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16.その選択、洋か和か

 トレイに入った朝食の材料を確かめながら、八朔はあくびを一つ。
「今日は洋食か……」
 朝食当番の仕事は、朝イチでカフェ・ライスから搬入された、番重の確認から始まる。
「そっちはどうだった? ウィル」
 そしてそれ以上に大事な任務は……。
「ああ。そちらの豆腐が欲しいんだが、何かと替えてもらえないかな?」
 必要な食材を、ちゃんと揃えること。
 もちろんそれは、他班とのトレードが基本になる。
「豆腐ねぇ……ニンジンとベーコンでいいか?」
「随分と足元を見るね。……まあ、味噌汁に入れるわけにもいかないし、ほうれん草とセットなら構わないよ」
 洋食向けの食材の中にどうして豆腐が入っているのかは激しく謎だったが、和食班からの需要は高い。状況次第で、ベーコンのような人気食材とも十分トレードが成立するのだ。
「そっちも似たようなもんじゃねえか。……まあ、いいや」
 ほうれん草のソテーとベーコンエッグを天秤に掛ければ、ベーコンエッグに傾いた。
 これで、トレード成立だ。
「しかしファファさん、ニンジンが嫌いなんじゃないのかい?」
「好き嫌いなんて早く治した方がいいんだよ」
 ウィルに豆腐とほうれん草を渡し、代わりにベーコンとニンジンを受け取った。
 ファファからはブーイングが出るだろうが、少しは栄養バランスを考えた方がいいと自分を納得させる。
 ベーコンとほうれん草の栄養的な価値は、もちろん思考の外に放り投げてあった。
「そいや、聞いたか?」
 他に交換できそうな食材を見回しながら、八朔は何となく、話題を変えてみる。
「何をだい?」
「パートナー、昨日三組決まったって」
 フォークダンス会場で告白した百音の一件から、事態は少しずつ動き出していた。八朔が聞いただけでも、あの後で、百音を含めて三組のパートナーが決まったらしい。
「もう六組か……」
 フォークダンス以前には、確か三組が決まっていた。魔法科一年で二十の組が出来るになるはずだから、ほぼ三分の一が決まったことになる。
「その中に、私たちの事は入っているのかい?」
「………は?」
 何気ないウィルのひと言を、八朔は思わず聞き返した。
 よく分からない単語の並びが、存在していた気がしたからだ。
「この間、言ってくれただろう? 力を貸して欲しいと。その六組の中に、私たちの事も入っているのかい?」
 ウィルの言葉に、テント生活が始まってからの記憶を一日目から、さかのぼっていく。
「おや。違ったのか?」
「あ……あれか」
 六日目の出来事で、回想は終了。
 レイジと良宇に頼まれて、茶道部の人集めに駆り出されたときのことだ。
「……いいのか? 俺で」
 もちろんそれは、パートナーとして申し込んだ意味ではない。
 あくまでも、茶道部の手伝いを申し込んだだけだったのだが……。
「良宇くんではないけれど、男に二言はないよ」
 けれど、ウィルは嫌な奴ではない。
 パートナーにしたい相手も思い浮かばなかったし、何より良宇やウィルのように自分の言ったことを貫いてみるのも、面白そうだと思った。
「そっか。なら、問題ない。よろしくな」
 差し出した手を、ウィルは力強く握り返す。
 初めて触れた手のひらは、柔和に見える少年とは対照に意外と硬く、タコのようなものさえあった。
「あ、二人とも」
 そんな二人に掛けられたのは、校舎の方から走ってきた祐希の声。
「ブランオート君、見ませんでしたか? どうも、どこかに行ってしまったようで……」
 何があったかは知らないが、息を切らせているあたり、朝からずっと走りづめらしい。携帯を持っていない所を見ると、ワンセブンも別の所を探しているか、連絡係にされているのだろう。
「セイルくんかい……?」
 だが、その祐希の言葉に、ウィルは首を傾げるだけだ。
「セイルなら、この下で寝てるぜ?」
 番重の並べられた机の下にあるのは、子犬のように丸まって眠るセイルの姿。
「…………起こしてあげてくださいよ」
「や、それもなぁ……」
 苦笑する祐希に、八朔は無言で目元を指差してみせる。
 眠るセイルの目尻を見れば。
 そこに浮かぶのは、小さな涙の粒だった。
「こういう時は、見て見ぬふりをするものだと思ってね」
 その言葉に軽く頷くと。
 祐希は捜索隊に任務終了のメールを送るため、遠く離れたワンセブンに意識を集中させた。


「………悪い事、しちゃったかしら」
 武道場の辺りで足を止め、冬奈は夕焼けに染まる西の空をぼんやりと眺めている。
 鬼ごっこの真っ最中だが、周囲に参加者のいる様子はない。息を整えるように、軽く深呼吸をひとつ。
「どしたのよ、冬奈」
 唐突に掛けられた声に、一瞬呼吸が止まる。
「陰……気配、消してこないでよ」
 背後にいたのは、二本尻尾の黒猫だった。血のように赤い瞳が、じっとこちらを見上げている。
「そうそう。パートナー、決まったのよ。一応メールもしといたけど、家に帰る事があったら母さん達に伝えといて」
「パートナー……ねぇ」
 赤い瞳の黒猫は、つまらなそうにそのひと言を、転がしてみせる。どうやら伝令役を押しつけられたのが、面白くないらしい。
「何よ。ロベルタだっているから、珍しくないでしょ?」
 冬奈には、兄がいる。彼女と同じく魔法科に所属する彼にも、もちろんパートナーはいるわけで……。
 四月朔日の家としては、メガ・ラニカの留学生などそう珍しいものではない。
「はいはい。で、いい男?」
「……女の子だってば」
「なんだ、つまんなーい。男、連れてきなさいよー」
 目茶苦茶を言う召喚獣にため息を吐いていると、頭の隅にちりちりとする感覚が伝わってきた。
 集中し、意識を繋げ合わせる。
「お一人様、ごあんなーい」
 届いてきたのは、妙にテンションの高い女の声。
「あら。誰か、引っかかったの?」
 クラブハウスの入口に仕掛けておいた、エピックからの反応だ。
 効果範囲に踏み込んだ者に封じられた魔法を発動させる瞬間、『彼女』は主の冬奈にこういった報告を送ってくる。
「……そ。けど、この報告の仕方教えたの、あんたでしょ。何とかならないの?」
「しらなーい」
 ぷいとそっぽを向いて、そのまま猫は去っていく。
 召喚した覚えもないのに華が丘に姿を見せるそいつを放っておいて、冬奈はさらに意識を集中。
「けど、誰が引っかかったのかしら……」
 エピックの効果は既に消えていた。残された魔力の欠片から、犠牲者の事を推し量る術を……まだ、冬奈は持っていない。


「良宇の奴、戻ってきてねぇのか?」
 集まった顔を見回したなら。
 一番最初に目に付く巨体が見当たらない。
「ああ。終了の時間は、とっくに過ぎてるんだけど……」
 大半の参加者は、携帯のアラームを終了時間に合わせいる。良宇の携帯にも、開始前にレイジが設定してやったはずなのに。
 とはいえ良宇は、体内時計か腹時計が余程しっかりしているのか、アラームに頼らなくてもこういう時間にまず遅れない。五分前に戻ってきたところを鬼達の集中砲火に遭う事さえも日常茶飯事だったが、それはまあ、ご愛敬という奴だ。
「ンだよ。せっかく全員いるんだから、花見の話もしようと思ったのに……」
 日本といえば、春は桜。もちろんこの華が丘高校にも、見るに足るだけの桜はいくらでも咲いている。
 花見の意見もさる有志からの意見なのだが、むしろ今までこの案が出て来なかったのが、不思議なくらいだった。
「とりあえず、メールでも送ってみるか……」
 良宇が受け取ったメールを確認できるかどうかは別にして、レイジが携帯を取りだしたその時だ。
「な……」
 響くのは、地面を削り、這い回る音。
 巨大な物体が何かを引きずり、重々しく歩む、ず、という音の連なりだ。
「な……何、あれ………」
 校舎の影から現れたのは、三メートルはあろうかという巨大な『何か』。
 土壁をまとい、無数の瓦礫で身をよろう異形の姿。
 その正体はおろか、そのカタチを形容する言葉を、この場にいる誰一人として知りはしなかった。
 ジャイアントという種族はメガ・ラニカにも存在しないし、人工巨人・ゴーレムの稼働数は、メガ・ラニカでも百体を切る。もちろんそのほとんどは魔女王の管理下にあり、こんな異世界に持ってこられるだけの余力はない。
「お、おい………」
 その巨大な這いずる『何か』は、生徒達の前でゆっくりとその動きを止め。
「遅く……なった」
 人の言葉を、外へと出した。
「お、おめぇ……良宇か?」
 ごり、という内から響く奇怪な音は、中の人が頷いた音だろうか。
「よく分からんが、変なマークを踏んだら、足が地面に張り付いてな」
 確かに足は、この異形の中でも群を抜いて大きいパーツとなっていた。そしてその底をよく見れば、引きはがされた大きな地面と分かるだろう。
「動けなくなったから、ムリヤリ抜けてきた」
「……そりゃ、どこだ?」
 悪い予感がして、レイジは良宇らしきものにそう問いかける。
「クラブハウスの入口と、体育館の裏あたりだ……」
 悪い予感は当たるもの。
 レイジはため息を吐き、指を一発ぱちんと鳴らす。
 起きる崩壊は、一瞬だ。
「おおぅ?」
 巨大な『何か』の外装がガラガラと崩れ落ち、その内から現れた巨大な体躯は……間違えようのない、良宇の姿。
「すまん。体育館の裏のは、俺が張ったエピックだ。時間が来たら解除されるようになってたはずなんだが……」
 踏み込んだ者をしばらく捉えておく、トリモチの結界だ。力ずくで脱出するのはともかくとして、逃げられなくても五分ほどでその効果は切れるはず……だったのだが。
「ともかく、申し訳ねえ!」
「そうか。なら、いい」
 手を合わせて頭を下げるレイジに、良宇は短くひと言を寄越す。
 後は無言で、首の辺りをごきりと鳴らし、身体に変調がないことを確かめているだけだ。
「けど、妙だな。アレにここまで威力があるはずはねぇんだが……どこか設定、間違えたか?」
 そもそも壁紙エピックで展開する魔法は、判で押したように同じ効果が現れるはず。正確な効果を繰り返し確実に出せるのが壁紙エピックの特性であって、発動ミスなどありえないはずなのだが……。
「集中力が切れてたか……?」
 それに、クラブハウスの入口に魔法を仕掛けたのは、レイジではない。
 結局、花見のことは誰の頭からも抜けたまま、その日の鬼ごっこは解散となった。


続劇

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