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13.大乱闘! ウェザークックブラザーズ!

 冬奈と真紀乃の前に立つのは、陸上部のユニフォームに身を包んだ百音だった。
「…………」
 対峙したまま、互いに一歩も動かない。
「…………」
 武芸の達人に、その門下生。
 魔法の類を差し引いても、戦闘となれば明らかに百音の方が不利。
 わずかな選択ミスが、そのまま敗北の二文字となる。
 だが……。
「それ、反則だよ……冬奈ちゃん」
 そんな事は全然関係なく、百音はいきなりため息を吐いた。
「ほら、やっぱり反則ですって。真紀乃」
 冬奈の言葉に真紀乃はまずは自分の胸元を確かめて、それから冬奈のそれに視線を移す。
「まあ、ねえ……」
 同じユニフォームのはずなのに、どう考えても反則だった。
「やっぱり襟くらいないと、ずるいって言われるって」
「いやいやいや」
「そういう意味じゃないから……」
 だが、冬奈のひと言を百音と真紀乃は同時に否定。
 もちろん二人の視線は、冬奈の反則気味な胸元に注がれたまま。
「……けど、今日は下履きは持ってきてないのよね」
「だから、そういう意味じゃ……」
「ないんですってば……」
 自覚がないままボケを重ね続ける冬奈に、二人はため息と共にツッコミを入れるのみ。

 戦いはまだ、続いている。


 普通科昇降口からやや離れた場所。
「正面は、女子水泳部か……」
 魔法科昇降口からゆっくりと移動を始めていた茶道部は、最激戦区の状況を遠目で確かめるだけだ。
「あんまり戦いたい相手じゃないな……」
 こちらの戦力はたった三人。しかも主力となるのは明らかに良宇一人で、八朔は魔法を合わせてもパワー不足が否めない。
「むぐむぐ……」
 さらに言えば、ビッグランドーは強いのか弱いのかさえよく分からなかった。
「来賓入口の方が無難かなぁ……」
 職員室前は非戦闘区域だ。だが、来賓入口はギリギリその非戦闘区域から外れている。
 生徒の出入りは基本的に禁止されているが、奇襲と言うことならこれ以上の奇襲もないだろう。
「いたぞっ! 攻撃側っぽい!」
 だが、移動を始めるより早く、鋭い声が飛んでくる。
 着ているユニフォームは……。
「野球部か!」
「男相手なら、まだマシか……。良宇、作戦は!」
 男相手でやりやすくはあるが、とにかく数が多い。三人で圧倒するには、綿密な作戦が……。
「応!」
 八朔の問いにひと言で応え、良宇は直線に走り出す。
 もちろん、野球部の大集団に向けてだ。
「………まっすぐ、強行突破ね。了解」
 既に相手の最前列はバッティングの構えを取り、次列はその脇に膝を着き、ボールを放る体勢を取っている。
 先日ゲーム研を壊滅に追いやったという、本当に燃える炎の千本ノックをしてくる気なのだろう。
「錬金術は禁止だって言ってたし……むぐむぐ……こっちしか、ないか……」
 そんな中。
 キースリンから買ったクッキーを全て食べ終わったビッグランドーは、ポケットからのそのそと携帯を取りだした。
 軽く振れば、それはひと挙動で槍へと変わる。
「とーーーーーーーう」
「ビッグランドー先輩は………」
 危ないから下がっていろと、八朔が振り向いたその時だ。
「と……」
 既にその場に、ビッグランドーはいない。
「飛んだーーっ!?」
 大きく宙を舞う巨体の直下にあるのは、補助の者から放られたボールを打つため、バットを大きく振りかぶった野球部の姿。
 横から飛んできたボールは、前……即ち、良宇や八朔のいる方へノックする事が前提になる。せめて自分でボールを放っていれば、フライ性の球を打つことも出来たのだろうが……。 
「とーーーー」
 気の抜けるような声と同時。
 校庭の一角が激しく揺さぶられ、悲鳴と爆音が響き渡る。
「もっかい、とーーーーーーーぅ!」
 何らかの魔法なのだろう。ビッグランドーの体は着弾の反動を利用するかのように、着地の次瞬には再び空へと舞い上がっている。
「ま、まさかあれは……!」
 自身を爆撃と化して戦うビッグランドーに、八朔は目を見開いて叫びを上げた。
「知っておるのか八朔!」
「あれは、アフガン航空相も……!」
「……いや、それは明らかに違うと思うが」
 民明書房を引用するまでもなく、八朔の言葉はあっさりと否定された。
 容赦ない爆撃は、まだ終わらない。
 玖頼・ビッグランドー。
 見かけはともかく、実力は折り紙付きの二年生だった。


 校旗のポールの上にあるのは、細身の姿。
 眼下に広がるのは、水着姿の女子水泳部とランニングウェアに身を包んだ女子陸上部の戦いだ。
 その姿を見つけ、空飛ぶ馬に乗った少年は持っていたマイクに自らの声を叩きつけた。
「現場のレイジ・ホリンです! 校庭に巷を賑わす謎のヒーロー、薔薇仮面さんを発見しました! まだ戦いには加わっていないようですが、これから強行インタビューを試みてみようと思いますっ!」
 耳元のレシーバーに本部からの声が返ってくるより早く、レイジは愛馬をポールの上へと近付けていく。
「薔薇仮面さん! 今回は、どちらの勢力に加わるおつもりですかっ!」
 薔薇仮面は女性の味方を公言してはばからない。
 攻めも守りもどちらも女子のこの状況で、一体どちらの味方となるのか。
「フッ……。私が力を貸すのは、美しきもののためだけさ」
 そう呟いたまま、ポールの上で微動だにしない。
 要するに、中立を保つという事だろうか。
「なるほど。いつも通りのご様子です! 何かひと言!」
「それから、私の名前は美しきものの味方、マスク・ド・ローゼ! 断じて薔薇仮面などという名前ではないっ!」
 仮面の下で高らかに叫び。マスク・ド・ローゼはばさりとマントをひるがえし、ポールの上から大きく跳躍。
「とうっ!」
 水泳部と陸上部の上を飛び越えて、そのまま別の戦場へ向けて走り出す。
 彼が戦うべきは、もちろん女性達ではない。
 狙うのは、この争いを収めるための最良の一手。
 攻撃側の指揮官だ。
(図らずも、敵味方となってしまったが……悪く思わないでくれよ、八朔くん!)
 校庭と球技場を隔てるポールの上に飛び乗って、再びぐるりと戦況を確かめる。
 どうやらまだ茶道部は健在らしい。
 それを見届け、再び飛翔。
「ありがとうございました! 美しきものの味方、マスク・ド・ローゼさんでした! それでは本部にマイクもどしまーす! レイジ・ホリンでしたっ!」


『さて。現在の状況は、どのエリアも一進一退。去年は攻撃側が圧倒的すぎて、一位を狙う攻撃側の同士討ちまで起きてしまいましたが……今年は双方の戦力が拮抗しているようですね』
 教室のスピーカーからは、校庭で繰り広げられている激戦の実況中継が流れている。
「…………」
 ただ、一年A組でそれを聞いているのは、セイルを含んだ数人の生徒だけ。
 大半の生徒は攻防戦に出かけてしまい、呑気に実況を聞くどころの騒ぎではなかったりする。
『速報です。今入った情報によりますと、野球部三軍が撤退した模様。破ったのは……今年再設立が申請されている、茶道部だそうです。解説のゴシップさん、これはどう思われますか?』
『そうですねぇ。主線力の野球部一軍と二軍は、今回のイベントには不参加が表明されていますから……次回辺りで『三軍など、所詮前座に過ぎん!』とかいって出てくる展開が……』
『今回のイベントは今話限りですから、引っ張りませんよ。以上、解説のゴシップさんでした。さて現場のレイジさーん! 現場はどうなってますかー?』
 実況は再び校庭からの中継へと移り。
「おなか……すいた」
 セイルはそう呟いて立ち上がると、ほてほてと教室を出て行くのだった。


「ディーフェンス! ディーフェンス!」
「ディーフェンス! ディーフェンス!」
 そんな叫びを上げながら迫ってくるバスケ部の男子から逃げていたのは、なぜか料理部のハーク達。
「祐希! なんでボク達まで狙われるんだよぅっ! 防御側って味方じゃないの!?」
 バスケ部は今回の攻防戦では、料理部と同じ防御側だったはず。支援してくれるならともかく、追われる筋合いはどこにもない。
「知りませんよ! 晶さん、何かやったんじゃないんですか!」
 さらに祐希に至っては、ライスから引きずり込まれた完全な部外者だった。ただ材料を持っていっただけのはずなのに、気が付いたら袋詰めから販売まで、ひととおりの作業を手伝わされていたのだ。
「そんなのあたしが聞きたいわよ!」
 晶も、悪い事をした心当たりはどこにもない。
「料理部は今年は防御側のサポートのはずなのに、攻撃側にも色々流してたって言うじゃねえか!」
「…………」
 ハークの視線は、晶を向いていた。
 攻撃側のサッカー部にクッキーを大量に持っていくよう指示したのは、他ならぬ晶だったから。
「…………」
 祐希の視線も、晶を向いていた。
 そのクッキーの袋詰めをしたのは、他ならぬ祐希だったから。
「あ、あたし『だけ』じゃないわよ!」
 だけ、を妙に強調させて、晶。
 知り合いやパートナーの絡みで、他の部員もなんだかんだで攻撃側にもクッキーを卸しているのだ。部長もそれを注意するどころか推奨していた以上、晶ばかりが追われる理由にはならないはずだ。
「それって、死の商人と同じ理屈ですよね……」
 祐希のツッコミを無視して走っていると、見覚えのある姿が見えてきた。
 ハークに一瞬視線を寄越せば、理解したのか小さく頷いてくる。
「どした、お前ら」
「良宇! ちょうどいい所に!」
「追われてるんだ! 助けて!」
 二人がその背に隠れたのは、良宇と八朔……茶道部の面々だ。残りの一人は知らないが、味方になってくれそうなら誰でも良かった。
「……こいつらは?」
 相手の人数は良宇達よりもはるかに多い。
 あっという間に取り囲まれてしまう。
「バスケ部だねぇ。確か、防御側だったはずだよー」
「あ、ボクのクッキー!」
 ハークの持っていた売れ残りのクッキーをいつの間にか取り上げて。当たり前のように開けながら呟くのはビッグランドーだ。
「防御側が何で、料理部を狙うんじゃ?」
 確か料理部も防御側だったはず。しかも非戦闘員だ。
 攻撃側なら同士討ちをする可能性もあるだろうが、防御側が互いに争う理由はどこにもない。
「俺たち攻撃側にまで、お菓子流してたからじゃね……?」
 キースリンがクッキーを差し入れてくれた事を思い出す。
 兼部しているとは言え、一応は敵側陣営なのだ。
 もちろん買う方も買う方だが、防御側から見れば面白くない話ではあるだろう。
「こんなにおいしいクッキーを独り占めするなんて……むぐむぐ……そっちの方が、悪じゃない?」
 既に手元のクッキーは半分以上なくなっていた。余程気に入ったのか、ペースが凄まじく速い。
「茶道部か。なら、ついでにお前らも……」
「水月。道を作ってやるから、隙があったら逃げろ」
 良宇と八朔が拳を構え、ビッグランドーも槍を取り出した。先ほどの野球部よりは、少人数だが……。
「ありがと! 今度、お茶会に差し入れるするからね!」
 そして、新たな戦いの幕が上がる。


続劇

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