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12.妥協なき反則

 教室を飛び出して、まずはトイレへ。指示されていた服装に手早く着替えた後、靴を履き替えて外に出れば……
「とーなさん!」
 上から降ってきたのは、真紀乃だった。
 どうやら服の下にユニフォームを重ね着していたらしい。さらに教室で靴まで履き替えて、窓から飛び出してきたのだろう。
 準備万端というか、万端過ぎた。
「……何?」
 そんな真紀乃は、冬奈の姿をじっと見上げて。 
「それ、反則ですっ!」
 速攻で、ダメ出しをした。
「え……? 何が……?」
 冬奈が着ているのは真紀乃と同じ、水泳部のユニフォーム……要するに水着だ。そもそも真紀乃も同じ格好をしているのに、反則も何もあったものではない。
「っていうか、意味がないですよっ!」
「……はい?」
 指をさしてまで力説されても、意味が分からなかった。
「そう思いますよね、レムレムも!」
「いや、お前の言いたい事がよく分からないんだが」
 どうやらおかしいのは冬奈だけではないらしい。この中では常識人のレムも同じ反応なら、冬奈が分からないのもある意味当然と言えた。
 そんな事を考えていると、ふと原因に思い至る。
「これじゃ、やっぱり相手に悪いかな……」
 呟き、触れたのはユニフォームの上に着ている物。
 道場でいつも使っている、道着だ。
 ご丁寧に、黒い帯まで締めてある。
「当たり前じゃないですか! 水泳部なんだから、水着オンリーが基本です! この格好が!」
「いや……それだと、相手が手を出しにくくない?」
 水着でつかみかかりに行けば、相手は遠慮するだろう。特に相手が男子なら、なおさらだ。
 それはいくらなんでも、フェアではない。
「そんなの相手の都合ですよっ! 実際の戦いは、非情なものなんですから!」
「そんなもんか……」
 真紀乃の言うことにも一理ある。確かに実戦というものは、公平とは縁遠いところにあるものだ。
 ならばこの格好も、実力……というか、戦術の一つと言えるだろう。
「当たり前でしょ! なにやってるのよ、四月朔日さん」
 そんな声を掛けてきたのは、女子水泳部の顧問だった。
「道着水着なんて、どういう需要狙ってるのよ……。道着フェチの需要なら、柔道部とか剣道部に任せとけばいいのよ」
「………すいません。はいり先生の言いたい事が、よく分かりません」
 よくどころか、さっぱり分からなかった。
「はいり先生。とーなちゃんはきっと、新しい需要を狙ってるんですよ!」
「けど、なんか邪道じゃない? 何でも下に水着を着ればいいってのは、ちょっと……」
「それはまあ、確かに……。水着バニーとかも微妙ですもんねぇ。レオタードでいいじゃん、みたいな」
 そして、二人の会話について行けなくて別に良いと思っている自分がいた。
「……兎叶先生。ウチの斥候班から連絡です」
 そんなバカな話を続けている二人に掛けられたのは、レムの報告だ。
「なんて?」
 さすがのはいりも表情を切り替え、レムに真面目な声を返す。
「攻撃側、サッカー部が動き出したそうです。グラウンドで集合した後、普通科昇降口へとドリブルで移動中!」
 彼らのドリブルは、別に冗談でやっているわけではない。本気になったサッカー部のシュートは、魔法と組み合わせる事で通常の何倍もの威力を発揮するのだ。
「相変わらず動きが速いわね……迎撃は?」
「野球部の集結が遅れているようです。校舎内には既に新体操部が防衛戦を張っていますが、このままでは少々分が悪いかと」
 前後半九十分を走り続けるサッカー部の機動力と持久力は、運動部の中でも屈指のもの。一度動き出せば、機動力の高い大型砲台という極端に厄介な相手となる。
「なら、サッカー部の第一波はこちらで抑えましょう。部長!」
 はいりは水泳部の部長を呼び、いくつかの指示。頷いた部長は集まっていた部員にこれからの動きの概要を説明していく。
「ソーアくんはこれからどうするの?」
 基本の指示を終えれば、後ははいりは見守るだけだ。はいりの仕事は、また別の所にある。
「このまま本部からの連絡を受けつつ、前線の情報を本部に伝えるよう言われています」
 彼の傍らには、小さな将棋の駒が浮かんでいた。将棋部部長のレリックであるそれが、防御側の本部となった将棋部との通信手段らしい。
「分かったわ。なら、頼むわね!」


 茶道部の集合場所は、魔法科校舎を出てすぐの所。
 教室を出てすぐ、良宇は集合場所へ直行し、八朔はパートナーを迎えに行くため行動を別にしていた。
「八朔。ウィルはどうした?」
 だが、集合場所にやってきたのは八朔一人。
「今日は園芸部のほうに顔出すって」
 ウィルは園芸部と茶道部の兼部員だ。園芸部の人手が足りないと言われれば、向こうを優先することに何の問題もないのだが……。
「園芸部は……むぐむぐ……今年は参加するのかい?」
 弁当をわざわざ持ってきていたビッグランドーの言葉に、八朔は放送部から回ってきた各クラブの参戦状況の一覧を確かめる。
 茶道部は攻撃側。
 そして、園芸部は……。
「………って参加してないじゃねえか! あのバカ!」
 不参加。
 もちろんそんな部も、ある。
「レイジは放送部だし、ハルモニアは料理部か」
 既にレイジは放送室へ向かっていた。キースリンはこの場にいるが……。
「申し訳ありません。料理部も、今回のイベントはかなり力を入れているようなので……」
 彼女が手提げのカゴに入れているのは、クッキーの袋だ。
 攻防戦は料理部にとっても正念場。もっとも他の部のように部員ではなく、予算の確保が目的ではあったが。
「問題ない」
「そうだよ。それに、このクッキーも……むぐむぐ……思ったより、美味しい……」
 既にビッグランドーの弁当箱はからっぽだ。今度はキースリンからクッキーをもらって食べている。
「ズルいっすよ先輩! 俺も、昼何も食べてないのに……」
 チャイムが鳴ると同時に飛び出してきたのだ。良宇は半分ほど早弁していたが、ハンパに真面目に授業を受けていた八朔は、その早弁すらしていない。
「八朔さんも、まだありますから。良かったら……」
「お、助かる!」
 差し出された卯の花クッキーを受け取れば、キースリンの手は広げられたまま下がらない。
「一袋二百円になります」
 有料だった。
「……金取るのね」
「はい。これも商売だからと、晶さんが」
 この二百円の積み重ねが、文化祭までの料理部の貴重な予算となる。いくら身内の茶道部といえど、妥協することは許されないのだ。


 購買を出ると、そこには大きなプラカードを抱えた女生徒が立っていた。
「あ、鷺原くーん」
 女生徒は悟司の姿を見つけるなり、とてとてと駆け寄ってくる。
「どうしたの、ファファさん。ファファさんも買い物……じゃないよね?」
 プラカードを持って買い物に来るなど、並大抵の罰ゲームではない。
「あのね、今から教室に帰るんだったら、昇降口のあたりは危ないよ?」
「………ああ。いまあの辺でやってるんだ……」
 よく見れば、プラカードには大きな字で『この先危険箇所に付き封鎖中』と書いてある。
 そしてファファの腕に巻かれているのは、保健委員と書かれた腕章だ。保健委員の中で、誘導係の担当になっているらしい。
「そうなの。で、購買から帰る人が巻き込まれちゃうから、誘導で来てるんだけど……」
 放送室は本館二階の特殊教室棟側、ちょうどこの購買の上あたりだ。職員室前と購買は戦闘禁止の安全地帯と聞いていたが、確かにそこに至る通路までが安全だとは限らない。
 特に普通科昇降口辺りは、グラウンドから放送室へ至る最短ルートの入口となる。激戦区となるのは間違いないだろう。
「普通科は、特殊教室棟から回れば帰れるけど……」
 だが、本館から魔法科棟に戻るには、その激戦区の脇にある渡り廊下を通るしかない。
「だよなぁ。まあ、非常時だし玄関のほうから歩いていくしかないか」
 次に短いルートである来賓の出入口は、生徒の使用が禁止されている。
 そうなれば、特殊教室棟の昇降口から特殊教室棟の裏を回り、玄関のあたりを通って魔法科棟に戻るのが一番安全なルートになるはずだ。
「ごめんねぇ」
 ファファの声を背中に受けながら、悟司は移動を開始する。


「桂馬から玉将へ。桂馬から玉将へ。水泳部がサッカー部を撃破、現在は普通科昇降口前にて布陣中。次の一手を願います」
 サッカー部と女子水泳部の戦いは、それほど長くはかからなかった。
 いかに優秀な高機動砲台といえど、所詮は男子。水着姿の女子にボールを蹴りつけるわけにはいかなかったのだ。
 逆に水泳部の側は、サッカー部に遠慮する理由がない。大量の魔法を矢継ぎ早に浴びせられ、サッカー部はその機動力を撤退に回すことしか出来なかった。
「先生! 付近に女子陸上……」
 傍らに浮かぶ桂馬からの情報を、即座に指揮官に報告する。
「指示の必要はないみたい」
 だが、目の前には既にランニングシャツとパンツの集団がいた。
 女子陸上部と……。
「ったく。少しはバカを自重なさい! はいり!」
 その顧問である、葵。
「そう言われてもねぇ……。ソーアくん、部長さんから何か指示が来たら、ウチの部長に相談して。顔は分かるよね?」
「はい。さっき挨拶させてもらいましたから」
 行軍の前にはいりと話していた女生徒のことだ。既に彼女は最前線に立ち、攻撃開始のタイミングを待っている。
「じゃ、ちょっと葵の相手、してくるわ」
 少々のリリックは使えるのだろう。はいりはふわりと空に浮かび上がり、それに応じた葵も同じく上空へと飛び上がる。
「御武運を」
 そして顧問同士の激突と同時。
 男子では触れることさえ叶わない女子水泳部と、華が丘高校最高の機動力を誇る女子陸上部も、正面から激突した。


 特殊教室棟の昇降口は、棟の一番外側にある。
 そこから上履きのまま外に出て……。
 悟司が出会ったのは、リリだった。
「あれ? クレリックさん達も教室に帰れなかった組?」
 上級生らしき女子達と、数人の集団を組んでいる。言ってはみたが、どうやらそうではないらしいと気付く。
「いや、ボク達は外から放送室に行こうと思ってるんだけど」
「こんな所から回り込むのか。大変ですね……」
 本館の裏側から飛行魔法で取り付けば、放送室まではすぐだ。正面突破を掛けるよりは、近道になるだろう。
「楽しいからいいけどね」
 へらりと笑うリリに重ねるように、校舎の各所にあるスピーカーからMCの声が響いてくる。
 全体の戦況を、放送部がライブで実況しているのだ。
『さあ、正面ではついに女子陸上部と女子水泳部が接敵した様子! 移動砲台と恐れられたサッカー部をあっさりと撃破した女子水泳、今年はこの勢いで女子陸を撃破出来るのか!』
 何やら、ノリノリだった。
「女子陸上か……美春さん、大丈夫かな」
 百音も攻撃側で参加すると言っていたはず。校内のイベントだし、顧問は葵だから、怪我をするような事態はないだろうが……。
「はいり先生達、暴れてるなぁ…………あ」
「どうかしたんですか?」
 ふと声を上げたリリに、思わず言葉を返してしまう。
「……しまった。セイルくんにお弁当渡すの忘れてた。ちゃんと気付いてるかなぁ……?」
 セイルは悟司と同じ無所属だから、争奪戦には参加しない。普段なら昼休みに弁当を渡しに行くのだが、今日はチャイムが鳴った途端に飛び出したから、渡すのをすっかり忘れていた。
「なら、言っときましょうか?」
 どうせ悟司はこれから教室に戻るのだ。セイルのA組は隣だから、手間と言うほどでもない。
「助かるー! ボクのバッグにセイルくんのぶんも入ってるから、持っていってくれる?」
「……開けて良いんです?」
 知り合いとはいえ、女子の鞄だ。本人の許可があるにしても、勝手に開けるのは抵抗がある。
「着替えくらいしか入ってないから、大丈夫だよ」
 むしろそれが問題なのだが……。
 普段はそれなりに気にするくせに、変なところでは無頓着な娘だった。
「クレリックさん、行くわよ」
 リリ達チア部も悟司も、外側から回り込んで、本館までは同じコースを辿ることになる。
「はーい。じゃ、鷺原くん。行こ」
 一行に加わった悟司も、ひとまず本館を目指して歩き出した。


続劇

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