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2.死の先に往きるもの

「そうか。グルーヴェの内乱は落ち着かんか」
 イェド風の浴衣をまとった少女は、そう言って深刻な表情を浮かべた。
「ポクも聞いただけだけどね。まだ内陸部だけで、海側までは広がってないみたいだって。シェティスさんは、海の出身なんだよね?」
 グルーヴェから報告に戻った者の話では、そういう状況らしい。
「そうだが、放ってはおけんしな……」
 結局シェティスはあの戦いの後、軍を抜けた。正確に言えば、グルーヴェ内部のクーデターで軍という組織が分裂してしまったのだ。
 内乱に付き合うのも馬鹿らしく、シェティスの部下達も解散し、今は傭兵や冒険者として己の道を歩いている。
 行く場所の無くなったシェティスとシスカも、何となくロゥ達と行動を共にしていたのだ。
「ドラウン様の仇を討つより、そちらが先か」
「……シェティス」
 ぽつりと呟いた言葉を、ずっと黙っていた少年が短く制した。
「すまん。お前の前でする話では無かったな」
 目を伏せている少女に、シェティスは気まずそうに頭を下げるのだった。


 とぼとぼと去っていく少女の背中を見やり、幼子は屋根の上で呟いた。
「違った、みたいだね」
「ええ。そろそろかと思っていたのだけれど」
 傍らにいるのは老爺達に茶を給仕した美女。
「シスカは封印命令が来たら、どうするの?」
「主次第……かしら」
 それは名を与えられた時から決めていた事だ。自分が不要と告げられれば、その時は去ろうと。
「主体性ないなぁ。ダメじゃん」
 高い位置にあるシスカの腰を軽く叩き、幼子は外見に似合わない苦笑いを浮かべる。
「じゃ、ハイリガードはどうするの?」
「あたしはロゥと一緒に居たいけど……」
 居たい。それは理解している。
 けれど、今の自分達に居場所はあるのか……と問われれば、首を傾げるしかない。
「……やっぱり、ロゥ次第かな」
 かつて隣に立つのは自分一人だった。
 だが、今は銀髪の彼女がいる。獣機結界の張り巡らされたココでは全力を出せない自分よりも、はるかに頼りになる相棒が。
「お互い、辛いわね」
 あれを使うわけにもいかないし……と空を見上げ、小さく嘆息。
「ねぇ。また、戦争にでもなればいいのに」
「そうね。ドラウン様の事も、笑えないわね」
 あまりにも不謹慎な少女の言葉を諫めるどころか、美女も力なく同意を示すのだった。


「いい加減、この戦も終わらせてくれんかね」
 その戦場の真っ只中で、赤い髪の美女は珍しく弱音を吐いた。
「ほら。死人は黙って働けって」
 投げられた容赦のない言葉に、無駄だと知りつつも片方だけの目で睨み付ける。
「ついでに追加」
 ニヤリと笑う獅子族の男が雅華の視線にひるんだ様子はない。それどころか、持っていた紙束を作戦テーブルの上に放り投げてみせるほど。
「……はぁ?」
 見れば、グルーヴェの東部戦線が崩壊しそうだという報告書だ。
 美女達もあずかり知らぬ理由でグルーヴェの首脳部が瓦解して、しばらくが経つ。
 それに呼応してクーデターを起こしたまでは良かったが、もともと軍事国家だったグルーヴェの事。各地に残った戦力が端から独立やら革命軍の殲滅やらを勝手に叫んでいるため、小規模な争いが収まる気配は全くない。
「俺は西方に回るから、そっちは頼む」
 そう言い残すと、男は獅子にはあらざる翼を広げ……幻獣系なのだ。この男は……ゆっくりと上昇を始める。
「……はいよ。ジーク」
 結局、ここまで無理難題をふっかけられて美女が文句一つで済ませているのは、それ以上に男が働いているからなのだ。
 東部戦線は崩壊しそうで済んでいるが、西方の戦線は完全に崩壊済。もともと統率のない革命軍を仕切るのは、並大抵の苦労ではない。
 それを、有翼獅子のジークはただ一人で行っている。もちろん裏で美女達が支援している場面も多々あるが、半分以上はジーク自身の行動によるものだ。
「東部には赤兎を投入すれば何とかなるだろう。良い人材を拾ってきたな」
 そう言い残し、西に向けて飛翔。
「ああ。そうするよ」
 聞こえるか分からない言葉を投げておいて、瓦礫の向こうの影を呼ぶ。
「だ、そうだよ。赤兎殿」
「……そうか」
 現れたのは、長大な剣を担いだ隻腕の男だった。背の高い雅華でも見上げるほどに大きい。
「にしても何だい、その趣味の悪い仮面は」
 そして顔を覆うのは、橙に近い赤で染められた、兎を模した仮面。長い耳は触角のように後へ長く伸びており、あまり兎には見えなかったけれど。
「気にするな。過去を捨てた、証だ」
 短くそう言い、こちらも歩き出す。
「まあ、戦で働いてもらえればいいけどね」
「それは……任せてもらおう。雅華」
 本名で呼ばれた眼帯の美女は、仮面の男に静かな苦笑を返すのみだ。


 ばばん、とカフェのテーブルが小気味よい音を立てた。
「さてその時、この虎の仮面を賜りまして」
 ミユマはそう言って左手の仮面を高々と差し上げてみせる。右手にあるのは講釈師よろしくのハリセンだ。
 ばばんばん。
「そうですか。その手は、戦争で……」
 そして詩人の青年は、好き勝手絶頂のミユマの話をまるまる聞いていなかった。もちろんミユマも、青年が話を聞いていない事に気付いていない。
 青年が話をしているのは、お使いで買い物に来たというスクメギの娘だ。
「はい……」
 透けるような白い肌を持つ少女の体で、その腕だけが浅黒い色を持っている。
「義手……じゃないか」
 自由に動く手のようだから、魔法でも使ってどこかから移植したのだろう。青年はその方面の知識に疎いため、良くは分からない。
 そんな術があるのなら、あるいは彼も死なずに済んだのだろうか……と、ふと思う。
「申し訳ありません。貴女を傷付けるような話をしてしまって」
「……いえ。これはこれで、良かった事もありますから。もう、戦わなくて済みますし」
 少女はそう言って、少し寂しげに笑った。どこか影を帯びたその笑みは、少女というよりも戦い疲れた老兵のようにも見える。
「そう、ですか」
 ばばん。
「そこでお客さん! この大ピンチ、これからどうなると思います?」
「私としては、そこで大逆転を期待しますよ」
 即席の講釈師にいきなり振られても、青年は慌てた様子もない。もともと詩人、アドリブは大の得意なのだ。
「おお、正しくその通り!」
 ばんばばん。
 再びテーブルをハリセンでぶっ叩き、ミユマはかなり飛び飛びの講釈を再開した。


 天上一枚隔てた上。
 分厚い鎧戸の降ろされた部屋は、一切の光を通さない闇に覆われていた。
「赤……ジャビトロンの行動は、防げたか」
 男は静かにそう、呟く。
 男の顔を覆うのは虎を模した仮面。その色は幾多の修羅場をくぐり抜けて来たかのように、闇の中でも赤い色を放つ。
「は。いずれにせよ、彼らの侵攻がかつてほどにならず、ようございました」
 しわがれた答えは闇よりさらに深い闇。しゅるしゅると鳴る不快な音が、声の主が蛇の一族だと示している。
「二枚の鬼札は切らずに済んだが……。ロイヤルガードも使えず、娘達には苦労を掛けてしまったな」
 だから、娘達の乱行にも王として口を出さぬ。少なくとも、彼女達は越えてはならぬ一線を越えようとはしていないから。
 約一名人として間違っているのがいる気もするが、あれも自分の基準はあるらしいから、気にしない事にする。
「今では姫様達やガードの者達も楽しんですらおる様子。親馬鹿も程ほどになされませ」
「親……か。俺が父親とはな……」
 自嘲気味の笑み。
 全てを失ったはずの自分が、今は父親で、それどころか一国の主ですらある。いや、あった、というべきか。
「後は見ぬ、と決めた筈でありましょう。今はひたすらに進みなされ、V3殿」
 V3。フェアベルケンには存在しない意味の名を呼び、蛇族の老爺は今度こそ気配を断つ。
「俺は、本当にこれで良かったんですか……」
 誰もいない部屋の中。
 男は窓際に置いた仮面を取り、静かに呟く。
 はるかな故郷の危機を救い、古代の危機を救い、はるかな時を越えてココの危機を救い、そして今はエノクの危機を救わんと旅立った男の残した、魂の仮面。
「……先輩」
 その仮面こそ、ミユマがホシノより授かったそれと寸分違わぬ物であった。


続劇
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