「そんな事はありませんが……」
 治療として最も簡単なのは、彼女の体に封じられたマナの放出魔法を止めることだ。
 だが、基礎の処置をした者こそファファの父のようだったが、その上に重ねられた放出魔法には別の魔術師のクセが見て取れた。しかも構造の半分ほどは我流の物らしく、大クレリックですらうかつに止めるのはためらわれるほどに難解なもの。
 故に、魔法に影響を与えない投薬での治療が最も安全で、効果が大きいと踏んだのだが……。
(大ドルチェか、王都の結界系の魔術師に応援を頼むか……?)
 魔法解除は、地上で言う爆弾の処理に等しい。正面から破壊するだけならさして難しいことではないが、安全に効果を止めようとすればその難易度が跳ね上がる。
 そんな彼女の悩みを打ち砕くよう響くのは、海の傍らにある扉だった。
 ノックの音は三回。
 入ってきたのは……。
「ローゼリオンくん。どうしたの?」
 入口で一礼するのは、ウィルと八朔だった。
 海と同じく冬奈の様子に遠慮して、入口の際より入ってくる様子はない。
「話が外まで聞こえてしまったのですが……薔薇獅子の花弁がご入り用なのですか? マダム」
「ええ。薬には、あともう一枚は必要なのですけれど……」
 それだけあれば、冬奈の分は何とかなる。後は、冒険者達が薔薇獅子を退治したという報告を待つことになるだろう。
「ウィル。まさかお前、心当たりって……!」
 この中でウィルの言葉の意味を理解しているのは、傍らの少年だけ。
「ああ。八朔、ちょっと一緒に来てくれないか?」
 けれどウィルは、まるで散歩にでも行くように八朔に出立を促すのだった。


 彼等が辿り着いたのは、王都を過ぎてさらに南。
 ゲートをいただく社を置いた、小さな村だった。
「………あれ?」
 ゲート前にある広場。
「誰も……いない?」
 辺りを見回せど、華が丘高校の生徒は一人もいない。
 ゲート管理局の制服を着た魔法使いが、数名いるだけだ。
「おかしいなぁ……。レムレム、ここで合ってるよねぇ?」
 確か集合場所はここだったはず。
 時間を間違えたかと首を傾げていると、二人に向けて聞き覚えのある声が飛んでくる。
「真紀乃ちゃん! レム!」
「あれ? 来てるの、ハークと晶さんだけ?」
 西方のオーヴィスに帰郷しているはずの二人だ。彼等ですら来ているなら、王都に家がある連中はとっくに来ていてもおかしくないのだが。
 さらに不思議なことに、彼等の後ろに立っているのは管理局の腕章を付けた魔法使い達だった。
「来てるもなにも、集合場所は王都だってば」
「……そうだっけ?」
 レムと真紀乃は、勘違い。
 だがそれならば、なおのことそれに突っ込んだハーク達がこの場にいる理由が分からない。
「レム、どうしたんだ。いきなり出かけてくるなんて手紙を残して……心配したんだぞ!」
「あ、お義……むぐぐ」
「悪い。後で話すよ」
 真紀乃の口を先行でふさいでおいて、レムは父の声に応じてみせる。
 いまさら何をやっても無駄なのだが、結構往生際が悪い男だった。
「……まあいい。それより、この二人と知り合いなのか? ゲートの中を無断で歩き回っていたんだが……」
 どうやら、その流れから捕まったらしい。
 ハークは単純に巻き込まれただけだろうが、晶らしいといえば、らしい理由だ。
「クラスの友達だよ。身元は保証するよ」
「……本当はお前が保証してもダメなんだが」
 そもそもレムもまだ未成年だ。自分の身元も保証できないような子供が、他人の身元を保証するもなにもあったものではない。
「でも、引率の先生も役に立たないと思う……」
 その理論で言えば、引率教師はもっとアテにならないはずだった。何せ、レム達より三つ以上も年下なのだから。


 ローゼリオン家のリビングに駆け込んできた姿に、黒髪の少年は思わず目を丸くした。
「兄貴……?」
 今日は誰もいないからと出していた大きなクマのぬいぐるみに、心の中で小さくゴメンと謝って、慌ててソファーの裏へと放り投げる。
「ハル! お爺さまは?」
 無論、ウィル達にそんなハロルドの様子に気付く余裕はない。
 エドワードは、庭にも、自身の部屋にもいなかった。ならばここだろうと、リビングに足を伸ばしてみたのだが……。
「お爺さまなら、今日は親父達とオリーザへ薔薇の品評会に出かけてるけど……」
 農耕都市オリーザは、メガ・ラニカのはるか東方だ。ここからどれだけ急いでも半日はかかる。そもそもオリーザに向かうなら、そこに住むファファの父親を直接連れてきた方がはるかに手っ取り早い。
「……どうするんだよ、ウィル」
 だが、ウィルはさして悩むことなく、平然と言い放った。
「事は一刻を争うんだ。お爺さまの言いつけには背くことになるが……」
 悩むという事は、目的に対して様々な物を秤に掛けるという事だ。
 それは危険度であったり、評価であったり、お金であったり、はたまた女性に持てるかどうかだったりと様々だが……。
 それを、ウィルはしなかった。
「八朔はここで待っていてくれたまえ。すぐに済ませてくるから」
 必要な物に対して最短の経路を、迷いすらせず選び取る。
「ちょっと、兄貴! そっちは……!」
 ウィルが進む先にあるものに気付き、ハロルドも思わず立ち上がった。
 兄が消えた扉を開ければ、既にその姿はなく、はるか彼方に白いマントがなびくだけ。
「……八朔。どういう事?」
 彼が目指すのは、ローゼリオンの薔薇園だ。
「実は……」
 ハロルドの問いに、八朔も彼の後を追って走り出し。
 二人の友人に起きた事件を、手短に説明し始める。


続劇

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