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15.明日に続くチカイ

 弾丸が直撃した瞬間、金ダライは明後日の方向に吹き飛んだ。
「これなら……っ!」
 ハルモニィの風をまとった弾丸を、悟司は縦横に翔けさせる。
 着弾と同時、まとう風が膨れあがり、風の槍を風の鎚へと変えるのだ。一発、二発では無理だが、三発分の打撃力を伝えれば、重い金ダライを弾く事も不可能ではなかった。
「……くっ。また、ダメか」
 だが。
 弾くまでは、出来る。
 問題はその先だ。
 悟司の操れる弾丸は三発。そして、タライを弾くために必要な弾丸も、また三発。
 その先の魔法陣に至るまでには、あと一発、足らなかった。
「四発目は……使えない?」
「やってみてるけど……」
 四発目に集中すれば、飛翔している三発の軌道が大きく歪み、ぶれてしまう。
「鷺原くん!」
 瞬間、上を向けば。
 落ちてくるのは、三連続の金ダライ。
「ちっ!」
 一つは弾丸。
 一つはハルモニィの杖。
 やはり、足りない。
 もう一発分の、力が。
 そう思った瞬間、三つ目のタライが弾き飛ばされた。
「迎えに……きた」
 弾き飛ばしたのは、巨大なハンマーだ。
 そしてその主は……。
「セイルくん! 上! 上!」
 リリの声に、セイルは軽く首を傾げてみせる。
「……?」
 だが、上に掲げていたハンマーが、落ちてきたタライをあっさりと弾き飛ばしていた。
「……相性良すぎるだろ、あれ」
「なら、向こうは大丈夫だね」
 穏やかなその言葉と同時、手の中にある弾丸に力が宿るのが分かった。
 ハルモニィから与えられた風の力が、四発分。
「………やってみる!」
 集中すれば、てのひらの中、三つの弾丸が浮かび上がる。
「頑張って。アタシも、応援してるから……」
 さらに集中の手を広げ、もう一発をつまみ上げるようにイメージ。動かさぬ指に動かすとき以上の力がこもり、筋がきりきりと張り詰めていく。
「いけ……行け………ッ!」
 ふわり、四つ目が浮き上がったのと同時。
「行っけぇぇぇぇぇッ!」
 四発の弾丸は魔法陣へと突き進み。
 三つの弾丸がタライを弾き……。
 最後の一つが、魔法陣の真ん中をひと息に貫いていた。
「ありがとう、ハルモ……」
 悟司がそう呟いた時には、既にそこから少女の姿は消えている。


 特殊教室棟三階の開け放たれた窓に、レムは一気に突っ込んだ。短い廊下に入ってすぐに空中で急停止を掛け、そのまま廊下に着地する。
 足を付いたときには、双の刃は既に携帯のストラップに。
「レム・ソーア、戻りました!」
 飛び込んだ先は、将棋部の部室。
 この放送室争奪戦、防御側の作戦本部だ。
「ああ、ちょうど呼び戻そうと思っていた所ですよ。部長のレリックが、いきなり不調になってね……前線の現状は、どうなっています?」
 将棋盤の前に腰掛けているのは、作戦統括を司る二年の先輩だ。いくつかの駒を各陣営に見立て、全体の指揮を執る係である。
 この作戦でのコードネームは、玉将。
「相変わらず膠着してます。あと、本館の特殊教室棟側に、侵入者があったようです。数は五名から六名。それ以上の詳細は不明です」
「水泳部が張ると言っていたトラップですね。……ああ、通信が」
 その瞬間、玉将の傍らに浮いていた駒がくるくると回り、通信がある事を知らせてくる。
『香車から玉将へ! 香車から玉将へ! 通じますか!』
「こちら玉将。何事か?」
 香車は、本館の放送室付近に出していた斥候だ。レムと同じ、一年の新人である。
『本館二階に、例の魔女っ子が……! はっ、早い……っ!』
 魔女っ子が本館の裏に出た事自体は、放送部の実況で知っていた。どうやらそこから魔法か何かで、一気に間合を詰めに来たらしい。
「二階の守備は、確か柔道部が……」
「間に合ってません! 水泳部のトラップも、発動より早く抜けられて……っ!」
 香車も相当に慌てているらしい。その後は、悲鳴とも叫びとも付かぬ声が響くだけで、現場の状況はまともに伝わってこなくなった。
「本命はサッカー部かハンド部だと思ってましたからねぇ。金銀では、飛車角の動きは追いきれませんか」
 柔道部に機動性がないとは言わないが、魔女っ子のそれはおそらく別格だ。
 あっさりと突入された事に驚く様子もなく、玉将はただ、将棋盤の前に座するのみ。


 明け放たれた放送室の扉に飛び込んできたのは、小柄な少女だった。
「失礼しますっ!」
 入った瞬間炸裂するのは、クラッカーの閃光だ。
「はい、おめでとうございまーす!」
 さすがのハルモニィも唐突なクラッカーに一瞬ひるみ。その隙を突いて、MCのマイクがずいと突きつけられてきた。
「噂の魔女っ子さんが、なんとイベントの応援に駆けつけてくださいましたっ! 早速インタビューしてみようと思いますっ!」
「え、あ、いや、その……放送室ジャックしに、来たんですけど……」
 別に特別ゲスト扱いされても困るのだ。
 だが……。
「お? 魔女っ子さん、どこの部なんですか? 教えていただければ、いくらでも突撃取材を……!」
 そこに至って、彼女はようやく気が付いた。
「あ…………」
 今の姿はスウィート・ハルモニィであって、美春百音ではないことに。
 さらにスウィート・ハルモニィの正体は、秘密の秘密。もちろん、調理部や女子陸上のアピールをする事など、言語道断だ。
「ひ、秘密ですっ!」
 そう言い残し。
 ハルモニィは慌てて放送室を出て行くのだった。
 それと同時に予鈴が鳴って。
「さて、今年の放送部ジャックイベントは、これにて終了となりまーす! 今年は魔女っ子さん以外放送室にたどり着けませんでしたので、防御側の勝ちという事にさせていただきます。今回のダイジェストと特番情報はまた後日、どうか聞き逃さないでくださいねー!」
 今年度最初の全校イベントは、こうして幕を閉じるのであった。


 はるか上空にも、チャイムの音は確かに届いていた。
「今年は防御側の勝ち……みたいね」
「みたいねぇ。お疲れ様、葵ちゃん」
 校内の生徒全てに護りを与える守護の結界を解き、葵は小さく肩を回している。
「ま、これだけ大暴れして、死人が出なければいいんじゃないの?」
 もちろん、普通の魔法が直撃すれば、ものによっては怪我では済まない。そこに上から結界の守護を与える事で、致命に至るダメージを防いでいるのだ。
 それでも減衰できない強烈なダメージが入った場合は、養護教諭のローリや、救護担当のファファ達の出番となるのだが……。
 ただ、結界を張っていた側の感覚からすれば、それもさほどの手間を取らせないはずだった。
「だねぇ。じゃ、降りよっか」
 飛行魔法の安定しない葵の肩を取り、はいりはゆっくりと降下を開始する。
『これにて本年度の放送室争奪戦は終了となりまーす! 参加生徒の皆さんは、掛けた魔法を残らず解除して、大人しく撤収してくださーい!』
 そんな声が届く距離となれば、地上の様子も把握できるようになってくる。少なくとも、校舎や運動場の形が変わるような大魔法は使われていないらしい。
「そうだ、葵ちゃん。明日は休みだし、今晩呑みに行かない? ローリちゃんとか菫さんも誘ってさ」
「いいんじゃない? ちょうど、行ってみたいお店があるのよね……」
 そして二人の教師も、校舎の屋上へと音もなく舞い降りる。



 大きく丸い月の下。
 少年のてのひらにあるのは、四発の銃弾だ。
 イメージするのは手の形。その一つ一つで弾丸を拾い上げ……拳で打ち飛ばすイメージで射出する。
 だが、浮かび上がるのは三つまで。
 昼間は出来たはずの、四つ目が浮かばない。
 集中。
 さらに集中。
 四つ目に、全ての意識を集中させる。
 瞬間、既に浮かんでいた三つの弾丸がふらふらと歪んだ軌道を描き、からりと地面に転がってしまう。
「月瀬さん……」
 呟くのは、その名。
 先代の銀弾の主だ。彼は本来十発あるべき弾丸を、自在に操って見せていた。
 それは即ち、弾丸の同時制御は難しくとも、不可能ではない……ということだ。
「悟司くん……」
 ふと呼ばれた声に、振り返る。
「美春……さん………?」
 月光の下にあるのは、私服に着替えたパートナーだった。
 いつもは三つ編みに結ばれている後ろ髪も解かれて、月明かりの中、緩やかに流れている。
「……ご飯が出来たから、呼びに来たんだけど……迷惑だった?」
 言葉を詰まらせた悟司に、集中の邪魔をしたと思ったのだろうか。小さな声で謝ろうとする。
「あ。いや……大丈夫です。気にしないで」
 流石の悟司も、いつもと違うその姿に思わず見惚れていたとは言えなかった。
 そして、その姿がある少女に重なって見えた……などとは、なおのこと。
「上手く、いかないの?」
 百音もパートナーの家に下宿する身。悟司が毎晩遅くまで練習を続けているのは知っていた。
 さらに言えば、その練習がほとんど実を結んでいない事も。
「はい……」
 ハルモニィと一緒にやった時は、上手くいきそうだったのに……と言いかけて、それは百音に失礼だと口を閉ざす。
「何か、いいコツとかないんですかね? こういうの」
 代わりに呟いたのは、そんなひと言だ。
 百音は数年前まで華が丘に住んでいたとはいえ、それ以降はメガ・ラニカで暮らしている。ならば、魔法をより巧く使うための方法も何か知っているかもしれない。
「ええっとね……」
 だが、その問いに百音は言い淀み、困ったような苦笑いを浮かべるだけだ。
「わたし……。リリック、ちょっと苦手なの」
 やがて呟いたのは、そんなひと言。
「そうなんですか……?」
 言われてみれば、百音が魔法を使っている場面はあまり見た覚えがない。メガ・ラニカの生徒に比べてもそうだし、魔法が得意な華が丘の生徒と比べても、少ないだろう。
「ごめんね。役に立てなくて」
 百音の持つレリックの力を見せられるなら、いくらでも悟司に助言は出来るはずだ。
 けれどそれを彼の前で見せる事は掟で禁じられていたし……かといって、自分であると名乗らずにその力を見せる事は、不思議としたくない自分がいる。
「そんなことないですよ。なら、一緒に頑張ればいいんですから」
「そう……だね」
 悟司の言葉をありがたいと思う気持ち半分、申し訳ないと思う気持ちもやはり半分。
「……じゃ、そろそろ戻りましょうか。今日の夕飯って、何です?」
 あえて話題を変えてくれた悟司に心の中で手を合わせつつ、百音もその話題に乗っていくのだった。


続劇

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