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12.風あなのかなたに

 校舎の外では、もはや恒例となりつつある鬼ごっこが繰り広げられていた。
 そして、校舎の内。
「…………この段階で、三件?」
 『議長』と書かれた席で呟くのは、森永祐希。
「まずは柊真くんと、雪穂・アリエルさんのペアだね。それから……」
 祐希の隣には、同じく議長のパネルを立てたレイジ・ホリン。そして祐希の言葉に手元の資料を読み上げるのは、A組副委員長のウィルだった。
 委員長たち六人の、クラス合同会議なのだ。
 もちろん議題は、今後のテント生活についてと……パートナー成立の現状について。
「あいつらか……。確かイトコ同士で、組み合わせは入学前から決まってたってヤツだろ?」
 雪穂の母親が、真の父親の妹に当たるのだという。彼ら二人は、テント生活初日の段階で既にパートナー登録を済ませていた。
「ああ。だから、僕たちの参考にはならないと思う」
 悟司のリサーチしてきた他の二件も似たようなもの。もともと友達だったのが一件と、親戚関係だったのが一件。
 既に華が丘とメガ・ラニカは、二十年来の付き合いだ。真達のようなケースも、少なくはあるがそれほど珍しいものでもなくなっている。
 だが、それ以外のケースでの成立は、今のところ一件もない。
「鬼ごっこ、良いアイデアだと思ったんだがなぁ」
 もちろん気持ちは分かる。
 これから最低三年間、共に同じ家で過ごし、学園生活を送る相手だ。決定に慎重になるのは当然の話だろう。
「良いアイデアだと思いますわよ。実際、みんな仲良くなっていますし……」
 かく言うキースリンも、その鬼ごっこで己の垣根をほんの少しだけ取り払うことが出来たのだ。残念なことにその相手は、同じメガ・ラニカから来た少女だったのだけれど。
「……あとひと押し、欲しいな。他に何か良いアイデアとか無いのかよ。レイジ」
 一週間のテント生活で、互いの生活パターンや考え方は、何となく分かり始めている。もちろんその理解に、学園生活や鬼ごっこ、無数の小さな事件が絡んでいるのは間違いない。
 だからこそ。
 意を決するに足るもうひと押しがあれば、パートナーの成立数は飛躍的に増えるだろう。
「悪ぃが、俺のアイデアは鬼ごっこで打ち止めだよ。つか、レムもちったぁ何か考えろ」
 振ったつもりが逆に返され、レムは瞳を閉じて唸ること、少々。
「…………合コンでもするか?」
「何ですの? それ」
 首を傾げるキースリンに、どこからともなく取り出した薔薇をくるくる回して遊んでいたウィルがぽつりと答えを呟いてみせる。
「男女で楽しむ、お茶会のようなもの……かな」
「まあ、素敵ですわね」
「……いや、それ違うから」
 明らかに間違った合コンの解釈に、二人を除いた五人から一斉に突っ込みが飛び込んだ。
 ただ一人突っ込まなかったのは……。
「……まあ、方向は違っちゃあいねえな」
 レイジ。
「するのかよ。合コン」
「しねえよ」
 否定し、レイジは席を立つ。
「で、だな」
 レイジが見回すのは、己を除いた七人の参加者だ。
 委員長会議は、二人の議長と四人の副委員長。
 だが、用意された席はレイジを入れて、八つある。
「今日はそのあとひと押しを思いついたヤツらを、連れてきてみたんだが……」
 それが、委員長達を除く残る二人の正体だ。
「だから、今日は美春さん達が会議に?」
 呼ばれ、立ち上がるのは美春百音と、それに付いてきた晶だった。
「はい。えっと、ですね……」


 委員長会議から一時間の後。
 鬼ごっこも終わり、夕食の支度もひと段落した調理室に掲示されたのは、一枚の張り紙だった。
「……フォークダンス大会?」
 妙に可愛らしいフォントに、誰が書いたのか手描きのイラストまで添えてある。
「フォークでダンス? 美味そうだな」
 良宇の頭に浮かぶのは、上手に焼けた巨大な肉を囲み、喜びの踊りをウホウホ踊る原始人の姿。
 もちろん彼らが誇らしげに掲げるのは、骨製の巨大なフォークだ。
「……男女で一緒に踊るんだよ。誰が考えたのか知らないけど、最高のレクリエーションだと思うね!」
「だ……っ! そ、そそそ……」
 ハークの言葉に、男ばかりだった良宇の脳内原始人に女性が混じる。
 ついでに、手に手を取って踊り出す。
「そんな、破廉恥な!」
 既にフォークはそこらに投げ捨てられていたが、誰も気にしていなかった。
「……別に、手を繋いだだけで子供が出来るワケじゃないんだよ?」
「こ………っ!」
 脳内原始人カップル達は既にみんな子だくさんな幸せ一家になっていたが、良宇の頭脳のフリーズに伴ってどこへともなく姿を消していった。
「自信のない男子はウィルに教えてもらえよー。女子の足踏んだりしたら、嫌われちまうぞー?」
 張り紙を貼り付けていたレイジの言葉に、片付けをしていた男子達の視線が銀髪の美丈夫に集中する。
「頼めるよな、ウィル」
 もちろんそれは、その場にいた男子の全員だった。
「レディに恥をかかせないよう、君たちを時間までに一人前の紳士に仕上げれば良いんだろう? 大丈夫、安心してくれていいよ」
 一身に受けた視線に臆することもなく。さも当然といった風に答えるウィルに、男子達の歓声がわき起こる。
 だが。
「で、まずはワルツからかい? それともタンゴ? クイックステップやフォックストロットまでは、少し時間が足りない気もするね……」
 ずらりと並べられたダンスのスタイルに、レイジの頭をよぎるのは、悪い予感。
「……いや。オクラホマミキサーでもマイムマイムでもジェンカでも何でもいいんだが……」
 過ぎるのは、たっぷりとした沈黙。
 それは、悪い予感を実体化させるには十分な沈黙で。
「……………………ミキサー?」
 予感は、そのまま確信に。
「……知らないんだな。フォークダンス」
「すまない。そんな踊りは、初めて聞いた」
 最初の会議からずーっとその場にいたはずなのに、どうやらウィルはダンスという一点だけしか聞いていなかったらしい。
「ダメだコイツ!」
 そしてウィルの知るダンスとは、間違いなく宮廷で繰り広げられる社交ダンスの事だった。
 フォークダンスの戦力としては期待できそうにない。
「とはいえ、もう決まったことだし……何とかするしかないね」
 さも当然といった風に笑うウィルに、男子達の不安な視線が投げかけられる。
 もちろん彼が、一身に受ける視線に臆することなどありはしない。
「何とか……なるの?」
「何とかなるさ! きっとね!」
 ウィルの笑い声に、誰もが悪い予感をよぎらせていた。
 そして不思議なことに、そういう時の悪い予感は、なぜか良く当たるのだ。


 家庭科室の真ん中に置かれたのは、学校備品のCDラジカセだった。
「とりあえず、ホリンくんが放送室から借りてきてくれたんだけど……」
 CDを入れ、再生ボタンを軽く押せば、スピーカーから流れ出てくるのは軽快なメロディだ。
「……なんか、ブロックが落ちてきそうな曲ね」
 既に晶の頭の中では、四つの正方形で組み合わされたブロックがゆっくりと降下を始めていた。
 そういえばあのゲームを作ったのもロシアの人だったな……と、ロシア民謡のそれを聞きながら何となく思い出す。
 だが、呑気にしていられたのはそこまでだった。
「面白いとは思うんだけど……フォークダンスって、誰か踊れるの?」
 冬奈のひと言に訪れるのは、硬直だ。
 沈黙ではない。
「…………」
 驚き、その場に凍り付いた一同の間で、ロシア民謡のテンポが加速する。
 コロブチカ、終了。
 今度こそ訪れたのは、気まずい沈黙だった。
「…………いや、あたし見られても困るわよ」
 ふと、下方向からの視線を感じ、晶は表情を曇らせる。
「何か、晶ちゃんなら出来そうだったから……」
 見上げていたのは、ファファだった。
「創作ダンスなら中学の時にやったけど、フォークダンスなんて踊ったこと無いわよ」
 それだって、ちゃんとした基礎があるわけではない。適当にそれっぽい振りを付けて、音楽に合わせて何となく踊っただけだ。
「晶、踊れないの……?」
「小学校とかでもやってない?」
「あたし、ずっとあんたらと同じ学校なんだけど」
 ついでに言えば、中学の時の創作ダンスは二人も踊っていたはずだった。
 どう考えても分かって言っている冬奈とリリに、ため息を一つ。
「キースリンさんは社交ダンスしか踊れないって言うし……。とにかく、踊るって言った手前、何とかするわよ!」
 楽しいはずのフォークダンス大会に立ちこめるのは、先の見えない暗雲だ。
「………大丈夫なの?」
 そして、誰も知らないフォークダンスへの挑戦が、家庭科室でも始まった。


続劇

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