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24.じゅうにぶんの、余談

 次の朝が来た。
 魔法科一年生にとっては、久しぶりの登校時間。
 今までは徒歩なら一分、ダッシュなら三十秒、魔法で飛べば準備で二分な通学時間だった。しかし本来の家に戻った今、生徒達はパートナーの運動能力を加味した上での登校ペースを要求されることになる。
 飛べるパートナーなら、短縮されることもあるだろう。
 けれど、運動能力に自信のないパートナーの場合、心臓破りの長い坂に力負けしてしまう可能性さえある。
 鷺原悟司は、そんな中で数少ない『パートナーの運動性をあらかじめ把握出来ている生徒』の一人だった。
「…………ど、どうしたんだい? 悟司くん」
 しかし、校門で彼の姿を見かけた少年は、その姿に思わず我が目を疑ってしまう。
「ああ、紫音さん。おはようございます」
 顔の左側は腫れ上がって赤く。右側は内出血で青く。
 目の周りに至っては、コントかと思うほど見事な青タンになっている。
「百音。悟司くんはボクシングでも……始めたのかい?」
「あのね、お兄ちゃん……」
 悟司と一緒に登校してきた妹に軽く視線を送れば、百音はおずおずと昨夜の話をしてくれた。
 どうやら、パートナーとして女の子を連れ帰ったことで家族とひと騒動あったらしい。
「……なるほどねぇ。僕がいない間に店に挨拶に来たのは聞いたけど、そんな事もあったのか」
 百音はメガ・ラニカと華が丘、双方の血を引くハーフ。そんな中でも、双方に家のあるケースは珍しい部類に入る。
 メガ・ラニカへは渡航の許可がなければおいそれと渡れないが、華が丘の家はすぐそこ……というわけで、悟司と百音は、昨日のうちに百音の家へもパートナー成立の挨拶を済ませていた。
 そちらは既に情報が届いていたのか、悟司のことを歓迎してくれたのだが……。
「ウチの親父らしいっちゃ、らしいんですけどね」
 その後戻った悟司の家では『他所様のお嬢さんを連れ帰るとは何事か』という、ある意味では当たり前の意見をかざした父親と大げんか。
 口ではない。
 男同士の語らいに、言葉は何も意味を持たない。
 用いる術は、拳と拳。
「すごかったんだよー」
 男の意地の張り合いだ。一度や二度の拳の応酬で決着がつくはずもない。
 夕日が沈んで夜が更けて。
 家族と百音が夕飯を食べ終わる頃……ちなみに、父親以外の家族は百音を快く迎えてくれていた……、男の決着は悟司の意地を父親が認める形で、ようやく終わりを迎えたのだった。
「そうか……。まあ、無事に済んだようで良かった」
 魔法使いの受け入れが始まってから、既に二十年の時が経つ。悟司の父親もその制度に異論があるというより、悟司と百音の関係を心配したのだろう。
 そうでなければ、子供を魔法科などに入れはしないはずだ。
「まあ、百音に何かあったら、キミのお父さんだけじゃなくて……僕も君をボコボコにしに行くけどね」
「ははは……」
 穏やかに微笑む紫音に、百音も悟司も笑ってみせる。
 もちろん、紫音の目が全く笑っていないことに気付いていたのは、悟司だけだったけれど。


 がらりと教室のドアを開け、入ってきたのはハークだった。
「おはよ………」
 朝だというのに、ふらつく足で通路を歩き、自分の机にしがみつくようにして、椅子の上へと崩れ落ちる。
 低血圧というより、もはや死相が出ている領域だ。
「おはようございます。マクケロッグ君」
 処理速度が二割近くまで落ち込んだ思考で、声の主に目をやれば……。
「……どうしたの、その顔」
 そこにいたのは祐希と、顔を腫れ上がらせた悟司だった。
 右が赤く、左が青いその顔を見て、ハークは絵本で見た特撮ヒーローの姿を思い出す。名前は何だったか……。
「まあ、色々あってさ……」
 どうやら保健委員の晶だけでなく、副委員のリリも来ていないらしい。悟司は隣のクラスから呼んできたファファに、治癒魔法を掛けてもらっている真っ最中。
「……あんたこそどうしたの? 寝不足?」
 内出血が早回しで治っていく様子が面白いのだろう。ファファと一緒に来ていた冬奈が、ようやくハークの異変に気が付いてくれた。
「パートナーは晶だったっけ。まさか、お風呂でも覗いたりしたんじゃないでしょうね」
「そんな事、しないよぅ」
 気が付いただけで、突っ込み方は最悪だったが。
「じゃあ、隣の部屋か布団かで寝てる晶を思い描いて、一晩中ハァハァしてたとか?」
「だから違うってばぁ」
 冬奈ではなく、冷たい視線を向けてくるファファや百音に向けて、力なく訂正の言葉を放っておく。
「で、実際はどうだったのよ」
「……冬奈ちゃんも相当酷いね」
 思考がまともに働かない脳みそでも、その事だけはよーく分かった。
 そして、冬奈が晶の親友だった事も同時に思い出す。
「………夜が明けるまで、ゲームの相手してた」
 そのひと言で、冬奈も百音も、ハークのやつれようを察したらしい。
「………ご愁傷様」
 昨日、家に着いてから。
 晶が一番最初にした事は、家族にハークを紹介することでもお風呂でもなく、ゲーム機の電源を入れ、ハークにコントローラーを渡すことだった。
 対戦ゲームや協力プレイがメインのゲームが多かったこともあり、相方とされたハークもそのまま完全徹夜コース。
 交代プレイやゲームのアップデートの合間にトイレや軽い食事もこなし。ハークの記憶に強く残るのは、黄色く染まる東の空だ。
「あんな恐ろしい生物、僕の思い描いていた女の子じゃないよ……」
 その恐ろしい相棒は、軽くシャワーで汗を流してから学校に来るらしい。特に一緒に行こうとも言われなかったため、わずかな安息を求め、ハークは逃げるように晶の家を飛び出したのだ。
 ちなみに今日の予定は、隣町のゲームショップにテント生活の間に発売されたゲームの受け取りに行くことが、既に決定されていた。
 もちろんハークに、拒否権はない。
「ハークさん、女の子に幻想持ちすぎですよ」
 ため息を吐くハークに、ファファはそう、ぽつりと呟くのだった。


続劇

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