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16.女→姦→???

 攻防戦の次の日は、土曜日だ。
 華が丘高校は魔法科がある以外ごく普通の市立校だから、週休二日の例に漏れず、休日となる。
「レムくん! わたし今日、みんなと買い物に行ってくるけど、いいかな?」
 家の中。飛んできた真紀乃の声は、少々くぐもった感じがした。どうやら部屋の扉をきちんと閉めて、着替えている最中らしい。
「ああ。気を付けて遊んでこいよ」
 対するレムは薄手のシャツにハーフパンツというラフな姿。朝食の洗い物を手早く終えて、腰から下げたエプロンで濡れた手を拭いている。
「あと、洗濯機は回しといたから、干すのお願いね!」
 言われなくともそのつもり。スリッパを引っ掛けたまま洗濯機の置かれている脱衣所へ向かい、真紀乃が大家からもらってきたという二槽式の洗濯機の蓋をひっぺがす。
「分かってるって。今やって………わああああああ!」
「どしたの? 虫でもいた?」
 響き渡る悲鳴に、ブラウスのボタンをはめながら真紀乃が慌ててやってくる。
 レムは節足動物が嫌いで、真紀乃はゴキブリがダメ。虫の発見と対処は、子門家にとっては一大事なのだ。
 だが、そこにはムカデもゴキブリもおらず。
「どしたのじゃないよ………」
 蓋を閉じた洗濯機に力なくもたれ掛かっているレムがいるだけだ。
「真紀乃さん。せめて、下着くらいは分けて洗おうって、言っただろ?」
 脱水槽に移し替えようと、引きずり上げた洗濯物の中。
 見えたそれは、確かに青と白のストライプだった。
「だって、もったいないじゃない」
 レムの苦言に、真紀乃は即答。
「………まあ、そりゃそうだけどさ」
 水道代も、電気代も、タダではない。一部はレムも出してはいるが、それも際限なく沸いてくるわけではないのだ。
 節約するべき所はする。
 その絶対のルールの前に、少々の羞恥心など物の数にも入らなかった。
 真紀乃は。
「じゃ、行ってくるね!」
 大きめのバッグを肩から提げて、真紀乃はそのまま部屋を飛び出していった。レムがベランダから顔を出せば、こちらに向かって元気よく手も振ってくれる。
「…………」
 性格は悪くないし、料理もそこそこ。雑なように見えて、細かい所にも気の利く性格だ。
 悪い娘ではない。
 むしろ、好ましい部類にさえ入るのだが……。
「これで男だったら、楽なんだがなぁ……」
 これから洗濯物を干す身のレムとしては、どうしてもそう思わざるをえなかった。
 彼の試練の時は、これからなのだ。



「ねえねえ、ちょっとこれ、安くない?」
「うーん。確かに安いけど、微妙かも……」
「そうですか? あたし、結構こういうの好きですけど」
「冬奈ちゃんも着てみてよー」
「いや、こういうのはちょっと……勘弁してよ」
「いいじゃん。冬奈ならきっと似合うって。ねぇ?」
「うん。わたしも似合うと思うなぁ」
「みんな、自分が着ないからと思って……!」
「わたし、着てもいいよ?」
「…………」
「ほら。ファファちゃんも着るって言ってるんだし、言った以上はちゃんと着てもらうわよ! ねぇ、リリ?」
「当たり前でしょ! ほら、真紀乃ちゃんと百音ちゃんも手伝って!」
「おー!」
「まーかして!」
「ひゃ、ちょっと、あんた達っ! 後で覚えてなさいよっ!」
「ほら! ファファと同じ部屋に押し込むわよっ!」
「ひゃあ、冬奈ちゃん、変な所触らないでー」
「あたしに言わないで、こいつらに言ってよ!」

 地域最大級を謳う、降松のショッピングモールの一角。
「…………元気だなぁ」
 婦人服コーナーの隅にあるベンチに腰を下ろし、悟司は疲れ切った様子でそう呟いた。
 女三人寄れば姦しいというが、今日の人数はゆうにその倍だ。
 女六人寄れば一体どういう字で表現すればいいのか……。悟司は目の前に広がる想像を絶する光景に、ため息を吐くしかない。
「ねえねえ、悟司くん」
 暇つぶしに出した携帯を眺めながらそんな事をぼんやり考えていると、頭の向こうから自分を呼ぶ声が掛けられた。
 百音だろう。
「どうしたの? 美春さ…………」
 顔を上げて、言葉に詰まる。
「えへへ。……似合う?」
 頬を赤らめはにかむ百音は、出かけるときの格好ではない。試着室でそのまま着替えた甘めのワンピースに、髪型までしっかり変えていて……。
「…………あ、う、うん」
 悟司は、そう答えるのが精一杯。
「何? 鷺原くん、照れてるじゃない。かわいー」
「い、いいじゃないですか、別に……」
 似合ってるんだから、と口の中でもごもごと転がし、自分の言葉に恥ずかしくなった少年は視線をぷいと逸らしてしまう。
「セイルくん、どうかなぁ?」
 一方のセイルは、やはり服を着替えてきたリリをしばらくぼぅっと眺めていたが、やがて無言で頷いてみせるだけ。
「えへへ……ありがと」
 その様子に、リリは盛大に照れてみせた。
「そ、それでいいんだ……」
 呟く悟司を、セイルは不思議そうな顔で見上げている。
「さて……」
 そんな悟司とセイルを見届け、満足したのだろう。
「次行くわよ、次っ!」
 晶は妙なテンションの一同に高らかに宣言してみせる。
「え? まだ行くんですか? だって、もう……」
 百音とリリは既に着替えているし、晶やファファも紙袋を下げていた。これで買い物は終わりではないのか。
「だってじゃないわよ! まだ肝心の冬奈は何も買ってないのよ? 全く、好みがうるさいんだから……」
 見れば、確かに冬奈は手ぶら。
 そもそも、今回の買い物は冬奈の買い物なのだ。彼女が何か買わない事には、話は前へと進まない。
「……別に、何でも良いって言ってるでしょ」
 弁解気味に呟く冬奈に、びしりと指されたのは真紀乃の指だ。
「本当に何でも良い人は、デザインが微妙とか背が高いから似合わないとか、いちいち文句言わないんですよっ!」
 全力で正論だった。
 ただ、ベンチの上に登って叫んだのでなければ、なおよかった。
 ちなみに靴は脱いでいる。……脱げばベンチに上がって良いと言うものでもないが。
 回りにそれほどお客がいなかったのが、せめてもの救いだろう。
「じゃあ、そう言う真紀乃はどういうのがいいのよ! あんただって何も買ってないじゃない!」
 言われてみれば、真紀乃も何も買っていない。ここで真紀乃も適当な理由を言えば、今までの正論は何の説得力も持てなくなってしまう。
「え? カッコイイのに決まってるじゃないですか」
 だが、真紀乃は即答。
 カッコイイのがないから買わない。
 これ以上ないほどわかりやすい基準に、冬奈は反論する言葉を探し出すことが出来ないのであった。


 同じショッピングモールの、別の階。
 自分最大の天敵がすぐ近くにいる事など気付く事もなく、ハークは一人の休日を満喫していた。
 自由って素晴らしい。
 心の底から、そう思った。
(これで、可愛くて優しくておしとやかな女の子でもいれば最高なのになぁ……)
 ついでにそんな虫の良い事を考えた、その時だった。
「あら、ハークさん」
 可愛くて優しくておしとやかな少女の声が、掛けられたのは。
 料理に致命的な問題があるのは、こういう時は問題にならないので思い出す事もしなかった。
「こんにちわ、キースリンちゃん! 奇ぐ………」
 う、と言いかけた所で、隣に立っている少年が視界に入る。
「……うだね。デート?」
 ハークはおまけ付きでもそこまで気にしないが、面倒ごとに巻き込まれるのは御免だった。特に祐希は彼のクラスの委員長だから、デートの邪魔をして悪い印象を持たれるのは、今後の学校生活を送る上で何かと良くないことになるはずだ。
「そういうのじゃありませんよ。少々、買い物にね」
 二人で連れ立ってそういう事をするのを、デートと言うと思っていたのだが……どうやらこの二人の間では、その用例は当てはまらないらしい。
 もちろん祐希とキースリンの基準では冗談抜きで当てはまらないのだが、神ならぬ身のハークがそんな裏事情に気付くはずもない。
 気付けるはずも、ない。
「そういうマクケロッグ君は、水月さんと一緒じゃないんですか?」
「なんで休みの日まで晶ちゃんと一緒にいなきゃいけないんだよ……」
 今日は友達と買い物に行くとかで、ようやく彼女の魔の手から解放されたのだ。
 鬼の居ぬ間に街に繰り出し、楽しくリフレッシュしておかないと……正直、何をしに地上までやってきたのか分からない。
「でも、夜はずっとご一緒なんでしょう?」
 何気ないキースリンの言葉に、祐希は思わず顔を赤らめ、ハークはさらに疲れた表情をしてみせる。
「……それ、誤解だから。キースリンちゃん」
 一緒にいるのは、晶のゲームの相手をさせられているからだ。寝るのも同じ部屋の事が多いが、それですらハークがゲーム中に寝てしまうから。だいたいは晶に蹴り起こされるのだが、遊び疲れた晶がベッドに入ってしまうと、そのまま朝までほったらかしだ。
 晶の家に厄介になり始めてから、ハークがまともに布団で眠ったのは……片手で数えるほどでしかなかった。
「夜はけだものだって、晶さんが……」
「ゲームの話ね。ゲームの……」
 最近晶がお気に入りの格闘ゲームの話だ。ハークが使うのはもちろん女の子キャラなのだが、それには獣耳が付いていて、必殺技を使うと獣に変身するのである。
「……結構激しいんですね。ハークくん」
「そういうのは、二人もやってるんじゃないの……?」
 反論するのに飽きたハークは、二人に矛先を向けてみた。女の子に意地悪な事を言うのは本意ではないが、この程度の反撃は許されてしかるべきだろう。
「そういうの……ですか?」
 だが、祐希の反応は淡泊なもの。
「そういうのは特に……ないですわよね」
 キースリンですら、頬を染める事すらない。
「……その余裕が何というか……なんて言うんだっけ、こういう時は……はらたいらじゃなくって……!」
 腹立たしい。
 メガ・ラニカではあまり使わない言い回しに、ハークはしばらく頭を悩ませ続けた。


 少女たちは、まだ買い物を続けている。
 高校生の小遣いなどたかが知れているし、一人一人の買う物は実際大した量ではないのだが……。
 なにせ、それが六人分。
 さらにその間の検討と他愛ないおしゃべりが連携すれば、消えていく時間は乗数的に膨れあがる。
「………あの元気、どこから出てくるんだろ」
 一向に下がる気配のないテンションに、端から見ている悟司は既に言葉を放つ元気もない。
 問われたセイルも、ベンチに腰掛けたまま首を傾げるだけだ。
 と、ふと、その視線が停止した。
「どうしたんですか? ブランオートさん」
 視線の先にあるのは、悟司の左手。
 ブレスレット状になった、銀の弾丸だ。
「気になるんですか?」
 セイルの首の動きは、縦。
 アクセサリに興味があるのか、それとも……。
「ずっと昔、ある人にもらったんですよ。……二つ、なくしちゃったみたいなんですけどね」
 何とはなしに後者と踏んで、悟司はそう切り出してみる。
 返事はない。
 けれど、少年の視線はわずかに上、悟司のほうを向いたまま。促していると、判断する。
「だから、今は八発しかないですけど……絶対に十発全部見つけ出して、月瀬さんみたいに使いこなしてみせるって、決めてるんです」
 失われた二発がどこに行ったのか、記憶の中でも定かではない。だが、揃いで作られたレリックは、互いに引き合うと聞いた事がある。
 その言い伝えを信じるならば、いつかは十発揃った完全な姿を取り戻せるはずだ。
「あ、僕の今の目標なんですけどね……」
 話しすぎたと気が付いて、悟司は苦笑。
 だが、相変わらずセイルからの返事はない。
「すいません。なんか、語っちゃいましたね」
 やはり、セイルは無言のまま。
「ブランオートさん?」
 長い語りに腹を立ててしまったのだろうか。
 しかし、セイルはこちらを向いたまま、話を聞く姿勢を崩さずにいる。
「いま……なんて?」
 そして呟く、たったひと言。
「ああ、語っちゃってすいません」
「もっと前」
「僕の目標の事ですか?」
 首を横に振り、
「名前」
 呟くのはやはりひと言だけだ。
「名前は?」
「月瀬さんの事ですか?」
 今度の首の動きは縦。
 どうやら、月瀬の事を聞きたかったらしい。
「もうほとんど覚えてないんですが……すごく小さな頃、これをくれた人ですよ」
 悟司の言葉に、腕に下がるブレスレットは銀の輝きを弾いて輝く。
 その後姿は、悟司の瞳に焼き付いたままだ。
 十の弾丸を操る、白衣の魔法使い。
 いまだ心に刻まれた、その名は……。
「……月瀬浪斗?」
 呟いたのは、悟司ではなくセイルだった。
「……知ってるんですか? ブランオートさん」
「父さんの、名前」
 それは、父の名。
 彼のまとう白衣を、かつて着ていたという……男の名。


続劇

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