-Back-

16.Brother VS Sister

「……行くよ!」
 駆け出すと同時、踏み込まれた水晶の欠片が砕け、ぱきりと鳴る。
「やはり百音か……」
 相手は水晶の森の中央部。大ドルチェから与えられた長杖を構え、悠然と立ち、待っている。
 周囲に浮かぶのは拳大の雷球だ。既に魔法は完成し、後は彼の指示があれば対象へ全力で襲いかかる事が出来るようになっている。
 対する百音が掴み取ったのは、手元にあった腰ほどの高さの水晶柱。もちろん魔法によって作られた擬似的なもので、硬度七を誇る本物の石英結晶ではない。
 故に、力を込めれば、半ばほどの高さでばきりと折り取られる。
「でえええええいっ!」
 走りながらの振りかぶり。投擲姿勢はオーバースロー。
 左足が踏み込むのと同時、全身の体重を一気に前へと叩き込み、掴む水晶を全力で前へと放り投げた。
「これは……少々、厳しいですか」
 十分な質量と速度の双方を併せ持つそれを、防御の結界だけで防ぎきることは難しい。そう判断し、紫音は雷球のいくつかの管制を解き放った。
 まずは、三つ。
 二発目で水晶の弾頭は砕け散ったが、残る欠片に巻き込まれ、残りの一発もその場に紫電を撒き散らす。
 その砕けた水晶と紫電の残滓の中を飛来する、次の水晶弾。
「くどい!」
 さらに雷球を解き放つこと、今度は二発。
 次の水晶は先ほどよりわずかに球威が強かったらしい。二発の雷球で全てを相殺しきれずに、紫音の眼前へと力の残る欠片が飛び来るが……。
 周囲に張られた防御の結界に、軽く弾かれ砕け散る。
「……ふむ」
 連続攻撃はいい。攻撃の手と同時、こちらの雷球の数を減らすのも、なかなかのアイデアだ。
 そしてさらに来た三発目の水晶弾に、紫音は三発の雷球を叩き込んだ。
 今度は三発でも相殺しきれず、結界の表面に散弾と化した水晶の欠片がばらばらと降り注ぐ。
 さて、とひと言。
 三発目の水晶弾は、三発の雷球では相殺しきれないと分かっていた。
 だが、紫音が展開していた雷球の残弾は、その段階で三発。
 即ち、紫音の周囲の雷球は尽きた。
 球威が上がっているということは、百音はこちらにさらに距離を詰めてくるつもりなのだろう。
「でえええええいっ!」
 予想通り。
 水晶と雷の弾幕を貫いて突っ込んできたのは、全力疾走の百音の姿。紫音が張っている防御結界は、射撃武器に特化したものだ。格闘戦ではその意味を成さない。
 気合と共に撃ち込まれてくる妹の拳を、長杖を戦棍代わりに受け流す。
 近接戦闘はそれほど得意ではないが、全くできないというわけでもない。さらに言えば、百音の拳はこちらに対する攻撃の意思がどこか欠けていた。
 そんな攻撃を受け流すことなど、造作もない。
「それに……この雷球を何とかしたところで、悟司くんの弾丸は僕には届きませんよ!」
 向こうの切り札は、結界の効果を受けない百音の近接戦と、悟司のシルバーバレットだろう。
 しかし百音の格闘はこちらに通じず、悟司の弾丸は最大数の四発を放ったところで紫音の結界を貫くにはほど遠い。
「悟司くん!」
 だが。
「ああ!」
 二十歩の距離を隔てたところに立つ悟司は、百音の言葉に銀色の弾丸を解き放った。


 紙一重の間合を駆け抜けるのは、純白の細剣の見慣れた太刀筋だ。
(この優雅な太刀筋……やはり!)
 そして斬撃直後の半瞬の隙に響くのは、漆黒の銃口から放たれるマズルフラッシュ。
(見事な先読み……腕を上げている!)
 薔薇の花弁が散る様を描くそれを視界の隅に留めたまま、崩れた体勢を整えるため……白いマントが選ぶ軌道は、後ろではなくあえて前。
 白大理の刃と黒曜石の銃身が正面からぶつかり合い、不壊のそれが火花を散らす。
 手元を貫く衝撃に、互いに選ぶのは後退だ。
「なかなかやるじゃないか、マスク・ド・ノワール!」
 白い少年の口元を彩るのは、笑み。
「貴方もね。マスク・ド・ローゼ」
 黒い少年の口元に浮かぶも、また笑み。
「だが次で決めさせてもらう……レディが私の助けを待っているのでね」
 いつ来たのかは知らないが、彼女たちは少年の客だ。そのフォローをするべきは、案内役を買ってくれたであろうパートナーでも、ローゼリオン家の当主であるエドワードでもない。
 その意思全てを刃に籠めて、選んだ構えは正面だ。
「そうはいかないさ。俺には俺の、守るべきものがあるのだから」
 対する黒い少年も、両手の銃を十字の構え。
 最低限の動作で防御と反撃を執り行える、彼の求める機能美の極限に位置する形。
「いざ!」
「勝……」
 二つの美学が激突しようとした、その時だ。
「あれ……? 薔薇仮面……さん?」
 ノワールの背後。廊下の石畳を踏むのは、ひょこりと顔を見せた少女の姿。


 浮かび上がった銀の弾丸は、三発。
 そこからさらに一発が浮かび上がり……。
「四発……ですか」
 あまりに弱々しい切り札に、紫音は内心でため息を一つ。
 四発の弾丸は、その威力を一点に集めたところで紫音の結界を貫けない。さらに言えばいまだ制御が不完全なそれは、一点に収束させる事さえ覚束ないのだ。
 受ける側からすれば、不安定な四発よりも精度の高い三発のほうが、対処としては面倒だった。
 だが。
「………な……」
 浮かび上がる、もう一発。
「悟司くん!」
 百音の声で、さらに一発が浮き上がった。
「あ………あああああああああああっ!」
 そして水晶の森全てを震わせる叫び声に、浮き上がった弾丸は、手の内の全て。
 八発。
「それを……制御しきるというのですか!」
 出来るはずがない。
 四発の制御すら安定させられない者がいきなりその倍の数を制御するなど、無茶も良いところだ。
 事実、浮かぶ弾丸は小刻みな揺らぎを繰り返し、まともに安定している弾丸は一発もない。冷却の魔法で全身を冷やし、ブースト系の魔法も重ね掛けしているようだが……発動させているだけで、精一杯のはず。
「悟司くん!」
 叫ぶ百音の声が、トリガーとなり。
 紫音の周囲に奇妙な文様が浮かび上がった。
「これは……」
 いくつかの同心円の中央を、二本の直線が縦横に走っている。
 弓道の的……いや、以前サバゲー研究会で見せてもらった、ライフルスコープのサイトに近いか。
「……まさか!」
 そして、紫音はようやく理解した。
 格闘戦は不利と知っていてなお、百音が接敵してきた真の意味を。
 制御できないと分かっていてなお、悟司が八発の弾丸を起動させた理由を。
「この魔法を掛けるために……!」
 二人の切り札は、格闘戦でも、四発の銀弾でもなかったのだ。
「シュート!」
 そして、射出。
「ちっ!」
 対する紫音も慌てて待機させていた魔法を解き放ち、長杖の周囲に雷球を起動させる。
 その数、迫り来る銀弾の倍の十六発。着スペルに頼らぬ完全詠唱は、起動前での調整を容易に出来るのが最大の利点だ。
 即座に解放。紫音に記された標的へと殺到する銀弾を迎撃すべく、十六発の雷球は二十歩の間合を飛翔する。
「ああああああああああああっ!」
 悟司の叫びは、回避を命じたそれだろう。だが、まともな制御など受け付けない銀弾の軌跡は一瞬で不安定に。
 上下左右、そして唐突な急加速。
 逆に、その不規則すぎる立体軌道を雷球は捕らえきる事が出来ない。
 二十歩の距離を駆け抜けた八発の銀弾は、百音の描いた照準魔法に導かれ……。


「ほぅ…………」
 その姿に、白い少年は刃を返し。
「な………っ!」
 黒い少年は、電撃でも浴びたように動きを凍らせたまま。
「か、可愛い………!」
 震える唇から漏れたのは、そんなひと言だ。
「ファファ! こんな所にいたー!」
「あ、冬奈ちゃん。ごめんなさーい」
 少女は廊下の向こうから走ってきた少女に、髪をわしゃわしゃとかき回されている。
「しかもこんなおっきなクマのぬいぐるみ……どうしたの!」
 そう。
 ファファが抱えているのは、少女の身よりも大きな、巨大すぎるクマのぬいぐるみ。
「え、ええっと、向こうにね、たくさんぬいぐるみのいる部屋があって……ぼーさんがお部屋を見て回りたいって言ってたか……ふぇぇぇぇぇっ!?」
 口の中でもごもごと呟く少女の頭は、再びわしゃわしゃとかき回された。
「勝手に名前つけてるんじゃないの! っていうかそれ、ぽーさんじゃないの?」
 確か、ファファの部屋にも同じタイプのぬいぐるみがあったはずだ。
「違うよぅ。ぽーさんは、ウチのぽーさんの名前だよぅ」
「…………分かったかい? 我が弟よ」
 何だかんだと言い合っているファファと冬奈を穏やかな眼差しで見守りながら、白い少年は黒い少年の肩をぽんと叩いた。
「ああ……可愛いぬいぐるみを抱えた女の子は、ぬいぐるみの愛らしさを何百倍にも引き上げる……。兄貴やお爺さまの言葉の意味も、少し分かった気がするよ……」
 どこか晴れ晴れと呟き、黒い少年は握ったままの双銃をようやくホルスターへと差し入れた。
 少年の視線が注がれるのは、ファファではなくぬいぐるみだ。
「そうか………。けれど、あの笑顔が見られたのは可愛いぬいぐるみがあってこそ……。可愛いと女の子は、無粋に切り分けるのではなく、共に愛でるべきなのだろうね」
 無論、白い少年の刃は既に鞘へと収められている。
 既に二人の間に、戦う理由などなかったからだ。
「可愛らしいお嬢さん。そのぬいぐるみ、良ければお持ち下さい」
「いいの!?」
 穏やかなローゼの言葉に、ファファはぱっと表情を輝かせた。
「……ああ。まだ、名前もつけてないし」
「ありがとう! 黒い薔薇のお兄ちゃん!」
 愛おしげに抱きしめられているクマのぬいぐるみの様子に、ノワールも口元をわずかにほころばせるのだった。


 水晶の森の中央部。
「紫音」
 大の字になって倒れている少年を覗き込んだのは、この試験の監督……彼らの、祖母だった。
「いやはや。してやられました」
 十六発の雷球の同時解放に、限界まで密度を高めた防御障壁。
 彼の能力をほぼ全開にした二つの妙技を、避け、貫いた八発の銀弾。
 油断を含めて、完敗だろう。
「おや。合格で良いのかい?」
 実際の所、八発の弾丸は紫音の結界を抜けた切った所でその力を使い果たしていた。彼がその場から動けないのは、弾丸のダメージがあったからではなく、大量の魔力を瞬間的に消費した疲労によるものだ。
 故に本来は完敗ではなく、引き分けなのだが……。
「……百音に恨まれたくないですから」
 それに、一年生の段階でここまでの事が出来るのだ。どちらも伸び代はまだまだあるに違いない。
「試験官がいいって言うんなら、そういう事にしとこうかね」
 大ドルチェはそう呟くと、杖をひと振り。
 そこから放たれた光の粒が、やはり力の使いすぎで気を失っていた百音と悟司の体をゆっくりと持ち上げていく。
「お婆さま。昨日、百音に言った条件……本気だったのですか?」
 二人を連れて館へ歩き去る祖母の背に、ふと紫音はそんな言葉を投げてみた。
「……さあ。どうかねぇ」
 青年のその問いにも、大魔女は静かに笑うだけ。


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai